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弁護士 岸上大起

倒産・廃業で辞退したら、賃上げ要件は「未達成とみなされ」全額返還と加算金なのでしょうか――公募要領が根拠に挙げる交付規程は、その場面を加算金から外しています

このページの結論

補助額150万円以上でITツールを導入し、賃上げ要件を達成してきましたが、主要な取引先を失い、廃業を考えています。公募要領には、効果報告や達成状況の判定の前に辞退した場合は「賃上げ要件が未達成とみなされ補助金の全額返還となる」とあり、「交付規程に基づき、加算金を納付する必要がある」とも書かれています。賃上げを実際にしてきたのに、倒産や廃業で辞退すると、全額に加算金を付けて返すことになるのでしょうか。

公募要領が根拠として挙げる交付規程自身が、そう書いていません。廃業・倒産・吸収合併で補助事業を続けられなくなった場面は、交付規程27条1項九号(交付決定後生じた事情の変更等により、補助事業の全部又は一部を継続する必要がなくなった場合)に当たり、加算金を定めた29条は、九号の取消しによる返還を「除き」と明記しています。賃上げ要件の未達による返還(28条2項)も、29条の対象ではありません。補助金適正化法も、事情の変更による取消しは「すでに経過した期間に係る部分」に及ばず(10条1項ただし書)、加算金は17条1項の義務違反による取消しに伴う返還に限っています(19条1項)。

同じ公募要領の10頁・11頁は、賃上げ要件を実際に達成できなかった事業者について、事業場内最低賃金の要件が未達なら返還額は3年で除した額に未達年以降の年数を乗じた比例計算とし、いずれの要件でも加算金・延滞金は含まず、天災など事業者の責めに帰さない理由があれば返還を求めないとしています。3年度目に要件が未達だった事業者は3分の1の返還で加算金なし、同じ3年度目の判定前に倒産して辞退した事業者は全額に加算金、という建て方であり、「未達成とみなす」という擬制を置く条文は交付規程にも法律にもありません。事務局が四号(利用期間未満の利用停止)や包括条項を掲げてきても、事情の変更の場面に九号という固有の規定を置いて29条が加算金から外した以上、別の号に読み替えて加算金を付けることはできないと考えております。私見としては、30頁の記述は根拠を欠くと考えております。

執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)

1 公式の記述――公募要領30頁「未達成とみなされ補助金の全額返還」と10頁「加算金・延滞金は含まない」

以下で引く公募要領は、デジタル化・AI導入補助金2026「公募要領(通常枠)」(2026年10月9日新規作成。中小企業デジタル化・AI導入支援事業事務局)、交付規程は中小企業デジタル化・AI導入支援事業費補助金交付規程(通常枠)(令和8年(2026年)10月9日。同事務局)です。補助金の呼び名は「デジタル化・AI導入補助金2026」ですが、交付規程の名称は「中小企業デジタル化・AI導入支援事業費補助金」です。原文のとおりです。以下、公式資料の閲覧日はいずれも2026年10月31日です。

公募要領30頁(PDF31頁)は、効果報告が終わる前に補助事業を辞退する場面について、次のように書いています。

引用(同公募要領30頁「(1)効果報告完了前の辞退について」)「以下に該当する場合は、辞退の手続きを行う必要がある。/・本事業において導入したITツールを解約・利用停止した場合(複数のITツールを導入し、そのうちの一部を解約する場合であっても、実施している補助事業の辞退とみなす場合があるため、辞退の手続きを行う必要がある。)/・廃業、倒産、事業廃止、事業譲渡、吸収合併等により補助事業を取りやめた場合/辞退した場合、交付規程に基づき、交付された補助金の全部又は一部の返還が必要となる場合がある。/なお、返還が必要となる場合、交付規程に基づき、補助金受領の日から返還金納付の日までの日数に応じ、加算金を納付する必要がある。また、納付が遅れた場合には延滞金が発生する。/賃上げが必須要件となる事業者(「2-1-1 申請の対象となる事業者及びその要件(2)申請要件(ニ)」を除く。)は、効果報告前及び賃上げ要件の達成状況判定前に辞退した場合、賃上げ要件が未達成とみなされ補助金の全額返還となるので留意すること。」(※原文は箇条書きと改行で区切られています。引用に当たり「/」で区切りました。)

三つのことが書かれています。第一に、廃業・倒産・事業廃止・事業譲渡・吸収合併で補助事業を取りやめたら辞退の手続をすること。第二に、辞退して返還が必要となる場合には、「交付規程に基づき」加算金を納付する必要があること。第三に、賃上げ要件のある事業者(補助額150万円以上の申請のほか、IT導入補助金2022から2025までの間に交付決定を受けた事業者は補助額にかかわらず賃上げ要件が付きます。同公募要領9頁(テ)(ト)(ナ)、交付規程9条5項・6項)が達成状況の判定前に辞退したら、賃上げ要件が「未達成とみなされ」補助金の「全額返還」となること。

同じ公募要領の10頁(PDF11頁)は、賃上げ要件を実際に達成できなかった場合について、これとは別の扱いを書いています。

引用(同公募要領10頁。申請要件(ニ)の後の注記と「【補足1】補助金の返還を求める場合」)「※ 賃上げ要件が事業計画終了時点で達成できなかった場合(事務局へ期間内に報告をしなかった場合も含む。)は、補助金の返還を求める。/ なお、その場合の返還額は補助金交付額を上限とし、加算金・延滞金は含まないものとする。(補助金の返還についての詳細は、以下【補足1】を参照。)」「ケース1:事業場内最低賃金の増加要件が未達の場合/・ 効果報告時の直近月時点において、事業場内最低賃金の増加要件が達成できていない場合は、補助金の額の全部若しくは一部の返還を求める。なお、判定に用いる地域別最低賃金は効果報告期間開始時のものとする。」「・ ただし、付加価値額増加率が年平均成長率1.5パーセントに達しない場合や、天災など事業者の責めに帰さない理由がある場合は、上記の補助金の返還を求めない。」「※ 補助金の返還額は、補助金の額を労働生産性の事業計画期間である3年で除した金額に対して、その3年のうち要件未達年以降の年数(要件未達となった年を含む。)を乗じた金額とする。ただし、未達となり返還を行った場合、翌年度以降の効果報告及び未達の場合の返還は求めないこととする。」(※原文の改行を「/」で区切りました。)

賃上げ要件を実際に達成できなかった事業者の扱いは、こうです。①事業場内最低賃金の増加要件が未達の場合(ケース1)は、返還額は補助金の額を3年で除した額に未達年以降の年数を乗じた比例計算です(10頁・11頁の具体例では、1年度目の未達なら全額、2年度目なら3分の2、3年度目なら3分の1)。1人当たり給与支給総額の増加要件が未達の場合(ケース2。同公募要領11頁)は、「補助金の全部の返還を求める場合がある」とされています。②どちらのケースでも、加算金・延滞金は含みません。③どちらのケースでも、天災など事業者の責めに帰さない理由がある場合は、返還を求めないとされています。これに対し、判定前に辞退した事業者は、「未達成とみなされ」て全額、しかも加算金付きです。本稿は、この30頁の記述が、公募要領自身が根拠として挙げる交付規程と、補助金適正化法と、同じ公募要領の10頁・11頁と、三重に食い違っていることを述べます。

2 交付規程の読み方――廃業・倒産は27条1項九号で、29条は九号を加算金から外しています

公募要領30頁は「交付規程に基づき」加算金を納付する必要があると書いています。その交付規程を見ます。交付決定の取消しを定めた27条1項は、取消事由を一号から十号まで並べています。廃業・倒産・事業廃止・吸収合併によって補助事業を続けられなくなった場面に当たるのは、九号です。

引用(同交付規程27条1項九号。同規程11頁)「九 交付決定後生じた事情の変更等により、補助事業の全部又は一部を継続する必要がなくなった場合」

そして、加算金を定めた29条は、この九号による取消しを、加算金の対象から正面から外しています。

引用(同交付規程29条。同規程11頁)「補助事業者は、前条第1項の規定に基づき補助金の返還を行う場合は、第27条第1項第九号に規定する事情により交付決定の取消しを受け、返還命令を受けた場合を除き、補助金受領の日から納付の日までの日数に応じ、返還すべき額につき年利10.95パーセントの割合を乗じて計算した加算金を事務局が指定する方法で納付しなければならない。」

公募要領30頁の加算金の文は、「返還が必要となる場合」として、ITツールの解約・利用停止の場面と、廃業・倒産等の場面とをひとまとめにして書いています。前者は交付規程27条1項四号の場面で、四号の取消しによる返還には29条により加算金が付きますから、この文の全部が誤りというわけではありません。しかし、廃業・倒産の場面に当たる九号の取消しを、同じ29条が「除き」と書いています。少なくとも九号の場面について、公募要領と、公募要領が根拠に挙げる交付規程とは食い違っています。

五号(事務局の承認を受けず補助事業を廃止した場合)に当たるのではないか、という読み方があり得ますので、確かめておきます。交付後の辞退の手続を定めた17条2項は、次のとおりです。

引用(同交付規程17条2項。同規程8頁)「補助事業者は、補助金の交付を受けた後にITツールの解約・利用停止や廃業等により、補助事業を辞退する場合には、速やかにその旨を記載した辞退届を、原則として、IT導入支援事業者の確認を受けたうえで、電磁的方法等により事務局に提出しなければならない。」

交付後の辞退は、届出であって承認の対象ではありません(交付前の取下げを定めた同条1項が「事務局の承認を受けなければならない」としているのと対照的です)。公募要領30頁のとおり辞退届を出した事業者は、「事務局の承認を受けず」補助事業を廃止したことにはなりません。五号には当たりません。なお、28条1項が返還の対象としている取消しは「前条第1項第一号から第四号及び第八号から第十号」によるものであり、五号から七号までの取消しは、そもそも返還の条文に挙げられていません。27条2項も、「前項第一号から第四号及び第八号から第十号の規定は、第24条第2項の規定に基づく補助金の額の確定後においても適用されるものとする」と定めており、額の確定後に残る取消事由から五号から七号までを外しています。額の確定を経て補助金が交付された後の辞退に、五号は使えません。

事務局が四号(「いかなる事由であれ」導入日から一年未満又は実績報告で提出された利用期間未満で利用しなくなった場合)や一号キ(「その他本規程に規定する措置並びに事務局の指示及び事務局にて定める事項に違反した場合」)を掲げてくることも、想定しておく必要があります。廃業すればITツールの利用も止まりますから四号の文言には形のうえで触れ得ますし、一号キは包括条項です。しかし、交付決定後に生じた事情の変更により補助事業を継続する必要がなくなった場面について、交付規程は九号という固有の取消事由を置き、29条でその取消しを加算金から外しています。この場面を九号ではなく四号や一号キで取り消して加算金を付けるのであれば、29条が九号を除外した意味がなくなります。四号は「補助事業者の責めに帰することのできない場合を除く」としており、取引先の倒産など外部の事情による廃業は、この除外に当たる余地があります。一号キは「本規程に規定する措置」への違反を要件としており、事情の変更により事業を続けられなくなったことは、規程の定める措置への違反ではありません。四号・一号カの取消しに加算金を付ける建て方そのものの問題は、Q&A「補助金で導入したソフトを導入から一年未満でやめたら、『いかなる事由であれ』取消し・全額返還・加算金なのでしょうか」で述べています。本稿は、九号に当たる廃業・倒産の場面に絞ります。

もう一つの経路も確かめておきます。賃上げ要件が「未達成とみなされ」て返還を求めるというのであれば、それは取消しではなく、賃上げ要件を満たさないことを事務局が確認した場合の返還、すなわち28条2項の経路です。

引用(同交付規程28条2項。同規程11頁)「第9条第5項及び第6項の各号(第9条第5項第一号及び第6項第一号を除く。)に定める要件を満たさないことを事務局が確認した場合、事務局は補助事業者に対し、原則として、補助金の額の全部又は一部の返還を求めるものとする。」

28条2項の返還が、29条の加算金の対象(「前条第1項の規定に基づき補助金の返還を行う場合」)に入っていないことは、後掲のQ&A「賃上げ要件が未達だと『補助金額を事業計画年数で除した額の返還を求めます』と書かれていますが、その返還命令の根拠条文はどこにあるのですか」で述べたとおりです。本稿で付け加えるのは、28条2項自身が「原則として」「全部又は一部」と書いており、「全額返還となる」と言い切れる構造になっていないことです。九号の取消しの経路をとれば29条が加算金を除外し、28条2項の経路をとれば29条の対象外です。廃業・倒産が九号に当たる限り、「交付規程に基づき、加算金を納付する必要がある」という公募要領30頁の記述は、交付規程に根拠がありません。

3 補助金適正化法――事情の変更による取消しは、すでに経過した期間に及ばず、加算金も付きません

本補助金について補助金適正化法が及ぶのは、交付規程1条が同法によるとしているためで、同法が中小機構の交付する助成金に及ぶ根拠は中小機構法16条の準用です。交付規程27条1項九号の「交付決定後生じた事情の変更等により、補助事業の全部又は一部を継続する必要がなくなった場合」という文言は、同法10条2項の文言をほぼそのまま写したものです。

引用(補助金適正化法10条1項〜3項)「各省各庁の長は、補助金等の交付の決定をした場合において、その後の事情の変更により特別の必要が生じたときは、補助金等の交付の決定の全部若しくは一部を取り消し、又はその決定の内容若しくはこれに附した条件を変更することができる。ただし、補助事業等のうちすでに経過した期間に係る部分については、この限りでない。」「2 各省各庁の長が前項の規定により補助金等の交付の決定を取り消すことができる場合は、天災地変その他補助金等の交付の決定後生じた事情の変更により補助事業等の全部又は一部を継続する必要がなくなつた場合その他政令で定める特に必要な場合に限る。」「3 各省各庁の長は、第一項の規定による補助金等の交付の決定の取消により特別に必要となつた事務又は事業に対しては、政令で定めるところにより、補助金等を交付するものとする。」

1項ただし書は、事情の変更による取消しが「すでに経過した期間に係る部分」に及ばないと定めています。そして、加算金を定めた同法19条1項は、加算金が付く返還を「第十七条第一項の規定又はこれに準ずる他の法律の規定による処分に関し、補助金等の返還を命ぜられたとき」に限っています。17条1項は、他の用途への使用や交付決定の条件・法令への違反、すなわち事業者の義務違反に対する取消しです。文献は、この三つの取消しの効果の違いを次のように整理しています。

引用(小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』195頁(株式会社全国会計職員協会、2016))「第一の相違点は、取消しに基づく補助金等の返還にあたり加算金が付加されるか否かの差があることである。原始的瑕疵ある交付決定の取消し及び事情変更による交付決定の取消しについては加算金が付加されないが、相手方の義務違反に対する交付決定の取消しに基づく補助金等の返還については、第一九条で解説するとおり、一定の加算金が付加される。」「第三の相違点は、取消しの効果が既往に及びうるか否かの差があることである。事情変更による取消しは、既述のとおり既往に遡及することはできないが、相手方の義務違反に対する取消しは第一七条で解説するとおり原則として既往に遡及することができるものとされている。」

廃業・倒産・吸収合併は、交付決定の後に生じた事情の変更により補助事業を継続する必要がなくなった場合の典型です。倒産は、事業者の義務違反ではありません。この場面の取消しは、17条1項の取消しではなく、10条の取消しです。交付規程29条が九号の取消しを加算金から外している点は、この法の仕組みをそのまま写したものです。食い違っているのは、公募要領30頁のほうです。もっとも、同じ29条が、補助事業者自身の義務違反ではない四号・一号カの取消しを加算金から外していない点は、19条1項が17条1項の処分に限って加算金を課した趣旨と整合しないと考えており、その問題は前記のQ&A(導入から一年未満)で述べています。

さらに、10条1項ただし書の遡及の制限です。本補助金の補助事業は、ITツールを導入する事業です(交付規程2条1項)。実績報告を経て額が確定し、補助金が交付された時点で、導入という補助事業そのものは終わっています。その後の3年間の賃上げ要件は、事業計画期間に係る要件として後から判定されるものです。私見としては、導入が終わり、補助金が交付された後に事情の変更により辞退した場合、取消しの効果が「すでに経過した期間に係る部分」である導入済みの補助事業に遡ることは10条1項ただし書が許していないのであって、「全額返還」という結論は、この条文の構造と逆向きであると考える余地があります。交付規程27条2項は、九号を含む取消事由が額の確定後にも「適用される」と定めていますが、交付規程は法律ではなく、法律が10条1項ただし書で置いた遡及の制限を、規程が広げることはできません。27条2項が定めているのは、額の確定後にも九号の取消しができることまでであって、その効果が導入済みの補助事業に遡ることまでではないと読む余地があります。10条3項に至っては、事情の変更による取消しで特別に必要となった残務処理の事務・事業に対して、補助金を「交付するものとする」と定めています。事情の変更による取消しの効果と、加算金が付かないこと、残務処理の経費に補助金が交付されることの一般的な整理は、Q&A「自分に落ち度がないのに補助事業を続けられなくなった――補助金はどうなるのか」で述べています。

加算金の制度そのものと免除の手続は、Q&A「補助金の返還を求められたら、加算金・延滞金は払うのか」で述べています。

4 「未達成とみなす」という擬制に根拠がなく、実際に未達だった事業者より重くなっています

公募要領30頁は、判定前に辞退した事業者を、賃上げ要件が「未達成とみなされ」ると書いています。実際には賃上げを達成し続けていた事業者も、「みなし」によって未達成になるという書き方です。このような擬制を置く条文は、交付規程にも補助金適正化法にもありません。交付規程28条2項が返還の要件としているのは、要件を「満たさないことを事務局が確認した場合」です。辞退届が出たという事実は、要件を満たさないことの確認ではありません。

これに対しては、28条2項が引く9条5項が、賃上げの要件を満たす「3年間の事業計画を策定し、実行すること」と、26条に基づく事業実施効果の報告を行うことを求めているのだから、辞退して計画の実行も報告もやめた以上、要件を満たさないことが確認されたのだ、という読み方があり得ます。擬制ではなく要件不充足の認定だ、という構成です。この読み方をとったとしても、次の三点は動きません。第一に、28条2項の返還は「原則として」「全部又は一部」であって、全額に固定されていません。第二に、公募要領10頁・11頁の具体例は、達成した年度の分を返還額に入れていません。すでに達成した年度の分まで返させる根拠は、規程にも公募要領にもありません。第三に、28条2項の返還には、29条の加算金が付きません。

そして、この擬制がもたらす結果を、公募要領10頁・11頁の扱いと並べます。

  • 1年度目・2年度目は賃上げを達成し、3年度目に事業場内最低賃金の増加要件が未達となった事業者 → 返還は3分の1、加算金・延滞金なし、天災など責めに帰さない理由があれば返還なし(公募要領10頁・11頁、例3)。
  • 1年度目・2年度目は賃上げを達成し、3年度目の判定前に、取引先の倒産などで自社も倒産して辞退した事業者 → 「未達成とみなされ」全額返還、しかも加算金付き(公募要領30頁)。

同じ3年度目で、要件を達成できなかった事業者は3分の1の返還で加算金なし、達成し続けたうえで倒産した事業者は全額に加算金。賃上げを達成できなかった事業者より、達成したうえで倒産した事業者のほうが重い。しかも、同じ公募要領が「天災など事業者の責めに帰さない理由がある場合は、上記の補助金の返還を求めない」としている場面に近い事業者が、辞退という手続を踏んだことによって、いちばん重い扱いを受けることになります。公募要領10頁の設計(要件未達年以降の年数に応じた比例計算、責めに帰さない理由があるときの免除、加算金なし)は、達成した年の分は返さなくてよい、落ち度がなければ返さなくてよい、という考え方に立っています。30頁は、同じ公募要領の中で、その考え方を裏返しています。

辞退届を出すという手続は、交付規程17条2項が「提出しなければならない」と定めているものです。規程が求める手続を踏んだことを理由に、踏まなかった場合より重い不利益を課す建て方は、手続を守った者を罰する結果になります。私見としては、辞退の事実から賃上げ要件の未達成を擬制し、全額返還と加算金に結び付ける公募要領30頁の記述は、交付規程28条2項・29条、補助金適正化法10条1項ただし書・19条1項、公募要領10頁のいずれとも整合せず、根拠を欠くと考えております。

次のような場合は、辞退届を出される前にご相談ください

  • 廃業・倒産・吸収合併を予定しており、辞退すると全額返還と加算金になると案内されている
  • 賃上げ要件を達成してきたのに、辞退によって「未達成とみなす」と言われている
  • 辞退届を出した後に、返還の額と加算金の通知が届いた
いまの状況を相談する →お電話:070-3618-5126(受付:平日10:00〜18:00、出られないときは折り返します)

関連ページ: 導入から一年未満でやめたら「いかなる事由であれ」取消し・加算金なのか(Q&A)/廃業・破産したら、補助金の返還はどうなるのか(Q&A)

5 辞退の前に確かめること

辞退届は、出した後に取り下げられるとは限りません(届出を出してしまった後の取下げの考え方は、Q&A「財産処分の承認申請・事業計画の廃止届を出してしまった――取り下げられるのか」で述べています)。出す前に、次の五つを確かめておいていただくのがよいと考えております。

  • (1)辞退の原因を、交付決定の後に生じた事情として資料で残す。取引先の倒産、主要顧客の喪失、代表者の病気、合併契約など、交付決定の後に生じ、自社の義務違反ではない事情を、日付の分かる資料でそろえてください。これが、交付規程27条1項九号(事情の変更)に当たることの裏付けになり、四号(一年未満の利用停止)や五号(承認を受けない廃止)、十号(交付の目的に反する事由)として扱われることを防ぎます。
  • (2)賃上げの達成状況を、効果報告の前であっても自分で記録しておく。賃金台帳、給与支給総額の推移、事業場内最低賃金と地域別最低賃金の比較を、年度ごとに整理してください。「未達成とみなす」という扱いに対しては、実際に達成していたという事実が反論の出発点になります。
  • (3)辞退届に書く理由を、九号の文言に沿って書く。辞退届の様式に理由を書く欄があれば、「交付決定後に生じた事情の変更により、補助事業を継続する必要がなくなった」ことが分かる書き方にし、原因となった事情を具体的に記載してください。事務局がどの号で取り消すのかは、辞退届の記載から判断されます。
  • (4)届いた書面で、取消しの号と返還の根拠を確かめる。取消しの通知が届いたら、27条1項のどの号によるのか、返還が28条1項(取消しに伴う返還)なのか28条2項(賃上げ要件の未達による返還)なのかを確かめてください。九号の取消しであれば、29条により加算金の対象外です。28条2項の返還であれば、そもそも29条の対象外です。四号や一号キが掲げられているのであれば、廃業・倒産の場面に九号ではなくその号を当てた理由と、加算金の根拠条文を書面で尋ねてください。補助金適正化法21条の2は、取消しに際して理由を示すことを求めています。
  • (5)全額の返還を求められたら、経過した期間の扱いを尋ねる。ITツールの導入が終わり、補助金が交付された後の辞退であれば、補助金適正化法10条1項ただし書の「すでに経過した期間に係る部分」の扱いについて、書面で回答を求める余地があります。賃上げ要件を達成した年度があれば、公募要領10頁の比例計算との関係も併せて尋ねてください。

廃業・破産の場面を三つに分けた整理はQ&A「廃業・破産したら、補助金の返還はどうなるのか」で、補助事業をやめる・縮小する場面の手続の順番はQ&A「補助事業を途中でやめたい・縮小したいとき、補助金はどうなるのか」で、IT導入補助金(現:デジタル化・AI導入補助金)の返還請求そのものは「IT導入補助金の返還請求」で述べています。

廃業・倒産・合併を控えて辞退を案内され、全額返還と加算金になると言われている事業者の方、顧問先・支援先からこのようなご相談を受けている中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方は、辞退届を出される前にご相談ください。交付決定通知書、実績報告と額の確定通知、効果報告の控え、賃金台帳、辞退の原因となった事情が分かる資料があれば、具体的な検討ができます。

根拠(条文・公式資料・裁判例)

※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。

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※ 本ページは一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。

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