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弁護士 岸上大起

補助金は、交付決定がなければ請求できないのか――裁判例紹介:東京地判昭和55年3月4日

執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)

公募要領の要件は満たしている。採択の連絡も受けた。経費も支出した。それなのに、届いた交付決定通知書の額が、申請した額より少ない。あるいは、そもそも交付決定が出てこない。――このとき、「公募要領と交付規程の計算どおりの額を払ってほしい」と、交付決定を飛び越えて直接求めることができるのか。本稿で取り上げる判決は、この問いに正面から答えたものです。

東京地判昭和55年3月4日(行集31巻3号353頁、訟月26巻6号1025頁、判時960号23頁)は、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適正化法」といいます)の定める交付申請と交付決定の手続を経ることなく、国に対して直接その支払いを請求することは「実定制度上許されていない」としました。そして、交付額に不服があるときは「交付決定に対する行政争訟によるべきことになる」と述べています。

この事件で問題になったのは、法律が負担割合まで定めていた国庫負担金です。児童福祉法53条は「国庫は……政令の定めるところにより、その一〇分の八を負担する」と定め、同法施行令も計算の基礎を定めていました。つまり、支払義務の根拠も割合も、法律と政令に書かれていたのです。それでも裁判所は、交付決定を経ない直接請求を認めませんでした。法律が割合まで決めている場合にそうなのですから、公募要領と交付規程で運用されている今の補助金について、「要件を満たしているのだから当然に請求できる」という主張は、さらに通りにくいことになります。

もっとも、この判決は、事業者の側に使える部分も残しています。第一に、実体法上の支払義務そのものは認めています。否定されたのは、交付決定を経ないで直接請求できるかという点だけです。第二に、交付基準を定めた通達が違法ではないとされた理由の中に、基準の効力の限界が示されています。基準によらない申請を「それ自体で直ちに不適法とする如き強制的な効力」を内容とするものでない限り違法ではない、という言い方です。基準の側に限界が引かれているのですから、裏から読めば、公募要領や交付規程に沿わない申請を門前払いにすることまでは正当化されていないことになります。

本稿では、どこまでが判決の言葉で、どこからが文献と当職の見解なのかを分けて示します。そのうえで、交付決定の額に納得できないとき、交付決定が出ないとき、実務上どの順序で何をすべきかを整理します。

1 「計算どおりの額を払ってほしい」は通るのか

(1)適正化法は、申請と交付決定という二段階の手続を置いている

はじめに、条文を確かめます。

引用(補助金適正化法6条1項)

「各省各庁の長は、補助金等の交付の申請があったときは、当該申請に係る書類等の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、当該申請に係る補助金等の交付が法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか、金額の算定に誤がないかどうか等を調査し、補助金等を交付すべきものと認めたときは、すみやかに補助金等の交付の決定(契約の承諾の決定を含む。以下同じ。)をしなければならない。」

この条文は、「申請があったときは」調査をし、「交付すべきものと認めたときは」交付決定をしなければならない、という形になっています。申請が出発点であり、交付決定が次の段階です。そして、同条3項は、適正な交付を行うため必要があるときは「交付の申請に係る事項につき修正を加えて」交付決定をすることができると定め、同条4項は、修正を加える場合には「その申請に係る当該補助事業等の遂行を不当に困難とさせないようにしなければならない」と定めています。

申請した額がそのまま通るとは限らない、という仕組みが、条文の側にあらかじめ書き込まれているわけです。本稿で取り上げる判決が述べているのは、この仕組みが単なる事務手続ではなく、権利の内容を決める手続である、ということです。

なお、修正を加えた交付決定の根拠条文は、判決当時は6条2項でした。現行の2項(標準処理期間の設定・公表の努力義務)は後に追加されたもので、修正決定は3項に繰り下がっています。古い判決や古い文献を読むときに条数がずれる箇所です。

(2)実務で起きていること

実務では、おおむね次のような形で問題になります。

採択の通知を受けて交付申請をしたところ、交付決定通知書の額が申請額より少ない。削られた経費区分について、事務局からの説明が一行しかない。交付決定の時期が遅れ、事業の着手が後ろにずれる。実績報告を出したところ、額の確定の段階でさらに削られる。――いずれの場面でも、事業者の側には「計算すれば額は出るのだから、その額を払ってもらえるはずだ」という感覚が残ります。

ところが、本稿で紹介する判決の立場に立つと、その感覚は制度の形に合っていません。額は計算によって自動的に出てくるものではなく、交付決定という行政処分によって確定されるものだ、というのが判決の押さえ方です。そして、そこから実務上の帰結が出てきます。額に不服があるのなら、交付決定という処分そのものを、処分として争うしかない、ということです。

2 事案――法律で負担割合まで決まっていた国庫負担金

(1)どのような事件か

東京都国分寺市は、昭和47年度の市立保育所の保育所措置費として9910万7699円を支出しました。児童福祉法53条は、市町村が支弁する保育所措置費について国庫が「その一〇分の八を負担する」と定め、同法施行令15条は、市町村が支弁した費用の額から徴収金や寄附金等を控除した精算額に対して負担を行うものと定めていました。

扶養義務者から徴収した金額が1988万1790円でしたので、精算額は7922万5909円、その10分の8である6338万0727円が国庫の負担額になる、というのが原告の計算です。

しかし、実際に交付申請がされたのは1574万3752円で、交付されたのもその額だけでした。厚生大臣が、厚生省所管補助金等交付規則(昭和31年厚生省令第30号)2条に基づいて交付基準通達(昭和47年5月1日厚生省発児第86号の2厚生事務次官通達)を発し、国庫負担金の額は、交付基準の示す保育単価により計算した支弁総額と、実支出額から寄附金等を控除した額とを比較して、少ない方の額を基礎として算定するものとしていたためです。

その差額4763万6975円について、国分寺市の住民が、地方自治法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟として、国分寺市に代位して国に支払いを求めたのが、この事件です。いわゆる超過負担訴訟の一つで、同種の訴訟が各地で提起されていました。

(2)原告が立てた四つの法的構成

この事件の読みどころは、原告が、直接請求に至るための筋道を四通り立てていることです。実務でも同じ発想をすることがありますので、挙げておきます。

第一に、国庫負担金支払請求権そのものの履行請求。第二に、その履行に代わる損害賠償請求。第三に、国が支払いを免れて利得しているという不当利得返還請求。第四に、違法な交付基準に従うことを強要されて正当な権利行使を妨げられたという不法行為に基づく損害賠償請求です。

裁判所は、この四つをすべて否定しました。第一の構成を否定した理由が本稿の中心で、残りの三つを否定した理由が、後記4で述べる「迂回路が塞がれている」という部分です。

3 判示の中心――交付決定を経なければ直接請求はできない

(1)実体法上の支払義務そのものは認めている

まず押さえておきたいのは、裁判所が国の支払義務を否定したわけではないことです。判決は、この国庫負担金の性格について、次のように述べています。

引用(東京地判昭和55年3月4日・理由二1)

「これは、児童福祉施設関係の事務が厳密な意味で地方公共団体の固有事務であるか、あるいはその長に対する国の機関委任事務であるかはさておき、その施設の運営については国と地方公共団体相互の利害に関係があり、国としても一定の責務を負つているところから、右責務に応じた給付として、地方財政法一〇条八号及び一一条の規定に基づき、国がその経費の一部を負担するとともに国の負担すべき割合等を定めたものであつて、その意味において、右国庫負担金は、通常の補助金などとは異なる一種の義務費的性格をもつものであるということができる。」

そして、そこから進んで、次のようにも述べています。

引用(東京地判昭和55年3月4日・理由二1)

「したがつて、右各規定からすると、市町村が支弁する保育所措置費で児童福祉法四五条の最低基準を維持するために必要であると認められる額の精算額の一〇分の八については、国が市町村に対してこれを支払うべき義務を負担し、市町村はその支払いを請求しうる権利を取得するものというべきである。」

ここまでは、原告の主張がそのまま認められています。支払義務があり、請求しうる権利もある。裁判所はそう言っているのです。

(2)しかし、「いくらか」は手続によって確定される

分かれ目は次の段です。裁判所は、法令が定めているのは「最低基準を維持するために必要であると認められる額」であって、市町村が実際に支出した額ではない、と指摘します。最低基準を定める省令は、設備の基準、職員の定数、保育時間、保育の内容等を定めているだけで、それを維持するためにいくら必要かについては何も定めていない。他方、各市町村の実支出額がすべて当然に必要額として是認されるわけでもない。だから、数額を具体的に確定するためには何らかの手続が必要になる、という筋道です。

引用(東京地判昭和55年3月4日・理由二2)

「そうであるとすれば、最低基準を維持するために必要と認められる額を基礎とした国庫負担金につき国と市町村との間に債権債務関係が成立するといつても、その必要な額として客観的に是認される数額を具体的に確定(ここにいう「確定」とは適正化法一五条にいう「確定」とは異なる意味において用いる。以下同じ。)するためにはなんらかの手続をまたなければならないことは当然であり、児童福祉法の前記規定もこのことを予定しているものであると解される。そして、その確定手続がいかなるものであるかは、もとより実定制度の定めるところにより決まることである。」

括弧書きで「適正化法一五条にいう『確定』とは異なる意味において用いる」と注記されていることに注意していただきたいところです。適正化法15条の「額の確定」は、補助事業の完了後に実績報告を受けて行う処分で、これとは別の話だ、と裁判所は区別しています。額の確定の仕組みそのものは、補助金の額の確定とは何かで扱っている計算の問題とあわせて押さえていただく部分です。

(3)核心の判示――統一的な「建前」

そして、適正化法の各規定(5条の交付申請、6条の交付決定、7条の条件、11条から13条までの遂行義務と命令、10条・17条の取消し、18条の返還命令、21条の強制徴収、25条の不服の申出)を列挙したうえで、判決は次のように述べます。本稿でもっとも重要な一段です。

引用(東京地判昭和55年3月4日・理由二3)

「これら適正化法の規定に徴すれば、国が交付する補助金等については、他の法令にその交付の根拠や交付割合等に関する規定がおかれている場合でも、同法一条の適正化目的を達成するために、専ら同法の定める手続により交付要件該当性、交付すべき額及び当該交付に条件を付する必要の有無等を各省各庁の長に第一次的に判断させ、その判断に基づく長の行政処分としての交付決定を経由せしめることによつてはじめて具体的な交付額が確定される(したがつて、右交付額に不服があるときは交付決定に対する行政争訟によるべきことになる。)との建前を統一的に採用しているものと解するのが相当である。」

組み立てを分けて読みます。

第一に、「他の法令にその交付の根拠や交付割合等に関する規定がおかれている場合でも」と書かれています。根拠法が別にあっても、適正化法の手続を通る、ということです。

第二に、各省各庁の長に「第一次的に」判断させる仕組みだとされています。交付要件に当たるか、いくら交付すべきか、どの条件を付けるか――この三つの判断が、まず行政庁に委ねられています。

第三に、交付決定を「経由せしめることによつてはじめて具体的な交付額が確定される」。額は、計算から自動的に出てくるものではなく、処分によって確定するものだ、という押さえ方です。

第四に、括弧書きで実務上の帰結が示されています。「右交付額に不服があるときは交付決定に対する行政争訟によるべきことになる」。これが、交付決定の額に納得できない事業者が取るべき道筋です。

続く段で、裁判所はその理由を述べ、結論を示します。

引用(東京地判昭和55年3月4日・理由二3)

「毎年度大量に発生する補助金等の債権債務関係について、あたかも通常の私法上の債権債務と同様の方法によつて交付額等を具体的に確定することが許されるとすれば、補助金等交付の迅速性、公平性、統一性が損われ、予算の編成、執行に支障を及ぼすばかりでなく、補助事業者等にとつても補助事業等の継続が困難となる等の不都合が考えられ、決して合理的ではない。このために適正化法は前記のような交付申請とこれに基づく交付決定という特別の手続を定めたのである。それゆえ、本件の国庫負担金のように客観的必要額を基礎として負担割合のみが法定されている補助金等につき、同法による交付申請及び交付決定の手続を経ることなく国に対して直接その支払いを請求することは、実定制度上許されていないものと解すべきである。」

(4)「負担金だから違う」は通らないとされた

原告は、国の義務費である国庫負担金を、裁量的な補助金と同列に論じるべきではないと主張しました。これに対する応答が、今の補助金にも効いてくる部分です。

引用(東京地判昭和55年3月4日・理由二3)

「原告は、国の義務費である本件措置費の如き国庫負担金を裁量的な補助金と同列に論ずべきでないと主張するが、適正化法二条は両者を一括規定しているのであるし、また、前記の理由からすれば、負担金であるか補助金であるかによつて交付額の具体的確定手続を区別しなければならない合理的根拠を見出すこともできない。」

適正化法2条は、補助金、負担金、利子補給金その他を「補助金等」として一括して定義しています。だから、義務費としての性格が強い負担金であっても、額の確定の手続は区別しない。――これが裁判所の立場です。

この判示の向きを、事業者の側から確かめておきます。法律が負担割合まで定めた義務費的な負担金でさえ、交付決定を経ない直接請求が認められなかったのです。事業再構築補助金やものづくり補助金のような、公募要領と交付規程に基づいて運用される補助金について、「公募要領の計算どおりの額を請求する権利がある」という主張が通る見込みは、この判決の立場からすると、さらに小さいことになります。

4 迂回路はすべて塞がれた――損害賠償・不当利得・不法行為

直接請求が否定されたとして、別の請求の形で同じ結果に行けないか。原告は三つの迂回路を試みましたが、いずれも塞がれました。この部分は、交付決定を争う期間を過ごしてしまった場合に何が残るのかを考えるうえで、避けて通れないところです。

(1)履行に代わる損害賠償

判決は、国庫負担金支払請求が許されないのであるから、その履行に代わる損害賠償請求が成り立ちえないことは明らかである、としました(理由三)。請求権の行使が許されないのだから、その不履行もない、という筋です。

(2)不当利得返還請求

引用(東京地判昭和55年3月4日・理由四)

「前述した被告の国庫負担金支払義務は、適正化法に基づく交付申請及び交付決定の手続を経なければその履行を求めることができないものであるから、右手続を経由していない本件において、被告が右義務を履行しないことをもつて法律上の原因なき利得ということはできない。」

申請も交付決定もしていないのに、国が支払っていないことを「法律上の原因のない利得」とは言えない、ということです。実務的には、「申請していない経費を、後から不当利得として取り返す」という発想が成り立たないことを意味します。

(3)不法行為に基づく損害賠償

残る構成は、違法な交付基準に従うことを強要されたという不法行為でした。裁判所は、交付基準そのものが違法ではないとしたうえ(後記5)、強要の事実も認められないとしました。

引用(東京地判昭和55年3月4日・理由五3)

「上来説示したところによれば、被告が各市町村に対し交付基準に準拠して交付申請をさせること自体を違法といえないことは、明らかである。」

強要の有無については、国分寺市が行政指導に抗して交付基準によらない申請をしようとした事実も、これを国や都が妨げた事実も確認できず、むしろ国分寺市は行政指導を疑うことなく慣例的に従ったものと窺われる、と認定されています。

ここから読み取れることは、はっきりしています。事業者の側が、交付基準や公募要領の計算に沿わない額で申請することをあきらめ、言われたとおりの額で申請してしまった場合、後からその差額を国に請求する道は、ほぼ残らないということです。争うのであれば、申請の段階と交付決定の段階でなければ間に合いません。

5 交付基準(通達)は、どこまで事業者を縛るのか

この判決には、もう一つの判示事項があります。交付基準通達が定める昭和47年度の交付基準が、児童福祉法45条所定の最低基準を維持するに足りないものであるということはできない、とされた部分です。結論としては国の側が勝っているのですが、その理由付けの中に、基準の効力の限界が引かれています。

(1)形式面――執行命令として許される、ただし限界がある

原告は、交付規則2条が上位法規の適法な根拠を欠くと主張しました。これに対する判決の応答が、次のものです。

引用(東京地判昭和55年3月4日・理由五1(一))

「そうであるとすれば、厚生大臣が右の客観的必要額の具体的認定につき同大臣として適正合理的と認める基準を定立し、交付申請もこの基準によつてするよう一般的に定めることは、当該基準によらない交付申請をそれ自体で直ちに不適法とする如き強制的な効力を内容とするものでない限り、これを違法とすべき理由はない。」

条件付きの適法判断です。基準を定めること自体は違法ではない。ただし、「当該基準によらない交付申請をそれ自体で直ちに不適法とする如き強制的な効力」を内容とするものであってはならない。

続けて、判決は、交付規則2条が「客観的必要額を基礎として国庫負担金の交付を受けうるという市町村の権利の内容そのものについてはなんら実体的変更を加えるものではな」いと述べ、適正化法と施行令を執行するために必要な具体的・技術的・手続的事項を定めた執行命令の一つとみるべきである、としています。

ここは、今の補助金の読み方に直結します。公募要領や交付規程は、申請書の書き方や算定の方法を一般的に定めたものです。その定め自体が違法になるわけではありません。しかし、それによって、法令上認められる権利の内容そのものが変わるわけでもなく、基準に沿わない申請を「それ自体で直ちに不適法」とする効力までは認められていない、ということになります。公募要領・交付規程の法的性質については、交付規程違反は補助条件違反に当たるのかで扱っています。

(2)内容面――基準が「足りない」とまでは認められなかった

内容的違法については、裁判所は、まず、国庫負担額を算定する基礎となる「支弁した費用」が市町村の実支出額を意味するものではないことを再確認し、そのうえで、交付基準が最低基準を維持するに足りないかどうかを検討しています。

認定の仕方は丁寧です。保母の定数について、最低基準省令53条2項の定め(3歳未満児おおむね6人につき1人以上等)と、交付基準が前提とする定数(原則は省令どおりであるが、児童数60人以下の保育所について非常勤保母を認め、乳児保育については73施設約800人を対象に乳児3人につき1人の配置を認めていた)を対比し、保母の定数については「最低基準省令の定める最低基準を上回るものであることが明らかである」としました。保育単価を構成する事業費・人件費・管理費についても、省令に抽象的に定められている基準を最小限実現することもできないものであると認めるに足りる的確な証拠はない、としています。

引用(東京地判昭和55年3月4日・理由五2(二))

「最低基準省令の定める保母の定数基準は、十分なものではないにせよ、それによつては保育所の運営が実際上不可能であるとか又は不可能に近いとまで一般的にいいきることは難しく、その点をとらえて右省令の定める基準が最低基準としての意義を有しないとすることはできない。」

「十分なものではないにせよ」という前置きが置かれています。基準が十分であると認めたわけではなく、違法といえるほどではない、という判断です。

事業者の側から見ると、ここは厳しい部分です。基準の中身が妥当でないという主張は、「不十分である」ことの立証では足りず、その基準によっては事業の実施が実際上不可能である、という水準の立証を求められています。基準の内容そのものを攻めるのではなく、個別の交付決定における当てはめを攻めるほうが、現実的だということになります。

6 控訴審と、この判決の位置づけ

(1)控訴審は控訴を棄却した

本件は控訴されましたが、東京高判昭和57年9月14日(行集33巻9号1789頁)は控訴を棄却しました。

引用(東京高判昭和57年9月14日・理由)

「当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する本件請求は、すべて失当として棄却すべきであると思料するものであつて、その理由は、原判決四九丁裏五行目(編注、三一巻三号三八〇頁一一行目)「できない。」の次に左のとおり附加するほか、原判決理由中の認定判断と同一であるから、これを引用する。」

控訴審が付け加えたのは、国の交付基準とその前提となる最低基準により保育所を運営すると、職員の労働がかなり重くなり、父母の負担も多くなり、労働組合や父母から改善の要望が出ていること、国分寺市では基準を上回る運用をしていること等が認められるが、これらの事実によっても前記認定判断を左右しない、という一段です。

したがって、第一審の判断は、そのまま控訴審の判断になっています。本稿で引用した説示は、高等裁判所が引用して自らの理由としたものだということになります。

(2)文献上の位置づけ――判例上確立しているとされている

この問題については、同種の訴訟が複数提起されました。小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)119頁は、保育所設置費国庫負担金(摂津訴訟)、保育所運営費国庫負担金(本件・国分寺訴訟)、農業委員会費国庫負担金、義務教育費国庫負担金についての各訴訟を挙げ、いずれも第一審及び第二審で原告側の主張が排斥され、いずれも上告なく確定しているとしたうえで、次のように述べています。

引用(小滝・前掲119頁)

「かくして、今や判例上、国庫負担金に係る具体的交付請求権は交付決定により発生するという考え方が確立しているものといってよい。」

同書120頁注96は、本件第一審の前記3(3)の判示を全文引いて、摂津訴訟の判決よりも実質的な理由を掲げたものと位置づけ、同121頁注98は前記3(3)末尾の判示を引いて「同控訴審判決もこれを支持している」と記しています。本件は、この問題についての主要な先例の一つとして扱われていることになります。

(3)「抽象的な請求権」は否定されていない

もっとも、ここで止めると、読み方を誤ります。小滝・前掲119頁は、続けて次のように述べています。

引用(小滝・前掲119頁)

「ただし、交付決定によって初めて具体的な交付請求権が発生すると解することは、負担金について、実体法上抽象的な交付請求権が認められていることを否定するものではないことに注意しなければならない。負担金交付義務を定めた補助法令は、一定の要件を充足する場合に交付決定すべき旨行政庁を拘束する効果をもつものと解することが相当であり、したがって、右のように交付決定により請求権が発生するものと解したからといって、実体法上の意義を失わしめることにはならないであろう」

交付決定によって具体的な請求権が発生する、ということは、交付決定が行政庁の自由な裁量に委ねられているということではありません。要件を満たす場合には交付決定をすべきことが、根拠法令によって行政庁を拘束している。――こう整理されています。

本件第一審が、実体法上の支払義務と請求しうる権利を認めたうえで(前記3(1))、その額の確定手続として交付決定を位置づけたことも、同じ向きです。否定されたのは「手続を飛ばして直接請求する」ことであって、「要件を満たしているのだから交付決定をすべきである」という主張の筋道そのものではありません。

(4)手続を踏めなかった特段の事情がある場合――学説

さらに、学説には、手続の排他性に例外を認める見解があります。

小滝・前掲122頁注104が引く碓井光明「補助金」は、「地方財政法による負担金のようなものについて、法令上実績に基づく増額手続が欠けている場合で、……交付申請をなしたにもかかわらず、行政庁がかかる手法は認めていないという理由で門前払いにしたような事案においては、交付を受けようとする者は、実体的な請求権を直接裁判所において行使することができるものとしなければならない。手続規定は、合理的な範囲において実体権の行使を規律することができるとしても、実体的請求権を犠牲にすることはできないからである。」とします(現代行政法体系第10巻財政241頁)。

また、同123頁注106が引く塩野宏「摂津訴訟第一審判決」は、「保育所負担金の場合においても、適正化法上の手続をふむことができなかった特段の事由がある場合には、根拠法に基づいて、直接権利主張を認めることが可能であろうと思われる。」とします(同144頁)。小早川光郎「摂津訴訟の論点と評価」(ジュリスト632号21頁)も、適時の申請を事実上不可能とするような事情があった場合について、負担金額が裁判所において確定可能であることを条件に、直接に訴訟をもって支払いを求める余地を論じています。

これらはいずれも学説であり、裁判例として確立しているものではありません。また、いずれも国庫負担金について論じられたものです。それでも、申請の機会そのものを行政の側の対応によって失わせられた、という事案については、手続の排他性を貫くことの合理性が問われ得る、という見方が示されていることは、押さえておく価値があります。

7 では、交付決定の額に納得できないときは何をするのか

ここからは、以上の判決と文献を踏まえた当職の整理です。今の補助金――公募要領と交付規程に基づいて交付申請をし、交付決定を受け、実績報告を経て額の確定を受ける仕組みの補助金――を念頭に置いています。

(1)出発点は交付決定通知書の額であると考える

まず、発想を切り替えていただく必要があります。「計算すれば出る額」が権利の内容ではありません。交付決定通知書に書かれた額が、権利の内容です。

したがって、交付決定通知書が届いたら、公募要領・交付規程に基づく自分の計算と突き合わせ、差があるならその理由を確かめる。これが最初の作業になります。交付決定通知書を受け取ったまま保管し、額の内訳を確かめていない、という例は少なくありません。

(2)交付決定の内容に不服があるなら、二つの道がある

適正化法は、交付決定の通知を受けた者が内容又は条件に不服があるときの道を用意しています。

引用(補助金適正化法9条)

「補助金等の交付の申請をした者は、前条の規定による通知を受領した場合において、当該通知に係る補助金等の交付の決定の内容又はこれに附された条件に不服があるときは、各省各庁の長の定める期日までに、申請の取下げをすることができる。」

一つは、この申請の取下げです。もう一つは、本件判決が括弧書きで示した「交付決定に対する行政争訟」、すなわち審査請求と取消訴訟です。なお、適正化法25条の不服の申出は、不服のある地方公共団体(港湾法に基づく港務局を含む)について定められた手続です。一般の事業者がこの手続を使うことはできませんので、行政不服審査法に基づく審査請求と、行政事件訴訟法に基づく取消訴訟によることになります。

ここで注意していただきたいのは、期間です。取消訴訟には出訴期間があり、審査請求にも期間があります。この点は補助金の処分を争える期間はいつまでかと不服申立てはどこに、いつまでにするのかで扱っています。そして、前記4で見たとおり、期間を過ごしてしまった後に、不当利得や損害賠償という形で額の差を取り返すことは、この判決の立場からすると、ほぼ望めません。

(3)申請していない経費は、後から請求できない

本件で差額の請求が否定された直接の理由は、その部分について交付申請がなかったことです。申請がないから交付決定がなく、交付決定がないから具体的な請求権がない。そして、申請しなかったことによって国が支出を免れたとしても、それは不当利得ではない。――この論理は、今の補助金にもそのまま当てはまります。

実務上は、次の点に表れます。公募要領の解釈に疑いがある経費について、事務局から「対象外です」と口頭で言われたために申請書から落とした。年度末の期限に追われて、確定していない経費を落として申請した。――後から、その分を取り返すことは困難です。疑いがある経費は、落とすのではなく、申請に載せたうえで、削られたなら削られた理由を文書で確かめる。これが、記録の残し方としても正しい順序になります。

(4)交付決定が出ないとき、交付が遅いとき

交付決定が出てこない場合は、別の問題になります。この場合、争う対象は「交付決定の額」ではありません。申請に対する応答がないこと、あるいは不交付の処分そのものです。

交付申請に対する不交付・差戻しの扱いは交付申請が通らなかったときにできることで、支払いが遅れている場合の対応は補助金が支払われないときで扱っています。本件判決の射程は「交付決定を経ない直接請求はできない」という点にあり、交付決定が出ないことそれ自体をどう争うかは、別に考えることになります。

(5)実績報告・額の確定の段階

交付決定の額が確保されたとしても、最後に額の確定(適正化法15条)があります。本件判決が、交付決定による額の具体化と、15条の額の確定とを括弧書きで区別していたことは、前記3(2)で触れました。二つの段階があり、それぞれが処分である、ということです。

したがって、交付決定の額に不服がある場面と、額の確定で削られた場面とは、争う対象が違います。どちらの段階の話なのかを取り違えると、期間の起算点も変わります。

(6)記録に残しておくこと

以上の主張は、いずれも資料の裏づけを必要とします。交付申請書とその添付資料の控え、交付決定通知書(別紙の内訳を含みます)、事務局からの照会と回答、公募要領と交付規程のその時点の版、申請額を変えた経緯のやり取り。

本件では、国分寺市が行政指導に抗して申請しようとした事実を確認できる証拠がなかったことが、不法行為の主張が否定された一つの理由になっています。「言われたから落とした」ことを後から主張するのであれば、その時点のやり取りが残っていなければなりません。

8 まとめ

東京地判昭和55年3月4日は、法律が交付の根拠と負担割合を定めていた国庫負担金について、適正化法の交付申請と交付決定の手続を経ることなく国に対して直接その支払いを請求することは「実定制度上許されていない」としました。交付決定を経由することによってはじめて具体的な交付額が確定される、というのが理由です。そして、交付額に不服があるときは「交付決定に対する行政争訟によるべきことになる」と述べています。控訴審である東京高判昭和57年9月14日は、この理由をそのまま引用して控訴を棄却しました。

同時に、この判決は、実体法上の支払義務と請求しうる権利そのものは認めています。小滝・前掲119頁も、交付決定により具体的な請求権が発生すると解することは、実体法上の抽象的な交付請求権を否定するものではなく、交付義務を定めた補助法令は要件を満たす場合に交付決定すべき旨行政庁を拘束する効果をもつと整理しています。

さらに、交付基準通達を適法とした部分には、条件が付されています。基準を定めること自体は違法ではないが、「当該基準によらない交付申請をそれ自体で直ちに不適法とする如き強制的な効力を内容とするものでない限り」という条件です。公募要領や交付規程が事業者を縛る範囲を考えるとき、この限定は読み落とせません。

そのうえで、交付決定の額に納得できないときに確かめるべきことは、三つです。交付決定通知書の額と内訳が、公募要領・交付規程に基づく計算とどこで食い違っているのか。その食い違いを、申請の取下げ(適正化法9条)で処理するのか、審査請求・取消訴訟で争うのか。そして、争うとすれば、その期間がいつまでなのか。

後から不当利得や損害賠償で取り返す道は、この判決の立場からすると、ほぼ閉じています。だからこそ、交付決定通知書が届いた時点が、判断の時期になります。

ご相談をお考えの事業者の方へ

交付決定通知書の額が申請額より少ない、削られた理由の説明が足りない、額の確定で予定していた額が認められなかった――こうした段階で、「事務局が決めたことだから仕方がない」と判断してしまう前に、確かめていただきたいことがあります。削られた経費が公募要領・交付規程のどの定めによって対象外とされているのか、その定めが交付決定の内容や条件としてどう位置づけられているのか、そして争うための期間がいつまでなのか。交付申請書の控え、交付決定通知書とその別紙、事務局とのやり取り、公募要領と交付規程がお手元にあれば、具体的な検討ができます。期間の制約がありますので、早い段階でご相談ください。

士業の先生方へ

顧問先から「申請額どおりの交付決定が出なかった」「この経費は対象外と言われたので申請から落とした」というご相談を受けることがあろうかと存じます。申請の段階で手を打てる場面と、交付決定を処分として争う場面とでは、やるべきことも期間の管理も変わります。補助金適正化法と行政争訟の側からの検討が必要な場面では、その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方からのご相談も承っております。連携の形は士業の先生方へにまとめております。

※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第7節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。

※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。

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