執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
1 公式の枠組み――取消事由は3つ、取消しは「できる」
事業再構築補助金など、中小機構が直接交付する補助金の交付決定の取消しは、補助金適正化法17条1項に基づくものです(中小機構法16条による準用)。同項が定める取消事由は、①補助金を他の用途に使用した場合、②交付決定の内容又はこれに附した条件(補助条件)に違反した場合、③法令又はこれに基づく処分に違反した場合、の3つに限られます。
引用(補助金適正化法17条1項)「各省各庁の長は、補助事業者等が、補助金等の他の用途への使用をし、その他補助事業等に関して補助金等の交付の決定の内容又はこれに附した条件その他法令又はこれに基く各省各庁の長の処分に違反したときは、補助金等の交付の決定の全部又は一部を取り消すことができる。」
条文は「取り消すことができる」と定めています。「取り消さなければならない」ではありません。取り消すかどうか、取り消すとしてその範囲を全部とするか一部とするかについて、判断の余地が認められているということです。
なお、そもそも3つの取消事由のどれにも当たらなければ、裁量の問題に入る前に、取消しはできません。
2 裁量があっても、無制限ではない
裁量があるということは、何をしてもよいということではありません。
最高裁判所の調査官解説は、行政裁量について、立法者が法律の枠内で行政機関に認めた判断の余地であり、その存否及び範囲は、行政機関に対する授権を行う法律の解釈問題として、実体法に則して個別に検討する必要があるとし、具体的には、根拠法規の規律形式、処分の性質や対象、行政機関が行う判断の性質といった要素を総合的に考慮すべきものと整理しています(山本拓・最高裁判所判例解説民事篇令和5年度549〜550頁)。
この整理を取消しの場面に当てはめると、補助金を交付するかどうかを決める場面の裁量と、いったん瑕疵なく成立した交付決定を事後的に取り消す場面の裁量とは、その広狭を異にすると考えております。取消しは、交付決定によって生じた法的地位を失わせ、補助金の返還義務(補助金適正化法18条1項)と、国税滞納処分の例による徴収(同法21条1項)という重い不利益を伴う処分だからです。中小機構が交付する補助金では、これらの規定も中小機構法16条の準用によって及びます。交付するかどうかの判断に広い裁量があることを理由に、取り消すかどうかにも広い裁量があると説明されることがありますが、広範な裁量があるというためには、その根拠となる法令の定めが示される必要があると考えております。文献にも、次の指摘があります。
引用(碓井光明『公的資金助成法精義』214頁(信山社、2007))「交付決定取消権の行使について,相当程度の裁量性があることは認めざるを得ないが,違反事由と態様との関係において一種の比例原則の考え方によって,裁量権を統制する必要があろう。」
なお、交付の内定は、交付の申請の前に行われる事実上の手続にすぎないとされ、内定の後にされた不交付の決定は単なる申請に対する拒否処分であるから、授益処分の取消しや撤回に関して議論されているような制約を観念することはできないとされています(山本拓・最高裁判所判例解説民事篇令和5年度549頁。引用は「交付申請が却下された。争うことはできるのか」に載せています)。裏返せば、取消し・撤回の場面には、交付する場面とは異なる制約が前提とされていると考えております。
裁判例も、取消事由が生じたことと、実際に取消権を行使してよいかどうかとを区別しています。名古屋高判平成5年2月23日訟月39巻11号2247頁、判タ859号260頁は、財産処分の制限(補助金適正化法22条)に反する担保提供により取消事由が生じたとしたうえで、次のように述べています。
引用(名古屋高判平成5年2月23日)「補助金等の交付決定の取消権の行使については、補助事業者の義務違反(条件違反行為)があるというだけで直ちにこれを行い得るものと解すべきではなく、補助目的達成の可否について補助関係の全過程を通じて総合的に判定し、補助金等交付の初期の目的を達成することが困難となった時点において初めてその取消権を行使すべきものと解するのが相当である。」
もっとも、この判決の使い方には、二つの留保を付しておきます。一つは、同判決については上告がされていますが、上告審の裁判は公刊物に見当たらないことです。もう一つは、この事件で審理されたのは、取消し後の補助金返還請求権が破産手続上の財団債権に当たるかどうかであり、取消処分の適法性が訴訟物とされた事件ではないことです。引用した判示は、債権の発生の基本となる法律関係が破産宣告の前に生じていたかどうかを判断する文脈で述べられたものです。
また、補助金適正化法には、補助事業の成果が交付決定の内容と条件に適合しない場合に、適合させるための措置をとるべきことを命ずる規定(同法16条)も置かれています。私見としては、是正すれば補助事業が交付決定どおりに遂行される見込みがあった場合や、補助目的の達成に支障のない軽微な事由しかない場合に、全部を取り消して全額の返還を求めることは、比例原則に反し、裁量権の逸脱・濫用として違法と判断される可能性があると考えております。賃上げ要件をわずかに下回った場合なども、同じ問題が生じます。
次のような場合は、手続が進む前にご相談ください
- 交付決定の取消しや、補助金の返還を求める通知・連絡を受け取った
- 事務局から「返還すれば済む」「自主返納を」と言われている
取消通知・返還請求が届いている方は、こちらもご覧ください: 交付決定の取消し・返還請求(対応ページ)/賃上げできなかったら返還か(Q&A)/自主返納の求め(対応ページ)
3 事務局が交付主体となる補助金の場合
IT導入補助金(現:デジタル化・AI導入補助金)、従来のものづくり補助金(ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金)、小規模事業者持続化補助金など、事務局が交付主体となる補助金は、事務局との負担付贈与契約と解されます。中小機構が交付主体となる新事業進出・ものづくり補助金は、これには当たりません。この類型での「取消し」の法的な正体は、契約の債務不履行解除です。
民法上、催告による解除(民法541条)でも、不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは解除は認められず、催告をしない全部解除が認められるのは民法542条1項各号の場合に限られます。行政処分型とは道筋が違いますが、わずかな違反で全額返還ということが当然には認められない点は共通していると考えております。
4 取消通知・返還の求めを受けたら確認したいこと
- 指摘されている事実が、3つの取消事由のどれに当たるとされているか。
- なぜ一部の取消しではなく全部の取消しなのか、その理由が書かれているか。
- 是正の機会(是正のための措置の命令など)が与えられたか。
- 補助事業の実施状況(設備が稼働し、事業が続いていること)が考慮されているか。
交付決定の取消しには理由の提示が必要とされており(補助金適正化法21条の2)、いかなる事実関係に基づき、いかなる法規を適用して処分がされたのかが、通知の記載自体から分かるものでなければならないと考えております。通知の記載から上記の点が読み取れないこと自体が、争う手がかりになることがあります。
交付決定の取消しや返還を求められている事業者の方、顧問先・支援先からこのようなご相談を受けている中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方は、返還に応じる前にご相談ください。取消しを裁判で争うには、原則として処分を知った日から6か月の期限があります(行政事件訴訟法14条1項)。
根拠(条文・公式資料・裁判例)
- 補助金適正化法16条、17条1項、18条1項、21条1項、21条の2
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構法15条1項6号、16条
- 名古屋高判平成5年2月23日訟月39巻11号2247頁、判タ859号260頁(上告がされているが上告審の裁判は公刊物に見当たらない。審理されたのは取消し後の補助金返還請求権が破産手続上の財団債権に当たるかどうかであり、取消処分の適法性が訴訟物とされた事件ではない)
- 山本拓・最高裁判所判例解説民事篇令和5年度549〜550頁(行政裁量の存否及び範囲は根拠法規の解釈問題であること)
- 碓井光明『公的資金助成法精義』214頁(信山社、2007)(交付決定取消権の行使を比例原則の考え方によって統制する必要があること)
- 民法541条、542条1項
※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。
関連ページ
- 交付決定の取消し・返還請求(対応ページ) →
- 賃上げ要件と補助条件(コラム) →
- 取消しの処分性と理由付記の不備(コラム) →
- 負担付贈与契約型の補助金(対応ページ) →
- 付加価値額等の目標に届かなかったとき(Q&A) →
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※ 本ページは一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。