執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
1 「新規性の要件」とは何か――採択の審査で判断済みの事項
事業再構築補助金で「新市場進出(新分野展開、業態転換)」として採択され、交付決定を受け、補助事業を終えた後になって、交付主体から「申請の時点で製品等の新規性要件(又は市場の新規性要件)を満たしていなかった」「既存事業にも同じ分類の売上があったのに、事業計画書には実績がないと書かれていた」という指摘を受けることがあります。交付決定の取消しの事前通知が届く場合もあります。このページでは、その指摘を受けたときに確かめるべきことを整理します。
最初に、「新規性の要件」が何を指すのかを、制度の側の資料で確かめておきます。事業再構築指針(経済産業省・中小企業庁。制定令和3年3月17日、令和6年4月23日改訂のもの)は、新市場進出を次のように定義しています。
引用(事業再構築指針(令和6年4月23日改訂)二イ・1頁)「新市場進出とは、中小企業等が主たる業種(売上高構成比率の最も高い事業が属する、総務省が定める日本標準産業分類に基づく大分類の産業をいう。以下同じ。)又は主たる事業(売上高構成比率の最も高い事業が属する、総務省が定める日本標準産業分類に基づく中分類、小分類又は細分類の産業をいう。以下同じ。)を変更することなく、新たな市場に進出することをいう。」
そして、同指針二ハは、本事業の対象となる新市場進出を「次のいずれにも該当する場合をいう」として、(1)「事業を行う中小企業等にとって、事業により製造する製品、提供する商品又はサービス、若しくは提供方法が、新規性を有するものであること」、(2)「事業を行う中小企業等にとって、事業により製造する製品又は提供する商品若しくはサービスの属する市場が、新たな市場であること」、(3)事業計画期間終了後に新たな製品等の売上高又は付加価値額が総売上高の十分の一又は総付加価値額の百分の十五以上を占めることが見込まれること等、の三つを挙げています(同指針1〜2頁)。事業再構築指針の手引き(4.0版・令和6年4月)は、この三つを「製品等の新規性要件」「市場の新規性要件」「新事業売上高10%等要件」と呼んでいます(同手引き3〜4頁)。
このうち製品等の新規性要件について、同手引きは、「①過去に製造等した実績がないこと、②定量的に性能又は効能が異なること(計測できる場合)の2点を事業計画においてお示しください」としたうえで、次の注を置いています。
引用(事業再構築指針の手引き(4.0版・令和6年4月)5頁)「【注】「新規性」とは、事業再構築に取り組む中小企業等自身にとっての新規性であり、世の中における新規性(日本初・世界初)ではありません。2020年4月以降に新たに取り組んでいる事業について、「新規性」を有するものとみなします。」
「過去に製造等した実績がないこと」の意味が争いになる場面では、この注の後段、すなわち2020年4月以降に新たに取り組んでいる事業は新規性を有するものとみなす、という定めも、そのまま使うことができます。
市場の新規性要件については、同指針二ロが「新たな市場とは、事業を行う中小企業等にとって、既存事業において対象となっていなかったニーズ・属性(法人/個人、業種、性別・年齢、所得、行動特性等)を持つ顧客層を対象とする市場を指す」と定め(同指針1頁)、同手引きは「既存事業の対象顧客を明確にした上で、新規事業の対象顧客層が明確に異なることについて、事業計画で説明してください」としています(同手引き7頁)。
ここで押さえておきたいのは、三つの要件とも、いずれも事業計画において示すことが求められる形で、申請者が事業計画書に書き、交付主体が審査で判断する事項として組まれていることです。言い換えれば、新規性の要件を満たすかどうかは、採択の審査で判断を済ませた事項であり、交付決定はその採択を前提としてされたものです。後になって「満たしていなかった」と言われたときに、まず問うべきことは、審査で判断済みの事項を、同じ資料から後になって覆すことができるのか、そして、指摘された事実は審査の時点で提出した資料から認識できたものではないのか(後記5)、という点です。
2 審査済みの事項を後から覆すことには、制約がある
交付決定は、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」といいます。)6条1項の定めるとおり、交付主体が申請書類等の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか等を調査し、交付すべきものと認めたときにするものです。本補助金について補助金適正化法が及ぶのは、中小機構法16条による準用です。この審査は、申請者が提出した申請書類の記載を前提に行われます。だからこそ、指摘された事実が申請の時点で提出した資料(決算書など)から認識できたものであったかどうか(後記5)が、重みを持ちます。
有効に成立した交付決定を後から消すことについて、裁判例は、次のように述べています。
引用(名古屋高判平成5年2月23日判タ859号260頁)「本件交付決定のような補助金等の交付決定は、受益的行政行為と解されるところ、右行政行為については、瑕疵なく成立した以上、これに基づいて形成された補助行政上の法律関係は、既得の権利利益の保護及び既成の法律秩序維持を図るため、みだりに消滅させることは許されないものと解されるが、補助事業等が補助行政目的どおりに遂行され得ないこととなった場合には、資金の効率性が阻害されることを防止するためにも、当該交付決定を取り消した上、補助金等の返還を求めることができる必要が生じるところから、適正化法は、その撤回権(取消権)について明示的に留保の規定を置き(一七条等)、相手方の信頼保護との調和を図ることとしているものと解される。このような観点に立つと、補助金等の交付決定の取消権の行使については、補助事業者の義務違反(条件違反行為)があるというだけで直ちにこれを行い得るものと解すべきではなく、補助目的達成の可否について補助関係の全過程を通じて総合的に判定し、補助金等交付の初期の目的を達成することが困難となった時点において初めてその取消権を行使すべきものと解するのが相当である。」
この判決は、取消し後の補助金等返還請求権が破産手続上の財団債権に当たるかを審理した事件のもので、無承認の担保提供という交付決定後の義務違反が前提事実とされています。取消処分の適法性が訴訟物とされた事件ではなく、上記の説示は理由中の判断です。上告はされていますが、上告審の裁判は公刊物に見当たりません。この判決の事案と射程は、コラム「補助金の交付決定は、どのようなときに取り消すことができるのか」で述べています。
文献も同じ立場です。小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)242頁は、授益的行政行為たる交付決定が瑕疵なく成立した以上、これに基づいて形成された補助関係は、既得の権利利益の保護及び既成の法律秩序の維持の見地から、みだりにこれを消滅させることは許されないとし、補助金適正化法は、後発的事情の発生により補助関係を存続させることが公益に適合しないと認められる場合に交付行政庁が交付決定を撤回しうるよう、法律上撤回権を明示的に留保し、相手方の信頼保護との調和を図っていると説明しています。同244頁は、交付決定の内容違反を理由とする取消しについて、「補助目的達成の可否について形式的、一時的にではなく、補助関係の全過程を通じて総合的に判定のうえ行うこととすべきであろう」とし、是正の余地のある限り事業遂行命令・是正措置命令で対処すべきであって、「これらの命令処分をまっては所期の目的が達成されえないような、相手方の重大な義務違反を責めるに足る主観的事情があると認められる場合に、取消権を発動することが相当であると解される」としています。是正措置命令(16条)の解説でも、同237〜238頁は、交付決定の取消しにより交付請求権を失権させ返還を求める措置は、資金回収を通じて国損を防止する消極的効果はあっても、資金の投下により実現された事業成果を積極的に活用する方策とはいい難いとして、「交付決定の取消しは、他にとるべき適切な方法がない場合に限定して行われるべきものと考えられ」るとしています。
新規性の要件の指摘は、交付決定の後に事業者が何かに違反したという話ではなく、申請の時点の事情を、同じ事業計画書と決算書から読み直して、審査の結論を覆そうとするものです。私見としては、交付決定の後に生じた義務違反についてさえ、取消権の行使に上記の制約がかかるのであれば、交付主体が審査で判断済みの事項を、新たな資料もなく、同じ資料の評価を変えることによって覆すことには、少なくとも同じだけの制約がかかると考える余地があります。申請の時点で要件を満たしていなかったという指摘が、交付決定の原始的な瑕疵を理由とする職権取消しの問題であるとすれば、根拠となる条文は17条1項ではなく、取消しによって生ずる不利益と取消しをしないことによって生ずる不利益との比較考量の枠組み(最二小判令和3年6月4日民集75巻7号2963頁)に乗ることになります。この判決は、支給要件の認定に誤りがあった支援金の支給決定の取消しを適法としたものですが、その枠組みでは、瑕疵の原因がいずれか一方の責めに帰すべき事由によるものかが考慮されます。既存の売上が申請の時点で提出した決算書に区分して記載されていたのであれば、瑕疵の原因を申請者の一方の責めに帰すことはできません(後記5)。この型の取消しについては、コラム「『交付の要件を満たしていなかった』と後から言われたら、補助金の交付決定はいつでも取り消せるのか」で述べています。
3 取消しの根拠は交付規程ではない――適正化法17条1項か、原始的瑕疵の職権取消しか
届いた通知が、根拠として交付規程の条項だけを挙げていることがあります。本ページで引く交付規程の条数と文言は、中小企業等事業再構築促進補助金(新市場進出)交付規程(令和3年6月15日規程令3第13号。令和7年の改正(規程令7第5号)までのもの)のものです。同交付規程22条1項は、「中小機構は、……次の各号のいずれかに該当する場合には、第9条第1項の交付の決定の全部若しくは一部を取り消し、又は変更することができる」として、1号に「補助事業者が、法令、本規程又は本規程に基づく中小機構の処分若しくは指示に違反した場合」、3号に「補助事業者が、補助事業に関して不正、怠慢、その他不適当な行為をした場合」、5号に「補助事業者が、申請内容の虚偽、本補助金を活用して取り組む事業に対する国(独立行政法人等を含む)が助成するほかの制度(補助金、委託金等)との重複受給等が判明した場合」を挙げています(同交付規程6〜7頁)。
もっとも、交付規程は中小機構が定めた内部の規程であって、交付決定を取り消す権限を事業者との関係で生み出すものではありません。交付決定の取消しの根拠は、次の二つのどちらかです。一つは、交付決定の後に生じた義務違反を理由とする補助金適正化法17条1項(中小機構法16条による準用)の取消しです。同項が取消事由として定めているのは、補助金等の他の用途への使用、補助事業等に関する交付決定の内容又はこれに附した条件への違反、その他法令又はこれに基づく処分への違反の三つです。もう一つは、交付決定そのものが最初から要件を欠いていたこと(原始的な瑕疵)を理由とする職権取消しです。こちらは補助金適正化法に明文の規定がなく(小滝・前掲183頁)、前記2で述べた比較考量の枠組みに乗ります。小滝・前掲185頁注8は、17条について、次のように述べています。
引用(小滝・前掲185頁注8。引用中の「瑕疵」の字は、手元のテキストで判別の難しい箇所を補っています。)「第一七条は、相手方の法令違反等の義務違反を取消事由とするものであるが、あくまで後発的事情を理由として、瑕疵なく成立した交付決定を撤回(取消し)しうるものとする規定であり、原始的瑕疵を理由として取り消しうるとする規定ではないからである。」
同注は、その前段で、虚偽申請等不正な手段によって補助金等の交付を受けることは29条(刑事罰規定)の禁止するところであるが、だからといって29条違反を理由として当然に17条の規定に基づく交付決定の取消しを行いうることとなるわけではない、とも述べています。したがって、通知が交付規程22条1項の号だけを挙げているときは、交付主体がどちらの型の取消しをしようとしているのかを、通知の記載そのものから確かめることになります。どちらの型であっても、交付規程22条1項が取消しの根拠になるわけではありません。この点は、「事業再構築補助金の取消し・返還請求――取消事由は3つだけ」と、Q&A「交付規程に違反したと言われたら――交付規程を守ることは『補助条件』なのか」で述べています。
新規性の要件を満たしていなかったという指摘は、そのままでは、他の用途への使用でも、交付決定の後の条件違反でも、法令違反でもありません。交付主体がこれを17条1項の取消しとして構成するには、申請の内容が「虚偽」であって、それが交付決定に附された条件に違反する、という道筋を通ることになります。しかし、本補助金の交付規程には、申請の内容に虚偽がないことを誓約させる条項は置かれておらず、交付決定通知書(同交付規程様式第2)に附された条件は、「補助事業者は、交付規程で定めるところに従うほか、補助事業の実施に当たっては、独立行政法人中小企業基盤整備機構の指示に従うこと」というもので、補助事業の実施に向けられています。申請の時点の事情を17条1項の条件違反として構成することには、無理があります。そのうえで、通知が「申請内容の虚偽」を挙げている以上、次に「虚偽」の意味が問題になります。
4 「虚偽」とは何か――欠落と、新しい分野についての実績の記載は、虚偽ではない
「虚偽」とは、事実に反する内容を申請したことをいいます。これに対して、よく指摘される二つの型は、それだけでは虚偽には当たらないと考える余地があります。
(1)記載がなかったこと(欠落)
一つは、申請書や事業計画書のある欄に記載がなかった、既存事業の売上区分を漏れなく列挙していなかった、という型です。ある事項の記載を欠いたことは、その事項について事実に反することを述べたことではありません。欄が空欄であることは、「該当するものはない」という積極的な申告を意味するものではなく、虚偽と欠落は区別されるべきものです。公募要領や記載要領が、既存事業の売上区分をすべて列挙するよう求めていたのか、どの欄に何を書くよう求めていたのかを、申請当時の版で確かめておくことが、ここでの出発点になります。
(2)新しく取り組む分野についての「実績がない」という記載
もう一つは、事業計画書の製品等の新規性要件の欄に「これまでに製造・販売した実績はない」と書いていたところ、既存事業にも同じ大きな分類に属する売上があった、という型です。前記1で見たとおり、同手引きが製品等の新規性要件について示すよう求めているのは、「過去に製造等した実績がないこと」であり、その「新規性」は申請者自身にとっての新規性です。新規性要件の欄の「実績がない」という記載は、その欄の性質上、補助事業で新たに取り組む製品等について実績がないことを述べたものと読む余地があり、同じ大きな分類に属する製品等を一切扱ったことがないという記載と読まなければならないものではありません。新規事業と既存事業とで、製品等の内容、顧客層、提供の方法が異なるのであれば、「実績がない」という記載は事実に反するものではなく、新規性要件の当てはめの問題にとどまります。なお、前記1のとおり、指針二ハ(1)は製品等だけでなく「提供方法」の新規性も認めていますので、製品等の分類が既存事業と重なる場合でも、提供方法の新規性という道が残ります。
(3)交付規程は、虚偽を他の事由と書き分けている
前記3の交付規程(新市場進出)22条1項の号の立て方も、この区別を裏づけています。同項は、申請内容の虚偽(5号)を、法令・規程・指示の違反(1号)及び不正、怠慢、その他不適当な行為(3号)とは別の号として定めています。5号の「虚偽」は、事実に反する記載を指す言葉であって、記載の欠落は5号の「虚偽」には当たりません。交付主体が、欠落を3号の「その他不適当な行為」や1号(申請書類の添付を定める同交付規程6条1項)に引き寄せることはあり得ますが、どの号を挙げるにしても、申請の時点の事情は交付決定の後の義務違反ではないという前記3の問題は残ります。なお、同条3項は、「第1項第4号、第5号及び第6号に規定する場合を除き」、年利10.95パーセントの加算金の納付を併せて命ずるものとすると定めており(同交付規程7頁)、5号による取消しには加算金が付きません。5号の除外は制定時のものではなく、改正で加えられたものですので(同交付規程附則(規程令3第34号)1条2号・2項2号)、申請の時期によって適用される版が異なります。通知が加算金を併せて命じているときは、この点も確かめてください。
私見としては、仮に虚偽の有無を実質的に判断するとしても、虚偽とは、少なくとも、事実に反することを知りながら、審査の結論に影響を及ぼす事項について不実の記載をすることをいうと考える余地があります。この見方に立つと、次の5で述べる二つの事実が決め手になります。なお、補助事業の完了後に提出する報告の内容については、虚偽を取消事由とする号が置かれていないことを、Q&A「事業化状況報告書に実際より良い数字を書いてしまった」で述べています。
次のような場合は、意見書や回答書をお出しになる前にご相談ください
- 「製品等の新規性要件(市場の新規性要件)を満たしていなかった」として、交付決定取消しの事前通知が届いている
- 事業計画書の「実績がない」という記載を「申請内容の虚偽」と言われている
- 既存事業の売上区分を事業計画書に書かなかったことを理由に、取消しを予告されている
関連ページ: 交付決定取消しの事前通知が届いたら(Q&A)/「交付の要件を満たしていなかった」と後から言われたら(コラム・最二小判令和3年6月4日)
5 決算書で区分して開示していたのであれば、秘匿の意図も審査への影響もない
既存事業に同じ分類の売上があったことが、申請の時点で提出した決算書に区分して記載されていた、という事実は、二つの意味で重要です。
- 秘匿の意図がないこと。既存の売上を隠すつもりであれば、決算書に区分して記載する理由がありません。決算書で開示しながら、同時に事業計画書で同じ事実を否定する虚偽の申請をすることは、行動として筋が通らず、虚偽の記載という評価と両立しません。
- 審査への影響がないこと。交付主体は、事業計画書と決算書を併せて審査し、新規性の要件を満たすと判断して採択と交付決定をしています。既存の売上が決算書に出ていた以上、交付主体は申請の時点でその事実を知ることができ、知ったうえで要件を満たすと判断したことになります。後になって同じ決算書から別の結論を導くことは、新たな事実の判明ではなく、審査の結論の変更です。
この二つの事実は、原始的な瑕疵のある交付決定を取り消せるかどうかの分かれ目に直結します。小滝・前掲184頁は、瑕疵のある交付決定の取消しについて、二つの場合を書き分けています。一方で、交付申請者が詐欺・強迫・贈賄等の不正行為によって交付決定をさせたとき、過大申請・二重申請その他不正不当な申請に対して錯誤による交付決定がされたとき、交付決定が違法である旨を交付申請者が知っていたとき又は知らなかったことに重大な過失があるときなどは、相手方の信頼を保護すべき理由がないから、取り消しうるとします。他方で、交付申請者の側に認識の錯誤があるにとどまり、交付行政庁も十分な審査をせずにそのまま交付決定をした場合については、交付申請者に重大な過失がない以上、相手方の信頼を保護すべきであるから、事業遂行後、額の確定等の段階で交付行政庁の錯誤を理由として交付決定を遡及して取り消すことは許されないものと解すべきであろうとし、この場合の交付行政庁の審査の不備は6条違反となるとしています。決算書で区分して開示していたという事実は、この分かれ目のどちら側に立つかを決める事実です。開示していた以上、不正不当な申請でも、違法を知りながらの申請でもなく、交付主体の側で審査の時点に認識できたことになります。この記述の引用と前後の文脈は、前記のコラム「『交付の要件を満たしていなかった』と後から言われたら」で述べています。
したがって、申請の時点で提出した決算書と、その勘定科目・売上区分の内訳、事業計画書の該当欄、当時の公募要領と記載要領は、意見書を出す前にそろえておいてください。「開示していた」という事実は、資料で示すことができれば、言葉で説明するより強く働きます。
6 理由の提示――どの条文のどの事由に当たるのかが書かれているか
補助金適正化法21条の2は、「各省各庁の長は、補助金等の交付の決定の取消し、補助事業等の遂行若しくは一時停止の命令又は補助事業等の是正のための措置の命令をするときは、当該補助事業者等に対してその理由を示さなければならない」と定めています。中小機構法16条による準用で、中小機構の取消しにもこの定めが及びます。補助金の交付に関する処分には行政手続法2章・3章の規定は適用されませんが(補助金適正化法24条の2)、理由の提示は、補助金適正化法自身がこの条文で求めています。
新規性の要件に関する取消しの通知では、根拠として交付規程22条1項5号だけが挙げられ、事業計画書のどの記載が、どの事実に反するために虚偽と認定されたのか、それが補助金適正化法17条1項の取消しなのか原始的な瑕疵を理由とする職権取消しなのか(前記3)が書かれていないことがあります。交付規程の号の文言を引き写しただけの記載では、事業者は何を争えばよいのかを通知から読み取ることができません。事前通知に対して意見書を出し、「実績がない」という記載の趣旨と決算書での開示を具体的に述べていたにもかかわらず、通知がこれに対する判断を示していないのであれば、理由の提示として足りているのかを、正面から問うことになります。理由の提示が不十分な場合の争い方は、Q&A「交付決定取消しの事前通知が届いたら」と、Q&A「交付決定の取消しの通知に不服があるとき、どこに言えばよいのか」で述べています。
7 指摘を受けたら、どう動くか
事前通知の段階で意見書を出し、追加の照会に答えても、取消しに至ることがあります。制度の公平性や遺憾である旨を述べても、通知の判断は動きません。動かすのは、事実と資料と条文です。次の順でそろえてください。
- 通知の根拠の特定。通知が挙げている条項が交付規程だけなのか、補助金適正化法17条1項の取消しなのか、原始的な瑕疵を理由とする職権取消しなのか。事業計画書のどの記載を、どの事実に反するとして虚偽と認定しているのか。
- 申請当時の資料。事業計画書の該当欄、添付した決算書と売上区分の内訳、当時の公募要領・記載要領・事業再構築指針・同手引き(版を特定して)。採択通知と交付決定通知。
- 新規事業と既存事業の違いを示す資料。製品等の内容、顧客層(法人・個人、年齢、用途)、提供の方法、価格帯が分かるもの。市場の新規性要件は、顧客層が異なることを示す事項として組まれています(前記1)。
- 補助事業の成果。設備の稼働、新規事業の売上、事業化状況報告の内容。補助目的がどこまで達成されているかは、取消権の行使の制約(前記2)を論じる土台になります。
- 期間の確認。取消しの通知が届いている場合は、取消訴訟の出訴期間(処分があったことを知った日から6か月)が走ります。Q&A「交付決定の取消しから6か月を過ぎたら、取消訴訟は起こせないのか」をご覧ください。
「申請の時点で要件を満たしていなかったと言われたのだから仕方がない」と受け止める前に、それが17条1項の取消しなのか原始的な瑕疵の職権取消しなのか、「虚偽」とされた記載が事実に反するものなのか、決算書で開示していた事実を交付主体が審査の時点で知り得たのか、理由がどこまで示されているのかを、順に確かめていただくのがよいと考えております。
採択と交付決定を受けた後に、新規性の要件を満たしていなかった、事業計画書の記載が申請内容の虚偽に当たると言われている事業者の方、顧問先・支援先からこのようなご相談を受けている中小企業診断士・行政書士・税理士・認定支援機関の先生方は、意見書や回答書をお出しになる前にご相談ください。事前通知・取消通知、事業計画書、申請時に提出した決算書、当時の公募要領、採択通知と交付決定通知があれば、具体的な検討ができます。
根拠(条文・公式資料・裁判例)
- 事業再構築指針(経済産業省・中小企業庁。制定令和3年3月17日、令和6年4月23日改訂)一(事業再構築の定義)、二イ(新市場進出の定義)、二ロ(新たな市場の定義)、二ハ(新市場進出の該当要件=(1)製品等又は提供方法の新規性、(2)新たな市場、(3)新事業売上高等)、二ニ(非該当例)(1〜2頁)
- 事業再構築指針の手引き(4.0版・令和6年4月)3〜4頁(事業再構築の類型と要件の一覧)、4頁(新市場進出の定義と三つの要件)、5頁(製品等の新規性要件。「新規性」とは、事業再構築に取り組む中小企業等自身にとっての新規性であり、世の中における新規性ではない。2020年4月以降に新たに取り組んでいる事業は「新規性」を有するものとみなす)、7〜8頁(市場の新規性要件=既存事業と新規事業の顧客層が異なること)
- 中小企業等事業再構築促進補助金(新市場進出)交付規程(令和3年6月15日規程令3第13号。令和7年改正(規程令7第5号)までのもの)6条1項(様式第1による交付申請書に必要な書類を添えて申請)、22条1項1号(法令、本規程又は本規程に基づく中小機構の処分若しくは指示に違反した場合)、3号(補助事業に関して不正、怠慢、その他不適当な行為をした場合)、5号(申請内容の虚偽、重複受給等が判明した場合)(6〜7頁)、22条3項(4号・5号・6号の場合を加算金の対象から除く。5号・6号の除外は附則(規程令3第34号)1条2号・2項2号による改正で加えられたもの)(7頁)、様式第2(交付決定通知書)4項(補助事業者は、交付規程で定めるところに従うほか、補助事業の実施に当たっては、独立行政法人中小企業基盤整備機構の指示に従うこと)
- 補助金適正化法6条1項(申請に係る書類等の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか、金額の算定に誤がないかどうかを調査し、交付すべきものと認めたときは、すみやかに交付の決定をしなければならない)
- 補助金適正化法17条1項(補助事業者等が、補助金等の他の用途への使用をし、その他補助事業等に関して補助金等の交付の決定の内容又はこれに附した条件その他法令又はこれに基く各省各庁の長の処分に違反したときは、交付の決定の全部又は一部を取り消すことができる)
- 補助金適正化法21条の2(交付の決定の取消し等をするときは、当該補助事業者等に対してその理由を示さなければならない)
- 補助金適正化法24条の2(行政手続法2章・3章の適用除外)
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構法16条(補助金適正化法の準用)
- 名古屋高判平成5年2月23日訟月39巻11号2247頁・判タ859号260頁(瑕疵なく成立した交付決定に基づく補助行政上の法律関係はみだりに消滅させることは許されず、取消権の行使は、義務違反があるというだけで直ちに行い得るものではなく、補助目的達成の可否を補助関係の全過程を通じて総合的に判定して行うべきものとした。審理されたのは取消し後の補助金返還請求権が破産手続上の財団債権に当たるかどうかであり、取消処分の適法性が訴訟物とされた事件ではない。上告はされていますが、上告審の裁判は公刊物に見当たりません)
- 最二小判令和3年6月4日民集75巻7号2963頁(授益的行政処分の職権取消しは、取消しによって生ずる不利益と取消しをしないことによって生ずる不利益とを比較考量し、取消しを正当化するに足りる公益上の必要があると認められるときにできるとした。支給要件の認定に誤りがあった支援金の支給決定の取消しを適法とした事案であり、瑕疵の原因がいずれか一方の責めに帰すべき事由によるものかが考慮されている)
- 小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)183頁(瑕疵ある交付決定の取消しについて本法は明示的に規定していない)、184頁(不正行為・不正不当な申請・違法を知りながらの申請等の場合は相手方の信頼を保護すべき理由がなく取り消しうるが、交付申請者の認識の錯誤にとどまり交付行政庁も十分な審査をしなかった場合は、交付申請者に重大な過失がない以上、額の確定等の段階で交付行政庁の錯誤を理由として交付決定を遡及して取り消すことは許されない。審査の不備は6条違反となる)、185頁注8(17条は後発的事情を理由として瑕疵なく成立した交付決定を撤回しうるものとする規定であり、原始的瑕疵を理由として取り消しうるとする規定ではない)、237〜238頁(交付決定の取消しは、他にとるべき適切な方法がない場合に限定して行われるべきもの)、242頁(瑕疵なく成立した交付決定に基づく補助関係をみだりに消滅させることは許されず、法は後発的事情について撤回権を明示的に留保して相手方の信頼保護との調和を図る)、244頁(交付決定の内容違反を理由とする取消権の行使は、補助目的達成の可否について補助関係の全過程を通じて総合的に判定のうえ行うべきであり、命令処分をまっては所期の目的が達成されえないような、相手方の重大な義務違反を責めるに足る主観的事情があると認められる場合に取消権を発動することが相当)
※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。
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※ 本ページは一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。