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弁護士 岸上大起

補助金が出る前提で契約したのに、補助金が出なかった――代金は払わなければならないのか――裁判例紹介:大阪地判令和3年8月24日

執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)

「補助金が採択されたら発注します」「補助金が出たらお支払いします」。補助金を使う設備投資や工事では、こうしたやり取りが当たり前のように交わされます。ところが、補助金が不採択になった、申請が間に合わなかった、交付決定が取り消された――そういうことが実際に起きます。そのとき、注文した側は代金を払わなければならないのか。売った側は代金を取れるのか。これが本稿の問いです。

結論から申し上げます。補助金が出なかったことは、原則として代金の支払義務を左右しません。「補助金で払う」という説明は、代金をどう用意するかという資金の調達方法の話であって、契約で何を給付するかという話ではありません。契約書に「補助金の交付を受けたときに支払う」「不採択のときは解除できる」と書いていない限り、補助金が出なかったというだけで代金債務が消えることはありません。

このことを、裁判所の言葉で正面から示したのが、本稿で取り上げる大阪地判令和3年8月24日(判タ1503号130頁、判時2537号29頁、金判1628号28頁)と、その控訴審である大阪高判令和4年8月24日(判時2595号57頁)です。小学校の新築工事を請け負った建設会社が、発注者である学校法人の理事長から「工事代金の半分は私学助成金で支払う」と言われて契約したところ、そのような名称の助成金はそもそも存在せず、学校法人は経営破綻し、残金約10億円が回収できなくなった。建設会社は理事長夫妻を詐欺で訴えましたが、第一審・控訴審とも請求を棄却しました。第一審は、理事長が架空の助成金の話を持ち出した事実そのものは認定しながら、それは「資金調達の方法を偽ったものにとどまり」詐欺にはならないとしました。控訴審は、資金の調達方法は「請負報酬の支払という契約上の給付の内容とは直接関係がなく」注文者の責任で処理すべき問題であると述べています。

この事件でもう一つ重要なのは、控訴審が、契約書に何が書かれていたかを正面から拾っていることです。建設会社が作成した他の請負契約書には、補助金で代金が払われる場合には支払時期を「補助金受領時」「補助金交付時」と書く扱いがあったのに、問題の契約書にはそれがなかった。控訴審は、この書きぶりの差を、当事者が補助金を重視していなかったことの根拠として挙げています。契約書に一行書いてあるかどうかが、裁判所の読み方を変えているのです。

本稿では、まず前提となる考え方を整理し(第1章)、事案と二つの判決の判示を原文で確かめ(第2章から第4章)、裏返しの事例として、補助金申請のために作った見積書が契約の申込みと認められなかった東京地判令和3年12月24日を見ます(第5章)。そのうえで、販売事業者・ベンダー・施工業者と事業者の双方の立場から、契約書に何を書いておくべきかを整理します(第6章)。第6章は当職の整理であり、判決の言い回しそのものではないことを、あらかじめ申し上げておきます。

1 結論――「補助金で払う」は資金の調達方法であって、契約の内容ではありません

(1)この問いは、二つの立場から来ます

同じ問いが、立場を変えて二通りの形で届きます。発注した事業者の側からは、補助金が採択される前提で設備を発注したのに不採択になった、それでも代金を払わなければならないのか、という形で。売った側からは、補助金が出たら払うと言われて納品したのに「補助金が出なかったのだから払えない」と言われている、回収できるのか、という形で。

法律上の答えは、どちらの立場から見ても同じところに行き着きます。契約の効力は、当事者が合意した内容で決まります。補助金の交付決定は、交付行政庁と補助事業者との間の関係であって、売主・請負人はその当事者ではありません。したがって、補助金の交付決定が出るかどうかは、特にそのような合意をしていなければ、売買代金や請負報酬の支払義務の成否には影響しません。

(2)出発点――交付決定は契約の効力要件ではありません

請負契約では、請負人が仕事を完成させ、注文者がその報酬を支払う(民法632条)。売買契約では、売主が財産権を移転し、買主が代金を支払う(民法555条)。契約から生じる義務の内容は、これだけです。その代金をどこから用意するか――自己資金か、借入金か、補助金か――は、契約の内容には入っていません。

補助金を支払の条件としたいのであれば、条件として合意する必要があります。民法127条1項は、停止条件付法律行為は条件が成就した時からその効力を生ずると定めています。「補助金の交付決定を受けたことを条件として本契約の効力が生じる」と書けば、不採択なら契約の効力は生じません。あるいは、約定解除権として「不採択となったときは、いずれの当事者も本契約を解除することができる」と書くこともできます。支払時期を「補助金の交付を受けた日から○日以内」とする定め方もあります。これらは、どれも当事者の合意です。合意がなければ、裁判所がそれを補ってくれるわけではありません。

「補助金が出なかったのだから、代金を払わなくてよいはずだ」という感覚は、分からないわけではありません。しかし、その感覚を法的な主張にするには、①そのような条件・解除権の合意があった、②補助金が出ることを前提とした点に錯誤があった(民法95条)、③相手方に説明義務違反があった、のいずれかを立てることになります。本稿で紹介する二つの判決は、①と③がいずれも通らなかった事例です。なお、補助金が交付されたあとに取消し・返還を求められた場合に、その負担を販売事業者に転嫁できるかという問題は、補助金の返還を販売事業者に請求できるのかで扱っています。

2 事案――存在しない「私学助成金」で請負報酬の半額を支払うと言われた事件

(1)当事者と契約

原告は、土木・建築工事の請負等を目的とする株式会社です。学校法人(判決の表記では「X」。控訴審判決では「A学園」)は、幼稚園を運営していた法人で、私立小学校の開設を準備していました。被告は、当時の理事長とその妻です。判決が当事者を匿名としているため、本稿も判決の表記に従います。第一審と控訴審で記号の振り方が異なりますので、以下では第一審の表記(X、被告A、被告B)に合わせます。

原告は、平成27年12月頃、Xとの間で、小学校の新築工事について請負契約を締結しました。工期は平成27年12月3日着手、完成・引渡しは平成29年1月31日。原告は、平成29年3月上旬までに工事の殆どを完成させています。

(2)同じ日に作られた三通の文書

この事件が難しくなった原因は、報酬額の異なる契約書が複数作られたことです。平成27年12月22日、同じ日に次の三通が作成されました。

第一に、報酬額を15億5520万円(消費税込み)とする契約書(判決のいう「15億契約書」)。最終残金7億7760万円の支払期日は、引渡しの約4か月後である平成29年5月31日とされていました。

第二に、報酬額を7億5600万円とする契約書(「7億契約書」)。これは、大阪府私立学校審議会に提出するためのものです。認可申請の際に校舎建設費用の見積金額を4億円と説明していたこととの整合性を求められ、作られたものでした。

第三に、両者の関係を明らかにする覚書。15億契約書が合意内容であり、私学助成金を利用予定の工事について別途7億契約書を作成する旨が書かれていました。

そして、第一審が前提事実として確認したのは、次の点です。

引用(大阪地判令和3年8月24日・第2の2(5)ウ)

「なお,国,大阪府,大阪市その他の公益法人等が設ける助成金に関し,本件小学校の建設費用に対して交付される「私学助成金」という名称の助成金は存在しない。」

契約書に書き込まれていた「私学助成金」は、存在しない制度でした。そして、翌年1月13日の打合せで、被告Aは原告に対し、15億契約書から私学助成金に関する記載を削除するよう申し入れ、原告はこれに応じて記載のない契約書を作り直しています。

(3)補助金を満額取るために、別に膨らませた契約書

本件では、実在する補助金・助成金も使われていました。国土交通省が所管し一般社団法人木を活かす建築推進協議会が事業者となるサステナブル建築物等先導事業(木造先導型)補助金(補助限度額約6200万円)と、大阪国際空港の教育施設等騒音防止対策事業に基づく空調等設備機器の費用に対する助成金(1億4800万円)です。

ここで、本稿の実務的な主題に直結する認定があります。

引用(大阪地判令和3年8月24日・第3の1(9)イ)

「Xは,平成28年1月当時,サステナブル補助金として6194万4000円(消費税込み),大阪国際空港教育施設等騒音防止対策事業助成金として1億4800万円(消費税込み)の交付を受けることを見込んでいたが,上記各補助金全額の交付を受けるために請負報酬額を22億円(消費税別)とする請負契約書及び見積書の提出が必要であった。」

そこで原告とXは、平成28年1月20日頃、報酬額を23億8464万円とする契約書(「23億契約書」)を作成しました。第一審は、これを「サステナブル補助金及び大阪国際空港教育施設等騒音防止対策事業助成金の見込み額の全額の交付を受けるために形式的に作成された契約書にすぎない」と認定しています(第3の2(2)イ)。

結果として、同じ工事について、7億5600万円、15億5520万円、23億8464万円という三つの金額の契約書が存在することになりました。被告らは訴訟で「7億円が真実の報酬額である」と主張し、第一審は、支払の経過や証人の証言から15億5520万円と認定しました。

当職は、ここに制度運用の問題があると考えております。補助対象経費の額に合わせて契約書や見積書を作り直させる運用は、契約書という基本の証拠の信用性を自ら壊すものです。そして、壊れた信用性のつけを払うのは、紛争になったときの当事者――しばしば、言われたとおりに書類を作った業者の側です。この事件で三通の契約書が併存したのは、当事者の不誠実だけに帰せられるものではなく、補助金の額が提出書類上の契約金額に連動する仕組みが、そうした書類の作り分けを誘発した面があると言わざるを得ません。

(4)経営破綻と訴訟

平成29年2月以降、小学校の敷地の売買代金をめぐる報道が相次ぎ、学校法人をめぐる補助金受給の疑惑も報じられて社会問題化しました。Xは同年3月10日に原告へ工事の中止を要求し、大阪府に対して設置認可申請を取り下げ、同年4月21日に民事再生手続開始を申し立てました。管財人が提出した再生計画案は、20万円を超える部分について免除率97パーセントという内容です。

原告は、請負報酬残金約10億8800万円、追加工事の報酬約3億円、土壌対策工事の報酬約9300万円などを再生債権として届け出て、管財人はその全額を認めています。しかし、この再生計画のもとで現実に回収できる額はごくわずかです。そこで原告は、理事長夫妻個人に対し、不法行為(詐欺)に基づく損害賠償として1億円を請求しました。本稿が扱うのは、この個人責任の訴訟です。発注者が破産・民事再生に至った場合の補助金そのものの扱いは、廃業・破産したら、補助金の返還はどうなるのかで扱っています。

3 大阪地判令和3年8月24日――「資金調達の方法を偽ったものにとどまり」

(1)架空の助成金を告げた事実は認められました

第一審は、まず、被告Aが架空の助成金の話をした事実を認定しました。注目していただきたいのは、その認定の根拠です。

引用(大阪地判令和3年8月24日・第3の3(1)イ(ア))

「また,前記認定事実(7)によれば,原告代表者と被告Aは,本件請負契約の締結に際して作成された15億契約書及び覚書において,「発注者が私学助成金を利用する予定の工事」については,私学審議会提出用に,別途7億契約書を作成することを合意した旨を敢えて記載していること,本件請負契約において,報酬額の半額である7億円以上の金員について,その弁済期が目的物の完成引渡から4か月後になることを原告が了承していることがそれぞれ認められるところ,本件請負契約締結の際に,被告らが本件小学校の開校後に支払われる私学助成金で報酬を支払う旨の発言がなければ,このような覚書等の記載や弁済期の約定の合意は成立しないものと考えられる。 そうすると,被告Aが,本件請負契約締結の際に,本件請負契約の報酬の半額を私学助成金で支払う旨を告げた事実が認められる。」

契約書と覚書に書かれた文言、そして通常よりも遅い弁済期という約定そのものが、「そういう話がなければこうは書かない」という形で、発言の存在を支えています。書面に残った文言が、後から発言の存在を立証する――この構造は、第4章(2)で見る控訴審の判断と表裏になっています。

(2)それでも詐欺は成立しませんでした

ところが、第一審は結論として詐欺の成立を否定しました。理由は、Xに支払の意思と能力がなかったとは認められない、という点です。

第一審は、平成28年3月31日時点のXの総資産額約11億6700万円(うち流動資産約1億9600万円)、前受金を除く総負債額約2億8283万円、約2億円の補助金等の交付見込み、同年10月に金融機関と締結した極度額10億円の金銭消費貸借契約などを挙げ、「本件請負契約の報酬である15億5520万円をその最終残金の支払時期までに調達するだけの資力ないし能力がなかったものと評価するのは相当でない」としました(第3の3(1)ウ(オ))。

さらに、第一審は、行政との関係での制約を切り分けています。私立小学校の設置認可の審査基準には総資産額に対する総負債額の割合の制約がありましたが、「行政との関係における本件審査基準による制約が、少なくとも私人である原告との関係における、本件請負契約の報酬の支払能力の判断に影響するということはできない」(第3の3(1)ウ(ウ))。行政との関係で通らない計画であることと、私人に対する支払能力があることとは、別だというのです。

(3)「方便」という認定

そして、本章の結論部分です。

引用(大阪地判令和3年8月24日・第3の3(1)ウ(カ))

「そして,被告Aの上記供述によれば,被告Aが本件請負契約の締結に際し,原告代表者に対して私学助成金が下りる旨の架空の話を持ち出したのは,本件小学校が実際に開校し,運営がされていく中で本件小学校の評価が上昇して相当の寄付金が集まり,小学校の校舎を担保とした借入れが可能となることなどを見込んで,本件小学校の開校後まで弁済期を遅らせることによって,請負報酬の支払をより確実にするための方便であったということができる。」

架空の助成金の話は、支払期日を引渡しの4か月後まで遅らせるための「方便」であった。遅らせた理由は、開校後に寄付金が集まり校舎を担保に借入れができるようになることを見込んだからであり、払わないつもりだったからではない。――こう認定したうえで、第一審は小括で次のように述べています。

引用(大阪地判令和3年8月24日・第3の3(3))

「以上によれば,被告Aが,本件請負契約の締結に際し,原告に対し,「工事代金の半分は私学助成金で支払う」旨を告げた事実は認められるが,請負報酬の支払をより確実にするための方便として請負報酬の半分について資金調達の方法を偽ったものにとどまり,Xにおいて,請負報酬額である15億5520万円を支払う意思も能力もなかったものと認めるに足りず,被告Aの欺罔行為も詐欺の故意も認められないのであるから,被告Aの原告に対する不法行為(詐欺)は成立せず」

「資金調達の方法を偽ったものにとどまり」。 これが、本稿の問いに対する裁判所の答えの核心です。補助金で払うという説明は、資金の調達方法の説明にすぎない。それが虚偽であっても、代金を払う意思と能力があるのなら、契約そのものを騙し取ったことにはならない。裏返せば、補助金が出なかったからといって、代金を払う義務がなくなるわけでもないということです。

4 大阪高判令和4年8月24日――資金の調達は「注文者の責任で処理すべき問題」

原告は控訴し、控訴審では、詐欺のほかに「施主として当然なすべき説明をせず、無謀な学校建設計画に巻き込んだ行為そのものが不法行為に当たる」という主張を追加しました。控訴審は、控訴を棄却しました。

(1)資金調達の方法は契約上の給付の内容ではありません

追加主張に対する判断が、本稿でもっとも使い道のある判示です。

引用(大阪高判令和4年8月24日・第3の5(1))

「しかし、本件請負契約の内容は、控訴人が本件小学校の建設工事を行い、これに対してA学園が請負報酬を支払うというものである。本件請負契約に基づきA学園が控訴人に対し負う義務は請負報酬を支払うことであり、そのための資金調達をどのように行うのかという点や、本件小学校の設置計画が本件審査基準に適合しているかといった点は、請負報酬の支払という契約上の給付の内容とは直接関係がなく、A学園の責任で処理すべき問題である。したがって、A学園側において、本件請負契約を締結するに当り、これらの点を契約の相手方である控訴人に対して逐一説明する義務があったということはできない(請負人である控訴人が、注文者であるA学園に対し、契約締結に当たり、自らの経営状況や工事遂行能力を逐一説明する義務がないのと同様である。)。控訴人にとって、契約するに当たり、これらの点が重要であったのであれば、被控訴人らに対し質問するなどして、自ら確認することもできたはずである。」

ここには三つのことが書かれています。

第一に、契約から生じる義務は報酬を支払うことであり、その資金をどう用意するかは契約上の給付の内容と「直接関係がなく」、注文者の責任で処理すべき問題であること。

第二に、だから、資金の調達方法について逐一説明する義務はないこと。しかも裁判所は、括弧書きで、請負人が自らの経営状況や工事遂行能力を逐一説明する義務がないのと同じだ、と対称性を示しています。補助金を当てにしていることを言わなかったから説明義務違反だ、という主張は、この対称性の前で止まります。

第三に、それが重要だったのなら「自ら確認することもできたはずである」こと。補助金を前提とするなら、前提の成否を自分で確かめるのが筋だという指摘です。

(2)契約書に「補助金受領時」と書いてあるか――この記事でいちばん使える判示

控訴審は、詐欺の成否についても補足説明を加えました。原告が本当に私学助成金を重視していたのかを五つの事情から検討した部分で、その④が、契約実務に直結します。

引用(大阪高判令和4年8月24日・第3の4(1)オ④)

「④控訴人が作成した他の請負契約書(甲43から45まで)では、竣工後、補助金を利用して代金支払がされる場合には、支払時期について「補助金受領時」「補助金交付時」等といった記載がされているが、15億契約書(甲3)には最終残金7億7760万円の支払時期が平成29年5月31日と明記されているだけで、「助成金受領時」といった記載はない。このことは、本件請負契約の当事者にとって、所定の支払時期に残金が支払われる限り、その原資が私学助成金であるか否かは重要ではなかったことを示すものということができる。」

同じ建設会社が、別の工事では支払時期を「補助金受領時」「補助金交付時」と書いていた。ところが、この契約書では日付を固定していた。裁判所は、この書きぶりの差を、補助金の交付が契約上重要な事項とされていなかったことの根拠として使っています。

この判示の意味は、二方向に効きます。補助金を当てにして受注する業者の側から見れば、「補助金交付時」と書いていなければ、補助金が出ようが出まいが期日に請求できる――つまり代金債権は守られる、ということです。逆に、補助金が出なかったことを理由に支払を拒みたい発注者の側から見れば、そう書いていなければその主張は立たない、ということになります。

同じ会社が作った他の契約書と比べられている点も、見落とせません。自社の契約書の書きぶりが揺れていると、揺れそのものが相手方の証拠になります。

控訴審はさらに、①契約書から助成金の記載を削除するよう求められたのに理由も聞かずに応じている、②自ら契約書の文案を作ったのに関係する役所に問い合わせた形跡がない、③契約から1年以上、助成金について確認していない、⑤文案作成前にすでに受注を決めて地鎮祭の費用も負担していた、といった事情を挙げ、「控訴人において、私学助成金7億円が出るから本件請負契約を締結することを決めたという関係にあったとは認め難い」と結論づけています(第3の4(1)オ)。そして、因果関係も否定しました(同カ・キ)。

(3)不正に得た補助金でも支払原資になる

もう一つ、押さえておく価値のある判示があります。原告は、補助金や設置認可を不正に得ることを予定していた以上、その資金を支払能力の判断に入れるべきではないと主張しました。控訴審はこれを退けています。

引用(大阪高判令和4年8月24日・第3の4(2)ウ)

「確かに、不正な手段により設置認可や補助金を得ることは、行政機関に対する関係で違法な行為であるということができるが、当該違法な行為は、関連する行政法規や刑罰法規の適用により対処されることになるのであって、当該違法な行為をすることを予定し、又は現に行ったことにより、法律上、A学園の支払能力が当然になくなるわけではない。」

「支払能力は、債務の支払の原資となる財産を現に保有し、又は保有する見込みがあるかどうかにより決まるのであり、違法行為により得た金員であっても、債務者に帰属する財産となる以上、債務の支払原資となり得ることには変わりはない。」

行政に対する違法は行政法規・刑罰法規で処理される。私人間の支払能力の判断は、それとは別の次元で行われる。――第一審が審査基準の制約について述べたことと、同じ発想です。補助金の申請に問題があったとしても、それは取消し・返還や刑罰の問題として現れるのであって、取引相手との間の代金債務の帰趨を直ちに左右するものではありません。補助金の側で何が起きるのかについては、補助金の交付決定の取消し・返還請求と納付命令が届いたらをご覧ください。

(4)責任の層を分けた結論

控訴審の結びは、責任の層をきれいに分けています。

引用(大阪高判令和4年8月24日・第3の5(2))

「これを本件についてみると、被控訴人Y1には、不正に補助金申請をしたことや小学校の設置認可を不正に得ようとした点において、A学園の理事長としての忠実義務及び善管注意義務に違反する行為は認められるが、控訴人に対する関係では、本件請負契約の締結について、故意による不法行為(詐欺)は認められず、説明義務違反等による不法行為も認められないことは、前記したとおりである。 したがって、A学園が控訴人に対して請負報酬支払等について債務不履行責任を負うことや、被控訴人Y1がA学園に対して任務懈怠による損害賠償責任を負うことは格別、被控訴人らが控訴人に対して、故意(詐欺)又は過失(説明義務違反等)による不法行為責任を負うと認めることはできない。」

理事長の行為には、法人に対する忠実義務・善管注意義務の違反が認められる。法人には、業者に対する債務不履行責任がある。しかし、理事長個人が業者に対して不法行為責任を負うことにはならない。――三つの責任が別の層にあり、一つが認められても他が自動的に付いてくるわけではないという整理です。

業者の側から見れば、ここに回収の現実があります。代金債権は法人に対しては有効に存在し、債務不履行責任も認められる。それでも、法人が破綻してしまえば、その債権は回収できません。個人に対する責任が認められるのは、支払う意思も能力もないのに契約させたという詐欺が立つ場合であり、その壁は高いのです。

上訴審について申し上げます。第一審は大阪地判令和3年8月24日、控訴審は大阪高判令和4年8月24日(控訴棄却)です。上告審の裁判は、当職が確認した範囲では公刊物に見当たりません。

5 裏返しの事件――補助金申請のために作った見積書は契約書ではありません

もう一つ、方向の違う事例を見ておきます。東京地判令和3年12月24日(令和元年(ワ)第16577号)です。

音楽祭でオーケストラ公演を行った会社が、主催者側に対し、業務委託報酬として約688万円を請求した事件です。会社は、公演前に報酬見積額933万1200円の見積書を交付し、相手方が異議を述べなかったのだから契約が成立していると主張しました。ところが、その見積書は区の補助金交付制度の申請のために作られたものでした。

引用(東京地判令和3年12月24日・第3の2(1))

「しかしながら,平成30年7月17日における本件見積書に関するEとAのやり取りの内容(前記認定事実(3)ウ)に照らせば,本件見積書は,本件補助金交付制度の申請の相談に用いることを主たる目的とするものであったと認めることができる。加えて,前記認定事実(3)イからエまでによれば,本件見積書は,本件公演の回数等が未確定の段階で,本件補助金の交付可能額を多くするために必要となる可能性のある費用を全て盛り込んで作成されたものであったと認めることができる。 そうすると,原告の被告に対する本件見積書の交付が,本件公演に係る業務委託契約の締結に向けられた意思表示であったとは直ちには認め難い。」

補助金の交付額を大きくするために費用を全部盛り込んで作った見積書は、契約の申込みとは認められませんでした。そして裁判所は、補助金制度の利用の在り方についても次のように切り分けています。

引用(東京地判令和3年12月24日・第3の2(5)ア)

「しかし,本件における本件補助金交付制度の利用の在り方には問題がないとはいえないものの,それは,本件補助金が現実に交付された場合に被告と同区との間で問題とされるべき事柄であって,かかる事情が,原告と被告との契約関係の存否等に影響を与えるものとはいえない。」

ここでも、補助金の側の問題と私人間の契約関係とが切り分けられています。結果として、公演を実施した会社は、報酬請求も不当利得返還請求も認められませんでした。補助金は現実には交付されず、会社は費用を回収できていません。

大阪の事件と合わせると、同じことが二方向から確かめられます。補助金の申請のために作った書面は、補助金の申請のための書面でしかない。契約の内容を定めたいのなら、契約として書く必要がある。補助金の書類で契約を代替してはならないということです。

6 では、契約書に何を書いておくのか

ここからは、以上の判決を踏まえた当職の整理です。補助金を使う取引の契約書について、販売事業者・ベンダー・施工業者の側と、発注する事業者の側の双方から申し上げます。

(1)停止条件にするか、解除条項にするか

補助金が出なければ取引をやめたいのであれば、停止条件(民法127条1項)か、約定解除権のいずれかを選ぶことになります。

停止条件とする場合、条件が成就するまで契約の効力は生じません。発注する側にとっては確実ですが、業者の側は、条件成就まで資材の手配や人員の確保ができません。もっとも、交付決定前に着手すると補助対象外になる補助金が多いため、交付決定を待つ設計自体は制度と整合します。

約定解除権とする場合、契約の効力は先に生じ、不採択になったときに解除で巻き戻します。巻き戻しの範囲を決めておくことが肝心です。すでに行った設計・発注・製作にかかった費用をどちらが負担するのか、いつまでに解除できるのか、違約金を取るのか――ここを書かないと、解除条項があっても争いが残ります。

どちらを選ぶにしても、条件の内容を特定することが要です。「補助金が出たら」では足りません。どの補助金の、どの公募回の、どの申請についての、交付決定なのか。採択の通知と交付決定は別の段階ですから、どちらを指すのかも書き分けます。

(2)支払時期を「補助金交付時」とする条項

控訴審が拾ったのは、まさにこの一行の有無でした。代金の支払時期を「補助金の交付を受けた日から○日以内」と定めるのは、発注する側にとっては資金繰りの保険になりますが、業者の側には重い負担です。補助金の交付は、交付決定、事業完了、実績報告、確定検査、額の確定を経て行われます。遅れることもあり、減額されることもあります。

そこで、業者の側で代替案を申し上げます。支払時期は固定の期日とし、そのうえで、①補助金の交付が遅れた場合に備えた期限の猶予の範囲と遅延損害金の扱い、②交付決定が取り消された場合でも代金債務に影響しない旨の確認条項、③発注者が補助金の申請・報告を適時に行う義務――この三つを書き分ける方法です。補助金の交付を支払の条件そのものにせず、補助金の手続に関する協力義務として切り出す形です。

発注する側から見れば、逆の設計になります。支払時期を「補助金の交付を受けた日から○日以内」とし、上限の期日を置かない。これが通るかどうかは交渉力の問題ですが、少なくとも、どちらの設計になっているかを理解して署名することが出発点です。

(3)補助金の額に合わせて契約書を作り直さない

本稿の事案で、紛争を長引かせた直接の原因はここにあります。報酬額の違う契約書が三通あり、どれが本当の契約なのかという争点が立ってしまいました。第一審は、支払の経過・証人の証言・管財人の認否などを積み上げてようやく15億5520万円と認定しています。これだけの立証が必要だったということ自体が、損失です。

補助対象経費を大きく見せるために金額を膨らませた契約書を作る、あるいは行政に出すために金額を小さくした契約書を作る――どちらも、補助金の側では不正受給や取消しの問題になり、私人間では契約内容の立証を壊します。「書類の形を整えるだけだから」という説明を受けたとしても、契約書は、後に代金を請求する根拠そのものです。

書き分ける必要がどうしても生じる場合(たとえば、補助対象部分と対象外部分を分ける場合)は、金額を書き換えるのではなく、一つの契約書の中で内訳として補助対象部分と対象外部分を区分して書くのが筋です。交付規程や公募要領に書かれていることが、そのまま契約の内容や補助条件になるかという問題については、交付規程違反は補助条件違反に当たるのかで扱っています。

(4)説明の記録を残す

本件で、第一審が「架空の助成金の話があった」と認定できたのは、契約書と覚書にその文言が残っていたからです。逆に、控訴審が「業者は助成金を重視していなかった」と判断した材料の一つは、業者が役所に問い合わせた形跡がないことでした。

つまり、記録の有無が、そのまま認定を動かしています。補助金を前提とする取引では、①どの補助金を前提としているのか、②誰がその採択の見込みをどう説明したのか、③不採択のときにどうすると合意したのか――この三つを、打合せ記録やメールの形で残しておくことをおすすめします。補助金の採択見込みについて相手の説明を受けたなら、その説明をそのまま書面にして確認を取るのがよいでしょう。控訴審が述べたとおり、重要なことであれば「自ら確認することもできたはずである」と言われるのが実際です。

(5)補助金が取り消されたときの精算

補助金が交付されたあとに取消し・返還を求められる場面もあります。設備を廃棄した、処分制限期間内に譲渡した、目標が未達だった――このときの返還は、交付行政庁と補助事業者との間の問題です。業者に転嫁できるかは、契約上の根拠があるかどうかで決まります。

契約段階で考えておくべきことは、二つです。一つは、業者が補助金の採択・交付を保証していないことを明記しておくこと(業者の側から)。もう一つは、業者の責めに帰すべき事由――たとえば仕様が公募要領の要件を満たしていない、納期遅れで事業期間内に完了できないといった事由――で補助金が受けられなくなった場合の責任分担を書いておくこと(発注する側から)。この後者を書いていないと、取消しを受けた事業者が業者に求償しようとしても、根拠に乏しいことになります。IT導入補助金の類型でこの問題が現れた場面については、IT導入補助金の返還請求にまとめています。自主的な返納を含む対応の考え方は、補助金の返還・残存簿価の返納を求められたらをご覧ください。

7 まとめ

補助金が出る前提で契約したのに補助金が出なかった場合、代金は払わなければなりません。これが出発点です。

大阪地判令和3年8月24日は、注文者の理事長が「工事代金の半分は私学助成金で支払う」と告げた事実を認定しながら、それは「請負報酬の支払をより確実にするための方便として請負報酬の半分について資金調達の方法を偽ったものにとどまり」詐欺には当たらないとしました。控訴審である大阪高判令和4年8月24日は、注文者が負う義務は報酬を支払うことであり、「そのための資金調達をどのように行うのかという点……は、請負報酬の支払という契約上の給付の内容とは直接関係がなく」注文者の責任で処理すべき問題であると述べました。補助金は、契約の内容ではなく、資金の調達方法である。これが二つの判決の共通の立場です。

そして控訴審は、業者の他の契約書には支払時期を「補助金受領時」「補助金交付時」と書く扱いがあったのに、本件の契約書にはそれがなかったことを指摘し、「所定の支払時期に残金が支払われる限り、その原資が私学助成金であるか否かは重要ではなかったことを示すものということができる」としました。契約書に一行書いてあるかどうかが、裁判所の読み方を決めています。

東京地判令和3年12月24日は、裏側から同じことを示しています。補助金の交付額を大きくするために費用を全部盛り込んで作った見積書は、契約の申込みとは認められませんでした。補助金の申請のための書面は、契約の内容を定める書面ではありません。

したがって、補助金を使う取引で確かめるべきことは三つです。補助金の不採択・不交付のときにどうなるのか、契約書に書いてあるか。支払時期は固定の期日か、補助金の交付時か。そして、補助金の申請のために作った書類と、本当の契約書とが、食い違っていないか。

ご相談をお考えの事業者の方へ

補助金を前提とした取引で、「補助金が出なかったのだから支払えない」と言われている、あるいは逆に「補助金が出なかったのに払えと言われている」という場面では、まず契約書・見積書・発注書と、やり取りの記録を確かめることになります。補助金の申請用に別の書類を作っている場合には、その経緯も含めて整理が必要です。交付申請の内容、公募要領、交付規程、相手方とのメールや打合せの記録がございましたら、具体的な検討ができます。補助金の取消しや返還命令が絡む場合には不服申立ての期間がありますので、早い段階でご相談ください。

士業の先生方へ

認定支援機関・中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方が関与される場面で、「補助金の申請書類に合わせて契約書を作ってほしいと言われている」「補助金が不採択になり、発注済みの設備の代金で揉めている」というご相談を受けることがあろうかと存じます。補助金の手続と、私人間の契約とは、別の筋で動きます。契約条項の設計だけ、あるいは紛争になった部分だけを分担してお引き受けすることもできます。連携の形は士業の先生方へにまとめております。

※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第6章は当職の見解を含みます。具体的な対応は、契約書・交付申請書類等に基づく個別の検討が必要です。

※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。

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