弁護士 岸上大起

負担附贈与契約型補助金のトラブル

IT導入補助金(現:デジタル化・AI導入補助金)・ものづくり補助金・小規模事業者持続化補助金の返還請求

このページの結論

これらの補助金は「契約」です。契約で約束していない義務を破ったことにされて、返還を求められるいわれはありません。

行政訴訟で争えない類型であることは事実です。しかしそれは「事務局の言うとおりにするしかない」という意味ではありません。契約のルールに引き直すと、事務局が返還を求められるケースは、相当程度限定されていると考えています。

こんな状況ではありませんか

  • IT導入補助金(現:デジタル化・AI導入補助金)・ものづくり補助金・小規模事業者持続化補助金の事務局から、返還を求められている(正式な通知の前の段階を含む)
  • 根拠とされている要件(計算式等)が、公募要領や手引きにはなく、FAQにしか書かれていない
  • 賃上げ要件等のわずかな未達成を理由に、全額返還を求められている
  • 認定支援機関・診断士からは「おかしいとは思うが、決まりだから返還するしかない」と言われた

ひとつでも当てはまるなら、このページはあなたのために書いています。「決まりだから」の「決まり」が、本当に契約になっているのか――そこが勝負どころです。

何がおかしいのか

あなたが言われていること

「FAQに記載のとおり、賃上げ要件の計算には事業主の所得も含まれます。要件未達成ですので、補助金を返還してください。」

しかし、法律のルールは

返還を求めるには、「契約上の債務」の不履行が必要。契約の内容を決めるのは交付規程であって、FAQは契約書ではありません。契約に書かれていない義務は、そもそも負っていません。

民法553条(負担付贈与)・541条・542条参照

民間の取引で考えてみてください。契約書に書いていない義務を、後から「よくある質問のページに書いてあったでしょう」と言われて課される――そんな話は通りません。補助金が「契約」である以上、同じ理屈がここでも働きます。

なぜ「争える」といえるのか

1

これは行政処分ではなく、「契約」の話です

これらの補助金は、事務局(民間団体・民間企業)との負担附贈与契約と解されています。事務局による「取消し」の法的な正体は、契約の債務不履行解除。つまり、あなたに債務の不履行がなければ、解除も返還請求もできません。
2

FAQは、契約書ではありません

契約の内容を定めるのは交付規程です。交付規程にも申請の手引きにも書かれていない計算式や要件が、FAQにだけ書かれていた――それが「あなたが引き受けた債務」になるとは考え難いところです。返還請求の根拠がFAQしかないなら、その請求の土台は崩れています。
3

わずかな未達成での「全額返還」は、契約のルールでも通りません

仮に何らかの不履行があるとしても、契約を全部解除して全額返還を求められるのは、法律上限られた場合だけです。軽微な不履行では解除できないのが民法の原則。賃上げ要件を0.1%下回ったから全額返還、という要求の相当性には、大きな疑問があります。

民法542条1項・541条ただし書

4

補助金のルール上も、無制限に負担は課せません

これらの補助金も間接補助金として適正化法の規律に服します。適正化法は「必要な限度を超えて」補助事業者に干渉する条件を課すことを禁じており、わずかな未達成での全額返還が補助金の目的(生産性向上・経済活性化)の達成に資するのかは、それ自体問われるべき問題です。

補助金適正化法3条2項・6条4項参照

詳しい法的整理を読む(判例・文献の引用)

負担附贈与契約型補助金の構造

IT導入補助金(現:デジタル化・AI導入補助金)、ものづくり補助金、小規模事業者持続化補助金等は、中小機構が事業を所管しつつ、実際の交付主体は事務局(全国中小企業団体中央会、TOPPAN株式会社等)です。中小機構から事務局にいったん補助金が交付され、事務局から補助事業者に交付される構造であり、事務局と補助事業者の関係は交付規程に基づく負担附贈与契約と解されます。交付規程は法律ではないため、交付決定・取消しに処分性はなく、行政訴訟では争えません(行政処分型との対比は 交付決定の取消し・返還請求のページ参照)。

FAQのみ記載の要件を巡る具体的検討

ものづくり補助金の賃上げ要件(特例措置)について、交付規程別紙の返還要件には「企業全体における従業員及び役員それぞれの給与支給総額」の増加といった表現があるものの、個人事業主の所得への言及がない場合があります。個人事業主の所得を賃金総額に含めるという計算式がFAQにのみ記載されているとき、FAQによる解釈をそのまま契約内容として補助事業者に課すことができるかには疑問があり、適用される交付規程の版・文言の精査が必要です。

解除の要件と特約の限界

無催告での全部解除が認められるのは民法542条1項各号所定の場合に限られ、催告解除(民法541条)でも不履行が軽微であれば解除は認められません。交付規程に返還を求め得る旨の条項(債務不履行解除の特約と位置づけ得るもの)がある場合でも、その効力範囲は契約の趣旨・目的、不履行の程度等に照らして合理的に解釈されるべきものと考えられます。

適正化法による規律

直接補助金について、適正化法6条4項は「必要な限度を超えて、不当に補助事業者等に対して干渉する」条件を課してはならないとしています。間接補助金にも同様の規律が及ぶと解する余地があり(適正化法3条2項等参照)、補助条件としての負担を無制限に課すことはできません。ものづくり補助金の交付目的(交付規程3条:「中小企業者等が行う設備投資等に対して即効的な需要を喚起するとともに、生産性向上を促進し経済活性化を実現すること」)に照らした返還要求の合理性・相当性の吟味が必要です。

実際に寄せられたご質問から

ご質問(要旨・一部改変)

ものづくり補助金を個人事業者として申請し、採択・交付を受けました。従業員の賃上げは目標を大きく上回って達成しています。ところが、個人事業主自身の所得が賃上げ要件の計算に含まれることがFAQにだけ書かれており、計画終了年に設備投資をして所得が下がったため「賃上げ目標未達成」とされ、返還を求められています。募集要領にも手引きにも載っていない計算式です。診断士の先生も「おかしいと思うが決まりだから」と言うだけで……何とかする方法はないのでしょうか。

回答(要旨)

ものづくり補助金の取消しには処分性がなく行政訴訟では争えませんが、だからといって事務局が何でも取り消せるわけではありません。返還を求めるには、負担附贈与契約において負担した債務の不履行が必要です。FAQに書いてあるというだけで、それが契約の内容になるとは考え難く、交付規程別紙の返還要件にも個人事業主の所得への言及がないのであれば、返還しなくてもよい可能性が十分にあると考えられます。まだ返還していないのであれば、債務不履行がないことを事務局に主張し、それでも求めてくるようであれば、返還債務の不存在確認訴訟という手段もあります。

※ 実際のやり取りを一般化・匿名化して掲載しています。結論は個別の事案の内容(適用される交付規程の版・文言等)によって異なります。

あなたが今できること

まだ返還していないなら――「契約のどこに書いてあるか」を確認

返還請求の根拠とされている要件が、交付規程(あなたに適用される版)のどこに書かれているのかを確認してください。FAQや口頭説明にしかないなら、債務不履行の主張自体が成り立たない可能性があります。急いで振り込む必要はありません。

それでも求められ続けるなら――裁判で決着させる道があります

「返還する義務がないこと」の確認を裁判所に求める訴訟(債務不存在確認訴訟)を提起できます。行政訴訟が使えなくても、民事の正面ルートが使えます。

返還してしまったなら――取り戻せる場合があります

債務不履行がないのに返還したのであれば、そのお金は法律上の原因を欠く「不当利得」に当たる可能性があり、返還を請求できる場合があります。

負担附贈与契約型補助金のご相談

返還期限を提示されている方は、期限の前にご連絡ください。

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