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弁護士 岸上大起

補助金の返還・自主返納の求め

「残存簿価の返納で済ませる」という提案に、応じる前に

執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)

このページの結論

補助金の返還・残存簿価の返納を求められたら、応じる義務があるのか

返納義務が生じるのは、補助金で取得した財産の「目的外処分」(補助金適正化法22条)があった場合です。既存事業との併用も廃業も、原則としてこれに当たらず、その場合は全額返還にも残存簿価の返納にも、応じる法的義務はないと考えられます。

「今なら残存簿価の返納だけで済む」――親切に聞こえるその提案は、本来返す必要のない事案で行われていることが少なくありません。応じる前に、一度立ち止まってください。既に返納してしまった方も、取り戻せる場合があります。

本ページの記載は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。

事務局の運用・法令上の根拠・当職の見解

事務局が公式に説明している運用、その運用が拠って立つ法令、そして当職の見解を、順に分けて示します。

1 事務局の運用(公式の説明)
よくあるご質問「財産処分について」Q10(納付額の計算方法)
納付金額Dは、D=A×C/Bで計算するとされています。Aは、有償譲渡・有償貸付の場合は譲渡額又は貸付額、目的外使用・無償譲渡・無償貸付等の場合は残存簿価相当額。Bは当該処分財産に係った補助対象経費、Cはこれに対する補助金の確定額です。
同Q11(残存簿価相当額)
残存簿価相当額=取得価額(税抜)-減価償却費(累計金額)とされています。
同Q15(納付額の上限)
財産処分に伴う納付額は、処分制限財産に係る補助金額が上限となるとされています。
同Q16(納付の期限)
財産処分に伴う納付の通知(様式第12-5)の通知日より30日以内に、一括して納付する必要があるとされています。
同Q24(既存事業への使用)
取得した資産を既存事業等、補助事業以外で用いた場合は目的外使用と判断し、残存簿価相当額等を国庫に納付する必要があるとされています。

出典:事業再構築補助金「よくあるご質問」(ページを開いてから中身が読み込まれます)/同「財産処分」

2 法令上の根拠
補助金適正化法22条は、補助事業等により取得し、又は効用の増加した政令で定める財産を、各省各庁の長の承認を受けないで、交付の目的に反して「使用し、譲渡し、交換し、貸し付け、又は担保に供してはならない」と定めています。上の納付は、この承認に付される条件(附款)として求められるものです。
これとは別に、同法17条1項の取消事由に当たるとして交付決定が取り消されれば、同法18条1項により返還が命じられ、同法19条の年10.95%の加算金・延滞金が問題となる経路があります。「返納」と「返還」は、この点で別のものです。
3 当職の見解
公式の説明は、いずれも「22条の対象となる財産処分があったこと」を前提として、その場合の計算方法・上限・期限を示したものです。したがって、前提そのものが成り立つかどうかは、計算式に入る前の問題として残ります。
当職は、既存事業との併用も、廃業に伴う事情も、原則として22条の目的外処分には当たらないと考えております(私見です)。前提が成り立たない事案では、全額の返還にも残存簿価相当額の返納にも、応じる法的義務はないと考えられます。もっとも、反対の解釈の余地が残る論点ですので、個別の検討が必要です。

こんな状況ではありませんか

  • 「廃業しているから本来は全額返還。でも財産処分の申請をすれば、残存簿価の返納だけで済む」と言われている
  • 「既存事業と併用しているのは目的外使用。今回に限り残存簿価で済ませる」と打診されている
  • 事業化状況報告の差し戻し対応をしているうちに、話が「目的外使用」「返納」の方向に進んでいる
  • 既に求めに応じて、補助金の一部を返納してしまった

ひとつでも当てはまるなら、このページはあなたのために書いています。「済ませてあげる」という言葉の前提を、疑ってみてください。

何がおかしいのか

あなたが言われていること

「本来であれば交付決定を取り消して全額返還を求めるところですが、財産処分の承認申請をしていただければ、残存簿価相当額の返納で済ませます。」

しかし、法律のルールは

返納義務が生じるのは、財産の「目的外処分」(適正化法22条)があった場合です(このほか、17条1項の取消事由に当たるとして18条1項の返還命令を受ける経路は別にあります)。既存事業との併用も、廃業も、原則としてそれに当たりません。前提がなければ、「全額」も「残存簿価」も、そもそも返す理由がありません。

補助金適正化法22条・17条1項・18条1項

なお、「返納」と「返還」は別のものです。返納は、財産処分の承認(適正化法22条)の条件として納付を求められるもので、返還は、交付決定が取り消された結果として返還を命じられるもの(同法18条1項)です。根拠になる条文も、争い方も違いますので、届いた書面がどちらの話なのかを最初に確かめてください。

「自主返納」という言葉の実態は、財産処分の承認申請をさせ、承認の条件(附款)として返納義務を新しく作り出す仕組みです。あなたが申請しなければ、その義務は生まれません。「温情で減額してもらった」のではなく、「なかったはずの返納義務に同意させられた」――そうなっていないかを、確認する必要があります。

もっとも、申請しなければ安全、という話でもありません。廃棄等が22条の対象だとする解釈に立つと、承認を得ずに処分したことが取消事由とされ、全額の返還に加えて年10.95%の加算金・延滞金(適正化法19条)まで及び得ます。申請するかしないかは、この振れ幅を踏まえて決める必要がありますので、実行される前にご相談ください。

「済ませてあげる」という言葉の前提を、疑ってみてください。

ご相談はこちら

返還義務はあるのか――なぜ「応じなくてよい」といえるのか

1

既存事業との併用は、原則「目的外」ではありません

補助事業にも使っている限り、財産は補助目的に沿って使われています。「既存事業にも使っているから返せ」という理屈は、原則として成り立ちません(詳しくは 既存事業との併用のページへ)。
2

廃業は、財産の廃棄ではありません

廃業したからといって、補助金で取得した財産を廃棄したことにはなりません。仮に廃棄していたとしても、法律が制限する行為(使用・譲渡・交換・貸付け・担保)に「廃棄」は含まれていないと解する裁判例もあります(詳しくは 廃棄処分のページへ)。
3

返してしまった後でも、取り戻す道があります

財産処分の「承認」とその条件(返納命令)は、裁判(取消訴訟)で取り消しを求めることができます。そもそも目的外処分がないのに、あることを前提にされた承認・返納命令は違法だ、という主張です。勝訴すれば、返納したお金は「不当利得」として返還を請求できる場合があります。もっとも、最三令和3年3月2日判決(民集75巻3号317頁)は、これと同じ形の請求について、承認とその条件を適法として不当利得返還請求を退けています(担保権実行により所有権を失う場面で、交付決定に適正化法7条3項の条件が現に付されていた事案です)。承認とその条件のどこが違法なのかを、事案に即して具体的に立てる必要があります。
詳しい法的整理を読む(判例・文献の引用)

「自主返納」の法的構成の解剖

中小機構・事務局からの自主返納の打診は、典型的には、補助金により取得した財産について適正化法22条の財産処分制限の対象となる行為(目的外処分)があったことを前提に、同条所定の「承認」(講学上の許可)を行い、その附款として補助金の一部の返納義務を課す、という構成を採ります。財産処分申請 → 承認 → 附款に基づく返納、という一連の法的行為です。この構成が成り立つには、そもそも22条の規制対象となる財産処分が存在することが大前提であり、この大前提が崩れれば、承認も返納義務も根拠を失います。

誘導的なやり取りの典型パターン

事業者にとって不慣れで不安な手続の中で、「分からない」ことを前提に話が進められ、気づけば返納に同意していた――という事案が現実にあります。もっと早い段階でご相談いただいていれば、どうにでもなったのに、という事案が少なくありません。

取り戻しの2つのルート

(1) 取消処分を受けて全額返還した場合

取消処分の取消訴訟を提起します。勝訴して取消判決が確定すれば、取消処分は処分時に遡って効力を失い、返還義務はそもそも存在しなかったことになります。既に返還した補助金は法律上の原因を欠く不当利得となり、中小機構に返還を請求できます。

(2) 「自主返納」(承認+附款)に応じた場合

財産処分の「承認」及びその附款(返納命令)の取消訴訟を提起します。対象行為(併用・廃業に伴う廃棄等)がそもそも適正化法22条の財産処分制限の対象に該当しないにもかかわらず、該当することを前提としてなされた承認・附款は違法である、という主張が中心となります。勝訴後の取扱いは(1)と同様です。

返還・納付を命じられたが、まだ払っていない――先に払うべきか

ここでお話しするのは、打診を受けている段階ではなく、返還の命令や納付の通知という形で、金額と期限が示された後の段階です。払ってから争うのか、払わずに争うのかを決めなければならない場面です。

決めるにあたっては、まず、向き合う相手が何なのかを、届いた書面の種類に即して見分ける必要があります。交付決定が取り消された結果としての返還の命令は、それ自体が行政処分です。これに対し、財産処分の承認に伴う納付については、行政処分に当たるのは承認とこれに付された条件(附款)であり、納付の求め(納付通知書)それ自体は行政処分ではなく、附款によって生じた義務の履行を求めるものにすぎないとされています。この整理と、そこから導かれる争い方は、コラム 残存簿価相当額の納付を求められたらで、調査官解説の頁を挙げて述べております。

覆す方法は、原則として、交付主体に撤回を求めるか、取消訴訟を提起して取消判決を得るかのいずれかです。返還の命令であれば、その命令が対象になります。承認に伴う納付であれば、納付の通知ではなく、その前にされた承認とその附款が対象になります。このほか、承認に付された附款そのものが無効であるという筋もあり、この点は同コラムで当職の見解を述べております。

いずれの場合も、その根拠となる行政処分は、取り消されるまでは有効なものとして扱われます(講学上「公定力」と呼ばれるものです)。これを前提に、示された期限が来たので一旦納付しておく、という対応にも、合理性がないわけではないと考えております。

もっとも、納付すると、立場が入れ替わります。払う前は、払わない理由を述べ、処分の撤回を求める立場です。払った後は、いったん渡した金銭を返してもらう立場になります。求め方も、要する手間も、同じではありません。

取消判決が確定すれば、取り消された処分は処分の時に遡って効力を失い、交付主体が金銭を受け取る法律上の原因はなくなります。もっとも、判決が確定すればそのまま戻ってくるとは限らず、返還されない場合には、改めて不当利得としての返還を求めることになるおそれがあります。払った後の取り戻しの道筋そのものは、上の「返してしまった後でも、取り戻す道があります」でご説明したとおりです。

他方で、争うことが常に得になるわけでもありません。求められている額によっては、納付して終わらせるという判断も十分にあり得ると考えております。手続に要する費用と時間、紛争が続くこと自体の負担まで併せて考えれば、そちらが素直な場合もあります。

この節は、求められた金銭を払わなくてよい、という趣旨ではありません。払わないという選択をとるのであれば、示された期限と、納付が遅れた場合の金銭の負担がどう定められているかを、先に確かめる必要があります(加算金・延滞金については 補助金の返還を求められたら、加算金・延滞金は払うのかをご覧ください)。払うかどうかは、払った後に何をすることになるのかまで見通したうえで、争い方と併せて決めるべき事柄だと考えております。示された期限が迫っている場合には、期限の前にご相談ください。

あなたが今できること

打診されている段階なら――その場で応じない

今が最も選択肢の多い段階です。「今なら残存簿価だけで済む」と急がされても、その場で申請書を出す必要はありません。「検討します」で止めて、まず前提(本当に目的外使用なのか)を確認しましょう。

応じる前に相談する →

やり取りが続いているなら――回答を保留する

差し戻しや問い合わせへの回答の中の一言が、「目的外使用を認めた」と扱われてしまうことがあります。違和感を覚えた時点で、回答を送る前にご相談ください。

回答を送る前に相談する →

返納してしまったなら――記録を集めて相談を

財産処分申請の控え、承認通知、返納の記録、そこに至るやり取りが残っていれば、取消訴訟による取り戻しの検討ができます。返したからといって、終わりではありません。

取り戻せるか相談する →

よくある質問

「本来は全額返還だが、残存簿価の返納で済ませる」と言われました。得な提案ではないのですか。

この提案は、補助金で取得した財産の「目的外処分」(補助金適正化法22条)があったことが前提です。既存事業との併用や廃業は、原則としてこれに当たらず、前提がなければ、全額返還も残存簿価の返納も、そもそも返す理由がないと考えております。もっとも、これは当職の見解であり、出典の公式「よくあるご質問」は、補助事業以外で用いた場合は目的外使用と判断し、残存簿価相当額等の納付が必要になるとしています。「温情で減額してもらった」のではなく、「なかったはずの返納義務に同意させられた」ことになっていないか、応じる前に確認が必要です。

出典:事業再構築補助金 よくあるご質問「財産処分について」Q24

自主返納の求めは、断ることができますか。

「自主返納」は、財産処分の承認申請をさせ、その承認の条件(附款)として返納義務を新しく作り出す仕組みです。申請しなければ、その義務は生まれません。「今なら残存簿価だけで済む」と急がされても、その場で申請書を出す必要はありません。もっとも、廃棄等が22条の対象だとする解釈に立つと、承認を得ずに処分したことが取消事由とされ、全額の返還に加えて年10.95%の加算金・延滞金(補助金適正化法19条)まで及び得ます。申請するかしないかは、この振れ幅を踏まえて決める必要がありますので、実行される前にご相談ください。

出典:補助金適正化法19条(e-Gov法令検索)

既に自主返納に応じてしまいました。取り戻せますか。

財産処分の「承認」とその条件(返納命令)の取消訴訟を提起し、勝訴すれば、返納したお金は不当利得として返還を請求できる場合があります。ただし、最三令和3年3月2日判決(民集75巻3号317頁)は、これと同じ形の請求について、承認とその条件を適法として不当利得返還請求を退けていますので、承認とその条件のどこが違法なのかを具体的に立てる必要があります。取消訴訟には、承認を知った日から原則6か月という出訴期間が問題となり得ます。財産処分申請の控え、承認通知、返納の記録、そこに至るやり取りを集めて、早めにご相談ください。

事業化状況報告の差し戻しに対応していたら、「目的外使用」「返納」の話になりました。

差し戻しや問い合わせへの回答の中の一言が、「目的外使用を認めた」と扱われてしまうことがあります。やり取りの中で返納へ話が進められる事案は現実にあり、違和感を覚えた時点で、回答を送る前にご相談ください。

返還(納付)を命じられました。先に払って、争って勝ったら返してもらう方がよいのでしょうか。

向き合う相手は、届いた書面の種類によって違います。交付決定が取り消された結果としての返還の命令は、それ自体が行政処分ですが、財産処分の承認に伴う納付については、行政処分に当たるのは承認とこれに付された条件(附款)であり、納付の求め(納付通知書)それ自体は行政処分ではなく、附款によって生じた義務の履行を求めるものにすぎないとされています。覆す方法は、原則として、交付主体に撤回を求めるか、取消訴訟を提起して取消判決を得るかのいずれかで、承認に伴う納付については、納付の通知ではなく承認とその附款が対象になります。いずれの場合も、その根拠となる行政処分は取り消されるまでは有効なものとして扱われますので(講学上の公定力)、示された期限が来たので一旦納付しておくという対応にも、合理性がないわけではないと考えております。もっとも、納付すると、払わない理由を述べて撤回を求める立場から、いったん渡した金銭を返してもらう立場に変わり、取消判決が確定しても返還されない場合には、改めて不当利得としての返還を求めることになるおそれもあります。他方で、求められている額によっては、納付して終わらせるという判断も十分にあり得ると考えております。

残存簿価の納付を求められたら(コラム) →
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