執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
1 交付規程の定め(公式の運用)
中小企業等事業再構築促進補助金(新市場進出)交付規程27条3項は、補助金額又は補助率の引上げを受けている補助事業者が、予見できない大きな事業環境の変化に直面するなどの正当な理由なく、所定の条件を満たしていないと認められる場合には、引上げ分について補助金の返還を命ずると定めています。他の補助金の交付規程にも同様の定めが置かれていることがありますので、お手元の交付規程でご確認ください。
中小機構は、交付決定通知書に「交付規程で定めるところに従う」旨の記載があることから、交付規程の定めはすべて補助条件であり、賃上げ要件の未達成は補助条件違反に当たる、という立場をとっています。
2 私見――賃上げ要件は補助条件ではないと考えております
補助条件とは、交付決定に附された附款のうち、法令により課される義務とは別に作為又は不作為の義務を課す「負担」に当たるものとされています(荒谷謙介・最高裁判所判例解説民事篇令和3年度(上)79〜80頁参照)。ところが、賃上げ要件の定めの主語は、いずれも「中小機構は」であり、補助事業者に義務を課す形になっていません。
また、交付規程は中小機構の内部的な規範にすぎません。最高裁判所の調査官解説も、同種の交付要綱について次のように述べています。
引用(山本拓・最高裁判所判例解説民事篇令和5年度551頁)「……本件要綱は、Yの内部的な規範(講学上の行政規則)にすぎず、国民に対して直接の法的効力を有するものではないから、理事長の裁量権を直接拘束するとはいい難い。」
そうすると、賃上げ要件の定めは、中小機構が返還を命ずる際の一応の基準を定めたものと読むべきだと考えております。交付決定通知書にも、賃上げ要件の記載はありません。
さらに、中小機構自身が定めた交付規程ですら、交付決定の取消事由を列挙した22条1項に、補助事業の完了後に賃上げを達成できなかったことを掲げていません(同項は、応募申請の時点で応募申請要件を満たす賃金引上げ計画を従業員に表明していなかったことが判明した場合を掲げるにとどまります)。
次のような場合は、手続が進む前にご相談ください
- 賃上げ要件を達成できず、補助金の返還を求められている
- 賃上げ要件を達成できない見込みで、前もって対応を相談したい
交付規程の条文と構造に即した詳しい検討は、こちらに掲載しています: 賃上げ要件を達成できなければ補助金を返還しなければならないのか(コラム)/交付決定の取消し・返還請求(対応ページ)
3 仮に補助条件だとしても
仮に賃上げ要件が補助条件であるとしても、交付決定に附する条件は公正なものでなければならず、交付の目的を達成するため必要な限度を超えて補助事業者に不当に干渉するようなものであってはならないとされています(補助金適正化法7条4項)。さらに、取り消すかどうか・その範囲は裁量に委ねられているため、わずかな未達成を理由とする全額返還は、比例原則に反する可能性があります。
なお、「補助割合が減るのか」という点については、交付規程27条3項が返還の範囲を「補助金額及び補助率引上げ分」としており、引上げ分に限られる形になっています。
この論点を正面から判断した裁判例は、現在のところ見当たりません。詳しくは、コラム「賃上げ要件を達成できなければ、補助金を返還しなければならないのか」をご覧ください。
賃上げ要件の未達成を理由に補助金の返還を求められている事業者の方、顧問先・支援先からこのようなご相談を受けている中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方は、返還に応じる前にご相談ください。
根拠(条文・公式資料・裁判例)
- 補助金適正化法7条4項、8条、17条1項、18条1項
- 中小企業等事業再構築促進補助金(新市場進出)交付規程22条1項、27条2項・3項
- 荒谷謙介・最高裁判所判例解説民事篇令和3年度(上)79〜80頁(法にいう「条件」は講学上の「負担」に当たるものが多いこと)
- 山本拓・最高裁判所判例解説民事篇令和5年度551頁(交付要綱は内部的な規範であり国民に対して直接の法的効力を有しないこと)
※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。
関連ページ
- 賃上げ要件と補助条件――全文解説(コラム) →
- 付加価値額等の目標に届かなかったとき(Q&A) →
- 交付決定の取消し・返還請求(対応ページ) →
- 事務局が交付する補助金(対応ページ) →
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※ 本ページは一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。