執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
1 このページで扱う範囲――取消権の話は含みません
補助金の返還請求権も、お金の支払を求める権利です。権利である以上、一定の期間が過ぎれば消滅時効にかかります。「もう何年も前の補助金なのに、今になって返せと言われた」という場面で、まず確かめるべきことの一つがこれです。
もっとも、ひとくちに「補助金の返還請求の時効」といっても、期間が何年になるかは、その返還請求権がどういう性質のものかによって、適用される条文が変わります。以下では、国の金銭債権についての定めである会計法30条から出発し、中小機構が交付する補助金、事務局が交付主体となる補助金の順に整理します。
2 会計法30条の5年――「国が当事者だから5年」ではない
このサイトが主に扱っている補助金は、中小機構が交付するものと、事務局が交付主体となるものです。国が直接交付する補助金そのものを扱ってはいませんが、時効の話をするときは、国の金銭債権についての定めである会計法30条から見るのが分かりやすいので、ここから始めます。
引用(会計法30条)「金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律に規定がないものは、これを行使することができる時から五年間行使しないときは、時効によつて消滅する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについても、また同様とする。」
数え方の出発点が「これを行使することができる時」であること、期間が5年であることが、条文から読み取れます。なお、補助金適正化法には、時効についての定めは置かれていません。ですので、「時効に関し他の法律に規定がないもの」という条文の条件そのものは、満たされることになります。
もっとも、国の権利でありさえすれば一律に5年になる、というものではありません。最高裁は、会計法30条が5年の消滅時効期間を定めたのは「国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したことに基づくもの」であるから、「同条の5年の消滅時効期間の定めは、右のような行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権であって他に時効期間につき特別の規定のないものについて適用されるものと解すべきである」と判示しています(最三小判昭和50年2月25日民集29巻2号143頁。右の判示は、清野正彦・最高裁判所判例解説民事篇平成19年度86頁に引用されています)。この事案では、国家公務員の国に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権について、会計法30条の5年ではなく民法の10年によるとされました。
これより前に、国有の普通財産の売払代金債権についても、「その法律関係は本質上私法関係というべきであり、その結果生じた代金債権もまた私法上の金銭債権であって公法上の金銭債権ではない」として、会計法30条の適用が否定されています(最三小判昭和41年11月1日民集20巻9号1665頁)。この判決の解説も、「会計法の規定による金銭債権の消滅時効の五年は、公法関係の請求権にだけ適用されると解せられており、問題となる点は、具体的の請求権が、公法関係のものか私法関係のものかいずれなるかにある」と整理しています(槇重博「国の普通財産売払代金債権と会計法30条」ジュリスト373号250頁、251頁)。
つまり、会計法30条は、「国が当事者だから5年」という条文ではありません。問題の請求権が公法関係のものか私法関係のものか、行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権かを先に見て、そのうえで適用の有無が決まる条文です。何年になるかを考えるには、この順番を踏む必要があります。
3 中小機構が交付する補助金――会計法30条か、民法か
事業再構築補助金、新事業進出補助金、新事業進出・ものづくり補助金、中小企業省力化投資補助金は、中小機構が中小機構法15条1項6号に基づく業務として交付する助成金です。同法16条により補助金適正化法が準用されますので、交付決定の取消し(同法17条1項)も、取消しに伴う返還命令(同法18条1項)も、この補助金に及びます。
会計法30条が及ぶかは、条文からは直ちに決まりません
ところが、時効については事情が違います。会計法30条の主語は「国」です。そして中小機構法16条が準用しているのは補助金適正化法であって、会計法ではありません。16条の読替えも、「国」を「独立行政法人中小企業基盤整備機構」と読み替えるのは補助金適正化法の中の規定(2条1項・4項、7条2項、19条1項・2項、24条、33条)についてであり、会計法には及びません。中小機構法にも、独立行政法人通則法にも、機構の金銭債権の消滅時効についての一般的な定めは置かれていません(いずれもe-Gov法令検索の原文で確認したところ、両法に「時効」の語はありません)。
そうすると、独立行政法人である中小機構の返還請求権に会計法30条が及ぶのかは、条文の文言からは直ちに決まらないことになります。手がかりは両方向にあります。返還を命じた補助金等は国税滞納処分の例により徴収することができるとされており(同法21条1項)、この点は公法関係の金銭債権としての性格を示すものといえます。他方で、前記2のとおり、公法関係のものであってもなお行政上の便宜を考慮する必要があるかが問われますので、そこで結論が分かれる余地があります。なお、この点を正面から判断した裁判例は、現在のところ見当たりません。
及ばないとすれば、民法166条1項によります
会計法30条が及ばないとすれば、一般法である民法の定めによることになります。
引用(民法166条1項)「債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。」
民法166条1項は、1号と2号のどちらか早く満了した方で時効が完成する仕組みです。そして、交付決定を取り消して返還を命じたのは中小機構自身ですから、機構が権利を行使することができることを知っているのが通常であると考えられます。そうであれば、1号の5年が先に来る余地があります。
令和2年4月1日より前に生じた債権には、改正前の民法が適用されます
民法の時効の規定は、令和2年4月1日に改正法が施行されています。そして、施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例によるとされました(民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則10条4項)。改正前民法167条1項は、債権は10年間行使しないときは消滅すると定めていました。
ここで基準になるのは、補助金が交付された時期ではなく、「債権が生じた」時です。返還請求権がいつ生じたものとされるのかは、次の5で述べる起算点の問題と重なりますので、このページでは立ち入りません。古い補助金について返還を求められている場合は、期間そのものが変わり得る、というところまでをご理解ください。この点は、次の4で述べる事務局が交付する補助金の場合にも、同じように問題になります。
次のような場合は、お支払いになる前にご相談ください
- 何年も前の補助金について、返還や納付を求められている
- 取消通知・返還命令が届いてから、長い時間が経っている
- 返還を求められている補助金が、令和2年4月1日より前に交付されたものである
4 事務局が交付する補助金の場合
IT導入補助金(現:デジタル化・AI導入補助金)、従来のものづくり補助金(ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金)、小規模事業者持続化補助金のように、事務局が交付主体となる補助金は、事務局との間の、交付規程に基づく負担付贈与契約と解されます。中小機構が交付主体となる新事業進出・ものづくり補助金は、これには当たりません。この類型での「取消し」の法的な正体は契約の解除ですので、返還請求権も、契約に基づく権利又は不当利得返還請求権として、民法の時効によることになります。
参考になる裁判例があります。地方公共団体が要綱に基づいて交付した補助金について、「資金の給付を求める事業者の申込みに対する承諾という性質を有する非権力的な給付行政に属するものである」として、その法的性質を「行政処分が介在することのない」資金の贈与又は負担付贈与と認め、その返還を求める不当利得返還請求権は「その法律関係は本質上私法関係というべきである」から私法上の金銭債権であるとして、改正前民法167条1項により消滅時効期間を10年としたものです(大阪地判令和2年8月12日判タ1492号196頁)。この判決は、地方自治法236条1項の5年によるか民法によるかという枠組みで判断したもので、会計法30条の事案ではありません。交付主体も根拠も異なりますので、そのまま当てはまるわけではありませんが、行政処分を介さずに交付された補助金の返還請求権は民法の時効によるという考え方は、事務局が交付主体となる補助金についても同様に当てはまる余地があります。
現在の民法によれば、期間は166条1項のとおりです。どちらの類型に当たるかは、交付決定通知書の主語が「中小機構は」か「事務局は」かが最初の見分け方になります(コラム「処分性のある補助金とない補助金」で詳しく述べています)。
5 いつから数えるのか、進行が止まることはあるのか
期間が何年かが分かっても、いつから数えるのかが決まらなければ、時効が完成しているかは分かりません。条文が示しているのは、会計法30条であれば「これを行使することができる時」、民法166条1項であれば「権利を行使することができることを知った時」(1号)又は「権利を行使することができる時」(2号)という、起算点の決め方だけです。
補助金適正化法の構造も手がかりになります。18条1項は、交付決定を取り消した場合において既に補助金等が交付されているときは「期限を定めて、その返還を命じなければならない」と定めています。返還命令は、交付決定の取消しがあって初めて可能になるものです。そうすると、返還請求権を行使することができる時は、補助金を受け取った日ではなく、返還命令で定められた期限より後になると考える余地があります。
なお、加算金は、返還命令に係る「補助金等の受領の日から納付の日までの日数に応じ」て計算されることとされています(同法19条1項)。これは加算金の計算の仕方の話であって、返還請求権の時効の起算点とは別の問題です。受領の日から数えると書かれているからといって、時効も受領の日から数えるということにはなりません。
時効の進行が止まったり、やり直しになったりする事由
- 裁判上の請求がされると、その事由が終了するまで時効は完成せず、判決で権利が確定すれば、その事由が終了した時から新たに進行を始めます(民法147条)。
- 権利の承認があったときは、その時から新たに進行を始めます(同法152条1項)。一部を支払うことが承認として扱われる場合がありますので、ここが実務上いちばん注意を要するところです。
- 催告(支払を求める通知)があった場合は、その時から6か月を経過するまで時効は完成しません(同法150条1項)。もっとも、猶予されている間に重ねて催告をしても、更に猶予される効力はありません(同条2項)。
- 会計法が適用される場面では、法令の規定により国がなす納入の告知に、時効の更新の効力があるとされています(会計法32条)。催告が6か月の猶予にとどまる民法とは、扱いが異なります。
- また、金銭の給付を目的とする国の権利の時効による消滅については、別段の規定がないときは、時効の援用を要せず、その利益を放棄することもできないとされています(同法31条1項)。完成猶予・更新については、適用すべき他の法律の規定がないときは民法の規定を準用するとされています(同条2項)。これに対し、民法によるのであれば、時効は当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができません(民法145条)。援用とは、時効が完成していることを自分から主張することです。期間が過ぎていても、黙っていれば裁判の基礎にはなりません。
起算点がいつになるのか、途中で進行が止まる事由があったのかは、取消通知・返還命令の日付、定められた納期日、その後の督促や協議の経過といった、個別の事情によって決まります。一般的に確かめられる範囲を超えますので、このページでは条文の定め方を示すところにとどめます。
6 「何年も前の話なのに」と言われたら確認すること
- 交付決定通知書の主語。中小機構か、事務局か。これで、どの枠組みで考えるかが決まります。
- 取消通知・返還命令の日付と、そこで定められた納期日。返還を求める書面が、取消しに伴う返還命令なのか、財産処分の承認に伴う納付の求めなのかも確かめます。根拠になる条文も、争い方も違います。
- その後に受け取った書面の履歴。督促、催告、納入の告知、訴訟の提起があったかどうかです。
- 一部でも支払っていないか。支払が権利の承認として扱われ、時効が新たに進行を始めることがあります。
- 返還命令がまだ出ていない段階で「自主返納」を求められている場合は、時効の前に、そもそも返還すべき義務があるのかから検討することになります(自主返納の求めをご覧ください)。
期間が過ぎているように見えても、ご自身の判断で支払を止めてしまう前に、書面をそろえて確かめることをお勧めします。逆に、期間が過ぎていないように見える場合でも、取消しや返還命令そのものに理由があるのかという問題は別に残ります。時効は、返還を求められたときに確かめるべき事柄の一つであって、唯一の争点ではありません。
何年も前の補助金について返還を求められている事業者の方、顧問先・支援先からこのようなご相談を受けている中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方は、返還に応じる前にご相談ください。一部を支払うことが権利の承認として扱われ、時効が新たに進行を始めることがあります。交付決定通知書と、届いた取消通知・返還命令・督促の書面があれば、具体的な検討ができます。
根拠(条文・公式資料・裁判例)
- 会計法30条、31条1項・2項、32条
- 民法145条、147条、150条、152条、166条1項
- 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)附則10条4項(施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。施行日は令和2年4月1日)、改正前民法167条1項(債権は、10年間行使しないときは、消滅する)。附則は、e-Gov法令検索の民法のページの末尾に掲載されています
- 補助金適正化法17条1項、18条1項、19条1項、21条1項(同法には、時効についての定めはありません)
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構法15条1項6号、16条
- 最三小判昭和50年2月25日民集29巻2号143頁(会計法30条の5年の消滅時効期間の定めは、行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権であって他に時効期間につき特別の規定のないものについて適用されるとしたもの)
- 清野正彦・最高裁判所判例解説民事篇平成19年度86頁(右判決の判示の引用)
- 最三小判昭和41年11月1日民集20巻9号1665頁(国の普通財産の売払代金債権は私法上の金銭債権であって公法上の金銭債権ではないから、会計法30条により5年の消滅時効に服すべきものではないとしたもの)
- 槇重博「国の普通財産売払代金債権と会計法30条」ジュリスト373号250頁、251頁(会計法の金銭債権の消滅時効の5年は公法関係の請求権にだけ適用されると解されており、問題となるのは具体的な請求権が公法関係のものか私法関係のものかである、との整理)
- 大阪地判令和2年8月12日判タ1492号196頁、金融・商事判例1609号38頁(地方公共団体が要綱に基づいて交付した補助金を、行政処分が介在しない資金の贈与又は負担付贈与とし、その返還を求める不当利得返還請求権を私法上の金銭債権として、改正前民法167条1項により消滅時効期間を10年としたもの)
※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。
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※ 本ページは一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。