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弁護士 岸上大起

何年前の補助金まで返還を求められるのか――裁判例紹介:大阪地判令和2年8月12日

執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)

自治体の補助金について、「交付要件を欠いていた」として数年分まとめて返還を求められることがあります。実地検査や監査、あるいは別の問題をきっかけとした調査から、何年も前の年度の交付にまで遡って返還を求める通知が届く、という形です。そのとき事業者の側がまず考えるのは、「そんなに前の分まで応じなければならないのか」ということです。

地方自治法236条1項は、金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、5年間行使しないときは時効によって消滅する、と定めています。自治体が交付した補助金の返還を求めるのだから、この5年が当てはまるのではないか。そう考えるのは自然です。

本稿で取り上げる大阪地判令和2年8月12日(判タ1492号196頁、金判1609号38頁)は、この考え方を採りませんでした。市が認可保育所を運営する社会福祉法人に対し、運営費・委託費と各種補助金の返還を求めた事件で、裁判所は、これらの返還請求権は「私法上の金銭債権」であり、消滅時効期間は10年である(平成29年法律第44号による改正前の民法167条1項)と判断しました。5年ではなく、10年です。

理由の立て方が重要です。裁判所は、「補助金を交付する関係」が公法上の関係かどうかではなく、「支払の原因が欠けるのに支払われた分を返せという関係」が公法上の関係かどうかを見ました。そして、後者は、当事者の一方が自治体であっても、私人同士の不当利得と本質的に異ならないとしました。そのうえで、同じ事件で、裁判所は返還義務者を民法704条前段の「悪意の受益者」と認め、交付を受けた時点から年5パーセントの利息の支払義務まで負わせています。

本稿では、この判決の判示を原文で示しながら、「何年前の分まで返還を求められるのか」という一つの問いに答えます。あわせて、国の補助金(補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律が適用されるもの)では結論が異なること、現在の民法が適用される給付では更に違う考慮が入ることを整理します。本判決は地方裁判所の判決であり、上訴審の裁判は公刊物に見当たりません。どこまでが判決の言葉で、どこからが文献と当職の見解なのかは、分けて示します。

1 「もう何年も前の話なのに」――返還請求に期間の限りはあるのか

(1)返還を求める通知は、たいてい複数年度分をまとめて届きます

補助金の返還を求める通知が、一つの年度についてだけ届くことは、むしろ少ないように思われます。ある年度の交付要件を欠いていたことが分かれば、同じ要件は前年度も、その前の年度も欠けていた可能性が高いからです。結果として、通知は数年分をまとめて届きます。事業者の側は、合計額を見て、「いちばん古い年度は、もう何年も前のことだ」と考えます。ここで出てくるのが、時効の問題です。

(2)地方自治法236条1項の5年か、民法の時効か

自治体が持つ金銭債権の時効については、地方自治法236条1項が、金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利は、時効に関し他の法律に定めがあるものを除くほか、5年間行使しないときは時効によって消滅する、と定めています。

他方、民法にも時効の規定があります。本件に適用された平成29年法律第44号による改正前の民法167条1項は、債権は10年間行使しないときは消滅する、と定めていました。

5年か、10年か。この違いは、返還を求められる年度の数に直結します。5年なら、それより前の年度分は落ちます。10年なら、ほとんどの年度が残ります。

(3)問いの立て方が結論を決めます

どちらの規定が適用されるかは、「補助金の交付が公法上の関係か私法上の関係か」で決まるようにも見えます。しかし、本判決が検討したのは、そこではありませんでした。検討されたのは、「返還請求権を発生させる法律関係」の性質です。補助金を交付する関係と、支払の原因が欠けていたから返せという関係とは別のものだ、という切り分けが、5年ではなく10年という結論を導きました。以下、判決の言葉で確かめていきます。

なお、補助金の返還請求の時効については、補助金の返還請求に時効はあるのかでも扱っています。本稿は、そのうち自治体の補助金について、裁判例の言葉で掘り下げるものです。

2 事案――交付要件を欠いていたとして6年分の返還を求められた事件

(1)当事者と請求の内容

原告は地方公共団体(大阪市)、被告は認可保育所を運営する社会福祉法人です。市は、この法人に対し、保育を委託した費用としての運営費・委託費を支弁し、あわせて複数の補助金を交付していました。

市は、これらの支弁・交付について要件が欠けていたと主張し、①平成23年度から平成28年度までの運営費・委託費のうち要件に欠ける合計3942万0561円と各年度の最終精算日の翌日からの年5パーセントの利息(民法704条前段)、②交付要綱に基づく1歳児保育特別対策費合計307万9310円と遅延損害金、③交付規則と各交付要綱に基づく各補助金の合計1316万1000円と各交付日からの年10・95パーセントの加算金及び返還期日の翌日からの延滞金、④緊急対応として派遣した保育士の人件費相当額588万1140円の支払を求めました。

(2)要件を欠いていたとされた事実

要件を欠いていたとされた事実は、いずれも人の配置に関するものです。所長として加算の理由とされた者が、関連法人が運営する幼稚園に勤務していて保育所に常時専従していなかったこと。保育所の保育士とされた者のうち一部が、同じ幼稚園の専任教員であったため職員配置基準・必要保育士数を満たしていなかったこと。主任保育士専任加算の理由とされた者と栄養士も、幼稚園の専任職員であったこと。そして、処遇改善等加算の加算率の前提とされた職員の平均勤続年数が、7年ではなく6年であったことです。

(3)返還を求めるまでの手続と、提訴

市は、平成29年9月28日付けで、交付要綱・交付規則に基づく交付取消決定と返還命令(返還決定)を発しています。理由として付されたのは、1歳児保育特別対策費については「職員配置不足であったことが判明したため。」、その他の各補助金については「虚偽の申請により交付決定を受けたため。」というものでした。そして、市は、平成30年1月17日に本件の訴えを提起しました。

ここから、時効が争点になります。訴え提起の日から5年を遡ると平成25年1月18日です。平成23年度分と平成24年度分の一部は、これより前に支払われています。被告は、これらについて地方自治法236条1項の5年の時効が完成していると主張しました。

本件の主要な争点は、①被告が民法704条前段の「悪意の受益者」に当たるか、②返還請求権が地方自治法236条1項の5年の時効にかかるか、の二つです(このほか、派遣した保育士の人件費相当額の算定と、その請求が信義則に反するかが争われましたが、本稿の問いとは離れるため立ち入りません)。事案の細部は以上とし、以下、問いに答える部分に入ります。

3 判示――返還請求権は私法上の金銭債権であり、時効期間は10年

(1)判断の枠組み

裁判所は、まず、どちらの時効規定が適用されるかの決め方を示しました。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の2(2))

「普通地方公共団体の有する金銭債権の消滅時効につき,地方自治法又は民法のいずれの規定が適用されるかは,当該債権が公法上の金銭債権であるときは地方自治法の時効に関する規定が,私法上の金銭債権であるときは民法の時効に関する規定が適用されると解するのが相当である」

続けて、その区別の仕方です。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の2(2))

「そして,公法上の金銭債権又は私法上の金銭債権の別は,当該債権を発生させる法律関係の性質及び当該債権の実定法上の取扱い方を検討して決することが相当であると解されるから,以下,これらの観点から,運営費及び各補助金に係る不当利得返還請求権につき,公法上又は私法上の金銭債権の別を検討する。」

見るのは二つです。「当該債権を発生させる法律関係の性質」と、「当該債権の実定法上の取扱い方」。ここで「当該債権」とは、交付する側の債権ではなく、返還を求める債権です。この指定が、結論を決めました。

(2)不当利得の関係は、相手が自治体でも私法関係である

運営費に係る返還請求権について、裁判所は次のように述べました。本判決のいちばん大切な部分です。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の2(3)ア)

「そして,不当利得の制度は,ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由を欠く場合に,法律が,公平の観念に基づいて,受益者にその返還義務を負担させるものであり(最高裁昭和49年9月26日第一小法廷判決・民集28巻6号1243頁参照),民法のほかに不当利得に関する一般的規定はなく,不当利得関係が生じる当事者が私人同士である場合と一方当事者が普通地方公共団体である場合とでその法律関係に本質的な差異はないから,後者の場合であっても,その法律関係は本質上私法関係というべきである。」

そして、被告が「保育の委託は行政固有の関係である」と主張したことに対する応答が、切り分けをはっきりさせています。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の2(3)ア)

「しかし,被告の主張を踏まえても,保育を委託してその費用を運営費として支払うとの関係が公法上の関係であるといえるにとどまり,支払義務がないのに弁済として支払ったとの不当利得関係が,私人間の法律関係と本質的に異なるといえるものではない。」

交付・支弁の関係が公法上の関係であることは認める。しかし、それと、支払の原因が欠けていたから返せという関係とは別である。――この二段構えが、本判決の論法です。

(3)「早期に決済する必要」は、返還請求権には働かない

裁判所は、さらに一歩進めて、地方自治法が5年という短い時効を置いた理由の側から検討しました。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の2(3)イ)

「また,普通地方公共団体の権利義務を早期に決済する必要などの行政上の便宜(会計法30条に関する昭和50年最判参照)の観点から見たときにも,運営費の支払請求権が公法上の関係から継続的に発生する債権であり,権利義務を早期に決済すべきという要請が妥当するといい得るのに対し,支払義務がないのに弁済として支払った運営費に係る返還請求権は,支払の原因が欠ける場合における公平の理念に基づいて発生する債権であるから,その場合には権利義務を早期に決済すべきという要請を考慮すべき合理的根拠が乏しく,地方自治法の消滅時効の規定を適用すべき根拠があるとはいえない。」

事業者の側から見ると、この説示はかなり重いものです。5年という短い時効は、行政の権利義務を早く片づけるための便宜から来ている。返還請求権には、その便宜が働かない。だから、短くしてやる理由がない。――そう読めます。

(4)この市の補助金は「贈与又は負担付贈与」であるとされました

次に、運営費とは別に、交付要綱・交付規則に基づいて交付された各補助金についての説示です。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の2(4)ア)

「1歳児保育特別対策費,障がい児補助金及び長時間補助金(以下「本件各補助金」という。)は,国の補助金につき補助金適正化法の適用がありその交付決定が行政処分と解されるのと異なり,前提事実(3)ア(ア)及び同イ(ア)のとおり,原告が1歳児保育特別対策費要綱や本件補助金交付規則及び運営補助金要綱に基づいて保育所を運営する事業者に対し交付する補助金であって,資金の給付を求める事業者の申込みに対する承諾という性質を有する非権力的な給付行政に属するものであるから,その法的性質は,行政処分が介在することのない原告から事業者に対する資金の贈与又は負担付贈与であると認められる。」

国の補助金については、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」といいます)が適用され、交付決定は行政処分と解される。それと異なり、この市の補助金は、要綱・規則に基づく資金の贈与又は負担付贈与である。――この対比が、判決自身の言葉で書かれています。国の補助金と自治体の要綱型の補助金とを同じものとして扱ってはならないことが、ここから分かります。

さらに、交付規則・交付要綱が交付申請・交付決定・取消し・返還の手続を定めている点については、次のように述べられています。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の2(4)ア)

「これらは,所定の要件を充足したときには補助金を受給することを公法上の権利として認め,その可否の判断を行政処分という形式で行うということを定めたものではなく,補助金の交付に関する手続が適正に行われるように事務執行上の内部的手続を定めたものにすぎないと解される。」

(5)加算金・延滞金は「行政上の制裁金」ではないとされました

被告は、年10・95パーセントという高い加算金と延滞金が定められていること自体が、この関係の行政的な性質を示すものだと主張しました。これに対する応答です。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の2(4)ア)

「さらに,本件補助金交付規則は,交付した補助金の返還を求める場合の加算金及び延滞金についても定めるが,強制徴収権が付与されているものではなく,補助金交付の条件として補助金を返還する場合の利息又は遅延損害金を予め定めるものと解されるから,上記加算金及び延滞金を行政上の制裁金ということはできない。」

年10・95パーセントという数字は、補助金適正化法19条1項の加算金と同じ割合です。にもかかわらず、本判決は、交付規則が定めるこの加算金を、「補助金交付の条件として補助金を返還する場合の利息又は遅延損害金を予め定めるもの」と位置づけました。制裁ではなく、約定の利息に近いものとして扱ったことになります。

これは、事業者にとって厳しい方向にも働く説示です。制裁金でないのなら、加算金の重さを根拠に「制裁としては過大である」と言う筋は通りにくくなります。他方で、利息・遅延損害金の性質を持つものと整理されるのであれば、その発生の始期や、交付の条件としてどのように定められていたのかを確かめる余地が生まれます。加算金・延滞金そのものの考え方は、補助金の加算金・延滞金とは何かで扱っています。

(6)結論――10年

以上を踏まえ、裁判所は次の結論に至りました。判示事項として掲げられた部分を引きます。

引用(大阪地判令和2年8月12日・判示事項2)

「上記運営費の不当利得返還請求権及び大阪市補助金等交付規則・各補助金交付要綱に基づき交付した保育所の人件費等に係る各補助金の返還を求める不当利得返還請求権は,私法上の金銭債権であり,消滅時効期間は10年である(平成29年法律第44号による改正前の民法167条1項)」

そして、本訴請求債権について地方自治法の消滅時効の規定が適用される部分はないとして、市の請求はいずれも認容されました。平成23年度分も、落ちていません。

4 返還額に何が加わるか――「悪意の受益者」とされた理由

時効で落ちなかった分について、次に問題となるのは金額です。本判決は、返還すべき元本に、交付を受けた時点に遡った利息を付けました。

(1)民法704条前段

引用(民法704条前段)

「悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。」

善意の受益者であれば、現に利益を受けている限度で返還すれば足ります(民法703条)。善意か悪意かで、返還の範囲が変わります。本件では、運営費・委託費について、各年度の最終精算日の翌日から年5パーセントの利息が付されました。平成23年度分であれば起算日は平成24年5月19日で、判決までに8年以上が経過しています。

(2)なぜ「認識していた」と認められたのか

裁判所は、まず、交付要件の説明がどのようにされているかを認定しました。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の1(2))

「保育所を運営して運営費・委託費の支払を受ける社会福祉法人は,保育所の認可申請時の手続や各年度末の時期に開催される次年度の説明会等において,原告から,加算要件につき詳しく記載された資料の配布を受けると共に説明を受ける(当該説明会に欠席した場合でも配布資料を受領する)ことによって,加算要件を十分に認識した上で,自身が運営する保育所が加算要件を充足する場合には,当該保育所に各加算の適用があることの申請書を提出し,毎月の運営費・委託費を請求して加算された運営費・委託費の支払を受けるものであり,このことは,被告についても異ならないと認められる。」

そのうえで、要件を欠く原因となった事実の性質に着目しました。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の1(2))

「これらの事実は,いずれも,本件保育所を運営し,保育士その他の職員を雇用等してその勤怠管理等をし,本件保育所につき加算要件の充足を判断して各加算の適用の申請をし,加算された運営費・委託費を請求してその支払を受ける被告にとって,客観的に明らかな事実であるから,被告は,前記(1)で不当利得とされる運営費・委託費の加算部分の支払を受けるに際し,同加算部分につき加算要件を満たしていないことを認識していたと推認され,この推認を覆すに足りる事情はない。」

組み立ては二段です。第一に、交付要件は、説明会と配布資料によって事業者が「十分に認識した上で」申請するものとされている。第二に、要件を欠く原因となった事実(誰がどこに勤務していたか、職員の勤続年数が何年か)は、事業者自身が勤怠管理をして把握している「客観的に明らかな事実」である。要件を知り、事実も知っていたのなら、要件を満たしていないことを認識していたと推認される。――こういう筋です。実務上は、ここがいちばん効く部分です。「交付側のチェックを通っていた」という事情は、事業者の認識を否定する材料としては採られませんでした。

(3)「監査で指摘されなかった」は通りませんでした

被告は、市の定期的な監査で指摘を受けたことがなかったから、要件を欠いていることを認識していなかったと主張しました。これに対する応答です。

引用(大阪地判令和2年8月12日・第3の1(3))

「必要保育士数を欠く状態であるか否かは,本件保育所の保育士の勤務状況を客観的に把握して管理する被告において,これを加算要件と照らし合わせることで認識すべき事柄であるから,原告から指摘を受けることがなかったことによって,上記推認を覆す事情があるということはできず,被告の上記主張は採用することができない。」

(4)この立て方への疑問

当職は、この推認の立て方には、今の補助金の実情に照らして疑問が残ると考えております。

本件は、要件が人の配置という単純な事実に関わるもので、しかも関連法人の幼稚園との兼務という、事業者が知らないはずのない事情が原因でした。その限りでは、認識の推認に無理はありません。

もっとも、「説明会の資料を配布した」「欠席でも資料を受領する」という事情から、事業者が加算要件を「十分に認識した上で」申請していると一般に言えるかは、別の問題です。現在の補助金では、加算や補助対象経費の要件が公募要領・交付規程・各種Q&A・事務局の運用マニュアルに分散し、年度ごとに改定されます。その状態で、資料の配布を根拠に要件の認識が当然に認められ、要件該当性の判断違いまで「認識していた」と推認されるのであれば、事業者に課される負担は相当に重いものと言わざるを得ません。

本判決が、この推認を、要件を欠く原因が「客観的に明らかな事実」であったことに結び付けていることは、裏から読むべきところです。要件該当性の評価が分かれ得る事項については、同じ推認がそのまま働くとは限りません。

5 国の補助金の場合――会計法30条の5年と、その起算点

ここまで見てきた10年という結論は、自治体が交付要綱・交付規則に基づいて交付した補助金についてのものです。国の補助金、あるいは補助金適正化法が適用される補助金については、別の整理になります。

(1)国の補助金等返還請求権は公法上の金銭債権であり、5年

小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)264頁から265頁までは、次のように述べています。

引用(小滝・前掲264頁〜265頁)

「本法は補助金等返還請求権の消滅時効について何ら規定していないが、補助金等返還請求権は、既述のとおり公法上の返還命令に基づいて発生するものであり、当該請求権は公法上の金銭債権と観念すべきものであるから、会計法第三〇条の規定により、五年間これを行使しないときは時効によって消滅するものと解される」

※ 264頁末から265頁にかけての一文です。手元のOCRテキストには、途中に頁の区切りと注番号が挟まっています。

起算点についても述べられています。

引用(小滝・前掲265頁)

「補助金等返還請求権を行使しうる時は、返還命令において定めた返還期限到来の時と解されるから、この時点より消滅時効が進行するものと解して差し支えない。」

押さえておきたいのは、国の補助金の返還請求権が「公法上の返還命令に基づいて発生する」とされている点です。交付決定の取消し(適正化法17条)があり、返還命令(同法18条1項)があって、はじめて返還請求権が発生する。だから公法上の債権であり、会計法30条の5年が適用され、起算点は返還命令が定めた返還期限の到来時になる。――こういう構造です。納付命令の仕組みそのものは、補助金の納付命令とは何かで扱っています。

なお、小滝・前掲265頁は、返還請求権が5年で時効にかかるのであれば、その発生原因である交付決定取消権がこれより長く残るのは権衡を失するとして、交付決定取消権もこれを行使し得る時から遅くとも5年以内に行使しないときは消滅すると解すべきである、としています。

(2)「行政上の便宜」という考慮は同じ条文解釈から来ています

本判決が「会計法30条に関する昭和50年最判参照」として引いたのは、最判昭和50年2月25日民集29巻2号143頁です。会計法30条が金銭の給付を目的とする国の権利等について5年の消滅時効期間を定めたのは、国の権利義務を早期に決済する必要があるなど主として行政上の便宜を考慮したことに基づくものであるから、同条の定めは、そのような行政上の便宜を考慮する必要がある金銭債権で他に時効期間の特別の規定のないものについて適用される、という判断です(小滝・前掲266頁注13も同判決を引いています)。

本判決は、この考慮を自治体の返還請求権に当てはめ、不当利得の返還請求権には「早期に決済すべきという要請を考慮すべき合理的根拠が乏しい」としました。同じ考慮から、一方では5年が適用され、他方では5年が適用されない、という結論が出ていることになります。

(3)結果として生じている不均衡

国の補助金では、交付要件を欠く交付であっても、交付決定の取消しと返還命令という処分を経て返還請求権が発生し、時効は返還期限の到来から5年です。自治体の要綱型の補助金では、本判決の整理によれば、処分は介在せず、返還請求権は給付の時に不当利得として発生し、時効は(改正前民法の下では)10年です。

同じ「交付要件を欠いていた」という事実から出発しても、交付したのが国か自治体かによって、遡られる期間が変わります。これは、補助金の重さや違反の性質から出てくる違いではありません。返還を求める根拠をどこに置くかという法律構成の違いから出てくる違いです。事業者の側から見れば、自治体の補助金のほうが、国の補助金よりも長く遡られることになります。制度の設計としては、説明の付きにくい不均衡と言わざるを得ません。もっとも、これは個々の自治体の運用を責めるべき話ではなく、自治体の補助金について交付・返還の根拠と手続を法令・条例でどう定めるかという、立法・制度設計の問題です。

6 この判決はどこまで使えるか――射程と限界

正直に書いておかなければならない部分です。

(1)地方裁判所の判決であり、上訴審の裁判は見当たりません

本判決は大阪地方裁判所の判決です。判タ1492号196頁、金判1609号38頁に掲載されていますが、上訴審の裁判は公刊物に見当たりません。評釈として地方財務814号204頁が挙げられていますが、当職は未読です。したがって、本判決は、この論点についての一つの判断として扱うべきもので、確立した判例として引けるものではありません。他の裁判所が別の結論を採る可能性は残ります。

(2)現在の民法が適用される給付では、結論が変わり得ます

本判決が適用したのは、平成29年法律第44号による改正前の民法167条1項(10年)です。同改正後の民法166条1項は、債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、又は権利を行使することができる時から10年間行使しないときに時効によって消滅する、と定めています。

したがって、改正後の民法が適用される給付については、「自治体が要件の欠落を知った時」から5年という、短い側の期間が入ってきます。交付要件を欠いていたことが実地検査や監査で判明したのであれば、そこから5年です。そして、判明してから返還を求めるまでに時間が空くことは、実際にはしばしばあります。

この点は、本判決が判断していない事項です。以下は当職の整理ですが、現在の自治体補助金の返還請求については、「給付から何年経ったか」だけでなく、「自治体が要件の欠落を知ったのはいつか」を併せて確かめる必要があります。この起算点は、調査の着手時・報告書の日付・内部の決裁の日付などから詰めていく事実の問題です。

(3)この判決が前提とした「贈与又は負担付贈与」という性質について

本判決が10年という結論を導く前提としたのは、当該市の交付規則・交付要綱に基づく補助金の交付には行政処分が介在せず、その法的性質が資金の贈与又は負担付贈与である、という判断です。

これは、当該交付規則・交付要綱の定め方に即した判断です。自治体の補助金一般について、法的性質が常に贈与であると決まるものではありません。補助金の交付や返還について条例に根拠があるのか、受給を公法上の権利として認める定めがあるのか、不服申立ての定めがあるのか、強制徴収の定めがあるのかによって、評価は変わり得ます。本判決自身、交付規則が「決定に対する不服申立てについては定めていない」こと、「強制徴収権が付与されているものではない」ことを、理由として挙げています。

そして、本稿は、この説示を手続の問題――自治体の補助金について返還を求められたときに、どこに、どのような形で不服を申し立てるのか――に及ぼして論じるものではありません。その問題は、個々の補助金の根拠と定め方によって答えが変わりますので、別に検討を要します。国の補助金について処分として争う場合の期間は、補助金の処分を争う出訴期間はいつまでかで扱っています。

(4)補助金適正化法が適用される補助金には、そのまま当たりません

事業再構築補助金のように、国の予算を原資とし、補助金適正化法が適用される補助金については、本判決の10年という結論はそのまま当てはまりません。本判決自身が、国の補助金については適正化法の適用があり交付決定が行政処分と解されると述べ、それと「異なる」ものとして当該市の補助金を位置づけているからです。返還の根拠が適正化法18条1項の返還命令であるのなら、前記5(1)の整理によることになります。返還を求められたときに何を確かめるべきかは、補助金の返還・残存簿価の返納を求められたらにまとめています。

(5)時効は「全部が消える」道具ではありません

最後に、期待の調整です。時効の主張が通ったとしても、消えるのは古い年度の分です。本件のように6年度分が対象となっている事案で、仮に5年の時効が適用されていたとしても、残る年度の分は残り、利息や加算金はその元本について積み上がります。

ですから、時効の検討と並行して、そもそも交付要件を欠いていたという評価自体が正しいのか、取消しの範囲が違反の程度に見合っているのかを検討する必要があります。取消しがどのようなときにできるのかは、補助金の交付決定は、どのようなときに取り消すことができるのかで、別の裁判例を取り上げて整理しています。返還額の計算の仕組みは、補助金の返還額はどう計算するのかにまとめています。

7 では、何年前の分まで返さなければならないのか――確かめる順序

ここからは、前記の判決・文献を踏まえた当職の整理です。自治体の補助金について数年分の返還を求められたときに、確かめる順序を示します。

(1)返還を求める根拠が何か

最初に確かめるのは、届いた文書が何を根拠に返還を求めているかです。交付規則・交付要綱の取消し・返還の条項を挙げているのか。不当利得(民法703条・704条)を挙げているのか。条例の根拠があるのか。強制徴収の予告があるのか。本判決の整理に従えば、根拠が交付要綱・交付規則にとどまり、不服申立ての定めも強制徴収の定めもない場合には、返還請求権は不当利得返還請求権として扱われ、民法の時効が適用されます。条例に基づく仕組みがあり、受給が公法上の権利として認められ、強制徴収の定めがある場合には、別の評価の余地があります。交付規程に書かれていることに反したという指摘が、そのまま補助条件違反に当たるかという問題は、交付規程違反は補助条件違反に当たるのかで扱っています。

(2)起算点はいつか

次に、時効の起算点です。少なくとも三つの候補があります。第一に、給付の時(各交付日・各年度の最終精算日)。不当利得返還請求権として整理されるのであれば、権利を行使することができる時は、原則としてここになります。第二に、返還命令が定めた返還期限の到来時。処分としての返還命令に基づく債権として整理される場合です(小滝・前掲265頁)。第三に、自治体が要件の欠落を知った時。改正後の民法166条1項が適用される給付について、5年の側の起算点になります。

どの構成が採られるかによって、落ちる年度が変わります。「何年前か」を数える前に、「どこから数えるのか」を決める必要があります。

(3)時効の更新に当たる事情がないか

時効を主張する前に、こちらの側の行為を点検しておく必要があります。返還の一部を納付していないか。分割納付の合意をしていないか。「返還する」という趣旨の書面を出していないか。返還額の確認書に押印していないか。協議の過程で返還義務を前提とした書面を交わしていないか。

これらは、債務の承認として時効の更新(改正前民法では中断)に当たり得る事情です。返還を求められた直後に、交付側の求めに応じて書面を出してしまう前に、この点を確かめていただきたいところです。

(4)利息・加算金が何パーセントで、いつから積まれているか

本判決では、運営費・委託費について年5パーセントの利息が各年度の最終精算日の翌日から、各補助金について年10・95パーセントの加算金が各交付日から、さらに延滞金が返還期日の翌日から付されました。元本が1316万1000円の補助金に、交付日から年10・95パーセントの加算金が付くとすれば、数年で相当な額になります。

したがって、時効で落ちる年度があるかどうかと同じくらい、いつから何パーセントで積み上がっているのかを確かめることが重要です。加算金の起算日が交付日なのか返還期日なのか、交付の条件としてどう定められていたのかは、交付要綱・交付規則の条文で確かめる必要があります。

(5)「認識していなかった」を言うために何が必要か

民法704条前段の悪意が認められるかどうかは、利息の有無を分けます。本判決の推認を覆すためには、少なくとも次のような材料が必要になります。要件が記載された資料が、いつ、どのような形で交付されていたか。その資料の文言が、問題とされた事実をどちらに振り分けるものとして読めたか。当時、交付側に照会をして回答を得ていたか。社内で要件該当性を検討した記録があるか。

本判決は、監査で指摘を受けなかったことは推認を覆さないとしました。もっとも、それは「指摘がなかった」という消極的な事情についての判断です。同じ事実を説明したうえで問題ないとされた、という積極的なやり取りが記録に残っているのであれば、評価は変わり得ます。

(6)記録に残しておくこと

以上の検討は、いずれも事実の裏づけを必要とします。当該年度版の交付要綱が手元にないことは、よくあります。要綱は改定されますので、交付を受けた年度の版でなければ意味がありません。保存されていない場合は、情報公開請求で取得することを検討します。

8 まとめ

自治体の補助金について、交付要件を欠いていたとして数年分の返還を求められたとき、「5年より前の分は時効ではないか」という主張は、当然に通るものではありません。

大阪地判令和2年8月12日は、普通地方公共団体の金銭債権の時効について、当該債権が公法上の金銭債権であれば地方自治法の規定が、私法上の金銭債権であれば民法の規定が適用されるとし、その区別は「当該債権を発生させる法律関係の性質及び当該債権の実定法上の取扱い方」によって決めるべきであるとしました。そして、補助金を交付する関係が公法上の関係であるとしても、支払義務がないのに弁済として支払ったという不当利得の関係は、相手方が自治体であっても私人間の法律関係と本質的に異ならないとして、時効期間を10年(改正前民法167条1項)としました。あわせて、この市の交付規則・交付要綱に基づく補助金の法的性質を、行政処分が介在することのない資金の贈与又は負担付贈与であるとし、加算金・延滞金についても、行政上の制裁金ではなく、返還する場合の利息又は遅延損害金を予め定めたものであるとしています。

さらに本判決は、交付要件が説明会と配布資料によって事業者に認識されるものであること、要件を欠く原因となった事実が事業者にとって客観的に明らかな事実であることから、事業者が要件を満たしていないことを認識していたと推認し、民法704条前段の悪意の受益者であるとして、交付を受けた時点に遡る利息の支払義務を認めました。市の監査で指摘を受けなかったことは、この推認を覆す事情とは認められていません。

他方で、本判決は地方裁判所の判断であり、上訴審の裁判は公刊物に見当たりません。国の補助金のように補助金適正化法が適用され、交付決定の取消しと返還命令という処分を経るものについては、返還請求権は公法上の金銭債権として会計法30条の5年の時効にかかり、起算点は返還命令が定めた返還期限の到来時とされています(小滝・前掲264頁〜265頁)。改正後の民法が適用される給付については、自治体が要件の欠落を知った時から5年という、短い側の期間も入ってきます。

結果として、同じ「交付要件を欠いていた」という事実から出発しても、交付したのが国か自治体か、返還の根拠を処分に置くか不当利得に置くか、適用される民法が改正前か改正後かによって、遡られる期間は変わります。「何年前の分まで返さなければならないのか」は、年数を数える前に、どこから数えるのかを決めなければ答えの出ない問いだということになります。

ご相談をお考えの事業者の方へ

自治体の補助金について数年分の返還を求められた段階で、「古い分は時効だろう」とも「全部返すしかない」とも決めてしまう前に、確かめていただきたいことがあります。返還を求める根拠がどこに置かれているのか、起算点がどこになるのか、こちらの側に時効の更新に当たる行為がないか、利息・加算金がいつから何パーセントで積まれているのか。そして、そもそも交付要件を欠いていたという評価が正しいのか。

交付申請書と添付書類、交付決定通知書、当該年度の交付要綱・交付規則、説明会の配布資料、実地検査・監査のやり取り、届いている通知書類があれば、具体的な検討ができます。返還を求める文書には期限が付されていることが多く、また、こちらから出す書面が後に不利に働くこともありますので、書面を返す前にご相談ください。

士業の先生方へ

顧問先から「何年も前の補助金について返還を求められた」というご相談を受けることがあろうかと存じます。国の補助金と自治体の要綱に基づく補助金とでは、返還請求権の性質も、時効期間も、起算点も変わります。時効の構成と、交付要件該当性そのものの検討とは、必要な資料も進め方も異なります。補助金適正化法や交付要綱の側からの検討が必要な場面では、その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方からのご相談も承っております。連携の形は士業の先生方へにまとめております。

※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第4節(4)、第5節(3)、第6節(2)(5)及び第7節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書・交付要綱等の資料に基づく個別の検討が必要です。

※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。

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