弁護士 岸上大起

自主返納の求め

「残存簿価の返納で済ませる」という提案に、応じる前に

このページの結論

「今なら残存簿価の返納だけで済む」――親切に聞こえるその提案は、本来1円も返す必要のない事案で行われていることが少なくありません。

提案の大前提である「目的外使用」が、そもそも成り立たないケースが多いからです。応じる前に、一度立ち止まってください。既に返納してしまった方も、取り戻せる場合があります。

こんな状況ではありませんか

  • 「廃業しているから本来は全額返還。でも財産処分の申請をすれば、残存簿価の返納だけで済む」と言われている
  • 「既存事業と併用しているのは目的外使用。今回に限り残存簿価で済ませる」と打診されている
  • 事業化状況報告の差し戻し対応をしているうちに、話が「目的外使用」「返納」の方向に進んでいる
  • 既に求めに応じて、補助金の一部を返納してしまった

ひとつでも当てはまるなら、このページはあなたのために書いています。「済ませてあげる」という言葉の前提を、疑ってみてください。

何がおかしいのか

あなたが言われていること

「本来であれば交付決定を取り消して全額返還を求めるところですが、財産処分の承認申請をしていただければ、残存簿価相当額の返納で済ませます。」

しかし、法律のルールは

返納義務が生じるのは、財産の「目的外処分」(適正化法22条)があった場合だけ。既存事業との併用も、廃業も、原則としてそれに当たりません。前提がなければ、「全額」も「残存簿価」も、そもそも返す理由がありません。

補助金適正化法22条・17条1項

「自主返納」という言葉の実態は、財産処分の承認申請をさせ、承認の条件(附款)として返納義務を新しく作り出す仕組みです。あなたが申請しなければ、その義務は生まれません。「温情で減額してもらった」のではなく、「なかったはずの返納義務に同意させられた」――そうなっていないかを、確認する必要があります。

なぜ「応じなくてよい」といえるのか

1

既存事業との併用は、原則「目的外」ではありません

補助事業にも使っている限り、財産は補助目的に沿って使われています。「既存事業にも使っているから返せ」という理屈は、原則として成り立ちません(詳しくは 既存事業との併用のページへ)。
2

廃業は、財産の廃棄ではありません

廃業したからといって、補助金で取得した財産を廃棄したことにはなりません。仮に廃棄していたとしても、法律が制限する行為(使用・譲渡・交換・貸付け・担保)に「廃棄」は含まれていないと解する裁判例もあります(詳しくは 廃棄処分のページへ)。
3

返してしまった後でも、取り戻す道があります

財産処分の「承認」とその条件(返納命令)は、裁判(取消訴訟)で取り消しを求めることができます。そもそも目的外処分がないのに、あることを前提にされた承認・返納命令は違法だ、という主張です。勝訴すれば、返納したお金は「不当利得」として返還を請求できる場合があります。
詳しい法的整理を読む(判例・文献の引用)

「自主返納」の法的構成の解剖

中小機構・事務局からの自主返納の打診は、典型的には、補助金により取得した財産について適正化法22条の財産処分制限の対象となる行為(目的外処分)があったことを前提に、同条所定の「承認」(講学上の許可)を行い、その附款として補助金の一部の返納義務を課す、という構成を採ります。財産処分申請 → 承認 → 附款に基づく返納、という一連の法的行為です。この構成が成り立つには、そもそも22条の規制対象となる財産処分が存在することが大前提であり、この大前提が崩れれば、承認も返納義務も根拠を失います。

誘導的なやり取りの典型パターン

事業者にとって不慣れで不安な手続の中で、「分からない」ことを前提に話が進められ、気づけば返納に同意していた――という事案が現実にあります。もっと早い段階でご相談いただいていれば、どうにでもなったのに、という事案が少なくありません。

取り戻しの2つのルート

(1) 取消処分を受けて全額返還した場合

取消処分の取消訴訟を提起します。勝訴して取消判決が確定すれば、取消処分は処分時に遡って効力を失い、返還義務はそもそも存在しなかったことになります。既に返還した補助金は法律上の原因を欠く不当利得となり、中小機構に返還を請求できます。

(2) 「自主返納」(承認+附款)に応じた場合

財産処分の「承認」及びその附款(返納命令)の取消訴訟を提起します。対象行為(併用・廃業に伴う廃棄等)がそもそも適正化法22条の財産処分制限の対象に該当しないにもかかわらず、該当することを前提としてなされた承認・附款は違法である、という主張が中心となります。勝訴後の取扱いは(1)と同様です。

あなたが今できること

打診されている段階なら――その場で応じない

今が最も選択肢の多い段階です。「今なら残存簿価だけで済む」と急がされても、その場で申請書を出す必要はありません。「検討します」で止めて、まず前提(本当に目的外使用なのか)を確認しましょう。

やり取りが続いているなら――回答を保留する

差し戻しや問い合わせへの回答の中の一言が、「目的外使用を認めた」と扱われてしまうことがあります。違和感を覚えた時点で、回答を送る前にご相談ください。

返納してしまったなら――記録を集めて相談を

財産処分申請の控え、承認通知、返納の記録、そこに至るやり取りが残っていれば、取消訴訟による取り戻しの検討ができます。返したからといって、終わりではありません。

自主返納問題のご相談

返納期限・回答期限を提示されている方は、期限の前にご連絡ください。

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