執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
1 返還請求権の時効とは、別の問いです
「もう何年も前の補助金なのに、今になって返せと言われた」という場面では、二つの問いが立ちます。一つは、返還を求める権利そのものが時効にかかっていないかという問いです。もう一つは、返還命令の前提になる交付決定の取消しを、いつまで行うことができるのかという問いです。
返還請求権の時効は、補助金の返還請求に時効はあるのかで整理しています。このページで扱うのは、後者です。
二つを分けて考える必要があるのは、順序があるからです。補助金適正化法18条1項は、補助金等の交付の決定を取り消した場合において、補助事業等の当該取消に係る部分に関し、すでに補助金等が交付されているときは、期限を定めて、その返還を命じなければならないと定めています。取消しに伴うこの返還命令は、交付決定の取消しがあって初めて可能になるものです。取消しの側に期間の限界があるのかは、返還請求権の時効とは別に確かめることになります。
2 17条に、期間の制限の規定は置かれていません
交付決定の取消しについて定めているのは、補助金適正化法17条1項です。同条は、ほかに、間接補助事業者等の行為を理由とする取消し(2項)、補助金等の額の確定があった後においても1項・2項の規定の適用があること(3項)、取消しをした場合に8条を準用すること(4項)を定めています。しかし、取消権をいつまでに行使しなければならないか、という期間の定めは置かれていません。同法には、消滅時効の定めも、除斥期間の定めもありません(e-Gov法令検索の条文で確認したところ、同法に「時効」「除斥」の語はありません)。
文献も、この状態を正面から取り上げています。
引用(碓井光明『公的資金助成法精義』214頁(信山社、2007))「一般に行政処分に関しては時効制度がなじまないとして,期間制限としては除斥期間制度が活用される。その典型は,租税の確定行為である更正決定の期間制限である(国税通則法70条・71条等)。しかし,適正化法17条には,そのような期間制限規定が置かれていない。このような状態において,交付決定の取消しが期間制限なしに行なえるとすることは,法的安定性を損うものである。」
租税の場面には期間の制限の定めが置かれているのに、補助金の交付決定の取消しには置かれていない、という対比です。ここから先は、条文に答えが書かれていない領域になります。
3 文献は「時間的に無制限に行使しうると解することは適当ではない」としています
補助金適正化法の解説書は、17条の解説の末尾で、次のように述べています。
引用(小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』253頁(株式会社全国会計職員協会、2016))「なお、本条の交付決定の取消権については、精算手続行為後にも行使しうる旨の定めはあっても(第三項)、消滅時効あるいは除斥期間の規定はおかれていない。しかしながら、交付決定の取消権を時間的に無制限に行使しうるものと解することは適当ではなく、少なくとも長期にわたってこれを行使しないときは権利の喪失を来し、もはやこれを行使しえなくなるものと解すべきである。額の確定により補助関係が終結し、安定した事実状態が相当期間継続した後に、交付行政庁において一方的にこれを覆すことは、著しく法律生活の安定を阻害することとなるからである。」
ここでいう「額の確定」は、実績報告を受けて、交付すべき補助金等の額を最終的に決める手続です(額の確定(補助金適正化法15条)とは何かで述べています)。文献は、額の確定によって補助の関係がいったん終わり、その状態が相当の期間続いた後に、これを一方的に覆すことを問題にしています。
もっとも、同じ箇所は、「相当期間」を具体的にどの程度の期間と解すべきかについては、補助金等の返還請求権の消滅時効と密接に関連するとして、18条の解説に委ねています(小滝・前掲253頁)。年数そのものは、ここでは示されていません。
4 5年という数字は、返還金債権の時効との権衡から出てきます
委ねられた先の解説は、まず、本法は補助金等返還請求権の消滅時効について何ら規定していないが、返還請求権は公法上の返還命令に基づいて発生するものであり、公法上の金銭債権と観念すべきものであるから、会計法30条の規定により、五年間これを行使しないときは時効によって消滅するものと解される、としています(小滝・前掲264〜265頁)。そのうえで、取消権について、次のように述べています。
引用(小滝・前掲265頁)「ところで、補助金等返還請求権が五年の消滅時効にかかるとすれば、当該返還請求権発生の一原因たる交付決定取消権の行使がこれより長く時効にかからないとすることは、(直ちに取消権を行使した場合よりも、取り消さずにおいた方が長く相手方の責任を問いうることとなるため)権衡を失するものというべきであろう。したがって、交付決定取消権はこれを行使しうる時より遅くとも五年以内に行使しないときは、消滅するものと解すべきであろう。」
同じ箇所は、17条の解説でいう「相当期間」も、この点を考慮すれば五年以内の期間と解するのが適当と考えられる、としています(小滝・前掲265頁)。前記2で引用した文献も、学説は交付決定取消権を行使しうるときより最長5年を経過したときは交付決定の取消しができなくなると解釈しているとしたうえで、「筆者も,この見解に賛成しておきたい」と述べています(碓井・前掲214頁)。
数字の出どころは、取消しの側の条文ではなく、返還金債権の時効との釣り合いです。この順序が、次の5で述べる限界につながります。
5 この5年を、そのまま持ち込めるわけではありません
前提は、返還金債権に会計法30条が及ぶことです
右の筋道は、返還金債権について会計法30条の5年の時効が及ぶことを前提に、取消権がこれより長く残るのは権衡を失する、という形で立てられています。前記2で引用した文献も、期間の制限なしに取消しが行えるとすることは法的安定性を損うとしたうえで、「ことに,後述のように,返還命令後の返還金債権について会計法30条の時効規定の適用を認めることとのアンバランスが大きくなる」と述べており(碓井・前掲214頁)、同じ前提に立っています。ところが、当サイトが主に扱っている補助金は、中小機構が交付するものと、事務局が交付主体となるものです。会計法30条の主語は「国」であり、中小機構法16条が準用しているのは補助金適正化法であって、会計法ではありません。独立行政法人である中小機構の返還請求権に会計法30条が及ぶのかは、条文の文言からは直ちに決まらず、事務局が交付主体となる類型では民法166条によることになる余地があります(この整理は補助金の返還請求に時効はあるのかで述べています)。
そうすると、これらの補助金については、前提そのものが条文から直ちに決まらないことになります。5年という数字を、そのまま持ち込むことはできないと考えております。
正面から採用した裁判例は、手元では見当たりません
前記4で紹介したのは、文献が述べている解釈です。手元の判例集・判例データベースで確かめられた範囲では、この見解を採用した裁判例は見当たりません。下級審には、交付決定の時から5年で取消権が時効消滅するという主張について、取消権は補助金適正化法所定の違反行為があってから行使することができるようになるのであるから、違反行為の時期にかかわらず交付決定から5年で時効消滅するとは解されないとして、これを採用できないとした判断があります。もっとも、上訴審の帰趨は確かめられておりませんので、ここで柱に据えるものではありません。期間の経過を理由に取消しが許されないという主張について、見通しを申し上げられる段階にはありません。
「行使しうる時」がいつからか――確定した判断は見当たりません
5年という期間で考えるとしても、どこから数えるのかが決まらなければ、結論は出ません。文献は、返還請求権の時効の起算点については、会計法上特別規定が設けられていないので民法166条の規定が準用され(会計法31条2項)、返還請求権を行使しうる時は、返還命令において定めた返還期限到来の時と解されるとしています(小滝・前掲265頁)。これは返還請求権の側の話です。取消権を「行使しうる時」がいつになるのかについては、前記の下級審の判断が、取消権は補助金適正化法所定の違反行為があってから行使することができるようになると述べています。もっとも、上訴審の帰趨は確かめられておらず、確定した判断とはいえませんので、ここは断定できないところです。
次のような場合は、お返事をされる前にご相談ください
- 何年も前に交付を受けた補助金について、交付決定の取消しの通知が届いた
- 額の確定(確定通知)を受けてから長い時間が経った後に、取消しや返還の話が出てきた
- 取消しの通知に挙げられている事実が、何年も前の時点のものである
6 財産処分の制限に違反したとされる場合は、文献自身が結論を留保しています
同じ文献は、財産処分の制限(補助金適正化法22条)に違反したことを理由とする取消しについては、結論を留保しています。
引用(碓井・前掲214頁)「ただし,適正化法22条の財産処分制限違反を理由とする交付決定の取消しについては,長期の制限期間があるときは,補助金等の交付後長期間が経過して相手方との関係が希薄になった状態において,違反を発見することが困難であることに鑑みるならば,最長5年説を採用してよいものか結論を留保しておきたい。」
「長期の制限期間があるときは」という条件が付いた留保です。処分が制限される期間(処分制限期間)は、財産ごとの法定耐用年数によって決まりますので、財産によっては長い期間になります(事業再構築補助金は5年たてば自由に処分できるのかで述べています)。この場面について、当サイトとして何年という形の整理を述べることは控えます。文献自身が結論を留保しているところです。
7 お手元で確かめられること
- 交付決定の通知、額の確定の通知、取消しの通知の日付を、時系列に並べる。どの段階から、どれだけの時間が経っているかが分かります。
- 取消しの通知に挙げられている事実が、いつの時点のものか。取消しの理由として示された事実の時点と、通知の日付との開きを見ます。
- 返還命令で定められた返還期限と、その後に届いた督促・催告の履歴。こちらは返還請求権の時効の側の材料です(補助金の返還請求に時効はあるのかをご覧ください)。
- 交付決定通知書の主語が「中小機構は」か「事務局は」か。前記5のとおり、どちらであるかで前提が変わります。
期間が経っていることだけを理由に取消しが許されないと申し上げられるものではありませんが、取消事由に当たる事実があるのか、取り消すかどうかの判断に逸脱・濫用がないか、理由が示されているかという各論点と併せて検討する材料にはなります。取消事由が生じたことと、取消権を行使してよいこととが別であるという点は、補助事業の実施状況を調べないまま交付決定を取り消すことは許されるのかで述べています。
なお、取消しを取消訴訟で争うことができる期間は、ここで述べた問題とは別に、行政事件訴訟法14条が定めています(交付決定の取消しから6か月を過ぎたら、取消訴訟は起こせないのかをご覧ください)。取消しの側に期間の限界があるかという問題と、争う側の期限とは、別の問題です。
何年も前に交付を受けた補助金について、交付決定の取消しや返還を求められている事業者の方、顧問先・支援先からこのようなご相談を受けている中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方は、お返事をされる前にご相談ください。交付決定の通知、額の確定の通知、届いた取消しの通知の各日付と、取消しの理由として挙げられている事実の時点が分かるものがあれば、具体的な検討ができます。
根拠(条文・公式資料・裁判例)
- 補助金適正化法17条(決定の取消)1項・2項、3項(補助金等の額の確定があった後においても1項・2項の規定の適用があるものとするもの)、4項。取消権をいつまでに行使しなければならないかという期間の定めは置かれておらず、同法に「時効」「除斥」の語はありません(e-Gov法令検索の条文で確認)
- 補助金適正化法18条1項(交付の決定を取り消した場合において、すでに補助金等が交付されているときは、期限を定めて、その返還を命じなければならないとするもの)
- 補助金適正化法22条(財産の処分の制限)
- 会計法30条(金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律に規定がないものは、これを行使することができる時から五年間行使しないときは、時効によつて消滅する)、31条2項(消滅時効の完成猶予、更新その他の事項に関し、適用すべき他の法律の規定がないときは、民法の規定を準用する)
- 民法166条(債権等の消滅時効)
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構法15条1項6号、16条(補助金適正化法の準用。会計法には及びません)
- 行政事件訴訟法14条(出訴期間)
- 碓井光明『公的資金助成法精義』214頁(信山社、2007)「交付決定取消しの期間制限」の項(期間制限としては除斥期間制度が活用され、その典型は租税の確定行為である更正決定の期間制限であるが(国税通則法70条・71条等)、適正化法17条にはそのような期間制限規定が置かれていないとし、期間制限なしに取消しが行なえるとすることは法的安定性を損うものであるとしたうえで、学説は交付決定取消権を行使しうるときより最長5年を経過したときは取消しができなくなると解釈しているとし、「筆者も,この見解に賛成しておきたい」とするもの。ただし22条の財産処分制限違反を理由とする取消しについては、長期の制限期間があるときは違反を発見することが困難であることに鑑み、最長5年説を採用してよいものか結論を留保するとしています)
- 小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』253頁(株式会社全国会計職員協会、2016)(17条の交付決定の取消権については、精算手続行為後にも行使しうる旨の定めはあっても(3項)、消滅時効あるいは除斥期間の規定はおかれていないとしたうえで、取消権を時間的に無制限に行使しうるものと解することは適当ではなく、少なくとも長期にわたってこれを行使しないときは権利の喪失を来すものと解すべきであるとし、額の確定により補助関係が終結し、安定した事実状態が相当期間継続した後に交付行政庁において一方的にこれを覆すことは著しく法律生活の安定を阻害することとなるからであるとするもの。相当期間を具体的にどの程度の期間と解すべきかは、返還請求権の消滅時効と密接に関連するとして、18条の解説に委ねています)
- 小滝・前掲264〜265頁(本法は補助金等返還請求権の消滅時効について何ら規定していないが、返還請求権は公法上の返還命令に基づいて発生するものであり公法上の金銭債権と観念すべきものであるから、会計法30条の規定により五年間これを行使しないときは時効によって消滅するものと解されるとするもの)、同265頁(返還請求権が五年の消滅時効にかかるとすれば、当該返還請求権発生の一原因たる交付決定取消権の行使がこれより長く時効にかからないとすることは権衡を失するとし、交付決定取消権はこれを行使しうる時より遅くとも五年以内に行使しないときは消滅するものと解すべきであろうとするもの。あわせて、17条の解説でいう相当期間も五年以内の期間と解するのが適当と考えられるとし、返還請求権の時効の起算点については、会計法上特別規定が設けられていないので民法166条の規定が準用され(会計法31条2項)、返還請求権を行使しうる時は返還命令において定めた返還期限到来の時と解されるとしています)
※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。
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※ 本ページは一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。