執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
1 国の補助金は、判決を取らずに差押えまで進める仕組みです
先に、比べる相手を押さえておきます。国の補助金について返還を命じられた場合、徴収する側は裁判所の判決を得ることなく財産を差し押さえることができます。補助金適正化法が、返還を命じた補助金等について、国税滞納処分の例による徴収を認めているからです。
引用(補助金適正化法21条1項)「各省各庁の長が返還を命じた補助金等又はこれに係る加算金若しくは延滞金は、国税滞納処分の例により、徴収することができる。」
この条文が働くのは、補助金適正化法が適用され、又は準用される補助金です。中小企業基盤整備機構が交付する事業再構築補助金などにこの条文が及ぶこと(中小企業基盤整備機構法16条の準用によります)、放っておくと期限・加算金・延滞金がどう重なるのか、分割の打診に乗る前に決めることは、Q&A「補助金の返還命令を放っておくとどうなるのか――裁判なしの差押えと、払えないときの考え方」で述べています。このページは、その裏返しです。都道府県・市区町村が交付した補助金には、21条は働きません。普通地方公共団体による補助金の交付には、補助金適正化法の適用がないからです。では、自治体は何を根拠に差押えに進むのか。同Q&Aの5節で触れた点を、ここでは条文と裁判例で展開します。
2 自治体が自ら差押えに進めるのは、法律で定めた歳入に限られます
自治体が持つ金銭債権について、督促から差押えまでの流れを定めているのは、地方自治法231条の3です。1項から3項までを順に読みます。
引用(地方自治法231条の3第1項〜3項)「分担金、使用料、加入金、手数料、過料その他の普通地方公共団体の歳入を納期限までに納付しない者があるときは、普通地方公共団体の長は、期限を指定してこれを督促しなければならない。
2 普通地方公共団体の長は、前項の歳入について同項の規定による督促をした場合には、条例で定めるところにより、手数料及び延滞金を徴収することができる。
3 普通地方公共団体の長は、分担金、加入金、過料又は法律で定める使用料その他の普通地方公共団体の歳入(以下この項及び次条第一項において「分担金等」という。)につき第一項の規定による督促を受けた者が同項の規定により指定された期限までにその納付すべき金額を納付しないときは、当該分担金等並びに当該分担金等に係る前項の手数料及び延滞金について、地方税の滞納処分の例により処分することができる。この場合におけるこれらの徴収金の先取特権の順位は、国税及び地方税に次ぐものとする。」
1項と3項とで、対象の書き方が違います。1項の督促は、「分担金、使用料、加入金、手数料、過料その他の普通地方公共団体の歳入」が対象です。3項の滞納処分は、「分担金、加入金、過料又は法律で定める使用料その他の普通地方公共団体の歳入」が対象です。3項では、分担金・加入金・過料のほかは、「法律で定める」ものに限られています。督促はできても、判決を取らずに差押えまで進めるのは、法律が個別にそう定めた歳入だけだ、という建て方です。
そこで、3項の「法律で定める」歳入とは何かを見ます。これは、地方自治法自身が附則6条で列挙しています。
引用(地方自治法附則6条)「他の法律で定めるもののほか、第二百三十一条の三第三項に規定する法律で定める使用料その他の普通地方公共団体の歳入は、次に掲げる普通地方公共団体の歳入とする。
一 港湾法(昭和二十五年法律第二百十八号)の規定により徴収すべき入港料その他の料金、占用料、土砂採取料、過怠金その他の金銭
二 土地改良法(昭和二十四年法律第百九十五号)の規定により土地改良事業の施行に伴い徴収すべき清算金、仮清算金その他の金銭
三 下水道法(昭和三十三年法律第七十九号)第十八条から第二十条まで(第二十五条の三十において第十八条及び第十八条の二を準用する場合を含む。)の規定により徴収すべき損傷負担金、汚濁原因者負担金、工事負担金及び使用料
四 漁港及び漁場の整備等に関する法律(昭和二十五年法律第百三十七号)第三十五条、第三十九条の二第十項又は第三十九条の五の規定により徴収すべき漁港の利用の対価、負担金、土砂採取料、占用料及び過怠金」
港湾、土地改良、下水道、漁港の各料金等です。補助金の返還金は、ここに入っていません。残るのは「他の法律で定めるもの」があるかどうかですが、当職が確かめた範囲では、自治体が交付した補助金の返還金について、地方税の滞納処分の例によることを定めた法律の規定は見当たりません。地方自治法自身も、補助については「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる」と定めるだけで(232条の2)、返還や徴収の方法には触れていません。
そうすると、自治体が交付した補助金の返還金は、3項の滞納処分の対象には入らず、自治体の長が自ら差押えに進むことはできない、と考える余地があります。言い換えると、督促状に「期限までに納付がないときは滞納処分を行います」と書かれていても、その根拠となる法律の規定が示されていない限り、その予告どおりに進むとは限らない、ということです。届いた書面が根拠として何を挙げているかを、先にご確認ください。
なお、督促の根拠条文にも触れておきます。交付規則・交付要綱だけを根拠とする補助金の返還金を私法上の債権と見るのであれば(後記3)、その督促の根拠は、231条の3第1項ではなく、地方自治法施行令171条です。同条は、「債権(地方自治法第二百三十一条の三第一項に規定する歳入に係る債権を除く。)について、履行期限までに履行しない者があるときは、期限を指定してこれを督促しなければならない」と定めています。後記3の東京地判も、自治体の督促を施行令171条によるものとして扱っています。
例外がないかを確かめる――個別の法律に定めがあるもの
ただし、附則6条は「他の法律で定めるもののほか」と書いており、法律で定めた歳入は個別法に散らばっています。自治体が交付するお金であっても、その根拠となる個別の法律に「地方税の滞納処分の例により徴収することができる」という定めが置かれていれば、3項の対象になります。前記の一般論は、交付規則・交付要綱だけを根拠に交付された補助金についてのものです。返還を求める書面が個別の法律を根拠に挙げているときは、その条文を当たることになります。これに対し、条例は3項の根拠になりません。3項が「法律で定める」と書いているからです。条例に委ねられているのは、同条2項の手数料・延滞金だけです。返還を求める書面が条例を挙げているときも、その条例がどの法律に基づくものかを確かめることになります。
3 では、自治体はどうやって回収するのか――訴訟手続による請求
滞納処分ができない債権について、自治体が何もしないでよいわけではありません。地方自治法240条2項は、普通地方公共団体の長は、債権について、政令の定めるところにより、その督促、強制執行その他その保全及び取立てに関し必要な措置をとらなければならないと定めています。その政令が、地方自治法施行令です。
引用(地方自治法施行令171条の2本文)「普通地方公共団体の長は、債権(地方自治法第二百三十一条の三第三項に規定する分担金等に係る債権(第百七十一条の五及び第百七十一条の六第一項において「強制徴収により徴収する債権」という。)を除く。)について、同法第二百三十一条の三第一項又は前条の規定による督促をした後相当の期間を経過してもなお履行されないときは、次に掲げる措置をとらなければならない。」
ここで「強制徴収により徴収する債権」が除かれていることに注目してください。滞納処分ができる債権は、この条文の外です。それ以外の債権について、同条は三つの措置を並べています。1号が担保の実行と保証人への履行の請求(「担保の付されている債権(保証人の保証がある債権を含む。)」が対象です)、2号が債務名義のある債権についての強制執行、3号が「前二号に該当しない債権……については、訴訟手続(非訟事件の手続を含む。)により履行を請求すること」です。補助金の返還金に担保が付いていることは通常ありませんし(代表者の連帯保証が付いているときは、1号により保証人にも請求されます)、返還命令は債務名義ではありません。残るのは3号、訴訟手続による請求です。
つまり、滞納処分の根拠がない場合、自治体は、訴えを起こして債務名義(判決のほか、訴訟上の和解、支払督促など)を得てからでなければ、差押えに進むことができません。民事の取引と同じ順序です。前記のQ&Aで述べた国の補助金の仕組みとは、ここが逆になります。
実際に、自治体は訴えを起こしています
自治体が補助金の返還を求めて訴えを起こした裁判例が二つあります。先に射程を申し上げておくと、どちらの裁判例も、自治体が滞納処分をできるかどうかを判断したものではありません。自治体が訴訟という道を選んだ事案です。また、後に引く東京地判は、交付決定の取消しに伴う返還命令の事案ではなく、要綱の定めに基づく消費税仕入控除税額相当額の支払を求めた事案です。それでも、裁判所が、強制徴収の定めがないことを処分性の判断で取り上げている点は、前記2の読み方と同じ方向を向いています。
一つは、大阪地判令和2年8月12日判タ1492号196頁です。市が、認可保育所を運営する社会福祉法人に対し、交付規則・交付要綱に基づいて交付した補助金などの返還を求めて訴えを起こしました。裁判所は、この市の交付規則・交付要綱に基づく補助金の交付を、行政処分が介在することのない資金の贈与又は負担付贈与であるとし、その返還を求める不当利得返還請求権を私法上の金銭債権としました。判示の原文と、この判決の射程は、前記のコラムで引いていますので、ここでは繰り返しません。
もう一つは、東京地判令和8年1月29日(令和6年(ワ)第35396号。LLI/DB判例秘書登載)です。都が、補助金交付要綱に基づいて医療法人に交付した補助金について、消費税仕入控除税額相当額の納付を命じたうえで、その支払を求めて訴えを起こした事案です。この補助金は、国の交付金を財源とする基金から交付されたもので、補助金適正化法2条4項の間接補助金等に当たることに争いがありませんでした。裁判所は、普通地方公共団体による補助金の交付には補助金適正化法の適用がないから、交付に係る法律関係が公法上か私法上かは個別に具体的制度を見て検討するほかないとしたうえで、この要綱について次のように述べました。
引用(同判決)「その文言上、交付決定には裁量があり(第5)、行政庁として応答をすることが一般法理上義務付けられているとはいい難いこと、交付決定や交付決定の取消し等に対する不服申立ての手続がないこと、補助金の返還や違約加算金及び延滞金(第8の13)に関し強制徴収の手続が定められていないことなど、行政処分性を肯定するための重要な要素が欠落しているといわざるを得ない。」
そのうえで、同判決は、この要綱に基づく補助金の交付を「行政処分を介在させることなく、事業者による申込み及びこれに対する原告の承諾によって成立する私法上の贈与契約又は負担付贈与契約であると認めるのが相当」とし、要綱の定めを「上記契約に付随する約定」と位置づけています。要綱と補助金適正化法を同視できるかという被告の主張に対しても、補助金適正化法には「補助金等の返還につき国税滞納処分の例により徴収することができるとされ(21条)、各省各庁の長の処分に対する不服申立ての手続が定められている(25条)ほか、罰則が設けられている(第6章)」のに対し、要綱には「これらの規定が設けられていないという重要な差異がある」と述べています。重要な差異として挙げられた三つのうちの一つが、強制徴収の定めです。間接補助金等に当たるという主張に対しても、「本件耐震化整備事業補助金が補助金適正化法に定める間接補助金等に該当するからといって、その交付が行政行為に当たるということはできない」としています。なお、同判決の上訴審の帰趨は確認できておりません。
二つの裁判例に共通するのは、自治体が滞納処分ではなく訴えという道を選んだことです。東京地判は、さらに、強制徴収の手続が定められていないことを、行政処分性を肯定するための要素の欠落の一つに数えました。大阪地判は、交付が法律や条例に根拠を持たず要綱に基づくものであることを理由に私法上の負担付き贈与契約としたもので、強制徴収の有無には触れていません。東京地判の整理によれば、強制徴収ができないことと、返還命令が行政処分ではないこととは、同じ方向を向いています。
訴訟になると、何が変わるのか
訴訟手続によるということは、返還を求める側が、返還の理由となる事実を裁判所で主張し、証明しなければならないということです。国の補助金の返還命令は行政処分ですので、取り消されない限り効力があるものとして扱われます(いわゆる公定力)。そのため、事業者の側が出訴期間内に取消訴訟を起こさなければ、返還義務の存在そのものを争う途が狭まります。これに対し、前記の二つの裁判例の整理に従えば、交付規則・交付要綱だけを根拠とする自治体の補助金では、「返還命令」と題する書面が届いても、それは契約上の請求と見ることになります。公定力はなく、出訴期間もありません。争うのは、訴えられた裁判の中で、交付の条件に反した事実があったのか、返還額はいくらなのか、時効が完成していないのか、という中身です。
もっとも、ここは言い切れないところが残ります。東京地判が点検したのは要綱の文言であり、要綱の上に乗る補助金等交付規則に、申請に対する応答の義務、返還命令、違約加算金、他の補助金の一時停止と相殺の定めがそろっている補助金については、交付決定の取消しと返還命令に処分性を認める余地があると考えております。その場合には、取消訴訟の出訴期間(処分があったことを知った日から6か月)が問題になります。処分性の見分け方と、取消訴訟に債務不存在確認の訴えを予備的に併せる立て方は、コラム 「自治体の補助金の取消し・返還は、取消訴訟で争うのか、民事訴訟で争うのか――要綱補助金の処分性」 で述べています。「返還命令」の書面が届いたときは、契約上の請求と決め込まず、期間のある取消訴訟の線も残して検討してください。
もっとも、これは、放っておいてよいという意味ではありません。督促には時効を更新する効力があり(後記4)、要綱に延滞金の定めがあれば、訴訟の中でそれも請求されます。前記の東京地判でも、要綱の定めに従った年10.95パーセントの延滞金が認められています。
次のような場合は、お返事をされる前にご相談ください
- 県や市から補助金の返還を求める書面が届き、「滞納処分」「差押え」という言葉が書かれている
- 督促状が届き、分割での納付や納付の猶予を打診されている
- 返還を求める根拠として、交付要綱・交付規則のどの条項が挙げられているのか分からない
4 時効は5年か――地方自治法236条と、民法のどちらによるのか
自治体の金銭債権の時効については、地方自治法に定めがあります。
引用(地方自治法236条1項・2項・4項)「金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、これを行使することができる時から五年間行使しないときは、時効によつて消滅する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
2 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利の時効による消滅については、法律に特別の定めがある場合を除くほか、時効の援用を要せず、また、その利益を放棄することができないものとする。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
3 金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利について、消滅時効の完成猶予、更新その他の事項(前項に規定する事項を除く。)に関し、適用すべき法律の規定がないときは、民法(明治二十九年法律第八十九号)の規定を準用する。普通地方公共団体に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。
4 法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促は、時効の更新の効力を有する。」
この条文が当てはまれば、時効期間は行使することができる時から5年です。しかも、2項により、事業者の側が時効を援用しなくても債権は消滅し、自治体の側が時効の利益を放棄することもできません。民法では、時効は当事者が援用しなければ裁判所がこれによって裁判をすることができず(民法145条)、完成後に債務を承認すれば時効の利益を放棄したものと扱われ得ますが、236条2項はこれを外しています。5年が過ぎていれば、自治体は、事業者の側が気づいていなくても請求できない、という仕組みです。
ただし、裁判所は「私法上の債権だから民法」と判断しています
ところが、前記3で挙げた二つの裁判例は、いずれも、交付規則・交付要綱に基づく補助金の返還請求権を私法上の金銭債権とし、地方自治法236条ではなく民法の時効の規定を適用しました。東京地判令和8年1月29日は、236条1項について、次のように述べています。
引用(同判決)「上記規定は、普通地方公共団体の有する公法上の金銭債権に適用されるものであり、普通地方公共団体の有する私法上の金銭債権については、民法等の時効に関する規定が適用されると解するのが相当である。」
そのうえで、同判決は、消費税仕入控除税額相当額の支払債権を「契約の約定……に基づいて発生する私法上の金銭債権であり、その消滅時効期間は、民法167条1項により10年である」としました(平成29年法律第44号による改正前の民法です)。大阪地判令和2年8月12日も、結論は同じく改正前民法167条1項の10年です。
ここで注意していただきたいのは、どちらの裁判でも、5年の時効を主張したのは事業者の側だった、ということです。「自治体の債権だから5年で、放棄もできないはずだ」という主張は、裁判所に退けられています。東京地判の整理では、強制徴収の定めがないことを含めて行政処分性の要素が欠けているから私法上の契約である、私法上の債権だから民法の時効による、という一本の筋が通っています。前記2で述べた滞納処分の話と、この時効の話は、同じ根から出ています。
なお、改正前の民法が適用されたのは、どちらの事件でも、債権が令和2年4月1日より前に生じていたからです。同日以後に生じた債権には、現在の民法166条1項(債権者が権利を行使することができることを知った時から5年、権利を行使することができる時から10年)が適用されます。そうすると、自治体が返還を求めることができると知った時から5年という、短い側の期間も入ってきます。もっとも、民法によるのであれば、援用は必要です。放っておけば消えるのではなく、裁判の中で時効を援用して初めて効きます。
私見としては、236条の5年・援用不要・放棄不可という定めが働くのは、条例や個別の法律に根拠があり、返還請求権が公法上の債権と評価される補助金に限られると考えております。交付規則・交付要綱だけを根拠とする補助金では、民法の時効を援用することになる、という整理です。もっとも、二つの裁判例はいずれも地方裁判所の判断であり、上訴審の裁判は確認できておりませんので、他の裁判所が別の結論を採る余地は残ります。国の補助金の時効(会計法30条の5年か、民法か)は、Q&A「補助金の返還請求に時効はあるのか」で述べています。
法令に基づく督促が届くと、時効は振り出しに戻ります
どちらの時効によるにしても、注意していただきたい条文が、前記の236条4項です。法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促は、時効の更新の効力を有します。民法では、催告は6か月の完成猶予の効力しか持ちませんが(民法150条)、自治体の法令に基づく督促は、それだけで時効を更新し、期間が新たに進み始めます。前記の東京地判も、私法上の債権としながら、都が納付期限の経過後にした督促によって「地方自治法236条4項及び地方自治法施行令171条により、本件支払債権に係る消滅時効期間が更新されている」としました。何年も前の補助金について督促が届いたときは、届いた日が、新しい起算点になり得ます。
ただし、4項が更新の効力を認めるのは、「法令の規定により」する督促です。231条の3第1項又は施行令171条に基づく督促がこれに当たります。施行令171条は「期限を指定してこれを督促しなければならない」と定める一回の行為ですので、要綱に基づく催告状や、二度目・三度目の督促状が同じ効力を持つかどうかは、別に考える必要があると考えております。督促状が届くたびに時効が延びていくものと受け取る必要はありませんが、届いた書面がどの条文に基づく督促なのかは、一通ごとに確かめることになります。
5 分割・猶予はあるのか――履行延期の特約と、自治体の裁量
滞納処分ができない債権について、地方自治法施行令は、分割や猶予の仕組みも置いています。171条の6第1項は、「債務者が無資力又はこれに近い状態にあるとき」、「債務者が当該債務の全部を一時に履行することが困難であり、かつ、その現に有する資産の状況により、履行期限を延長することが徴収上有利であると認められるとき」などの場合に、履行期限を延長する特約又は処分をすることができるとし、「この場合において、当該債権の金額を適宜分割して履行期限を定めることを妨げない」としています。4号には、「損害賠償金又は不当利得による返還金に係る債権について、債務者が当該債務の全部を一時に履行することが困難であり、かつ、弁済につき特に誠意を有すると認められるとき」も挙げられています。補助金の返還金が不当利得返還請求権として扱われるのであれば、この号に乗ります。
さらに、171条の7第1項は、無資力又はこれに近い状態にあるため履行延期の特約又は処分をした債権について、当初の履行期限から10年を経過した後において、なお債務者が無資力又はこれに近い状態にあり、かつ、弁済することができる見込みがないと認められるときは、当該債権及びこれに係る損害賠償金等を免除することができるとしています。
他方で、自治体の側には、請求しないという選択の余地が原則としてありません。最大判令和3年2月24日民集75巻2号29頁は、使用料に係る債権について、地方自治法231条の3第1項等の規定並びに同法240条及び地方自治法施行令171条の2から171条の7までの規定によれば、客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりすることは許されず、原則として、地方公共団体の長にその行使又は不行使について裁量はないと述べています(同判決の解説として最高裁判所判例解説民事篇令和3年度23頁の36頁〜37頁)。同判決が参照する最二小判平成16年4月23日民集58巻4号892頁は、私法上の損害賠償請求権について同じ命題を示したものです。補助金の返還金が私法上の債権と見られる場合にも、この命題が及びます。自治体の担当者が「訴えるかどうかは検討中です」と言ったとしても、放置すれば住民訴訟の対象になり得る立場に置かれています。訴えが起こされることを前提に、争う中身を整えておくのが現実的です。
なお、国の補助金について、一部を納付したときの充当の順序や、加算金・延滞金の免除の定めは、前記のQ&A「補助金の返還命令を放っておくとどうなるのか」とQ&A「補助金の返還を求められたら、加算金・延滞金は払うのか」で述べています。自治体の補助金では、加算金・延滞金の根拠は法律ではなく交付規則・交付要綱の定め(返還金を231条の3第1項の歳入と見る場合は、同条2項による条例)になりますので、その文言と、根拠となる条項が何かを確かめることになります。要綱の「違約加算金」の計算と免除のただし書は、Q&A 「県や市の補助金で「違約加算金」と言われた――年10.95パーセントと、免除の定め」 で述べています。
6 どう動くか
順序を申し上げます。
- 届いた書面の根拠を確かめる。交付決定通知書と、そこに書かれた交付規則・交付要綱・条例を一式そろえ、返還を求める書面がどの条項を根拠に挙げているかを見ます。個別の法律に「地方税の滞納処分の例により徴収する」という定めが引かれているかどうかで、前記2の結論が分かれます。条例や規則は、3項の根拠になりません。
- 「滞納処分」「差押え」の予告が書かれていても、その根拠条文が示されていなければ、まずそれを尋ねる。根拠が交付要綱・交付規則にとどまるのであれば、自治体が自ら差押えに進む道は見当たらず、訴訟手続による請求になると考える余地があります。
- 時効の年数を数える。補助金の交付日、返還を求める理由となった事実の日、督促が届いた日を並べます。法令に基づく督促には時効を更新する効力がありますので(236条4項)、督促が届いた日の記録は、封筒ごと残してください。令和2年4月1日以後に生じた債権には現在の民法が適用されます。
- 一部を払う前に、承認の効果を考える。民法による場合、一部の弁済は権利の承認として時効を更新する事由になります(民法152条)。分割の打診に応じる前に、返還を求める理由そのものに争いがないかを先に確かめます。また、分割の合意を、強制執行を受け入れる旨の記載のある公正証書にすると、それ自体が債務名義になり、自治体は訴訟を経ずに差押えができるようになります。署名の前に、どの書式で求められているかをご確認ください。
- 争う中身を整える。訴訟になれば、交付の条件に反した事実があったのか、要綱のどの条項に当たるのか、返還額の計算は合っているのかが争点です。補助事業を行ったことを示す記録(契約書、納品書、支払の記録、事業の実施状況が分かる写真や報告)を手元にそろえておきます。
申し上げたいことは一つです。県や市の補助金の返還は、国の補助金と同じ仕組みではありません。自治体が自ら差押えに進めるのは法律で定めた歳入に限られ、地方自治法附則6条の列挙にも、当職が確かめた範囲の他の法律にも、補助金の返還金をそう定めた規定は見当たりませんので、争いがあれば裁判所で決めることになる、と考える余地があります。裁判になれば、返還の理由があるのかという中身が正面から問われます。督促状の文面に押されて分割の合意書に署名する前に、根拠の条文を確かめてください。自治体の補助金に取消訴訟の道があるのかという別の問題は、コラム 「自治体の補助金の取消し・返還は、取消訴訟で争うのか、民事訴訟で争うのか」 で、返還を求められたときの対応の順序は、返還・残存簿価の返納を求められたらのページで述べています。
県や市から補助金の返還を求める書面や督促状が届いた事業者の方、顧問先・支援先からこのようなご相談を受けている中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方は、分割の合意書に署名される前にご相談ください。交付決定通知書と、そこに書かれた交付規則・交付要綱・条例、返還を求める書面、督促状があれば、自治体が自ら差押えに進める根拠があるのか、時効が何年になるのか、争う中身があるのかの検討ができます。
根拠(条文・公式資料・裁判例)
- 補助金適正化法21条1項(各省各庁の長が返還を命じた補助金等又はこれに係る加算金若しくは延滞金は、国税滞納処分の例により、徴収することができる)
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構法16条(補助金適正化法の規定(罰則を含む)を、機構が交付する助成金について準用する)
- 地方自治法231条の3第1項(分担金、使用料、加入金、手数料、過料その他の普通地方公共団体の歳入を納期限までに納付しない者があるときは、期限を指定して督促しなければならない)、同条2項(督促をした場合には、条例で定めるところにより、手数料及び延滞金を徴収することができる)、同条3項(分担金、加入金、過料又は法律で定める使用料その他の普通地方公共団体の歳入につき督促を受けた者が指定された期限までに納付しないときは、地方税の滞納処分の例により処分することができる。先取特権の順位は国税及び地方税に次ぐ)
- 地方自治法附則6条(他の法律で定めるもののほか、231条の3第3項に規定する法律で定める使用料その他の普通地方公共団体の歳入は、港湾法の規定により徴収すべき入港料その他の料金等、土地改良法の規定により徴収すべき清算金等、下水道法18条から20条までの規定により徴収すべき損傷負担金・汚濁原因者負担金・工事負担金及び使用料、漁港及び漁場の整備等に関する法律の規定により徴収すべき漁港の利用の対価等とする)
- 地方自治法232条の2(普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる)
- 地方自治法236条1項(金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、これを行使することができる時から5年間行使しないときは、時効によつて消滅する)、同条2項(時効の援用を要せず、その利益を放棄することができない)、同条3項(消滅時効の完成猶予、更新その他の事項に関し、適用すべき法律の規定がないときは、民法の規定を準用する)、同条4項(法令の規定により普通地方公共団体がする納入の通知及び督促は、時効の更新の効力を有する)
- 地方自治法240条2項(普通地方公共団体の長は、債権について、政令の定めるところにより、その督促、強制執行その他その保全及び取立てに関し必要な措置をとらなければならない)、同条3項(徴収停止、履行期限の延長又は債務の免除)
- 地方自治法施行令171条(231条の3第1項に規定する歳入に係る債権を除く債権について、履行期限までに履行しない者があるときは、期限を指定して督促しなければならない)、171条の2(強制徴収により徴収する債権を除く債権について、督促をした後相当の期間を経過してもなお履行されないときは、担保の実行又は保証人への履行の請求、債務名義のある債権についての強制執行、それ以外の債権については訴訟手続(非訟事件の手続を含む)により履行を請求する措置をとらなければならない)、171条の6第1項(履行期限を延長する特約又は処分。債権の金額を適宜分割して履行期限を定めることを妨げない。4号は損害賠償金又は不当利得による返還金に係る債権)、171条の7第1項(無資力又はこれに近い状態にあるため履行延期の特約又は処分をした債権について、当初の履行期限から10年を経過した後の免除)
- 民法145条(時効の援用)、150条(催告による時効の完成猶予)、152条(承認による時効の更新)、166条1項(債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間、権利を行使することができる時から10年間)
- 平成29年法律第44号による改正前の民法167条1項(債権は、10年間行使しないときは、消滅する)
- 大阪地判令和2年8月12日判タ1492号196頁、金融・商事判例1609号38頁(市が交付規則・交付要綱に基づいて交付した補助金の返還を求めて訴えを起こした事案。補助金の交付を、法律や条例に根拠を持たず要綱に基づく私法上の負担付き贈与契約とし、返還を求める不当利得返還請求権又は原状回復請求権を私法上の金銭債権として、改正前民法167条1項により消滅時効期間を10年としたもの。上訴審の裁判は公刊物に見当たらない)
- 東京地判令和8年1月29日(令和6年(ワ)第35396号。補助金返還請求事件。LLI/DB判例秘書登載)(都が交付要綱に基づいて交付した補助金(補助金適正化法2条4項の間接補助金等に当たることに争いがない)について、消費税仕入控除税額相当額の納付を命じたうえで支払を求めて訴えを起こした事案。地方自治法236条1項は公法上の金銭債権に適用されるとしたうえで、要綱に不服申立ての手続も強制徴収の手続も定められていないことなどから、交付を私法上の贈与契約又は負担付贈与契約と認め、支払債権を私法上の金銭債権として改正前民法167条1項の10年とし、都の督促により同法236条4項・同法施行令171条による時効の更新があったとしたもの。上訴審の帰趨は確認できていない)
- 最大判令和3年2月24日民集75巻2号29頁、判タ1485号10頁(使用料に係る債権について、地方自治法231条の3第1項等並びに同法240条及び同法施行令171条の2から171条の7までの規定によれば、客観的に存在する債権を理由もなく放置したり免除したりすることは許されず、原則として、地方公共団体の長にその行使又は不行使について裁量はないとしたもの。最二小判平成16年4月23日民集58巻4号892頁を参照している)。解説として最高裁判所判例解説民事篇令和3年度23頁(36頁〜37頁、55頁)
※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。
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※ 本ページは一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。