執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
1 「あとで出せるか」ではなく「いま取れるか」で考えることになります
補助金の手続は、電子申請システムの画面の中で進みます。交付申請や実績報告が差し戻されたときの指示コメント、添付のやり直しを求める文言、審査の進み具合の表示といったものは、その画面の中にしか現れません。紙で届くわけではありませんので、手元には何も残りません。
ところが、これらの表示は、手続の段階が進んだとき、申請の受付の期間が終わったとき、担当者の権限や画面の作りが変わったときに、見られなくなることがあります。見られなくなってから必要になったときは、その記録を持っているのは交付主体の側だけですので、こちらから求めるほかなくなります。求めて出てくるかどうかは、そのときに分かることです。
ですので、記録の残し方は、「あとで出してもらえるか」を考えるのではなく、「いま自分の手元に取れるか」を考えることになります。アクセスできるうちに、画面ごと保存しておく。これが先に来ると考えております。
2 その記録が効いてくるのは、どの場面か
差戻しの指示コメントは、やり取りの記録というだけのものではありません。何を求められ、それに対して何を直したのかを示す記録です。これが効いてくる場面を、条文の側から確かめておきます。
一つめは、補助金の額の確定です。補助金適正化法15条は、次のように定めています。
引用(補助金適正化法15条)「各省各庁の長は、補助事業等の完了又は廃止に係る補助事業等の成果の報告を受けた場合においては、報告書等の書類の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、その報告に係る補助事業等の成果が補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件に適合するものであるかどうかを調査し、適合すると認めたときは、交付すべき補助金等の額を確定し、当該補助事業者等に通知しなければならない。」
審査の対象は「報告書等の書類」です。つまり、こちらが提出した書面が前提になります。そうすると、どの書面を、いつ、どのような内容で提出したのかという事実そのものが、額の確定の場面での争いの対象になり得ます。システムの画面の中で提出した書面について、こちらに控えがない状態は、この点について何も言えない状態だということになります。額の確定の手続の全体は、コラム「額の確定(補助金適正化法15条)とは何か」で述べています。
二つめは、報告の求めと立入検査です。
引用(補助金適正化法23条1項)「各省各庁の長は、補助金等に係る予算の執行の適正を期するため必要があるときは、補助事業者等若しくは間接補助事業者等に対して報告をさせ、又は当該職員にその事務所、事業場等に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させ、若しくは関係者に質問させることができる。」
検査や質問の場面で問われるのは、申請・報告の内容と実際の事業との食い違いです。このとき、差戻しの指示にそのまま従って書面を直していたのであれば、現在の書面の形がそうなっている理由を説明できます。逆に、指示コメントが手元にないと、その書き方を選んだ理由を自分の記憶で述べるほかなくなります。立入検査の場面での対応は、Q&A「補助金の立入検査(実地検査)は犯罪捜査なのか」で述べています。
三つめは、後になって「事務局の指示に従っていない」と言われる場面です。指示に従う義務がどこから出てくるのかという問題は、Q&A「公募要領に書いていない事務局の指示に従う義務はあるのか」で扱っていますが、そこで議論の材料になるのは、どのような指示が、いつ、どの形で出されたのかという事実です。これも、画面の中にしかない記録です。
3 画面・通話・書面の、それぞれの残し方
画面
画面は、必要な文言だけを抜き出すのではなく、画面ごとスクリーンショットで保存しておくことになると考えております。文言だけを書き写すと、どの画面のどの欄に出ていたものかが分からなくなります。保存するときは、次の点を落とさないようにしてください。
- 日時が分かる形にする。画面の中に日時の表示があればそれを含めて写し、ない場合は、ファイル名に取得した日付を入れ、保存した日付が分かる形で置いておきます。
- 画面の上の方(申請の番号、事業の名称、申請の状態の表示)を切り落とさない。どの申請のどの段階の画面かが、その部分で分かります。
- 一覧の画面と、開いた先の画面の両方を取る。一覧にしか出ていない日付や状態の表示があります。
- 添付した書面そのもの(提出したファイル)も、提出した形のまま別に保存しておく。システムから取り出せる間に、手元に落としておきます。
なお、画面の表示が、不利な決定を意味するものとは限りません。申請の状態として表示される言葉は、システムの処理の状態を示しているだけのことがあります。表示の意味が分からないときは、その表示が何を意味するのかを文章で問うことになります。
通話
電話で説明を受けたときは、録音しておくことになります。そのうえで、録音とは別に、要旨を同日中に書面にしておきます。録音は、後で聞き直すのに時間がかかりますし、どこに何が入っているかが分からなくなります。書面にするときは、日付、時刻、相手の部署と名前(名乗りがなければ名乗りがなかったこと)、こちらから尋ねたこと、相手が答えたことを、そのままの言葉で書いておきます。評価や感想は分けて書くか、書かないでおきます。
電話で受けた回答は、後に異なる説明がされることがあります。ですので、電話で意向を伝えたときは、同じ内容を続けて書面(メールを含みます)でも出しておき、こちらの申入れが書面の形でも残るようにしておくことになると考えております。
提出の事実と受領の確認
システムの中で提出したものについては、提出した事実と、その内容を、こちらから書面で確認しておくことができます。たとえば、提出した日付、提出した書面の名称、その内容の要点を書いたうえで、受領の確認を求める文章を送ります。これに対する返信があれば、提出の事実についての争いは、そこで小さくなります。返信がない場合でも、こちらが送った文書は残ります。
交付主体の側が保有している文書そのものを求める道もあります。交付主体が独立行政法人である補助金については、独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律による開示請求の対象になり得ます。この点は、Q&A「「理由開示及び異議申立は一切受け付けておりません」と書かれていたら」で述べています。もっとも、何がどこまで出るかは請求してみなければ分かりませんので、自分の手元に取れるものを先に取っておくことになります。
次のような場合は、ご相談ください
- 差戻しの指示コメントが申請システムの中にしかなく、やり取りの経過を手元で示せない
- 電話で受けた説明と、後から書面で届いた説明とが食い違っている
- 提出した書面の控えがなく、何をいつ提出したのかを自分で確かめられない
関連ページ: 行政から求められた資料は、どこまで出さなければならないのか(コラム)/事務局の指示に従う義務はあるのか(Q&A)
4 交付規程の保存義務は、やり取りの記録を含んでいません
交付規程には、帳簿と証拠書類の保存義務が置かれています。中小企業等事業再構築促進補助金(新市場進出)交付規程(令和3年6月15日規程令3第13号。規程令7第5号による改正までのもの。以下、このページで「交付規程」というのはこれを指します)では、次の定めです。
引用(交付規程11条)「補助事業者は、補助事業の経費については、帳簿及び全ての証拠書類を備え、他の経理と明確に区分して経理し、常にその収支の状況を明らかにしておかなければならない。
2 補助事業者は、前項の帳簿及び証拠書類を補助事業の完了(廃止の承認を受けた場合を含む。)の日の属する年度(補助事業者の決算年度。以下同じ。)の終了後5年間、中小機構の要求があったときは、いつでも閲覧に供せるよう保存しておかなければならない。」
実績報告についても、同じ趣旨の定めがあります。
引用(交付規程17条4項)「補助事業者は、第1項の実績報告を行うに当たって、その証拠となる書類を整理し、当該報告に係る年度の終了後5年間保存しなければならない。」
ここで保存が求められているのは、補助事業の経費についての帳簿と証拠書類、そして実績報告の証拠となる書類です。交付主体・事務局とのやり取りの記録は、ここに挙げられていません。つまり、やり取りの記録は、規程が保存を求めているから残すというものではなく、こちらが自分のために残すものだということになります。残していなくても規程に反するわけではありませんが、残していなければ、後で使うことはできません。
もう一つ、保存義務の側から見ておくべきことがあります。交付規程は交付主体が自ら定めた内部的な規範(講学上の行政規則)であって、法令ではありません。この点は、Q&A「交付規程に違反したと言われたら」で述べています。行政規則に定めを置いても補助金適正化法4条の「特別の定」にはならないという点は、コラム「補助金で取得した設備を廃棄することは「処分」か――裁判例紹介:東京地判平成2年1月30日」で扱っています。他方で、保存されている帳簿書類が検査の対象になることは、補助金適正化法23条1項自身が定めています。交付規程20条も、中小機構が補助事業の適切な遂行のため必要があると認めたときは、報告を求め、又は事業所等に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査し、関係者に質問することができる旨を定め、補助事業者は協力するものとしています。整えて保存しておくことは、検査の場面でこちらの説明を支える側に働くと考えております。
5 訴訟の前に証拠を確保する手続(証拠保全)があります
相手方の手元にしかない記録について、訴えを起こす前の段階で証拠調べをしておく手続が、民事訴訟法に置かれています。
引用(民事訴訟法234条)「裁判所は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときは、申立てにより、この章の規定に従い、証拠調べをすることができる。」
条文が求めているのは、「あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情」です。ですので、この手続を考えるのは、その事情を具体的に示せる場面に限られます。電子申請システムの中の記録について、この事情がどのような場合に認められるかという点については、当職は文献を調べられておりませんので、ここでは条文にそのような手続があることだけを申し上げます。
申し上げておきたいのは、順序です。この手続は、裁判所に申立てをして行うものですから、時間も手間もかかります。これに対し、自分の画面を保存することは、いまこの場でできます。先に手元で取れるものを取り、取れないものについて別の手段を考える、という順序になると考えております。
6 どう動くか
差戻しの指示コメントが画面の中にしかないという段階では、次の順で手を動かしていただくのがよいと考えております。
- 今日のうちに、ログインできる画面を一通り保存する。差戻しのコメント、提出済みの書面の一覧、申請の状態の表示、通知の履歴です。あとで整理すればよいので、まず取ることを先にします。
- 提出したファイルを、提出した形のまま手元に落とす。差し替えた前後の版がある場合は、版ごとに分けて、日付の分かる名前を付けます。
- これまでの電話の内容を、思い出せる範囲で書き出す。日付、時刻、部署、やり取りの要旨です。これから先の電話は録音し、同日中に要旨を書面にします。
- 提出した書面の内容と、提出した日付について、受領の確認を求める文書を出す。口頭で伝えた申入れがある場合は、同じ内容を書面でも出しておきます。
- 帳簿と証拠書類の保存の状態を確かめる(交付規程11条、17条4項)。年度の終了後5年間という期間ですので、完了から時間が経っている事業ほど、所在を確かめておく意味があります。
- 交付決定通知書、交付規程、公募要領の、自社に適用される版を一式そろえておく。やり取りの記録は、この一式と並べて読んで初めて使えるものになります。
事前の通知が届いている段階であれば、そこで述べることが後の手続でも前提になります。その段階での対応は、Q&A「交付決定取消しの事前通知が届いたら」で述べています。
最後に一点。記録を残すことは、争うための準備という意味だけのものではありません。何を求められ、何に応じたのかが手元で分かる状態になっていれば、こちらから尋ねるべきことが決まります。問いの形が決まれば、やり取りは短くなります。画面を保存するのに要する時間は、わずかです。見られるうちに取っておいてください。
差戻しの指示コメントや電話での説明が手元に残っておらず、やり取りの経過を示せないままお返事を求められている事業者の方、顧問先・支援先からこのようなご相談を受けている中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方は、ご相談ください。保存できている画面、提出した書面の控え、届いている通知があれば、どの記録が今後の手続のどこで効いてくるのかという形で、具体的な検討ができます。
根拠(条文・公式資料・裁判例)
- 補助金適正化法15条(各省各庁の長は、補助事業等の完了又は廃止に係る補助事業等の成果の報告を受けた場合においては、報告書等の書類の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、その報告に係る補助事業等の成果が補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件に適合するものであるかどうかを調査し、適合すると認めたときは、交付すべき補助金等の額を確定し、当該補助事業者等に通知しなければならない)
- 補助金適正化法23条1項(各省各庁の長は、補助金等に係る予算の執行の適正を期するため必要があるときは、補助事業者等若しくは間接補助事業者等に対して報告をさせ、又は当該職員にその事務所、事業場等に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させ、若しくは関係者に質問させることができる)
- 補助金適正化法4条(補助金等に関しては、他の法律又はこれに基く命令若しくはこれを実施するための命令に特別の定のあるものを除くほか、この法律の定めるところによる)
- 中小企業等事業再構築促進補助金(新市場進出)交付規程(令和3年6月15日規程令3第13号。規程令7第5号による改正までのもの)11条1項(補助事業者は、補助事業の経費については、帳簿及び全ての証拠書類を備え、他の経理と明確に区分して経理し、常にその収支の状況を明らかにしておかなければならない)、同条2項(前項の帳簿及び証拠書類を補助事業の完了(廃止の承認を受けた場合を含む。)の日の属する年度(補助事業者の決算年度)の終了後5年間、中小機構の要求があったときは、いつでも閲覧に供せるよう保存しておかなければならない)、17条4項(補助事業者は、第1項の実績報告を行うに当たって、その証拠となる書類を整理し、当該報告に係る年度の終了後5年間保存しなければならない)、20条(中小機構は、補助事業の適切な遂行のため必要があると認めたときは、補助事業者に対し、補助事業に関し報告を求め、又は、補助事業者の事業所等に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査し、若しくは関係者に質問することができる。この場合において、補助事業者は協力するものとする)
- 民事訴訟法234条(裁判所は、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情があると認めるときは、申立てにより、この章の規定に従い、証拠調べをすることができる)
- 独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(交付主体が独立行政法人である補助金について、その保有する法人文書の開示請求の根拠となるもの)
※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。
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