執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
「採択されました」という通知が届いたとき、補助金はもう受け取れることが決まったのでしょうか。採択の通知を手に設備の発注に動き、あるいは金融機関に採択通知の写しを示して資金の手当てをする、という場面は少なくありません。しかし、法律の組み立てはそうなっていません。
補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」といいます)は、補助金の交付を受けようとする者が交付申請をし(5条)、交付行政庁がこれを審査して交付決定をする(6条)、という手順を定めています。本稿で取り上げる裁判例は、この交付決定について、補助金を請求する具体的な権利は交付決定によって初めて発生すると判断したものです。
山口地判昭和56年11月19日(行集32巻11号2024頁、訟月28巻2号366頁、判時1044号366頁)は、国庫負担金について、「適正化法上の補助金等は、行政庁の交付決定により、はじめて具体的な請求権として発生するものである」と述べました。そして、その控訴審である広島高判昭和63年4月18日(行集39巻3・4号265頁、訟月35巻1号37頁)は、控訴を棄却し、「補助事業者等は、適正化法による交付申請、交付決定の手続を経由しないで、国に対して直接補助金等の支払を請求することは許されない」としています。この事件は上告がされず、確定しました。
この二つの判決が扱ったのは、公立小学校の校舎を建てた市が、国に対して国庫負担金をもっと払えと請求できるか、という争いです。事業者が補助金を受ける場面とは当事者も根拠法律も違います。それでも、判決が示した筋は、補助金適正化法の適用を受ける国の補助金に共通して当てはまるものです。広島高裁は、適正化法は「任意的な性格を有する補助金と義務的な性格を有する国庫負担金を区別していない」と、はっきり書いています。
本稿では、まず判決の言葉を原文で確かめます。そのうえで、交付決定より前の段階で何が起きているのか、申請より減らされた内容の交付決定が届いたときに何ができるのか、交付決定で受け取れる額が確定するわけではないのはなぜか、を整理します。どこまでが判決の言葉で、どこからが当職の整理なのかは、分けて示します。
1 採択の通知を受けた段階で、補助金はもう「もらえる」のか
(1)条文の順番を確かめる
はじめに、条文を確かめます。
引用(補助金適正化法6条1項)「各省各庁の長は、補助金等の交付の申請があったときは、当該申請に係る書類等の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、当該申請に係る補助金等の交付が法令及び予算で定めるところに違反しないかどうか、補助事業等の目的及び内容が適正であるかどうか、金額の算定に誤がないかどうか等を調査し、補助金等を交付すべきものと認めたときは、すみやかに補助金等の交付の決定(契約の承諾の決定を含む。以下同じ。)をしなければならない。」
同条3項は、「適正な交付を行うため必要があるときは、補助金等の申請に係る事項につき修正を加えて補助金等の交付の決定をすることができる」と定めています(小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)85頁から86頁までに条文と解説があります)。申請どおりの額で交付決定がされるとは限らない、ということが条文に書かれているわけです。
(2)実務で起きていること
今の補助金の手続は、おおむね、公募への応募、採択の通知、交付申請、交付決定、事業の実施、完了実績報告、額の確定、支払という順で進みます。このうち、事業者が最初に受け取る「よい知らせ」は採択の通知です。
ところが、採択の通知は、補助金適正化法が定める交付決定ではありません。採択の通知は、公募に応募した多数の事業のうち、どれを補助の対象として先に進めるかを選んだ段階のものです。交付決定は、その後に提出される交付申請を審査して、補助の対象となる経費と額、附する条件を決める行政処分です。
この区別がつかないまま動くと、次のようなことが起こります。採択の通知を受けた時点で設備を発注してしまい、交付決定より前に生じた経費であるとして補助の対象から外される。交付申請の審査の過程で経費の一部が落とされ、申請額より低い額の交付決定が届いたのに、「採択されているのだから後から直してもらえる」と考えて何もしないまま期間が過ぎる。実際にご相談をいただくのは、こうした場面です。
公募要領や事務局からの説明が、「採択」と「交付決定」を区別せずに用いていることもあります。両者は法的な意味がまったく異なりますので、この区別を示さない説明は適切でないと言わざるを得ません。
本稿で紹介する二つの判決は、この区別が法律の組み立てそのものから来ていることを、裁判所の言葉で示しています。
2 事案――国庫負担金の額が申請より減らされた事件
(1)どのような事件か
山口県下松市は、児童の急増による教室不足を解消するため、小学校の校舎の新増築を行いました。昭和50年8月20日に競争入札で請負わせ、昭和51年3月19日に完成した校舎の引渡しを受け、翌3月20日から使用を開始しています。市が要した経費は、工事費1億1346万円と事務費452万8544円の合計1億1798万8544円でした。
この校舎の新増築については、義務教育諸学校施設費国庫負担法(以下「義務法」といいます)により、国が経費の一部を負担することとされていました。そこで市は、同法施行令1条2項による文部大臣の事業認定を受け、補助金適正化法5条による国庫負担金の交付申請をしました。
(2)申請額が通らなかった経緯
市が最初に提出した事業認定申請は、国庫負担申請額を7992万4000円とするものでした。これに対して文部大臣が昭和50年7月15日付けでした事業認定は、建築単価を1平方メートル当たり7万6400円、負担率を2分の1として、国庫負担金の内定額を4429万2000円とするものでした。
そして、国は市に対し、県の教育委員会を通じて、交付申請額は認定された内定額を超えてはならない旨の通知をしました。市は、その内定額どおりの4429万2000円で交付申請をし、同額の交付決定を受けています。
その後、負担率が3分の2に変更され、建築単価も引き上げられたため、事業認定と交付決定は2度にわたって変更され、最終的に市が交付を受けた国庫負担金は6145万7000円となりました。市が実際に要した経費の3分の2には届きません。
(3)訴訟の形
市の住民らは、市が実際に要した経費を基礎に計算すれば国が負担すべき額は7594万5228円になるはずだとして、既に交付を受けた額との差額1448万8228円について、市長が請求権を行使せず財産の管理を怠っていると主張しました。そして、地方自治法242条の2により市長に代位して、国に対し、主位的に国庫負担金の支払、予備的に不当利得の返還ないし不法行為による損害賠償を求めました。
住民らの主張の核心は、次の点にあります。義務教育諸学校の建物建築に係る国庫負担金の請求権は義務法の規定によって発生するのであって、文部大臣の事業認定や補助金適正化法6条の交付決定を経る必要はない。負担金については、適正化法はその行使の要件を定めた手続法に過ぎず、交付決定は既に発生している請求権を確認する行為に過ぎない。――つまり、法律が負担を定めているのだから、交付決定の有無とは関係なく請求できるはずだという主張です。
裁判所はこれを認めませんでした。以下、その理由を原文で確かめます。
3 山口地判昭和56年11月19日――具体的な請求権は交付決定により発生する
(1)負担金と補助金は区別されていない
第一審は、まず、適正化法が負担金と補助金を区別していないことを指摘しました。
引用(山口地判昭和56年11月19日・第二 七)「しかしながら、適正化法の規定は負担金と補助金とでその規定上何らの区別をしておらず、負担金についてのみ別異に解釈することは文言上困難である」
適正化法2条1項は、「補助金等」に、補助金、負担金、利子補給金等を含めています。負担金だけを別に扱う手がかりは条文にない、という押さえ方です。
(2)交付決定は何をする処分なのか
そのうえで第一審は、適正化法の各条を順に検討し、交付決定が単なる確認行為ではないことを導きます。
引用(山口地判昭和56年11月19日・第二 七)「即ち、交付決定をする場合に始めてこれに条件を附することが可能となり、交付決定があつて始めて交付決定の内容及びこれに付された条件に従うべき義務が生ずるのである。そして、その義務に違反した場合には、交付決定を取消したうえ補助金等の返還を命ずることができ、あるいは補助事業等の一時停止等の命令を発することができるのであつて、しかも該命令に違反したときは刑罰までも科せられることになつているが、これらはすべて交付決定の効果以外の何ものでもない。」
続けて、交付決定の性格を一文でまとめています。本稿でもっとも使い道のある説示です。
引用(山口地判昭和56年11月19日・第二 七)「つまり、交付決定は、補助事業者等に補助金等をその交付の目的に従い使用すべきことを義務づける性格を有する行政処分であり、この交付決定を経ることにより、補助金等が適正に使用されることが法的に担保されることとなるのである。 換言すれば、適正化法は、相当の反対給付を必要とせず、その使途の定まつたものである補助金等については、交付決定を経ることにより、これをその使途どおりに使用すべき法的義務を負うことと引換えに給付することとしているのである。」
交付決定は、権利と義務が同時に生まれる一点として設計されている、という読み方です。補助金を請求する権利はここで生まれ、同時に、交付決定の内容と条件に従って事業を行う義務もここで生まれます。交付決定を経ずに請求権が発生するとすれば、条件を附されることもなく、不正な使用をしても制裁を受けないという結果になる。第一審は、適正化法がそのような不合理を許すものではないとしています。
交付決定に附された条件の意味と、交付規程に書かれていることがそのまま補助条件になるのかという問題は、交付規程違反は補助条件違反に当たるのかで扱っています。
(3)結論――交付決定により「はじめて」発生する
引用(山口地判昭和56年11月19日・第二 七)「以上のとおり、適正化法上の補助金等は、行政庁の交付決定により、はじめて具体的な請求権として発生するものである。」
そして、第一審は、取消し・返還命令・強制徴収の仕組みが置かれていること自体が、この結論の裏づけになるとしています。
引用(山口地判昭和56年11月19日・第二 七)「これらの適正化法の規定は、補助金等の交付の相手方の当該補助金等についての具体的請求権が交付決定の効果そのものとして発生し、交付決定の取消によりこれが消滅することを端的に示しているものである。」
取消しによって消滅するものは、交付決定によって発生したものである。――交付決定の取消しがどのようなときにできるのかは、補助金の交付決定は、どのようなときに取り消すことができるのかと補助金の交付決定の取消し・返還請求で扱っています。
(4)交付決定で額が確定するわけではない
もう一つ、見落とされやすい説示があります。
引用(山口地判昭和56年11月19日・第二 七)「従つて、具体的な補助金等の交付請求権は前記のとおり交付決定により一応発生するものの、その内容は右「額の確定」をまつて最終的に確定することとなるのである。」
「一応発生する」という言い方です。交付決定で生まれた請求権の内容は、事業の完了後にされる額の確定(適正化法15条)を待って最終的に確定する。条文は次のとおりです。
引用(補助金適正化法15条)「各省各庁の長は、補助事業等の完了又は廃止に係る補助事業等の成果の報告を受けた場合においては、報告書等の書類の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、その報告に係る補助事業等の成果が補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件に適合するものであるかどうかを調査し、適合すると認めたときは、交付すべき補助金等の額を確定し、当該補助事業者等に通知しなければならない。」
小滝・前掲226頁は、この額の確定を「補助金等の交付手続のうち最終段階の手続たる精算手続」と位置づけ、「精算(額の確定)により、当初国が交付決定により負担した補助金等交付債務が最終的に確定し、当該補助金等交付債務は履行期に達することとなる」としています。額の確定の仕組みと、確定額が交付決定額を下回る場合の考え方は、補助金の返還額はどう計算するのかにも関わります。
4 広島高判昭和63年4月18日――控訴棄却、そして上告なく確定
控訴審は、結論において第一審と同じ立場を採り、控訴を棄却しました。理由づけは、より端的です。
(1)交付決定の効果としてはじめて発生する
引用(広島高判昭和63年4月18日・三)「以上述べた適正化法の諸規定の内容、交付決定の法的な性質に鑑みると、補助事業者等が国に対して有する補助金等についての具体的な請求権は、適正化法上の交付決定によるその効果としてはじめて発生するものとみるのが相当であり、換言すれば、補助事業者等は、適正化法による交付申請、交付決定の手続を経由しないで、国に対して直接補助金等の支払を請求することは許されないものといわなければならない。補助事業者等と国との間の補助金等の債権債務関係は毎年大量に発生するわけであるから、これを通常の私法上の債権債務と同様の方法により個別に確定することを許容することは、補助金等の交付手続において、その生命とも言うべき迅速、公平、統一的な処理をなし得ないこととなり、予算の編成、執行などにも支障を来す虞がある。」
(2)補助金と負担金で取扱いを変えない
控訴審は、この点を正面から述べています。事業者の補助金にこの判決を引く際の足場になる部分です。
引用(広島高判昭和63年4月18日・三)「また、国庫負担金については、発生原因などについて根拠法令に具体的な規定があり、これによつて一応の交付額を推計し得る場合が多いが、適正化法は、同法の適用上任意的な性格を有する補助金と義務的な性格を有する国庫負担金を区別していないから、その交付手続について適正化法の適用がある以上、補助金であるか国庫負担金であるかによりその取扱を異にすることは相当でない。」
法律が国の負担を定めている国庫負担金であっても、交付決定を経なければ具体的な請求権は生じない。それならば、交付するかどうかに行政庁の判断の幅がある補助金について、交付決定前に請求権があるという議論はいっそう立ちにくい、ということになります。
(3)結論
引用(広島高判昭和63年4月18日・三)「以上のとおりであるから、本件新、増築事業の国庫負担金については、文部大臣による交付決定を経由することにより、下松市の被控訴人に対する具体的な国庫負担金請求権が発生し、確定するものとみるのが相当である。そうだとすれば、本件において控訴人らが代位行使を主張する国庫負担金請求権については、下松市からの交付申請も文部大臣による交付決定もなされていないことは前記のとおりであるから、まだ具体的な請求権として成立していないこととなる。」
※ 「本件新、増築事業」は、手元の判決全文の表記のままです。
(4)同じ判断が重ねられている
この判断は、この事件だけのものではありません。国庫負担金について同じ争い方がされた事件は複数あり、いずれも同じ結論になっています。
保育所の設置費に係る国庫負担金について争われた東京地判昭和51年12月13日(判タ344号134頁)は、児童福祉法52条等の規定に基づく国の負担金についての具体的な請求権は、補助金適正化法6条所定の交付決定がなければ発生しないとしました。その控訴審である東京高判昭和55年7月28日(行集31巻7号1558頁、訟月26巻11号2034頁、判タ419号44頁)は、交付決定の処分性について次のように述べています。
引用(東京高判昭和55年7月28日)「しかしながら、適正化法に手続法的な面があるとしても、同法の趣旨、全体の構成からみれば、同法上の交付決定をなすについては、行政的審査が不可欠であるとともに、具体的な補助金等の額の確定を第一次的に行政庁の決定にかからしめ、他方右決定に伴い補助事業者等につき一定の義務を生ぜしめることは前示のとおりであり、右交付決定は形成的、処分的性格を有するものであり、この種の行政庁の行為をいかに名付けるにせよ、これに処分性なしということはできない。」
このほか、保育所の運営費に係る国庫負担金について東京地判昭和55年3月4日(行集31巻3号353頁、訟月26巻6号1025頁、判時960号23頁)、農業委員会費に係る国庫負担金について福岡高判昭和58年11月14日(行集34巻11号1925頁、訟月30巻5号810頁、判タ520号230頁)があります。
小滝・前掲119頁は、これらを並べたうえで、「いずれも第一審及び第二審において原告側主張は排斥され、またいずれも上告なく確定している。かくして、今や判例上、国庫負担金に係る具体的交付請求権は交付決定により発生するという考え方が確立しているものといつてよい」としています。本稿の二つの判決も、この「上告なく確定」したもののうちの一つです。地裁の判断が高裁でも維持され、上告もされずに確定した。この帰趨は、引用する際に押さえておくべき点です。
5 この二つの判決はどこまで使えるか――射程と限界
ここは、正直に書いておかなければならない部分です。
(1)訴訟の形が違う
この事件は住民訴訟です。補助金の交付を受けた事業者が交付行政庁を相手に争った事件ではありません。争われたのは、市が国に対して有するとされる国庫負担金請求権が地方自治法242条にいう財産に当たるか、という点でした。
もっとも、その判断のためには、国庫負担金の請求権がいつ発生するのかを決める必要がありました。そこで、補助金適正化法の仕組みそのものが正面から論じられています。本稿で引いた説示は、いずれも判決の理由の中で、この点について述べられたものです。
(2)国の補助金についての判断です
二つの判決が解釈したのは、補助金適正化法です。同法の適用があるのは、国が国以外の者に対して交付する補助金等です(同法2条1項)。したがって、都道府県や市町村が独自の条例・要綱に基づいて交付する補助金について、この判決がそのまま当てはまるわけではありません。自治体の補助金の法的性格については別の議論がありますので、本稿では立ち入りません。
また、国の補助金であっても、民間の事務局や基金を通じて交付される間接補助金については、法律関係の組み立てが一段複雑になります。補助金の交付決定の取消しは行政処分なのかと補助金の処分性をめぐってで、関連する問題を扱っています。
(3)「交付決定がされなくてもよい」という話ではありません
誤って読まれやすいところですので、念のため申し上げます。この判決は、交付決定があるまで請求権が発生しないと述べたものであって、交付行政庁が交付決定をするかどうかを自由に決められる、と述べたものではありません。
小滝・前掲119頁は、この点について明確です。
引用(小滝・前掲119頁)「ただし、交付決定によって初めて具体的な交付請求権が発生すると解することは、負担金について、実体法上抽象的な交付請求権が認められていることを否定するものではないことに注意しなければならない。負担金交付義務を定めた補助法令は、一定の要件を充足する場合に交付決定すべき旨行政庁を拘束する効果をもつものと解することが相当であり、したがって、右のように交付決定により請求権が発生するものと解したからといって、実体法上の意義を失わしめることにはならないであろう。」
実体法上の抽象的な請求権は認められる。交付義務を定めた法令は、要件を充たす場合には交付決定をすべき旨、行政庁を拘束する。――交付決定の前と後で、事業者の立場がまったく異なるわけではないということです。
(4)文献上の位置づけ
小滝・前掲118頁は、交付決定を「それによって相手方に対して補助金等の交付請求権を設定する効果をもつものであるから、法律行為的行政行為のうち形成的行為に属し、また形成的行為のうちの設権行為に属するものということができよう」としています。権利を設定する処分であるという整理です。
これに対し、負担金に係る交付決定は実体法上の債権債務を確認する行為に過ぎないという見解もあり、小滝・前掲119頁はこれを「多数説」と紹介しています。同書120頁注94は、原野翹「摂津訴訟第一審判決」ジュリスト642号(1977)36頁が「国の負担金支払債務は、『補助金適化法』の手続とは、直接関係なしに各実体法の構成要件によって発生するものと考えられよう」とすることを引いています。また、同書122頁注102は、塩野宏「摂津訴訟第一審判決」が「市町村の保育所建設の意思が確定した段階で、その下で算出された金額に関し、児童福祉法上の負担金請求権が抽象的に成立し、適正化法上の交付決定は、これに拘束されると解することができよう」とすることを引いています。
学説の対立があるのは、法律が国の負担を義務づけている国庫負担金の場面です。公募に応募して採択を受け、交付申請をして交付決定を受けるという今の補助金について、交付決定の前に具体的な請求権があるという議論は、ここでは見当たりません。
6 では、事業者にとって何が変わるのか
ここからは、今の補助金を念頭に、以上を踏まえた当職の整理です。
(1)交付決定の前に動いた分は、自己負担になり得ます
採択の通知は、補助金を請求する権利を生むものではありません。補助の対象となる経費と額は、交付申請を審査した上でされる交付決定によって決まります(適正化法6条1項・3項)。
ですから、交付決定より前に発注・契約・支払をした経費について、後から補助の対象に入れてほしいと求めても、その根拠になる権利がそもそも生じていません。採択の通知を受けた段階で資金計画を固める際には、交付決定が出るまでの間に生じる支出を自己負担として見込んでおく必要があります。
(2)申請より減った内容の交付決定が届いたときの選択肢
交付決定は行政処分です。だからこそ、その内容に不服があるときの道が法律に用意されています。
一つは、申請の取下げです。
引用(補助金適正化法9条)「補助金等の交付の申請をした者は、前条の規定による通知を受領した場合において、当該通知に係る補助金等の交付の決定の内容又はこれに附された条件に不服があるときは、各省各庁の長の定める期日までに、申請の取下げをすることができる。 2 前項の規定による申請の取下げがあつたときは、当該申請に係る補助金等の交付の決定は、なかったものとみなす。」
交付決定の内容そのものに不服があるとき、あるいは附された条件が受け入れられないときに、申請をなかったことにする道です。小滝・前掲176頁から177頁までが、これを「交付決定内容に不服がある者の交付申請撤回権」と位置づけています。
ここで注意していただきたいのは、「各省各庁の長の定める期日までに」という限定です。期日が示されていなければ、事業者はこの権利を使えません。交付決定の通知に取下げの期日が示されていない運用があるとすれば、それは9条の仕組みに合っていないと言わざるを得ません。交付決定の通知を受け取ったら、取下げの期日が示されているかを確かめていただきたいところです。
もう一つは、交付決定そのものを争う道です。同法25条は、交付決定等の処分に不服のある地方公共団体の不服申出について定めていますが、前記4(4)に引いた東京高判が述べるとおり、交付決定は処分的性格を有するものですから、その内容に不服がある者が抗告訴訟によって争う余地もあります。いずれにしても期間の制約がありますので、補助金の処分を争える期間はいつまでかをあわせてご覧ください。
(3)交付決定を受けた後は、義務の側が動き出します
前記3(2)に引いたとおり、交付決定は「補助事業者等に補助金等をその交付の目的に従い使用すべきことを義務づける性格を有する行政処分」です。交付決定を受けることは、補助金を請求する権利を得ることと、交付決定の内容と条件に従う義務を負うことの、両方を意味します。
したがって、交付決定の通知が届いたら、まず読むべきものは額ではなく条件です。附された条件の中に、実際には履行できないものが含まれていないか。処分が制限される財産とその期間がどう書かれているか。報告の義務がどこまで及ぶか。ここで無理のある条件を受け入れてしまうと、数年後に、その条件への違反を理由とする交付決定の取消しと返還命令という形で跳ね返ってきます。取消しに先立つ手続については取消しの前に弁明の機会は与えられるのか、返還を命じられた後の手続については補助金の納付命令とは何かで扱っています。
(4)交付決定の額は、受け取れる額ではありません
前記3(4)のとおり、交付決定で発生する請求権は「一応」のものです。最終的な額は、完了実績報告を受けた交付行政庁による額の確定(適正化法15条)で決まります。
このため、交付決定額を前提に資金計画を組み、その額が入ってくるものとして支出を進めると、額の確定で差額が生じたときに資金が足りなくなります。実績報告の段階で経費の一部が補助の対象から外されることは珍しくありません。交付決定額と確定額がずれ得ることは、交付決定の時点で見込んでおく必要があります。
(5)記録に残しておくこと
以上の主張は、いずれも事実の裏づけを必要とします。採択の通知、交付申請書とその添付書類、交付決定通知書とこれに附された条件、交付規程・公募要領、事務局とのやり取り(照会・回答・面談の記録)、発注と支払の時期を示す資料。交付決定の前後で何が決まり、何が決まっていなかったのかは、これらの資料で辿るしかありません。
7 まとめ
補助金適正化法は、交付申請(5条)と交付決定(6条)という手順を定めています。山口地判昭和56年11月19日は、この交付決定について、「交付決定は、補助事業者等に補助金等をその交付の目的に従い使用すべきことを義務づける性格を有する行政処分」であるとし、「適正化法上の補助金等は、行政庁の交付決定により、はじめて具体的な請求権として発生するものである」と述べました。そして、「具体的な補助金等の交付請求権は前記のとおり交付決定により一応発生するものの、その内容は右『額の確定』をまつて最終的に確定することとなる」としています。
その控訴審である広島高判昭和63年4月18日は、控訴を棄却し、「補助事業者等は、適正化法による交付申請、交付決定の手続を経由しないで、国に対して直接補助金等の支払を請求することは許されない」としたうえで、適正化法は「任意的な性格を有する補助金と義務的な性格を有する国庫負担金を区別していない」として、補助金と負担金で取扱いを変えないことを明らかにしました。この事件は上告がされず確定し、同じ争い方がされた他の国庫負担金の事件も、いずれも同じ結論で確定しています(小滝・前掲119頁)。
いずれも住民訴訟の事件であり、解釈されたのは国の補助金に適用される補助金適正化法です。自治体が独自の条例・要綱に基づいて交付する補助金に、そのまま当てはまるわけではありません。また、この判決は、交付決定をするかどうかが行政庁の自由だと述べたものでもありません。実体法上の抽象的な請求権は認められ、交付義務を定めた法令は要件を充たす場合に交付決定すべき旨行政庁を拘束する、という整理が示されています(小滝・前掲119頁)。
そのうえで、事業者の側で押さえるべきことは、三つです。採択の通知は補助金を請求する権利を生むものではなく、交付決定の前に動いた分は自己負担になり得ること。交付決定の通知が届いたら、額よりも先に附された条件を読み、内容に不服があるのであれば申請の取下げ(9条)の期日と不服を申し立てる期間を確かめること。そして、交付決定の額は受け取れる額ではなく、額の確定(15条)まで動くこと。
ご相談をお考えの事業者の方へ
採択の通知は届いたが交付決定の内容が申請と違う、附された条件が実際の事業と合っていない、交付決定の後に事業の内容を変えなければならなくなった――こうした段階でのご相談を承っております。交付決定通知書、交付申請書、交付規程・公募要領、事務局とのやり取りがあれば、具体的な検討ができます。交付決定の内容を争う場合には期間の制約がありますので、早い段階でご相談ください。
士業の先生方へ
顧問先から「採択されたので設備を発注してよいか」「交付決定の額が申請より少ない」「交付決定に付いている条件が守れそうにない」というご相談を受けることがあろうかと存じます。補助金適正化法の側からの検討が必要な場面では、その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方からのご相談も承っております。連携の形は士業の先生方へにまとめております。
※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第6節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。
※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。