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弁護士 岸上大起

補助金コンサルタントの説明が間違っていたら、支出した費用は取り戻せるのか――裁判例紹介:東京地判令和7年12月4日

執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)

補助金の申請を支援事業者(コンサルタント・申請代行業者)に相談し、「この補助金は事前着手ができますから、先に発注しても支払っても問題ありません」と言われて動き始めた。ところが、実際には事前着手が認められる申請枠は限られていて、先に支出してしまったために補助金を受けられなくなった。――この種の相談は、補助金を扱っていると定期的に届きます。

このとき事業者が最初に受け取る答えは、たいてい「公募要領に書いてあったことですから」というものです。公募要領は公表されていた、読めば分かったはずだ、だから自己責任である、と。そして、誤った説明を受けた時点ではまだ業務委託契約を結んでいなかった、という点も持ち出されます。契約前の雑談にすぎないのだから、契約上の義務違反にはならない、という言い方です。

令和7年12月4日、東京地方裁判所は、この二つの反論をいずれも退けました(東京地判令和7年12月4日・令和6年(ワ)第23254号、判例秘書L08032472)。事業再構築補助金(第11回)について、支援事業者が「事前着手が可能ですので、着手金の支払いは問題ありません」と回答したところ、実際には事前着手が認められるのは一部の申請枠に限られていた、という事案です。裁判所は、業務委託契約の締結前の回答についても「契約締結前の信義則上の情報提供義務」があるとし、先に支出した開発費1000万円と、その後に支払った着手金33万円の合計1033万円の全額について、支援事業者に賠償を命じました。本記事の執筆時点で、当職が確認できる限りではもっとも新しい、この問題についての裁判例です。

この判決には、実務でそのまま使える説示が三つあります。第一に、「公募要領は公表されていて公知だった」という反論に対し、「公募要領を一読すれば内容を容易に理解できるのであれば、そもそも被告の業務は不要なのであり」と述べた部分です。第二に、先に支出した1000万円を特別損害と位置づけたうえで、支援事業者が事業規模と財務状況を知っていたことから予見可能性を認めた部分です。第三に、「名目を付け替えればよい」「試算表を調整すればよい」という支援事業者側の主張を、「事務局を欺けば受給可能性があったと主張しているにすぎず」と切り捨てた部分です。

もっとも、この判決は地方裁判所の判断であり、控訴の有無と控訴審の結論は、当職が確認できた範囲では明らかになっておりません。また、請求を不法行為と構成すべきものとした点は、消滅時効の期間に直結します。3年です。以下では、事案と判示を順に追ったうえで、支出してしまった事業者の側と、助言する側の双方から、何を記録し何を主張すべきかを整理します。

1 「公募要領に書いてあった」で終わらせられるのか

(1)事前着手という仕組みが抱えていた危うさ

補助金は、原則として、交付決定を受けた日以降に契約を行い、補助事業の実施期間内に支払を完了した経費を対象とします。交付決定の前に補助事業を開始してしまえば、その経費は補助対象になりません。これが出発点です。

事業再構築補助金には、この原則に対する例外として「事前着手」が置かれていました。所定の手続を経れば、交付決定前に発生した経費も補助対象にできる、という仕組みです。設備投資やシステム開発を伴う事業では、採択発表から交付決定を待っていては間に合わないことがありますから、事業者にとっては使い勝手のよい例外です。

ところが、この例外の範囲は、公募回ごとに変わっていました。そして、変更の前後で、事業者が先に支出してよいかどうかの答えが逆になります。先に支出してしまえば、後から取り返す方法はありません。本記事で取り上げる事件は、まさにこの変更の時期に起きたものです。

(2)相談で繰り返される二つの反論

誤った説明を受けて支出してしまった事業者が支援事業者に責任を問おうとすると、おおむね次の二つの反論が返ってきます。

一つ目は、「公募要領は公表されており、内容は公知であった」という反論です。制度の内容は誰でも読める形で公開されているのだから、読まなかった事業者の責任である、という組み立てです。

二つ目は、「その時点ではまだ業務委託契約を締結していなかった」という反論です。契約前の問合せへの回答は、契約に基づく義務の履行ではないのだから、善管注意義務違反にはならない、という組み立てです。

この二つは、相談の場面でもほぼかならず出てきます。本記事で紹介する判決は、どちらについても、裁判所の言葉で手がかりを与えています。

2 事案――事前着手が認められる枠が、公募回ごとに変わっていた

(1)当事者と事業

原告は、有料老人ホームの経営等を行う株式会社です。介護施設において、入居者とコミュニケーションを図るロボットの開発を行うプロジェクトを計画していました。被告は、コンサルティング等を業とする会社で、原告は平成30年頃から被告にコンサルティング業務を委託する関係にありました。

原告は、このプロジェクトについて事業再構築補助金(第11回)の受給を検討し、令和5年3月頃から被告と打合せやメールのやり取りを行っています。開発総額が5000万円であることは、同年5月の時点で被告に伝えられていました。

(2)公募回ごとの事前着手の扱い

判決が認定した事前着手の扱いは、次のとおりです。ここが事案の土台になります。

まず、令和5年1月16日から同年3月24日までの間に公募された第9回では、置かれていたいずれの枠についても、交付決定前に補助事業を開始した場合は原則として交付対象とはならないものの、事務局から事前着手の承認を受けた場合には、令和3年12月20日以降に発生した経費についても補助対象とすることができるとされていました。枠による区別はありませんでした。

次に、令和5年3月30日から同年6月30日までに公募された第10回では、枠の構成が変更され、事前着手については、「物価高騰対策・回復再生応援枠」(判決は「応援枠」と呼んでいます)に申請する事業者で、事務局から事前着手届が受理された場合に限り、令和4年12月2日以降に発生した経費についても補助対象とすることができる、と変更されました。承認から届出の受理へと手続は軽くなった反面、対象となる枠が一つに絞られたことになります。しかも、届出に際しては、会社概要や事業計画の概要のほか、新型コロナウイルスや物価高騰の影響と事業計画との関係(早急な投資が必要不可欠である理由等)の記載が必要とされていました。

そして、令和5年8月10日から同年10月6日までに公募された第11回(本件の補助金)でも、一つの枠の募集がない点を除き、枠と事前着手の内容は第10回のまま維持されていました。

第9回の公募が締め切られた令和5年3月24日から、第10回の公募が始まった同月30日までは、わずか6日です。その間に、「承認を受ければどの枠でも事前着手ができる」から「応援枠でなければ事前着手ができない」へと、事業者の支出の可否を直接左右する要件が入れ替わっています。しかも、この変更は公募要領の本文の中で示されるにとどまりました。要件の組み替えが、既に支出してしまった事業者にとって回復不能の結果を招くことを、制度を所管する側は分かっているはずです。変更点を公募要領に織り込んで公表すれば足りるという運用は、改めるべきであると言わざるを得ません。本件で裁判所自身、この変更を「既に開始してしまった事業について、応援枠以外で申請できなくなるという実務上大きな影響を与える変更」と評しています。

(3)問題となった二つの回答

令和5年5月11日、原告の担当者は、被告の担当者に対し、プロジェクトについて着手金を早々に拠出する必要があること、補助金等の申請を行ってもらうに当たって着手金の拠出に不都合な点があるかを相談したい旨をメールで尋ねました。これに対する被告の回答が、一つ目の回答です。

引用(東京地判令和7年12月4日・前提事実(4))

「再構築補助金については、「事前着手」が可能ですので、着手金の支払いは問題ありません。」

同年6月27日、原告の担当者は、開発委託契約の締結を6月に進めて申請の弊害にならないか、採択決定後の着手とみると11月締結が望ましいとの情報もあるが、どうか、とメールで尋ねました。これに対する回答が、二つ目です。

引用(東京地判令和7年12月4日・前提事実(5))

「従前からご説明差し上げていますように、・再構築補助金は、「事前着手」が認められますので、2022年12月まで遡って対象経費とすることが出来ます。・ものづくり補助金は、「採択後の発注」がルールですので、それ以前の契約・支払は、対象になりません。」

いずれの回答にも、「応援枠に限る」という限定はありません。判決は、この二つの回答を併せて「本件情報提供」と呼んでいます。

なお、本記事で引用する判決の全文は判例秘書登載のものです。同データベースの全文では「補助金」「交付決定」等の語の前後に検索用の空白が入っているため、引用に際してはこれを詰めています。

(4)支出と、不採択まで

令和5年5月23日、原告の担当者は、開発の中心を担う会社に着手金として100万円、ソフトウェアの定義等を担う会社に要件定義費用として100万円という依頼になったが、両方とも「社内システム調査費」として処理を進めていいかと尋ね、被告の担当者は「こちらで、結構です。」と回答しています。この名目の処理は、もともと被告の担当者が勧めたものでした。

引用(東京地判令和7年12月4日・第3の1(3))

「ものづくり補助金については、「交付決定後の発注」が原則となりますので、請求項目を「社内システムの事前調査費」等で処理しておくことをお勧めします。」

原告は、令和5年5月31日、両社に対し、いずれも「社内システムの事前調査費」として各100万円を支払いました。同年7月21日に業務委託契約を締結し、同月26日に着手金33万円を支払い、同年8月31日には開発の中心を担う会社に800万円を支払っています。

同年9月28日になって、被告の担当者は、「事前着手のルールが変更になり、御社の申請予定の「成長枠」では事前着手が認められなくなりましたので、上記スケジュールを前提に各業者様とご調整をお願いします。」と伝えました。もっとも、契約のタイミングをどう進めるべきかを尋ねた原告の担当者に対しては、申請を完了させるのが最優先であり、それ以外は申請完了後にすり合わせたい旨を返答しています。申請は同年10月5日に完了し、プロジェクトは令和6年2月13日、不採択とされました。

原告は、支出した1000万円と着手金33万円の合計1033万円の賠償を求めて提訴し、裁判所は請求を全部認容しました。

3 契約を結ぶ前の説明でも、責任を負うのか

(1)争点の立て方

被告は、業務委託契約を締結したのは令和5年7月21日であるから、それ以前の時点では契約に基づく善管注意義務を負っていないと主張しました。さらに、契約上の義務は申請書類の作成義務であって、コンサルティングはするが意思決定をして受任業務を遂行するわけではないから善管注意義務を負うものではない、とも主張しています。

裁判所の答えは、次のとおりです。

引用(東京地判令和7年12月4日・第3の2(1))

「本件業務委託契約は、本件補助金を受給するためのコンサルティング契約なのであるから、そもそも被告との間で本件業務委託契約を締結するか否かを決定するに当たって、原告の状況が本件補助金を受給できる可能性があるのかを確認する必要があるのであり、これを善管注意義務と呼ぶかは措くとして、被告に契約締結前の信義則上の情報提供義務があるというべきであり、原告が本件プロジェクトに関して本件補助金の受給について検討するに当たり、必要な情報を正確に説明する義務を負っていたというべきである(被告自身、配信したメールマガジンにおいて、どの類型で申請すべきか、そもそも対象となるかなどを一度相談してほしい、最適な提案をするとしている。)。」

組み立てを分けて読みます。第一に、この契約は補助金を受給するためのコンサルティング契約である。第二に、そうであれば、契約を結ぶかどうかを決める段階で、受給の可能性があるのかを確かめる必要がある。第三に、だから、それを善管注意義務と呼ぶかはともかく、契約締結前の信義則上の情報提供義務がある。――契約の目的から、契約前の義務を導いた形です。

括弧の中も見落とせません。被告自身が、自ら配信するメールマガジンで「どの類型で申請すべきか、そもそも対象となるかなどを一度相談してほしい、最適な提案をする」と述べていたことが、義務の根拠づけに使われています。自分の売り物として掲げていたことが、そのまま義務の内容として跳ね返った、ということです。

(2)不法行為と構成された意味――消滅時効は3年です

判決は、最後に請求の性質を整理しています。

引用(東京地判令和7年12月4日・第3の3)

「以上によれば、契約締結前の情報提供義務違反による損害賠償請求権は、不法行為に基づく損害賠償請求権と構成すべきものであるので、原告の不法行為に基づく損害賠償請求には理由があるから、主文のとおり判決する。」

これは、最高裁の判例に沿った整理です。

引用(最二小判平成23年4月22日・民集65巻3号1405頁)

「契約の一方当事者が,当該契約の締結に先立ち,信義則上の説明義務に違反して,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,上記一方当事者は,相手方が当該契約を締結したことにより被った損害につき,不法行為による賠償責任を負うことがあるのは格別,当該契約上の債務の不履行による賠償責任を負うことはないというべきである。」

契約締結に先立つ説明義務違反は、不法行為にはなり得るが、契約上の債務の不履行にはならない。理由として、同判決は、説明義務違反があったために本来締結しなかったはずの契約を締結するに至った場合、後に締結された契約は説明義務違反によって生じた結果であり、その説明義務をもって契約に基づいて生じた義務であるということは「一種の背理である」としています(最判解民事篇平成23年度397頁から398頁まで)。

ここは、実務上とても重い意味を持ちます。不法行為であれば、消滅時効は、損害及び加害者を知った時から3年です(民法724条1号。改正前は同条前段)。債務不履行として扱われるのであれば、権利を行使することができることを知った時から5年という期間になりますが(同法166条1項1号)、それは使えないということになります。

補助金の事案では、誤った情報提供から不採択までに1年近くかかることがあり、不採択の通知を受けてから損害が確定します。本件でも、情報提供は令和5年5月と6月、不採択は令和6年2月、訴状の送達は同年9月でした。これは間に合った例ですが、「補助金が駄目になった」と分かってから支援事業者との交渉に時間をかけているうちに、3年が近づいてしまうことは十分にあり得ます。交付行政庁からの返還請求権の時効とは別の話です(返還請求を受ける側の時効については、補助金の返還請求に時効はあるのかで扱っています)。

4 「公募要領は公表されていた」「事業者にも知識があった」という反論

(1)事前着手をしてしまうと選択肢がなくなる、という構造の押さえ

判決は、まず事案の構造を押さえます。

引用(東京地判令和7年12月4日・第3の2(2)ア)

「上記認定事実(1)のとおり、本件補助金では、交付決定前に補助事業を開始した場合、原則として補助金の交付対象とならないが、応援枠に申請する場合には、事務局に対する事前着手届が受理されれば、事前着手していても補助金の対象となるというものであり、事前着手をしてしまうと、本件補助金の応援枠で申請する以外に選択肢がなくなるという関係にある。そうすると、本件情報提供が誤りではないというためには、原告と被告との間で、原告が本件補助金を申請するに当たって応援枠で行うとの共通認識が形成されている必要があるというべきである。」

事前着手をしてしまえば、応援枠しか残らない。したがって、「事前着手が可能である」という回答が誤りでないといえるのは、応援枠で申請するという共通認識が当事者間にできていた場合に限られる。――この立て方により、争点は「公募要領の内容を知っていたか」から「どの枠で申請するという前提で話していたか」に移ります。

結論として裁判所は、情報提供の時点では成長枠・応援枠・ものづくり補助金のいずれにするかが決まっていなかったと被告自身が主張していること、被告の担当者がいずれの補助金にも対応できるよう支出名目を調整するよう指示していたことなどから、応援枠でいくとの共通認識はなかったことが「被告の主張自体からして認められる」としました。相手方の主張の中から認定の材料を拾う、という形です。

(2)「公募要領を一読すれば分かる」なら、その業務は不要である

そのうえで、公知であったという反論に対する判示です。本記事でもっとも使い道のある部分です。

引用(東京地判令和7年12月4日・第3の2(2)イ)

「この点、被告は、事業再構築補助金(第10回)の公募要領が公表されていて、事前着手が原則として不可であることは公知であり、原告も本件補助金について相当程度の知識を有していたなどと主張するが、被告自身がメールマガジンで、制度が複雑化しているので、どの類型で申請すべきかや、そもそも申請対象となるのかといったことを一度被告に相談してほしいなどとしているとおり、公募要領を一読すれば内容を容易に理解できるのであれば、そもそも被告の業務は不要なのであり、事業者が公募要領の内容を把握していたとして、実際には当該事業者が行う事業がどの類型に該当するのか、様々な要件があるが実務上該当性があるのか、例外があり得るのかといった点について専門的な検討を要するからこそ被告の業務が成り立つといえる。」

論理は明快です。公募要領を一読すれば容易に分かるというのなら、その支援事業者の業務自体が不要になる。報酬を得て関与するという立場は、公募要領を読めば分かるという主張と両立しない。――支援を売る立場にある者が、「書いてあるから分かるはずだ」と言うことはできない、ということです。

さらに裁判所は、仮に事業者が「原則として事前着手が不可である」との知識を有していたとしても、問われていたのはプロジェクトを具体的に進めるに当たっての支払について受給に問題があるかであるから、関与している側としては正確な情報を提供する必要があるとしました。一般的な知識があることと、具体的な場面での答えを得ることとは別である、という切り分けです。

(3)「事前着手が可能」という答え自体が不正確であったこと

判決は、仮に応援枠に絞ったとしても、回答はなお不正確であったとしています。

引用(東京地判令和7年12月4日・第3の2(2)ウ)

「応援枠に限ったとしても、単純に事前着手可能だから着手金の支払が問題ないというものではなく、早急な投資が必要不可欠であることの理由等を整理する必要があるはずである。この点に全く触れずに、単純に事前着手だから着手金等を支払って問題ないとするDの回答は、不正確であるといえる。」

事前着手届には、感染症や物価高騰の影響を乗り越えるために早急な投資が必要不可欠である理由等を記載する必要がありました。つまり、応援枠であっても、届出が受理される見込みを立てないまま支出することはできません。「可能か不可能か」ではなく「どういう条件の下で可能か」を示していなければ、答えとして足りていない、ということです。

加えて、被告が配信していたメールマガジンでは、第10回からルールが大きく変更されたことを紹介しながら、事前着手が可能な枠が限られたことには全く言及がありませんでした。裁判所は、この点から、情報提供の時点で被告が変更の内容を認識していたのか疑問があるとまで述べています。

(4)主張の変遷が致命的になったこと

もう一点、訴訟の進め方に関わる部分を挙げておきます。

被告は、答弁書では、令和5年9月28日に初めて成長枠での申請を知らされ、そのとき事前着手が認められないので日程の見直しが必要と回答したが、原告から見直しの連絡は一切来なかったと主張していました。次の準備書面では、同月12日の打合せにおいてどの枠で申請するかの説明が一切なかったことを認める旨の主張をしています。ところが、その後の準備書面では、同日の打合せで応援枠での申請を提案したにもかかわらず原告が成長枠での申請を表明した、と主張し始めました。

裁判所は、この変遷について「合理的な説明はされていない」とし、担当者の陳述書と供述のうちこれに沿う部分を採用しませんでした。被告が訴訟前に経緯を整理した文書を作成していたこと(その後に答弁書を陳述していること)も、変遷の不自然さを示す事情として使われています。なお、これらの主張の経過は、当該訴訟の記録そのものですから、裁判所は「顕著な事実」として認定しています。

また、成長枠では事前着手が認められないから日程調整を求めたのに原告が固執した、という主張についても、裁判所は、担当者が実際には日程調整をせずに申請を完了するよう指示していたことを挙げて、「事実に反するものであるといえる」としました。

5 先に支出した1000万円は損害になるのか――特別損害と予見可能性

(1)支出の事実の認定

被告は、着手金33万円を除く1000万円について、原告が支出したこと自体を否認しました。裁判所は、200万円については支払の事実が明らかであるとし、800万円については、原告が被告に対し8月末に支払をしている旨を報告していたこと、同年8月31日付けの800万円の領収書が発行されていること、同年9月から12月中旬にかけてハードウェアの納入・開発が行われていることから、支払があったと認定しています。

支出の事実が、領収書だけでなく、支援事業者に対する報告メールと開発の実績によって裏づけられていることに注目してください。やり取りの記録が、そのまま損害の立証に使われています。

(2)「名目を付け替えればよい」という助言の帰結

被告は、200万円は「社内システムの事前調査費」として支払われたものであって補助対象経費から除外していた、800万円はグループ会社から迂回して支払われていたなどと主張しました。

この主張に対し、裁判所は、名目の処理を勧めたのが被告の担当者自身であることは明らかであるとし、また、補助対象経費とならないようにすれば当該経費を申請に計上できなくなって原告に損失が発生するのであるから、被告の主張は採用し得ないことが明らかであるとしました。

ここは、支援の現場で起きていることの核心に触れています。別の補助金との関係を気にして支出の名目を調整する、という助言は、採択されるかどうかの前に、事業者の手元に「実際の内容と異なる名目の請求書」を残します。その名目は、後に補助対象経費から外れる理由として使われ、さらに損害を否定する材料として持ち出されました。名目の付け替えを勧める助言は、事業者を守るものではなく、事業者の立場を弱くするものであると言わざるを得ません。

同じ発想の主張は、因果関係の場面でも二度現れ、二度とも退けられています。

引用(東京地判令和7年12月4日・第3の2(3)ア)

「本件補助金では、応援枠を除き、交付決定前に補助事業を開始した場合には、原則として補助金の交付対象とならないとされているのであり、被告の本件情報提供の誤りにより、原告が事前着手したことによって、本件補助金の受給可能性がなくなったことは明らかである(なお、被告は、上記認定事実(7)において、原告に対し、「(4)売上高減少要件〈回復再生応援枠に申請する場合〉」該当なしとした点について、要件を満たしていなかったものの、試算表を調整すれば、試算表であれば粉飾決済にならず不自然さもないので応援枠での申請は実務上可能であったなどと主張するが、要するに、試算表を実際と異なる数字として企業再構築補助金の事務局を欺けば受給可能性があったと主張しているにすぎず、採用できないことは明らかである。)。」

※ 「粉飾決済」「企業再構築補助金」は、手元の判決全文の表記のままです。

引用(東京地判令和7年12月4日・第3の2(3)ウ)

「また、被告は、本件補助金の成長枠においては、事前着手経費については、補助対象外経費となるが、追加の開発費については、申請が採択されれば受給できる可能性も十分あった旨主張するが、本件補助金では、応援枠を除いて、交付決定前に補助事業を開始した場合には、原則として補助金の交付対象とならないとされているのであり、上記被告の主張は、要するに、事前着手しても、当該費用を事業計画から外して事業開始していないように見せかけて、事務局を欺けば本件補助金を受給できる可能性があるというものであって、採用できないことは明らかである。」

試算表を調整する、支出を事業計画から外して事業を開始していないように見せかける。――裁判所は、いずれも「事務局を欺けば」受給可能性があったと主張しているにすぎないとして、一読して採用できないと述べました。そうした方法で採択を得ていれば、不正による交付決定の取消しと加算金の問題に進んでいたはずです(補助金の交付決定の取消し・返還請求、加算金・延滞金はどこまで加算されるのか)。

(3)特別損害であること

損害の性質について、判決は次のように述べます。

引用(東京地判令和7年12月4日・第3の2(4)ウ)

「確かに、本件支出が損害となるためには、本件補助金が受給できなければ、本件プロジェクトを継続できないとの事情が必要であり、特別損害と解すべきものといえる。」

事前着手した支出は、採択されていれば補助対象になり得たもので、採択されなくても事業を続けるのであれば、その支出自体が無駄になるわけではありません。無駄になるのは、補助金がなければ事業を続けられない場合です。だから特別損害である、という整理です。

したがって、支援事業者の予見可能性が問題になります。

(4)予見可能性は、相手方の主張から認定された

引用(東京地判令和7年12月4日・第3の2(4)ウ)

「そうすると、被告の主張からしても、本件プロジェクトは、本件補助金の受給がなければ困難ということに一定の合理性があるというべきであり、本件情報提供の時点で、被告は、本件補助金を得られなければ、原告が本件プロジェクトを進められないことを少なくとも認識し得たというべきである。」

この認定に使われた事情は三つです。第一に、被告自身が準備書面で、原告の売上規模からすると補助上限額を得てなお開発コスト6000万円ではコスト負担過多であると主張していたこと。第二に、被告の担当者が、令和5年5月11日より前に原告の財務状況やシステム開発の内容を聞いていたと供述していたこと。第三に、原告が被告に対し、開発規模が5000万円であることを伝えていたことです。

第一の点が効いている形に注目してください。被告は、応援枠を勧めた理由として、原告の売上規模と減価償却負担の比較を主張しました。その主張は、同時に、原告が補助金なしではこの規模の開発を担えないことを被告が把握していたことを示してしまいました。

また、被告は、採択率が約26・5パーセント程度であるから補助金ありきで検討していたとは一般的にあり得ない、事業継続を中止したのは原告の自己責任である旨も主張しましたが、裁判所は、採択率が低いと説明していたと認められる客観的な証拠はないとし、被告が配信していたメールマガジンにも成功事例の紹介はあるが採択率が低いことをうかがわせる記載は見当たらない、と述べています。

事業者の側から見れば、ここが実務の勘所です。補助金が受けられなければこの投資はできない、という一点を、相談の時点で相手に伝えておく。事業規模と資金計画を共有しておく。それが、後に特別損害の予見可能性を支える事実になります。

6 この裁判例をどう使うか――支出した事業者の側、助言する側

ここからは、前記の判示を踏まえた当職の整理です。

(1)支出してしまった事業者の側が確かめること

第一に、どの公募回のどの申請枠を前提に、いつ、何を言われたのかを確定します。本件で決定的だったのは、回答がメールで残っていたことです。「可能です」という一語だけの回答であれば、条件の説明がなかったこと自体が不正確さの証拠になります。

第二に、その時点で申請枠が決まっていたかを確かめます。本件の論法は、「事前着手が可能」という答えが正しいのは特定の枠で申請する前提が共有されていた場合に限られる、というものでした。枠が未定のまま「可能」と言われていたのであれば、その答えは誤りです。

第三に、補助金が受けられなければその投資ができないことを、相手が知り得たかを確かめます。事業計画、資金計画、開発規模を伝えたメール、見積りの共有、打合せの記録が材料になります。

第四に、名目の調整を勧められていないかを確かめます。名目の付け替えを勧めた事実は、支援事業者の側の落ち度を示すとともに、「補助対象経費から外すつもりだった」という反論を封じる材料になりました。

第五に、時期です。消滅時効は、不法行為として3年です。不採択の通知、あるいは取消し・返還の通知を受けた時点から数えると、交渉に費やせる時間は限られています。早い段階で請求の形を決めておく必要があります。

(2)請求の立て方

本件の請求は、着手金33万円と、先に支出した1000万円の合計1033万円でした。業務委託契約に基づく報酬の返還だけでなく、誤った説明を信じて支出した費用の全額が認められています。

構成は不法行為です。契約締結前の情報提供義務違反については、債務不履行として構成することはできません(前記3(2))。もっとも、契約締結後の助言や申請手続の不備については、委任契約上の義務違反として債務不履行を問う余地があります。時期によって構成が変わりますから、どの時点のどの行為を捉えるのかを整理してから請求することになります。

(3)助言する側の自衛

支援事業者・認定支援機関・ベンダーの側から見ると、この判決は次のことを示しています。

まず、契約前の問合せへの回答が、そのまま責任の対象になります。「契約はまだですから」という言い方は通りません。

次に、公募要領が公表されていることは、免責の理由になりません。むしろ、報酬を得て関与する立場を自ら掲げていることが、義務の根拠として使われます。自社の広報や配信物に「どの類型で申請すべきかを相談してほしい」と書いているのであれば、その範囲の助言には責任が伴います。

そして、回答の仕方です。「可能です」「問題ありません」という答えは、条件を落とした瞬間に不正確になります。どの公募回のどの枠を前提とするのか、どの手続を経る必要があるのか、満たせない場合はどうなるのかを添えること。要件が公募回ごとに変わる制度では、前の回の知識をそのまま答えに使えば足りる、ということはありません。

最後に、記録と主張の一貫性です。本件では、訴訟に至ってからの主張の変遷が、合理的な説明がないとして評価を決めました。経緯を事後にまとめた文書より、その時点のメールが強いということでもあります。

(4)この裁判例の限界

正直に書いておきます。この判決は地方裁判所の判断であり、確定しているかどうかを当職は確認できておりません。本記事の執筆時点で、控訴審の裁判は公刊物・判例データベースのいずれにも見当たりません。したがって、控訴審で判断が変わる可能性を前提に扱う必要があります。

また、この判決は、事前着手という例外の範囲が公募回ごとに変わっていた、という事案に即したものです。名目の調整を勧めていた、メールマガジンで相談を呼びかけていた、主張が変遷した、という個別の事情が重なっています。どの事案でも同じ結論になるというものではありません。

それでも、①契約締結前の信義則上の情報提供義務が認められること、②「公募要領は公表されていた」が免責の理由にならないこと、③先に支出した費用が特別損害として全額認められ得ること――この三つは、補助金の支援に関する紛争で広く使える手がかりです。交付決定の取消しの場面で裁判例をどう使うかについては、補助金の交付決定は、どのようなときに取り消すことができるのかでも扱っています。

7 まとめ

補助金の支援事業者から「この補助金は事前着手ができますから、先に支出して問題ありません」と言われ、そのとおりに支出したところ、実際には事前着手が認められる申請枠は限られていた。東京地判令和7年12月4日は、この事案で、支援事業者に合計1033万円の賠償を命じました。

判決が示したことは三つです。

第一に、業務委託契約の締結前の回答についても、「契約締結前の信義則上の情報提供義務」があります。契約の目的が補助金の受給であるならば、契約を結ぶかどうかを決める段階で受給の可能性を確かめる必要があるからです。この義務の違反は、不法行為として構成されます。消滅時効は3年です。

第二に、「公募要領は公表されていて公知であった」という反論は通りません。判決は、「公募要領を一読すれば内容を容易に理解できるのであれば、そもそも被告の業務は不要なのであり」と述べました。報酬を得て関与する立場と、読めば分かるはずだという主張とは、両立しません。

第三に、先に支出した費用は特別損害ですが、補助金がなければその事業を進められないことを支援事業者が認識し得たのであれば、全額が損害になります。本件では、事業規模が伝えられていたこと、支援事業者自身が売上規模との対比を主張していたことから、予見可能性が認められました。

そのうえで、「名目を付け替えればよい」「試算表を調整すればよい」という助言について、裁判所は「事務局を欺けば受給可能性があった」と主張しているにすぎないとして、二度にわたり退けています。そうした助言は、事業者を守るものではありません。

事前着手の扱いは、公募回と申請枠によって異なります。手元の公募要領が何回目のものか、自社が申請する枠で事前着手が認められるのか、認められるとして何を届け出る必要があるのか。支出の前に確かめるべきことは、この三つです。

ご相談をお考えの事業者の方へ

支援事業者の説明を信じて先に発注・支払をしてしまい、補助金を受けられなくなった。あるいは、採択後に「この経費は対象外だ」と言われて返還を求められている。こうした段階でも、できることは残っています。相談の経緯が残っているメール、見積書・請求書・領収書、公募要領、申請書類、事務局とのやり取り、支援事業者との業務委託契約書があれば、具体的な検討ができます。不法行為として構成される以上、時間の制約があります。早い段階でご相談ください。交付決定の取消しや返還命令が既に届いている場合は、取消しの通知が届く前にしておくべきこと、納付命令が届いたらもあわせてご覧ください。

士業の先生方へ

顧問先から「補助金の申請を頼んだ業者の説明が違っていた」「先に払ってしまった分が対象外だと言われた」というご相談を受けることがあろうかと存じます。請求の相手方と構成(契約前か契約後か、不法行為か債務不履行か)、損害の立て方、消滅時効の起算点は、いずれも事実関係の整理が先に来ます。また、支援に関わる立場からの自衛のご相談も承っております。補助金適正化法と公募要領の側からの検討が必要な場面では、その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。連携の形は士業の先生方へにまとめております。

※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第6節は、当職の見解を含みます。引用した裁判例は、本稿執筆時点で確定の有無を確認できておりません。具体的な対応は、資料に基づく個別の検討が必要です。

※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。

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