執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
補助金は、採択の通知が届いた日に権利になるわけではありません。交付決定の通知が届いた日に支払を求められるわけでもありません。補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適正化法」といいます。)は、交付申請(5条)、交付の決定(6条)、実績報告(14条)、額の確定(15条)という順序を定めており、事業者が何をどこまで言えるかは、この順序のどこに立っているかで変わります。
ところが、実務ではこの順序が意識されないまま話が進みます。採択されたから発注した。交付決定が出たから借入れを起こした。事業は完了して実績報告も出したのに、入金は何か月も先だと言われる。そのたびに、「この段階で、自分は何を持っているのか」という問いが立ちます。この問いに答えない限り、いつから支払を求められるのか、いつから遅れているといえるのか、いつから返還請求権の時効が動き出すのかも決まりません。
本稿で取り上げる福岡高判昭和58年11月14日(行集34巻11号1925頁、訟月30巻5号810頁、判タ520号230頁、判時1110号76頁)は、この問いに正面から答えた裁判例です。地方財政法10条が国の負担と定め、根拠法律が「国は……負担する」と書いている国庫負担金について、その根拠法令だけから具体的な請求権が生じるのか、それとも適正化法の交付決定を経る必要があるのかが争われました。福岡高裁は、「同法に定める交付申請に基づき交付決定(同法六条)がなされて始めて具体的な負担金請求権が発生するものと解される」と判示しました。
この判示は、補助金よりも義務の色が濃い国庫負担金について述べられたものです。だからこそ射程が広くなります。法律が「負担する」と書いている金銭についてさえ交付決定を経なければ具体的な請求権が生じないのであれば、法律に交付義務の定めのない補助金について、交付決定の前に具体的な請求権が生じる余地は、いっそう小さくなります。小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)119頁も、同種の訴訟がいずれも第一審・第二審で原告の主張を排斥され、上告なく確定していることを挙げて、この考え方が判例上確立しているとしています。
もっとも、この判決は事業者が国に支払を求めた事件ではなく、住民訴訟です。そして、交付決定を経なければ具体的な請求権が生じないという枠組みは、裏から読めば、権利が生まれる時点を行政の側が握っているということでもあります。判決自身が、その危うさに一言を残しています。本稿では、判決の言葉と、適正化法の条文と、文献上の整理を分けて示したうえで、入金前に事業者が持っているものは何なのかを整理します。
1 「いつから自分の権利なのか」という問い
(1)適正化法が定める四つの時点
はじめに、条文の順序を確かめます。
適正化法は、補助金等の交付の申請について5条を置きます。
引用(補助金適正化法5条)「補助金等の交付の申請(契約の申込を含む。以下同じ。)をしようとする者は、政令で定めるところにより、補助事業等の目的及び内容、補助事業等に要する経費その他必要な事項を記載した申請書に各省各庁の長が定める書類を添え、各省各庁の長に対しその定める時期までに提出しなければならない。」
そして、交付の決定について6条1項を置きます。
引用(補助金適正化法6条1項)「各省各庁の長は、補助金等の交付の申請があつたときは、当該申請に係る書類等の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、当該申請に係る補助金等の交付が法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか、金額の算定に誤がないかどうか等を調査し、補助金等を交付すべきものと認めたときは、すみやかに補助金等の交付の決定(契約の承諾の決定を含む。以下同じ。)をしなければならない。」
事業が終われば実績報告(14条)を出し、交付行政庁は額の確定を行います(15条)。
引用(補助金適正化法15条)「各省各庁の長は、補助事業等の完了又は廃止に係る補助事業等の成果の報告を受けた場合においては、報告書等の書類の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、その報告に係る補助事業等の成果が補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件に適合するものであるかどうかを調査し、適合すると認めたときは、交付すべき補助金等の額を確定し、当該補助事業者等に通知しなければならない。」
ここに、申請・交付決定・実績報告・額の確定という四つの時点があります。そして、支払はこのあとに来ます。
(2)「請求権」という言葉が二つの意味で使われている
この問いが分かりにくいのは、「請求権」という言葉が二つの意味で使われているからです。
一つは、抽象的な請求権です。法令が一定の要件を定め、その要件を満たせば交付すべきものとしている、という意味での地位です。もう一つは、具体的な請求権です。金額が定まり、その支払を求めることができる、という意味での権利です。
この二つを分けないまま「補助金をもらう権利がある」と言うと、議論がすれ違います。本稿で紹介する判決が答えたのは、後者、すなわち具体的な請求権がいつ発生するのかという問いです。
(3)この問いが実務で効いてくる場面
答えが決まると、いくつかのことが同時に決まります。どの文書が届いた時点から支払を求められるのか。減らされたときに争う対象はどの処分なのか。返還を求められた場合に、その請求権がいつ発生したものとして扱われるのか。いずれも、権利の発生時点を押さえないと組み立てられません。
2 事案――実際に支出した額と、国が負担した額の差
(1)どのような事件か
福岡県筑後市は、農業委員会の委員及び職員に要する経費として、昭和49年度に2117万5400円を支出しました。これに対し、同市長が福岡県知事に対して補助金の交付申請をしたのは283万6000円のみで、その金額を受領しました。残額1833万9400円については、交付申請をしていません。
この差額について、同市の住民が、市長が国及び県に対して何らの請求措置をとらないことは地方自治法242条の2第1項4号(当時)にいう違法に財産の管理を怠る事実に当たると主張し、住民訴訟を提起しました。第一審の福岡地判昭和55年3月13日(行集31巻3号445頁、訟月26巻4号677頁、判時977号56頁)は請求を棄却し、控訴審である本判決も控訴を棄却しています。
つまり、この事件で金銭を求めていたのは事業者ではなく、市に代位する住民です。そこは本稿の読み方の前提として押さえておく必要があります。
(2)根拠法令の形
地方財政法10条12号は、農業委員会に要する経費の全部又は一部を国が負担すべきものとしています。同法11条は、経費の種目、算定基準及び国と地方公共団体との負担割合は法律又は政令で定めなければならないとしています。
ところが、当時の農業委員会等に関する法律(昭和51年法律65号による改正前。以下「農委法」といいます。)2条1項は、農業委員会の委員及び職員に要する経費につき「国は毎年度予算の範囲内において……負担する。」と定めているだけで、負担割合や算定基準を定めた規定は見当たりませんでした。
住民側は、この形から、法令そのものによって実支出額全額の交付請求権が市に生じており、適正化法の交付決定を経る必要はないと主張しました。
(3)実際の交付の仕組み
判決が認定した仕組みは、間接補助方式です。農林大臣が農業委員会等補助金交付要綱(昭和38年4月1日付、38農政A第564号、農林事務次官依命通達)を定め、国が直接市町村に交付するのではなく、都道府県を通じて交付する形がとられていました。
そして、福岡県知事は、筑後市長に対し、国が負担する経費の限度額として320万6000円(うち本件経費に係る額は283万6000円)を内示しました。筑後市長は、この内示額を交付を受けうる限度額と考え、同額について交付申請をし、その金額の交付決定を受けています。
この「内示」が、本稿の第4章で中心になります。 実際に動いたのは、まず内示であって、申請はそのあとでした。
3 福岡高判昭和58年11月14日――交付決定がされて始めて具体的な請求権が発生する
(1)負担義務は免れないが、法的規制は無視できない
福岡高裁は、まず、国が負担義務そのものを免れるわけではないことを確認します。そのうえで、法令だけで当然に交付されると解することはできないとしました。
引用(福岡高判昭和58年11月14日・理由一3)「なるほど、地財法一〇条により、その全部又は一部は国の負担と定められた本件経費については、法令中にその負担割合、算定基準の規定が欠けているからといつて、国は経費の負担義務を免れることは出来ないのであつて、奨励的な意図に基づいて支出される国庫補助金とは区別されるけれども、国庫負担金交付の適正と公平をはかり、国庫予算の適正かつ効率的な執行を期するうえにおいて、各市町村が支出した本件経費がなんらの査定を経ることなく、地財法一〇条、農委法二条一項の規定自体からそのまま当然に国庫負担金として無条件に国が各市町村に交付すると解することは相当ではなく、右負担金の交付についても、法的規制を無視することはできない。」
負担義務はある。しかし、その履行には手続がある。この切り分けが、次の判示の前提になります。
(2)核心の判示
続く段が、本稿の中心です。
引用(福岡高判昭和58年11月14日・理由一3)「同法の趣旨、目的、その全体の構造からすると、一般に、国から補助事業者等に国庫負担金を含む補助金等が交付されるについては、まず所管の各省各庁の長による、交付要件の存否のみならず、交付すべき補助金等の額及び交付するに付すべき条件等についての審査、判断の経由を必要とするものであり、同法に定める交付申請に基づき交付決定(同法六条)がなされて始めて具体的な負担金請求権が発生するものと解される。」
※ 引用中の「同法」は、いずれも適正化法を指します。
二つのことが書かれています。
第一に、交付の前に必要なのは、交付要件があるかどうかの審査だけではありません。「交付すべき補助金等の額」と「交付するに付すべき条件等」についての審査、判断の経由も必要であるとされています。金額と条件が決まらないうちは、具体的な請求権の中身が定まらないという理解です。
第二に、その審査・判断の結果として交付決定がされて「始めて」具体的な請求権が発生するとされています。発生時点は、法令が要件を満たした時点ではなく、交付決定の時点です。
(3)判決がこの結論を支える理由
福岡高裁は、この結論の裏づけとして、適正化法の他の規定を挙げています。補助事業者等が交付決定の内容又はこれに附した条件に違反したときは交付決定の全部又は一部を取り消すことができること(17条)、取消しがされた場合には取消しに係る部分について既に交付された補助金等の返還を命じなければならないこと(18条1項)、これを国税滞納処分の例により徴収することができること(21条)、そして交付決定等の処分に不服のある地方公共団体が各省各庁の長に不服を申し出ることができること(25条1項)です。
取消しという仕組みがあるということは、取消しの対象となる何かが交付決定によって生じているということです。不服申立ての仕組みがあるということは、交付決定が争う対象になる行為だということです。この二つから、交付決定が権利を生じさせる行為であることを導いています。
なお、判決はこの判示に際して、東京高判昭和55年7月28日を参照判例として挙げています。保育所設置費国庫負担金をめぐる摂津訴訟の控訴審です。この事件については、裁判例紹介:摂津訴訟と国庫負担金で扱っています。
(4)帰結――内示された額の限度にとどまる
そして、当てはめです。
引用(福岡高判昭和58年11月14日・理由一8)「筑後市は福岡県知事が福岡県農業委員会等補助金交付規程に基づいてなした交付決定額の限度で本件経費の具体的請求権を取得しているにとどまり、控訴人ら主張の如く実支出額全額につき交付請求権を取得している訳のものではないから、筑後市農業委員会の実支出額から右交付決定額を控除した残額につき、筑後市が損害を被つていることにはならないというべきである。」
さらに、同じ段で次のように述べています。
引用(福岡高判昭和58年11月14日・理由一8)「筑後市は適正化法に基づく交付決定を受けて始めて具体的請求権を取得するものであつて、筑後市農業委員会の実支出額がそのまま国の負担となるものではないから、筑後市が前記の交付決定を受けた額を超えた部分に損害の生ずる余地はないというべきである。」
実際に支出した額ではなく、交付決定された額が権利の大きさを決める。これが結論です。
(5)裁判所自身が残した一言
もっとも、福岡高裁は、この枠組みをそのまま是とはしていません。負担割合や算定基準が法令に定められていないために行政庁の裁量に委ねられることになる、というその構造について、次のように述べています。
引用(福岡高判昭和58年11月14日・理由一5)「ただ、農業委員会費補助金の場合、地財法が負担金の費目を挙げるだけで、法令において算定基準と国庫負担率を明示していないので、前叙のように行政庁の裁量に委ねられていると解さざるを得ないが、そのため国庫財政の事情や行政庁の裁量如何によつて、補助対象の割合、基準単位、基準数量が左右され、地方財政の基礎が不安定になり、その自律性が失われることは否めないのであるから、地財法二条の趣旨にそつて国庫負担制度が合理的、客観的かつ安定的に実施されるために、行政当局の配慮が望まれることは言うまでもない。」
※ 手元の判決全文テキストでは「たた」「算定基凖」と読める箇所があり、「ただ」「算定基準」と補いました。
同じ段では、国が予算措置の段階で用いた基準について、「手当単価職員単価等はいずれも低額のきらいがあり」「補助対象職員数も」「実態に則していないむきも窺えないではない」としながら、裁量の範囲を逸脱したとは認められないとしています。
裁量の逸脱は認めない。しかし、この仕組みでは相手方の立場が不安定になることは否めない。だから行政当局の配慮が望まれる。――判決の結論と、判決が残した懸念は、別のものとして読む必要があります。
4 交付決定の前――採択・内示の段階で持っているもの
(1)採択・交付内定・内示は、適正化法の手続ではありません
今の補助金では、公募、審査、採択の公表、交付申請、交付決定という流れが取られています。事業者の感覚では、採択の公表が最大の節目です。社内でも、取引先に対しても、「通った」と言える時点はそこです。
しかし、適正化法の条文には、採択も交付内定もありません。5条の交付申請と6条の交付決定があるだけです。昭和49年度の農業委員会費補助金における「内示」も同じでした。小滝・前掲201頁は、次の指摘を引いています。
引用(小滝・前掲201頁注(4)が引く石和田洋「補助金事務手続の簡素合理化方策について(上)」自治研究54巻7号77頁)「内示は、適正化法の上で定められた手続でもなく、また会計法令上の手続でもない。したがつて、補助事業者は内示によつて補助金の一部を概算払請求することはできない。しかし、内示は事業採択の意思表示であり、交付決定額が内示額と大幅に異なることもないため、多くの場合補助事業者は内示によつて事業に着手するこのが補助金行政の実態である」
※ 「着手するこのが」は、手元のテキストの表記のままです。
小滝・前掲200頁も、内示が乱用されると適正化法の交付申請や修正決定等の制度的意義を没却するおそれがあるとして、運用に十分な配慮が必要であるとしています。
(2)だから、採択されても支払は求められません
ここから出てくる帰結は、はっきりしています。採択されたこと、交付内定を受けたことは、それ自体では具体的な請求権を生じさせません。採択の通知を根拠に補助金の支払を求めることはできません。
これは、実務上の損得として小さな話ではありません。採択を受けて発注し、支出をした段階で、事業者が持っているのは、交付決定を受ければ補助金の交付を受けられるという見込みにとどまります。その段階で交付決定に至らなかった場合に、支出した費用の負担をどう処理するかという問題が、そのまま残ります。
(3)それでも内示・採択に従って着手するのが実態です
そして、この判決には、その実態についての認定が残っています。
引用(福岡高判昭和58年11月14日・理由一7)「そして、内示に従わない補助金交付申請は事実上受理されないことから、直ちに被控訴人国が不合理な内示を強要していると断ずるを得ない。」
内示に従わない交付申請は事実上受理されない。この事実を認定したうえで、それでも強要とまではいえないとしています。同じ段では、次のようにも述べています。
引用(福岡高判昭和58年11月14日・理由一7)「そうであれば、被控訴人筑後市長としては、結局のところ、国及び県の所管行政庁により決定された額につき補助金(負担金)の交付を受けるほかはなく」
(4)この構造は、今の補助金にも残っています
権利は交付決定によって生じる。しかし、交付申請は、事実上、行政の側が示した枠の中でしか出せない。――この二つが組み合わされると、権利の発生時点と大きさは、実質的に行政の側が決めることになります。
当職は、この構造が今の補助金でも基本的に変わっていないと考えております。公募要領で採択の枠が決まり、交付申請は採択された内容の範囲内でしか出せず、交付決定の時期も行政の側の進行に委ねられています。適正化法6条2項は、交付の決定までに通常要すべき標準的な期間を定めてこれを公表するよう努めなければならないと定めていますが、努力義務にとどまります。
昭和58年に裁判所が「地方財政の基礎が不安定になり、その自律性が失われることは否めない」として行政当局の配慮を求めた懸念は、相手が自治体から事業者に変わったかたちで、今も残っていると言わざるを得ません。事業者は、交付決定が出るまでは具体的な請求権を持たないまま、採択を前提に設備を発注し、借入れを起こしているのが実情です。
5 交付決定の後――額の確定までは、まだ支払を求められない
(1)交付決定は権利を設定する行為です
小滝・前掲118頁は、交付決定の法的性質について次のように整理しています。
引用(小滝・前掲118頁)「交付決定という行政行為ないし形式的行政行為は、それによつて相手方に対して補助金等の交付請求権を設定する効果をもつものであるから、法律行為的行政行為のうち形成的行為に属し、また形成的行為のうちの設権行為に属するものということができよう。」
交付決定は、権利を確認する行為ではなく、権利を設定する行為であるという位置づけです。判決が「交付決定がなされて始めて具体的な負担金請求権が発生する」としたことは、この整理と重なります。
(2)しかし、交付決定だけでは履行期が来ません
もっとも、具体的な請求権が発生したことと、支払を求められることとは、同じではありません。小滝・前掲226頁は、15条の趣旨について、精算(額の確定)により、当初国が交付決定により負担した補助金等交付債務が最終的に確定し、当該補助金等交付債務は履行期に達することとなるとしています。
同書230頁は、実績が交付決定の内容と完全に一致する場合についてまで、次のように述べています。
引用(小滝・前掲230頁)「なお、交付すべき補助金等の金額に変動がないとしても、この額の確定によつて初めて国の補助金等交付債務は履行期に達するのであつて、それ以前になされる支払はすべて会計法令上特例的に認められている概算払として処理されることとなる。」
つまり、交付決定で発生した請求権は、額の確定までは履行期が来ません。事業が終わって実績報告を出しても、額の確定の通知が来るまでは、支払を求められる段階に入っていないことになります。
(3)精算払が建前で、概算払は特例です
国が経費を支出するには、債務金額が確定し、履行期限が到来していることが必要です。一定の経費については前金払又は概算払の特例が認められ(会計法22条)、補助金、負担金及び交付金は概算払のできる経費として指定されています(予算決算及び会計令57条、58条4号)。小滝・前掲254頁から255頁までは、それにもかかわらず、現行の補助金等はすべて額の確定(精算手続)をまって初めて交付すべき金額が確定する決算補助(精算補助)の建前がとられているとしています。
ここに、事業者が実際に突き当たる壁があります。補助金の支払が事業の完了後になるのは、担当者の裁量や事務の遅れではなく、法令の建前がそうなっているからです。設備の代金を先に全額支払い、補助金は後から受け取るという資金の流れは、制度の側から来ています。
(4)額の確定が遅れた場合の位置づけ
小滝・前掲231頁は、増額確定の場面について、「補助金等交付債務は、額の確定と同時に履行期に達するので、形式的には翌年度精算交付は国の履行遅滞となるものというべきである」としつつ、予算の制約がある以上やむをえない措置とみざるをえないとしています。
額の確定の時点で履行期が来るという整理は、裏から読めば、額の確定が遅れている間は履行期が来ていないということです。この点の具体的な進め方は本稿では扱いません。ここで押さえておきたいのは、どの通知が履行期を動かすのかという一点です。
(5)額の確定で減らされた場合
額の確定は、単に金額を確認するだけの手続ではありません。小滝・前掲230頁は、実支出額が交付決定ベースの事業費を下回る場合について、減額交付決定(減額確定)は、原交付決定により相手方の取得した補助金等交付請求権の内容を変更する処分として行われるものであるから、単なる確認行為とはその性格を異にし、形成的行為たる変権行為に属するとしています。
交付決定で発生した請求権が、額の確定によって縮む場面があるということです。額の確定そのものの仕組みは、補助金の「額の確定」とは何かで扱っています。
6 この判決はどこまで使えるか――射程と限界
ここは、正直に書いておかなければならない部分です。
(1)事業者が支払を求めた事件ではありません
この事件は住民訴訟です。市に代位する住民が、市長の怠る事実の違法確認と、国に対する支払等を求めたものです。補助事業者が交付行政庁に対して補助金の支払を求めた事件ではありません。したがって、本稿で引いた判示は、事業者が交付決定前に支払を求めたらどうなるかを直接判断したものではありません。
もっとも、「交付決定がなされて始めて具体的な負担金請求権が発生する」という判示は、「一般に、国から補助事業者等に国庫負担金を含む補助金等が交付されるについては」という書き出しの下で述べられています。対象を国庫負担金に限っていない点は、押さえておく価値があります。
(2)国庫負担金の事件であることの意味
本件は、法律が「国は……負担する」と定めた国庫負担金の事件です。補助金よりも義務の色が濃い金銭について、それでも交付決定を要するとされました。
小滝・前掲119頁は、この点を次のように整理しています。保育所設置費国庫負担金、保育所運営費国庫負担金、農業委員会費国庫負担金、義務教育費国庫負担金、公立小中学校新増築費国庫負担金について訴訟が提起され、各根拠法律に基づき負担金交付請求権が発生している旨の主張がされたが、いずれも第一審及び第二審において原告側の主張は排斥され、またいずれも上告なく確定している、として、「今や判例上、国庫負担金に係る具体的交付請求権は交付決定により発生するという考え方が確立しているものといつてよい」としています。
本判決についても、上告審の裁判は手元の資料に見当たりません。小滝・前掲119頁の記述に従えば、上告なく確定したものと解されます。
(3)学説には異論があります
他方、交付決定を確認行為とみる見解があります。小滝・前掲120頁は、室井力教授が、地方財政法上の負担金に係る交付決定は実体法上すでに予定されている自治体の負担金債権を確認するごとき性質のものであるとされること、北野弘久教授が、負担金の交付決定は国の債務額を事前に概算的ないしは部分的に確認する手続にすぎないとされること、原野翹教授が、国の負担金支払債務は適正化法の手続とは直接関係なしに各実体法の構成要件によつて発生すると考えられるとされることを紹介しています。
小滝・前掲122頁は、塩野宏教授が、摂津訴訟の保育所設置費国庫負担金について、市町村の保育所建設の意思が確定した段階で児童福祉法上の負担金請求権が抽象的に成立し、適正化法上の交付決定はこれに拘束されると解することができようと指摘されていることも紹介しています。
(4)判例の立場でも、抽象的な請求権は否定されていません
そして、これが見落とされやすい点です。小滝・前掲119頁は、交付決定によって初めて具体的な交付請求権が発生すると解することは、実体法上抽象的な交付請求権が認められていることを否定するものではないとし、負担金の交付義務を定めた補助法令は、一定の要件を充足する場合に交付決定すべき旨行政庁を拘束する効果をもつものと解することが相当であるとしています。
つまり、交付決定前に具体的な請求権がないことと、交付決定前の段階について何も言えないこととは、別です。法令が交付の要件を定めている場合、その要件を満たしているのに交付決定をしないことについて、行政庁が何の拘束も受けないわけではありません。
(5)自治体の補助金は別の整理が必要です
本判決は、国の負担金についての判断です。都道府県や市町村が交付する補助金については、その性質の捉え方自体が国の補助金と同じではなく、別の検討が必要になります。本稿では立ち入りません。
7 では、入金前に事業者は何を持っているのか
以下は、前記の判決・条文・文献を踏まえた当職の整理です。
(1)公募から採択まで
この段階で持っているのは、公募要領に定められた要件を満たせば採択の対象となりうるという地位です。具体的な請求権はありません。採択の通知を根拠に支払を求めることはできません。
したがって、この段階で設備の発注や借入れを行う場合には、交付決定に至らなかったときの処理を取引先との契約の中でどう定めるかが、そのまま自社のリスクになります。
(2)採択から交付決定まで
採択されて交付申請を出し、交付決定を待っている段階です。前記4のとおり、採択や交付内定は適正化法の手続ではありません。具体的な請求権はまだ発生していません。
この段階で確かめておくべきことは二つあります。一つは、交付申請の内容がそのまま交付決定の内容になるわけではないことです。適正化法6条3項は、適正な交付を行うため必要があるときは、申請に係る事項につき修正を加えて交付決定をすることができると定めています。もう一つは、同条4項が、修正を加えて交付決定をするに当たっては、その申請に係る補助事業等の遂行を不当に困難とさせないようにしなければならないと定めていることです。
(3)交付決定が届いたら
ここで具体的な請求権が発生します。もっとも、その請求権は、交付決定の内容と、これに附された条件に縛られたものです。
同時に、この時点から義務も生じます。交付決定の内容及びこれに附した条件に従って補助事業を遂行する義務(11条1項)、申請の取下げの期限(9条)、事情変更による申請の取下げの扱い、事業内容の変更についての承認、そして義務違反があった場合の交付決定の取消し(17条)と返還命令(18条)です。取消しと返還については、補助金の交付決定の取消し・返還請求と補助金の納付命令とは何かで扱っています。
そして、交付決定は行政処分です。その金額や附された条件に不服があるのであれば、争う対象は交付決定そのものになります。交付規程に書かれていることが補助条件に当たるかという問題については、交付規程違反は補助条件違反に当たるのかで扱っています。
(4)実績報告から額の確定まで
事業が完了し、実績報告(14条)を出した段階です。具体的な請求権は既にありますが、前記5のとおり、額の確定(15条)まで履行期は来ていません。
この段階で確かめておくべきことは、額の確定の通知がいつ届いたか、その金額が交付決定の額と一致しているか、一致していない場合にどの経費が落とされたのか、という三点です。減額されていれば、それは交付決定で生じた請求権の内容を変更する処分として行われています。
(5)額の確定の後
ここで、国が交付すべき金額が最終的に確定し、履行期に達します。支払を求められる段階に入るのは、この時点からです。
なお、交付決定の取消しは、額の確定の後でもされ得ます(17条3項)。額の確定を受けて入金があったことは、補助関係が完全に終わったことを意味しません。返還請求権の時効については、補助金の返還請求に時効はあるのかで扱っています。
(6)記録に残しておくこと
以上の整理は、どの文書がいつ届いたかという事実の上に乗っています。公募要領とその版、採択の通知、交付申請書の控えとその提出日、交付決定通知書とその日付・金額・附された条件、変更の承認に関するやり取り、実績報告書の控えとその提出日、額の確定の通知書とその日付・金額。この六つが揃っていれば、自社が今どの時点に立っているのかを、条文の上で示すことができます。
逆に、これらが手元にないまま「まだ入金がない」という話だけで検討を始めると、何を言えるのかが決まりません。当職が最初にお願いするのは、この六つです。
8 まとめ
補助金の具体的な請求権は、交付決定によって発生します。福岡高判昭和58年11月14日は、法律が「国は……負担する」と定めた国庫負担金についてさえ、「同法に定める交付申請に基づき交付決定(同法六条)がなされて始めて具体的な負担金請求権が発生するものと解される」と判示し、筑後市は「交付決定額の限度で本件経費の具体的請求権を取得しているにとどまり」、実支出額全額についての交付請求権を取得しているわけではないとしました。
そして、交付決定で発生した請求権は、それだけでは支払を求められるものになりません。小滝・前掲230頁のとおり、金額に変動がない場合であっても、額の確定によって初めて国の補助金等交付債務は履行期に達し、それ以前の支払は会計法令上の特例である概算払として処理されます。精算払が建前であり、補助金の入金が事業の完了後になるのは、制度の建前から来ています。
したがって、順序は次のようになります。採択・交付内定の段階では、具体的な請求権はありません。交付決定で具体的な請求権が発生しますが、条件と義務が付き、取消しによって失われ得ます。額の確定で金額が最終的に確定し、履行期に達します。支払を求められるのは、そこからです。
同時に、この枠組みは、権利が生まれる時点を行政の側に委ねるものでもあります。福岡高裁は、内示に従わない交付申請は事実上受理されないという実態を認定し、国が用いた基準について「いずれも低額のきらいがあり」「実態に則していないむきも窺えないではない」と述べながら、裁量の逸脱は認めませんでした。そして、「地方財政の基礎が不安定になり、その自律性が失われることは否めない」として、制度が合理的、客観的かつ安定的に実施されるための行政当局の配慮を求めています。
相手が自治体から事業者に変わっただけで、この構造は今も残っていると言わざるを得ません。採択を信じて発注し、交付決定を待ち、事業を終えてから額の確定を待つ。その全期間を事業者が自己資金と借入れで支えているというのが、今の補助金の実情です。昭和58年の判決が残した一言は、40年余りを経てなお読まれる価値があります。
ご相談をお考えの事業者の方へ
「まだ入金がない」「採択されたのに交付決定が出ない」「額の確定で減らされた」という場面では、まず自社が制度のどの時点に立っているのかを確かめることから始まります。採択の通知、交付申請書の控え、交付決定通知書、交付規程・公募要領、実績報告書の控え、額の確定の通知書があれば、具体的な検討ができます。交付決定や額の確定の内容を争う場合には不服申立ての期間がありますので、早い段階でご相談ください。
士業の先生方へ
顧問先から「採択されたので発注してよいか」「交付決定前に支出した費用はどうなるか」「実績報告を出したのに入金がない」というご相談を受けることがあろうかと存じます。いずれも、適正化法の手続のどの段階かによって答えが変わります。資金計画の段階で、精算払が建前であることを前提に組んでおけるかどうかが、後の負担を大きく左右します。補助金適正化法の側からの検討が必要な場面では、その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方からのご相談も承っております。連携の形は士業の先生方へにまとめております。
※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第4節(4)及び第7節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。
※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。