執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
補助金の不正受給が刑事事件になるとき、処罰されるのは補助金を受け取った事業者だけではありません。申請を勧めた側、書類を整えた側、設備を売った側、資金を融通した側――補助金をもらう立場にない人も、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」といいます)29条1項の罪の共犯になり得ます。支援する立場の方から当職が受けるご相談の中で、もっとも誤解が多いのがこの点です。
誤解の形はおおむね二つです。一つは、「自分は補助金をもらっていないのだから、適正化法の罰則は自分には及ばない」というものです。もう一つは、「補助金をもらうのは事業者の判断であって、自分は頼まれたことをしただけだ」というものです。いずれも、裁判例の前では通りません。
本稿で取り上げる最一小決昭和52年3月16日(刑集31巻2号80頁、集刑203号387頁、判タ352号321頁、判時855号50頁)は、この問題を正面から扱った決定です。県の造林係員と村の経済課林務係員が、造林をしていない林業者に対し、造林は来年すればよい、補助金を先に受け取って銀行に預金すれば埋め合わせがつくなどと強く働きかけ、虚偽の交付申請をさせて間接補助金214万円余の交付を受けさせた、という事案です。第一審・控訴審は、補助金を受け取っていない係員二名も含めた三名全員を29条1項の不正受交付罪の共同正犯として処断し、最高裁はこれを是認しました。最高裁の決定ですので、この判断で確定しています。
もっとも、この決定の読み方には注意が要ります。全員一致の法廷意見が判断したのは、係員の一人が29条2項にいう「交付をする者」に当たらない、という点だけです。補助金をもらう立場にない者が29条1項の共犯になるかという肝心の論点については、四人の裁判官の意見が二対二に分かれ、多数意見が形成されませんでした。そのため、この論点に関する判断は、すべて補足意見の形で書かれています。結論はどちらの立場でも処罰に向かいますが、理由づけが異なり、したがって処罰される範囲も異なります。
そこで本稿では、どこまでが法廷意見で、どこからが補足意見か、どこからが文献の批判と当職の見解かを分けて示します。そのうえで、いまの事業再構築補助金などで、支援機関・コンサルタント・設備の販売事業者・取引先が、どこで線を越えてしまうのかを整理します。申請を代行した人の責任(32条1項の「代理人」)については補助金の申請を代行した人も、刑事責任を問われるのかで、不正受給が詐欺罪にもなるのかについては不正受給は詐欺罪になるのかで扱っていますので、本稿では「誰が共犯になるのか」の一点に絞ります。
1 「自分は補助金をもらう側ではない」は、通るのか
(1)29条1項は誰を名宛人にしているか
はじめに、条文を確かめます。
引用(補助金適正化法29条)「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け、又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けた者は、五年以下の拘禁刑若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。 2 前項の場合において、情を知つて交付又は融通をした者も、また同項と同様とする。」
1項の名宛人は「交付を受け……た者」です。文言だけを見れば、補助金を受け取った側を処罰する規定に見えます。そして、「補助事業者等」(2条3項)や「間接補助事業者等」(2条5項)という限定は、条文には書かれていません。
ここから、二つの問いが出てきます。一つ目は、補助金を受け取っていない人が、この罪の共犯になるのか。二つ目は、そもそもこの罪の主体は補助事業者等に限られるのか、それとも誰でもなり得るのか。本稿で取り上げる決定は、この二つが正面から争われた事件です。
(2)実務で起きていること
いまの補助金で、当職のところに来るご相談の形は、おおむね次のものです。
支援機関やコンサルタントが、採択の見込みを上げるために事業計画の書き方を助言した。設備の販売事業者が、相見積りの形を整えるために協力した。工事の完了時期が間に合わないので、取引先が先に納品書と請求書を出した。資金が足りないので、取引先が一旦立て替えた。――いずれも、関与した側に「自分が補助金をもらうわけではない」という意識があります。
しかし、29条1項の罪は、自分が金銭を受け取ったかどうかで線が引かれているわけではありません。後記6で取り上げる最一小決昭和41年2月3日の補足意見は、この罪が、相手方が錯誤に陥ったかどうかも、犯人に補助金を自分のものにする意思があったかどうかも問わない罪であることを述べています。関与した側が一円も受け取っていなくても、成立し得る罪なのです。
この点は、取消し・返還の問題とは別に走ります。取消しと返還は補助事業者に向かいますが、刑事責任は、関与した人それぞれに向かいます。取消し・返還の側の整理は補助金の交付決定の取消し・返還請求にまとめています。
2 事案――渋る林業者に、県と村の係員が申請させた
(1)何が行われたか
登場するのは三名です。被告人Aは沖縄県農林水産部林務課造林係員、被告人Bは同県の村の経済課林務係員、被告人Cは造林業を営む者です。補助金は造林事業補助金で、国から県へ、県から事業者へと流れる間接補助金です。
造林事業補助金は、申請にかかる造林事業が竣工した後でなければ交付されないものでした。ところが三名は、造林をしていない山林について、造林事業を行い完了したかのように装った虚偽の交付申請書を村長を通じて県知事に提出し、県知事に交付決定をさせて、214万円余の交付を受けました。
動機は、私腹を肥やすことではありませんでした。控訴審が認定したところによれば、県農林水産部では復帰から間もないこともあって部課長も予算関係法規に精通しておらず、この補助金の予算が繰越明許費であることが部下の係員に十分知らされていませんでした。そのためAは、今後も造林事業の補助金を国から配賦してもらうには年度内に予算を消化する必要があると考え、いわば仕事熱心のあまり、BとCに働きかけたのです。
働きかけの中身は、団藤重光裁判官の補足意見が記録に即して書き留めています。
引用(最一小決昭和52年3月16日・団藤重光裁判官補足意見)「しかし、本件では、記録によれば、被告人Aは、まず被告人Bを説得し、同被告人とともに、しぶる被告人Cに対し、造林は来年すればよいといい、さらに人件費・資材費等が上がつて本年度の予算で来年度造林すると損をするというCに対し、補助金を先に受取つて銀行に預金すれば埋め合わせがつくではないか、村有地に適当なところがあるから、これに造林すればよい、などと強く申し向けて、ついにCに補助金の申請を承諾させたものであることがあきらかである」
「来年やればよい」「先に受け取って預金しておけば埋め合わせがつく」。この言い方は、当職が今の補助金の相談で耳にするものと、ほとんど変わりません。
(2)全額を返しても、翌年やる気があっても、刑事責任は残った
量刑の判断の中で、控訴審は、三名に有利な事情を数多く認めています。利得する意図がなかったこと。翌年には実際に造林する意図であったこと。交付された214万円余が加算金とともに全額返還されていたこと。Aが本件のような行為に出たことについては、上司が十分に監督指導しなかったことにも原因の一端があること。平素まじめな市民で非違がなかったこと。
そして、次の事実も挙げられています。
引用(福岡高那覇支判昭和51年3月15日・四)「一方、昭和四八年度の補助金の交付状況をみるに、いわゆる未竣工工事でその交付を受けたものが全国では四七六件、金額にして約三三億円にも達していること」
これらを総合して、控訴審は、第一審が三名に科した懲役10月・執行猶予1年を量刑不当として破棄し、各罰金50万円に処しました。
量刑は軽くなりました。しかし、犯罪の成立は否定されていません。全額を加算金とともに返還しても、翌年に実際に施工する意図であっても、上司の監督不十分が原因の一端であっても、同じ運用が全国で476件・約33億円にわたって行われていても、二九条一項の罪は成立しています。 支援する立場の方が「返せば済む」「実質的な損害はない」と考えておられるとき、当職がこの事件を引くのはこのためです。
なお、未竣工のまま交付を受けた事例が全国で476件・約33億円に達していたという事実は、当時、制度の運用そのものが広く法に反する状態にあったことを示しています。それにもかかわらず、刑事責任は現場の係員と事業者に向かいました。制度を運用する側が年度内消化を事実上求める構造を正さないまま、末端の担当者と事業者だけが処罰される形になっていた、と言わざるを得ません。この構造は、今の補助金でも形を変えて残っていると当職は考えております。
3 法廷意見が決めたこと――29条2項の「交付をする者」に当たらない
上告した側の主張は、次のものでした。Aは県の造林係の職にあり、その地位と職掌からみて29条2項の「交付をする者」に当たる。29条が1項と2項をともに置いている趣旨からすれば、「交付をする者」が申請者と共謀しても1項の共犯にはならないと解すべきである。――つまり、自分は2項の側の人間なのだから、1項の共犯にはならない、という組み立てです。
この主張は、理屈としては筋が通っています。29条1項と2項は、補助金を受け取る側と交付する側という、向かい合う行為をそれぞれ犯罪としたものです。向かい合う二つの行為をそれぞれ独立の罪として定めているのであれば、一方の罪の主体を他方の罪の共犯として処罰することは許されないと考える余地があります。
最高裁は、この主張を前提のところで退けました。
引用(最一小決昭和52年3月16日・理由)「記録によれば、被告人Aが間接補助金である本件造林事業補助金の交付につき単に沖縄県農林水産部林務課造林係員として上司の手足となつて補助的な事務を執つていたにすぎずその交付決定処分をするについてこれを左右する地位にあつたものではない旨の原判決の認定は相当と認められるから、同被告人は補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律二九条二項にいう交付する者にあたらないとした原判決の判断は正当である。」
ここでいう「交付する者」とは、29条2項の文言そのものではありません。2項は「情を知つて交付又は融通をした者」と定めており、「交付をする者」は原判決と最高裁が用いた言い換えです。その原判決は、この言い換えの中身を次のように示しています。
引用(福岡高那覇支判昭和51年3月15日・二)「補助金適正化法二九条二項の『交付をする者』とは、支出の原因をなす支出負担行為と、これと表裏をなす補助金等の交付決定処分をするについて、これをある程度実質的に左右する地位にある者を指すものと解すべき」
交付決定処分を「ある程度実質的に左右する地位」。これが基準です。Aは上司の手足として補助的な事務を執っていたにすぎず、交付決定処分について独自の実質的裁量権を持っていなかったから、この基準を満たさない、という当てはめになります。
小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)404頁は、29条2項の主体を、支出官ではなく「補助金等の交付決定に関与する原局(各省各庁の事業所管部局)の担当官」と解しています。支出官は支出の前提となる支出負担行為に直接関与するわけではなく、補助金等交付債務の実質的内容に立ち入って審査し、その不正支出を抑制する地位に立つわけではないからです。そして、支出負担行為担当官についても、原局の交付決定が不正不当であることを知りつつ看過したときは「情を知つて交付」したと認定され得る場合があるとしています。
全員一致で決まったのは、ここまでです。この部分について、最高裁・下級審を通じて29条2項の「交付者」について判断を示した初めての裁判例であるという評価があります(大越義久「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律二九条二項にいう交付する者にあたらないとされた事例」警察研究49巻4号63頁。小滝・前掲408頁注35の引用によります)。
4 補足意見の対立――身分のない者は、不正受交付罪の共犯になるのか
Aが2項の「交付をする者」でないとされた結果、残る問題は一つになりました。補助事業者等でも間接補助事業者等でもないA・Bが、その立場にあるCと共謀して、1項の不正受交付罪の共同正犯になるのか。
この点について、四人の裁判官は、29条1項の不正受交付罪が補助事業者等または間接補助事業者等のみを主体とする真正身分犯である、という前提では一致しました。しかし、そこから先が二対二に分かれました。上告棄却の結論は全員一致であったため、この論点についての各裁判官の意見は、いずれも補足意見として書かれています。
(1)岸盛一・岸上康夫裁判官――身分のない者も共同正犯になる
両裁判官は、刑法65条1項(身分のない者も共犯とする規定)が共同正犯に適用されることを認めてきた大審院以来の判例を概観し、次のように述べます。
引用(最一小決昭和52年3月16日・岸盛一裁判官、岸上康夫裁判官補足意見)「身分のない者は単独では身分を構成要件要素とする犯罪を犯すことはできないが身分のある者と共同加功することによつて身分犯の共同正犯となることを認めてきた従来の判例の態度は、具体的事実に即して、共謀に関与したが実行には加担しなかつた者でも共同正犯となることを認める基本的な態度に基づいているものであつて、今本件について刑法六五条一項の解釈を変更することは相当でないと考えるものである。」
共謀共同正犯を広く認める判例の基本的な態度と結びつけて、従来の判例を維持する、という立場です。この立場からは、補助金をもらう立場にない者も、共謀に加わっていれば、実行行為を分担していなくても共同正犯になります。処罰の範囲はもっとも広くなります。
(2)団藤重光・下田武三裁判官――共同正犯にはならないが、教唆犯になる
これに対し、団藤裁判官は、真正身分犯の共同正犯については刑法65条1項の適用が性質上制限されるとします。
引用(最一小決昭和52年3月16日・団藤重光裁判官補足意見)「しかし、不正受交付罪は真正身分犯であつて、『交付を受けた者』とは補助金等を現実に受領した補助事業者等または間接補助事業者等をいうものと解しなければならない。被告人Cは間接補助金を現実に受領した林業者であるから、まさしく不正受交付罪の正犯であるが、被告人Aおよび同Bの両名は、このような真正身分犯の正犯にはなりえず、したがつて共同正犯にもなりえないはずである。」
もっとも、教唆犯・幇助犯については刑法65条1項の適用があるとします。実行行為以外の行為で正犯の行為に加功するものだから、身分がない者にも成立を認めてよい、という理由です。下田裁判官は、理由の詳細について団藤裁判官の補足意見に同調しています。
(3)対向犯の限界――「単なる交付行為」と「積極的に促進した行為」
ここで団藤裁判官は、もう一段の限定を置きます。本稿の主題にとって、いちばん大切な部分です。
引用(最一小決昭和52年3月16日・団藤重光裁判官補足意見)「一般的にいつて、対向犯的な性質をもつa・bという二つの行為の中で、法律がa行為だけを犯罪定型として規定しているときは、当然に定型的に予想されるb行為を立法にあたつて不問に付したわけであるから、b行為は罪としない趣旨だと解釈しなければならない。したがつて、b行為がa罪の教唆行為または幇助行為にあたるばあいでも、それがa罪に対する定型的な関与形式であるかぎりは、これをa罪の教唆犯・幇助犯として罰することは許されないものと解すべきである。」
向かい合う二つの行為のうち一方だけが犯罪とされているとき、もう一方の行為は、立法の際に不問に付されたものとして罪にならない。だから、それが教唆や幇助に当たる形であっても、罪に対する「定型的な関与形式」である限りは処罰されない。――この考え方を本件に当てはめると、補助金を交付したという行為そのものは、受交付罪に対する定型的な関与形式ですから、処罰されないことになります。
ところが、本件のA・Bの行為は、そこにとどまりませんでした。
引用(最一小決昭和52年3月16日・団藤重光裁判官補足意見)「そうであるとすれば、A・B両名の行為は、受交付罪に対する定型的な関与形式としての単なる交付行為ではなくて、Cの受交付行為を積極的に促進したものというべきであり、それはもはや前述のような対向犯の特殊性による不可罰の限度内には属せず、受交付罪の教唆犯としての処罰を免れないものというべきである。」
「単なる交付行為」か、「受交付行為を積極的に促進した」行為か。 団藤裁判官は、この線で可罰性を分けました。渋る相手に対し、強く申し向けて、ついに申請を承諾させた。この事実があるために、A・Bは不可罰の限度を越えたとされています。
結論として、両裁判官は、原判決が両名を共同正犯としたことは不当であるが、いずれにせよ教唆犯としての罪責は免れないから、原判決を破棄しなくても著しく正義に反するとはいえない、としました。処罰に向かうという点では、岸・岸上両裁判官と結論が一致します。
5 文献の批判――そもそも真正身分犯ではないのではないか
ここは、支援する立場の方にとって、いちばん重い部分です。
四人の裁判官は、29条1項の不正受交付罪が真正身分犯であるという前提では一致していました。この前提は、補助金をもらう立場にない者を正犯から外すものですから、関与者にとって有利に働きます。ところが、この前提自体が、文献から強い批判を受けています。
小滝・前掲406頁から407頁までは、条文の文言に立ち返って、次のように述べています。
引用(小滝・前掲407頁)「補助金等の交付を受ける可能性は、補助事業者等に限られるわけではなく、また、間接補助金等の交付又は融通を受ける可能性は、間接補助事業者等に限られるわけのものではないのであって、本件の事案は正にこうしたケースに該当する(被告人Zは、なるほど造林業者ではあっても、間接補助金の交付の対象となる造林事業を行う者ではない。)」
そして、「右の最高裁の補足意見は、その限りで妥当でない」ものというべきであろう、と結論づけています。造林業を営む者であることと、間接補助金の交付の対象となる造林事業を行う者であることとは、同じではない――ここが批判の核心です。
同じ趣旨の批判は、刑法学の側からも出ています。小滝・前掲409頁注40が引く平野竜一「必要的共犯について(上)」警察研究49巻3号6頁から7頁までは、「何人であっても、すなわち、造林業者以外の者であっても、造林事業を行ったと偽って交付金を受けとったときは、本条違反の犯罪が成立する」として、構成的身分犯という理解の出発点そのものを疑っています。
この批判が当たっているとすれば、結論は次のようになります。補助事業者等でない者も、偽って補助金等の交付を受けたときは、共犯ではなく、29条1項の正犯になり得る。身分がないから正犯になれない、という議論は成り立たない。――支援する立場の方にとっては、補足意見の前提よりも厳しい結果になります。
さらに、内藤謙「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律29条と共犯関係」ジュリスト臨時増刊666号161頁(昭和52年度重要判例解説)は、団藤・下田両裁判官の対向犯の議論について、対向犯において一方の犯罪の要件をそなえる者が他方の犯罪の共犯となりえないのは、その者が正犯として罰せられるからであって、本件のように一方の犯罪の要件をそなえない者が他方の犯罪の共犯となることには特殊な限定はないとみるべきであろう、との見解を述べています(同163頁)。そして、団藤・下田両裁判官の立場をとっても、交付罪の要件をそなえないA・Bは、渋るCの受交付行為を積極的に促進したか否かを問わず、Cの受交付罪の教唆犯となるとみるべきであろう、としています。
小滝・前掲407頁から408頁までも、Aが29条2項の構成要件に該当しない以上、1項の罪と対向犯の関係に立つことはなく、対向犯の特殊性による共犯の不可罰を問題とする必要はないとしています。
整理すると、次のようになります。前記4(3)の「単なる交付行為は不可罰」という限定は、補足意見の中の議論であり、文献からは複数の方向から批判されています。 補助金適正化法の実務解説と刑法の評釈のいずれも、この限定を頼りにすることには否定的です。したがって、支援する立場の方に当職がお伝えしているのは、次のことです。「自分のしたことは、補助金のやり取りに付随する当たり前の行為だから罪にならない」という組み立ては、裁判例の言葉の上でも、文献の上でも、安全な足場ではありません。
6 もう一つの裁判例――「局外の第三者」という主張は通らなかった
もう一つ、関与者の責任を考えるうえで押さえておく価値のある決定があります。最一小決昭和41年2月3日(集刑158号235頁、判時438号6頁)です。
事案は次のものです。県が整備農薬管理事業を実施する意思もなく、実際にも実施していなかったのに、これを実施するものとして農林省に不実の申告をし、国庫補助金を偽りの手段により県に交付させた。関与したのは、県の農業課長、県の技術吏員、そして県の農薬管理団体である経済農業協同組合連合会(以下「経済連」といいます)の常務理事の三名です。
ここで注目したいのは、経済連の常務理事の側の主張です。国庫補助金の交付・受領は国と県との間で行われるものであって、経済連は局外の第三者であり、これに参画する立場にない。しかも自分は制度に重大な欠陥があるため実施に反対していた。――つまり、自分は補助金の当事者ではない、という主張です。
最高裁は、この主張を事実誤認・単なる法令違反の主張として退け、共謀の認定を是認しました。
引用(最一小決昭和41年2月3日・理由)「原審が、被告人山中に対して、不正な手段により国の補助金を前記経済連に取得する前提としてこれを山口県に交付を受けしむることにつき相被告人山根、同斉藤と共謀したものである旨の第一審判決を是認して事実誤認はないとした判断は、正当である。」
補助金は国から県に交付されたものであり、常務理事自身が交付を受けたわけではありません。それでも、県に交付を受けさせることについての共謀が認定され、29条1項の共同正犯としての刑責が認められています。「自分は補助金の当事者ではない」という主張が通らなかった例として、読む価値があります。
同決定の岩田誠裁判官の補足意見は、29条1項の罪の性質について、次のように述べています。
引用(最一小決昭和41年2月3日・岩田誠裁判官補足意見)「右適正化法二九条一項の罪は、いやしくも、偽りその他不正の手段により相手方(国又は地方公共団体)より補助金等又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けることにより成立し、相手方が錯誤に陥ると否と、又その補助金等を犯人が領得する意思あると否とを問わない点において、詐欺罪とは罪質、構成要件を異にする別罪である。」
相手方が錯誤に陥ったかどうかを問わない。補助金を自分のものにする意思があったかどうかも問わない。――この二点は、支援する立場の方の弁解がしばしば向かう先を、あらかじめ塞いでいます。「役所の担当者も分かっていたはずだ」「自分は一円も取っていない」。いずれも、29条1項の成否を左右しません。詐欺罪との関係そのものは不正受給は詐欺罪になるのかで扱っています。
7 では、業者・コンサルタント・取引先はどこで線を越えるのか
ここからは、以上の裁判例と文献を踏まえた当職の整理です。いまの補助金を念頭に、支援する立場の方が確かめるべき点を順に挙げます。
(1)自分が受け取っていないことは、理由にならない
まず、一円も受け取っていないことは、29条1項の責任を免れる理由になりません。前記6の事案では、補助金は県に交付されており、関与した団体の役員自身が受領したわけではありませんでした。それでも共同正犯とされています。前記5の文献の立場に立てば、補助事業者等でない者が自ら偽って交付を受けた場合には、共犯ではなく正犯になり得ます。
(2)「渋る相手に強く働きかけた」かどうか
次に、裁判例の言葉として確かめられる線は、前記4(3)のものです。受交付罪に対する定型的な関与形式としての単なる交付行為にとどまるのか、相手方の受交付行為を積極的に促進したのか。渋る相手に対し、強く申し向けて、ついに申請を承諾させた――この事実があったために、本件の係員二名は不可罰の限度を越えたとされました。
支援する立場に置き換えれば、次のような言動が記録に残っていないかを確かめることになります。要件を満たさないことを知りながら、採択されるから出してみましょうと勧めた。完了の時期が間に合わないことを知りながら、先に実績報告を出して後で合わせましょうと提案した。相見積りの形を整えるために、取引先に協力を依頼した。――これらは、「定型的な関与形式」とは言いにくい類型です。
(3)書類を作った側、名義を貸した側
申請書・実績報告書の作成を引き受けていた場合には、29条1項の共犯の問題とは別に、32条1項の行為者処罰の問題が生じます。法人の代表者または法人・人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人または人の業務に関して29条から31条までの違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人または人に対しても各本条の罰金刑が科されます。一括して申請事務を委任された外部の者がこの「代理人」に当たるとされた例については、補助金の申請を代行した人も、刑事責任を問われるのかで扱っています。
32条1項は、関与した側の法人にも罰金刑が及ぶ規定です。個人の問題として処理できる話ではありません。
(4)行政職員・事務局側の立場にある方
交付行政庁の側にいる方については、29条2項の主体に当たるかどうかが、まず問題になります。基準は、前記3のとおり、交付決定処分をするについてこれを「ある程度実質的に左右する地位」にあるかどうかです。
ここで見落とされやすいのは、2項に当たらないとされたときに、1項の共犯の問題が残ることです。本件の係員二名は、まさにその経路で処罰に向かいました。「自分は交付する側の人間だから、受け取る側の罪には関わらない」という組み立ては、2項の主体に当たらないと判断された瞬間に崩れます。
(5)いまの運用の側にも、問うべきことがあります
もっとも、現場の関与者だけを責めて済む話ではないと当職は考えております。前記2(2)のとおり、本件の当時、未竣工のまま交付を受けた事例は全国で476件・約33億円に達していました。年度内の予算消化を事実上求める運用が、現場に虚偽の報告を作らせていた面があります。
いまの補助金でも、公募から交付決定までの期間、交付決定から事業完了までの期間、実績報告の締切りが、事業の実態に合っていない場面があります。事務局の指示や助言が、要件を満たさない形の報告を事実上促すことがあります。それでも、刑事責任は事業者と支援者に向かいます。制度を設計し運用する側が期限と手続を実態に合わせないまま、その歪みの帰結を事業者と支援者の刑事責任で引き受けさせる構造になっている、と言わざるを得ません。
もっとも、この指摘は、関与した側の責任を軽くするものではありません。事務局の指示や担当者の助言は、免罪符にはなりません。前記2(2)で見たとおり、上司の監督不十分が原因の一端であることは量刑では考慮されましたが、犯罪の成立は否定されていません。
(6)記録に残しておくこと
以上を踏まえると、支援する立場の方が残しておくべきものは、おおむね次のものになります。受任の範囲を書き分けた契約書。事業者から提供を受けた資料とその受領日。要件を満たさないおそれを指摘した記録。事業者の判断でそのまま提出された経緯。事務局・交付行政庁への照会とその回答。
「言った・言わない」になる場面で、前記4(3)の線を越えていないことを示せるのは、こうした記録です。
8 まとめ
補助金適正化法29条1項の不正受交付罪は、補助金を受け取った事業者だけを処罰する規定ではありません。
最一小決昭和52年3月16日は、補助金を受け取っていない県と村の係員二名を含む三名を29条1項の共同正犯として処断した原判決を是認しました。全員一致の法廷意見が判断したのは、係員の一人が29条2項にいう「交付をする者」に当たらないという点だけです。「交付をする者」とは、支出負担行為と交付決定処分をするについてこれを「ある程度実質的に左右する地位にある者」を指します。
補助金をもらう立場にない者が1項の共犯になるかという論点は、二対二に分かれ、補足意見の形で示されました。岸・岸上両裁判官は、従来の判例どおり、身分のない者も共同正犯になるとしました。団藤・下田両裁判官は、共同正犯にはならないが教唆犯になるとし、そのうえで、受交付罪に対する定型的な関与形式としての「単なる交付行為」は対向犯の特殊性により不可罰であるが、本件の両名は「Cの受交付行為を積極的に促進した」から不可罰の限度を越えたとしました。結論は、いずれの立場でも処罰に向かいます。
そして、文献は、この補足意見の前提そのものに批判的です。小滝・前掲407頁は、補助金等の交付を受ける可能性は補助事業者等に限られないとして、真正身分犯という理解を妥当でないとします。平野・前掲6頁から7頁までは、何人であっても偽って交付金を受け取れば本条違反が成立するとします。内藤・前掲163頁は、交付罪の要件をそなえない者は、積極的に促進したか否かを問わず教唆犯となるとみるべきであろうとします。
したがって、「自分は補助金をもらう側ではない」「補助金のやり取りに付随する当たり前のことをしただけだ」という組み立ては、安全な足場ではありません。裁判例の言葉として確かめられる線は、「単なる交付行為」か「相手方の受交付行為を積極的に促進した行為」かであり、しかもこの線は、文献からはさらに関与者に厳しい方向で批判されています。全額を加算金とともに返還しても、翌年に実際に施工する意図であっても、同じ運用が全国で広く行われていても、犯罪の成立は否定されませんでした。
ご相談をお考えの事業者の方へ
補助金の取消しや返還を求められている場面で、支援機関・コンサルタント・設備の販売事業者・取引先の関与の仕方が問題にされることがあります。取消し・返還の当否と、関与した方それぞれの責任とは、別の問題です。交付決定通知書、交付規程・公募要領、申請書類と実績報告書の控え、支援機関との契約書とやり取り、届いている通知書類があれば、具体的な検討ができます。取消通知には不服申立ての期間がありますので、早い段階でご相談ください。
なお、当職がお引き受けしているのは、取消し・返還をめぐる行政事件と、支援する立場の方の関与の仕方の整理です。すでに捜査が始まっている段階の刑事弁護については、刑事事件を扱う弁護士にご相談いただくのが適切です。
士業・支援機関の先生方へ
顧問先の補助金申請に関与する場面で、どこまで引き受けるのか、要件を満たさないおそれをどう伝えて記録に残すのかは、ご自身と事務所を守る問題です。本稿の整理は、受任の範囲の書き分け、事業者への指摘の残し方、事務局への照会の立て方に直結します。補助金適正化法の側からの検討が必要な場面では、その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方からのご相談も承っております。連携の形は士業の先生方へにまとめております。
※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第7節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、資料に基づく個別の検討が必要です。
※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。