執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
1 二つの手続を分けて考える
公表されている「よくあるご質問」や、事務局から届いた事務連絡、所管官庁の通達に書かれているとおりに手続をしたのに、後から返還を求められた、という場面があります。このとき、頭の中で一つになっている問いを、手続の上では二つに分けることになります。
一つは、交付決定の取消しや返還命令そのものを争うことです。これは、処分をした側に対して、不服申立てをし、又は取消訴訟を起こすという手続です。もう一つは、誤った説明をしたこと自体について、国又は地方公共団体に損害の賠償を求めることです。こちらは、国家賠償法に基づく損害賠償請求という、別の訴えになります。
順序としては、前者が先です。取消しや返還命令が取り消されれば、返還の義務そのものがなくなりますので、賠償を論じる必要がありません。賠償は、処分を争う手続では取り戻せない部分が残ったときに、その残った部分について考えるものだとご理解ください。不服をどこに言うのかは、Q&A「交付決定の取消しの通知に不服があるとき、どこに言えばよいのか」で述べています。取消訴訟には期間の定めがありますので、Q&A「交付決定の取消しから6か月を過ぎたら、取消訴訟は起こせないのか」もあわせてご覧ください。
2 通達・事務連絡・よくあるご質問は、法律ではない
出発点は、こうした文書の性質です。通達、事務連絡、公表されている「よくあるご質問」は、いずれも行政の内部で定められ、又は案内のために公表されたものであって、法律そのものではありません。ですから、そこに書かれていることが法律の解釈として誤っていれば、誤っている説明に従った運用は、是正されるべきものになります。逆に言えば、説明に従ったからといって、法律上の義務がその説明のとおりに作り変えられるわけでもありません。
当サイトでは、この点を複数のページで扱っています。交付規程・通達が法律との関係でどこまで事業者を縛るのかは、Q&A「『適正化法だけで決まるものではない』と言われたら――交付規程・通達はどこまで事業者を縛るのか」で、公表されている説明の文言と条文の文言が合っていない例は、たとえばQ&A「『専ら補助事業に使用』と言われましたが、公式Q&Aが挙げる交付規程の条文には、そう書かれていません」やQ&A「『機械の故障等により処分制限財産を廃棄する場合には、事前に財産処分の承認申請を』と書かれていますが」で扱っています。承認を要する行為の範囲が補助金適正化法22条の列挙より広く説明されている場面は、実際に起きています。
もっとも、説明が誤っていたということと、その誤りについて国が金銭を賠償する責任を負うということとは、同じではありません。そこで次に、賠償の根拠となる条文と、最高裁判所の判断を確かめます。
3 最高裁は、法の解釈を誤った通達の作成・発出を国家賠償法上違法とした
賠償の根拠となる条文は、国家賠償法1条1項です。
引用(国家賠償法(昭和22年法律第125号)1条1項)「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」
この条文の適用について、通達の誤りを正面から扱った最高裁判決があります。最一小判平成19年11月1日民集61巻8号2733頁です。補助金の事案ではなく、被爆者に対する手当の受給権に関する事案ですが、「法律の解釈を誤った通達を作成し、発出し、これに従った取扱いを継続した」という行為類型そのものを扱った判決です。判示事項は、次のとおりです。
引用(最一小判平成19年11月1日民集61巻8号2733頁・判示事項)「国の担当者が,原爆医療法及び原爆特別措置法の解釈を誤り,被爆者が国外に居住地を移した場合に健康管理手当等の受給権は失権の取扱いとなる旨定めた通達を作成,発出し,これに従った取扱いを継続したことが,国家賠償法1条1項の適用上違法であり,当該担当者に過失があるとされた事例」
結論の部分も引きます。
引用(同判決・理由4)「以上によれば,402号通達を作成,発出し,また,これに従った失権取扱いを継続した上告人の担当者の行為は,公務員の職務上の注意義務に違反するものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法なものであり,当該担当者に過失があることも明らかであって,上告人には,上記行為によって原告らが被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。」
したがって、公表された説明や事務連絡に従った結果として不利益を受けた場合、その説明が法の解釈として誤っていたことを示すことができれば、賠償を求める余地があると考えております。本判決の解説は、最高裁判所判例解説民事篇平成19年度697頁に収められています。
4 認められるために何を示すことになるのか
ただし、この判決は、通達が誤っていればそれだけで賠償になる、とは述べていません。同じ判決は、違法の評価について、次のように判示しています。ここが実際の見通しを決める部分ですので、長めに引きます。
引用(同判決・理由3)「もっとも,上告人の担当者の発出した通達の定めが法の解釈を誤る違法なものであったとしても,そのことから直ちに同通達を発出し,これに従った取扱いを継続した上告人の担当者の行為に国家賠償法1条1項にいう違法があったと評価されることにはならず,上告人の担当者が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と上記行為をしたと認められるような事情がある場合に限り,上記の評価がされることになるものと解するのが相当である(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成元年(オ)第930号,第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁参照)。」
「職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と」という言い回しが、そのまま要件になります。つまり、処分や運用が結果として法の解釈を誤っていたことと、その誤りが公務員の注意義務違反に当たることとは、別に示すことになります。
では、本件ではなぜ注意義務違反が認められたのか。判決要旨が挙げている事情は、二つに整理できます。第一に、国の担当者は、従前の解釈及び運用が法律上の根拠を欠くことを認識するに至り、これを改める取扱いを既に採っていたこと、すなわち、解釈を改めて検討する機会が現にあったことです。第二に、その検討の機会に注意義務を尽くしていれば、手当等の支給に関する他の制度では国内に住所や居住地を有することが支給要件とされる場合には法律にその旨が明記されるのが通例であることとの整合性等の観点から、問題の法解釈は「その正当性が疑問とされざるを得ないもの」であることを当然に認識することが可能であったことです。
この二つの事情は、補助金の場面に置き換えると、次の問いになります。公表された説明の内容が条文の文言から外れていることを、行政の側が確かめる機会があったのか。その機会に通常の注意を尽くせば、条文との食い違いに気付くことができたのか。たとえば、事業者や代理人から条文を摘示して疑義を述べられていたのに、説明の表現が改められないまま運用が続けられていたという経過があれば、この二つの問いに答える材料になると考えております。
見解が分かれている論点では、壁が高くなります
逆に、壁が高くなる場面もはっきりしています。本判決には反対意見が付されており、その中で、公務員の過失についての判例の枠組みが引かれています。
引用(同判決・裁判官の反対意見)「ある事項に関する法律解釈につき異なる見解が対立し,実務上の取扱いも分かれていて,そのいずれについても相当の根拠が認められる場合に,公務員がその一方の見解を正当と解しこれに立脚して公務を執行したときは,後にその執行が違法と判断されたからといって,直ちに上記公務員に過失があったものとすることは相当ではない(最高裁昭和42年(オ)第692号同46年6月24日第一小法廷判決・民集25巻4号574頁,最高裁平成13年(行ヒ)第266号,第267号同16年1月15日第一小法廷判決・民集58巻1号156頁参照)。」
これは反対意見の中の記述ですが、引かれている二つの判例そのものは、過失の判断についての一般的な枠組みを示したものです。そうしますと、解釈が分かれている論点について、行政が一方の見解に立って運用していた場合には、賠償までは認められにくいということになります。賠償を求めるかどうかを決めるときは、問題の説明が、解釈の分かれる論点についてのものなのか、それとも条文の文言からそのまま外れているものなのかを、先に見極めることになると考えております。
次のような場合は、動かれる前にご相談ください
- 公表されている説明や事務連絡のとおりに手続をしたのに、返還を求められている
- 条文を摘示して疑義を述べたのに、同じ説明のまま運用が続いている
- 返還に応じた後で、説明の内容が条文と違っていたことに気が付いた
関連ページ: 「適正化法だけで決まるものではない」と言われたら(Q&A)/取消しの通知に不服があるとき、どこに言えばよいのか(Q&A)
5 損害として何を立てるのか
賠償を求めるときは、何が損害なのかを分けて立てることになります。返還した金銭そのものを損害として立てるのか、それとも、誤った説明に従ったために余分にかかった出費を損害として立てるのかで、主張の組み立てが変わります。
返還した金銭そのものについては、返還命令や交付決定の取消しが有効なものとして残っている限り、法律上の原因のない支出とは言いにくい面があります。そのため、返還の当否は処分を争う手続で決め、賠償の方では、説明に従ったことによって生じた別の出費を立てるという組み方が、整理としては素直だと考えております。具体的には、次のようなものが考えられます。
- 説明に従って財産を処分し、又は手続をしたために生じた費用(処分や撤去に要した費用、再び取得するために要した費用など)。
- 説明に従ったことによって本来受けられた扱いを受けられなくなった場合に、その差として生じた額。
- 誤った説明が改められないまま運用が続けられたことによって増えた額(遅延に伴う負担など)。
加算金・延滞金が付いている場合の扱いは、Q&A「補助金の返還を求められたら、加算金・延滞金は払うのか」で述べています。賠償の中でどこまでを損害として立てられるかは、事案ごとの事実関係によりますので、金額の見通しを先に立てるより、支出の根拠となる資料をそろえることを先にしていただくのがよいと考えております。
期間の制限にも注意が必要です。国家賠償法4条は、「国又は公共団体の損害賠償の責任については、前三条の規定によるの外、民法の規定による。」と定めています。賠償の請求には、不法行為についての民法の規定が及び、そこには期間の制限も含まれます。誤りに気が付いた時期を記録しておき、手続の順序を決める段階で期間を確かめることになります。
6 どう動くか
この種の主張は、「どの説明に、いつ、どのように従ったのか」を後から示せるかどうかで決まります。公表されている説明は改訂されますので、改訂されてしまうと、従った時点の文言が残りません。そこで、次の順で手を打っていただくのがよいと考えております。
- 従った説明の原本を、閲覧日の分かる形で保存する。公表されているページは、画面ごとPDFに保存し、ファイル名に閲覧日を入れておく。版の表示(更新日・改訂日)がある資料は、その表示が写っている状態で保存する。
- 個別に受けた説明は、書面又はメールで残す。電話で受けた説明は、受けた当日に、相手方の部署名と説明の要旨を書いた記録を作る。
- 説明に従って行った行為の日付と、その費用の裏づけ(契約書・請求書・振込みの記録)をそろえる。説明を受けた日が、行為の日より前であることが分かる形にしておく。
- 条文との食い違いに気が付いた段階で、条文を摘示して書面で疑義を述べ、控えを残す。後の段階で、行政の側に確かめる機会があったことを示す材料になります。
- 返還命令・取消しの通知を受けているときは、先に不服申立て又は取消訴訟の期間を確かめる。賠償の検討は、この期間の確認を済ませた後にする。
最後に、順序の話をもう一度述べます。賠償を求めることは、返還を止める手続ではありません。返還を止めるのは、処分を争う手続です。公表された説明と条文が食い違っているという事実は、まず処分を争う場面での主張として使い、賠償は、処分を争っても取り戻せない部分が残ったときに考える、という順になります。私見としては、説明の文言と条文の文言を並べた一覧を早い段階で作っておくことが、どちらの手続でもそのまま使える準備になると考えております。
公表された説明の文言と条文の文言を並べてみると、どこが食い違っているのかがはっきりすることがあります。処分を争う手続と賠償のどちらを先に組むのかも、その食い違いの性質によって変わります。
根拠(条文・公式資料・裁判例)
- 国家賠償法(昭和22年法律第125号)1条1項(国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる)、4条(国又は公共団体の損害賠償の責任については、前三条の規定によるの外、民法の規定による)
- 最一小判平成19年11月1日民集61巻8号2733頁(判示事項は「国の担当者が,原爆医療法及び原爆特別措置法の解釈を誤り,被爆者が国外に居住地を移した場合に健康管理手当等の受給権は失権の取扱いとなる旨定めた通達を作成,発出し,これに従った取扱いを継続したことが,国家賠償法1条1項の適用上違法であり,当該担当者に過失があるとされた事例」。理由3は、通達の定めが法の解釈を誤る違法なものであったとしても、担当者が「職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と」行為をしたと認められるような事情がある場合に限り国家賠償法1条1項にいう違法があったと評価されるとする。反対意見がある)
- 最一小判昭和60年11月21日民集39巻7号1512頁、最一小判平成5年3月11日民集47巻4号2863頁(上記平成19年判決の理由3が参照する判例)
- 最一小判昭和46年6月24日民集25巻4号574頁、最一小判平成16年1月15日民集58巻1号156頁(法律解釈につき異なる見解が対立し、そのいずれについても相当の根拠が認められる場合の過失の判断。上記平成19年判決の反対意見が参照する判例)
- 最高裁判所判例解説民事篇平成19年度697頁(上記平成19年判決の解説の所在)
- 補助金適正化法22条(補助事業等により取得し、又は効用の増加した政令で定める財産を、各省各庁の長の承認を受けないで、補助金等の交付の目的に反して使用し、譲渡し、交換し、貸し付け、又は担保に供してはならない)
※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。
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※ 本ページは一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。