執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
補助金の返還を求められる場面として、多くの方が思い浮かべるのは、交付決定を取り消されたときのことです。補助金適正化法は、補助事業者等が義務に違反したときに交付決定の全部又は一部を取り消すことができるとし(17条1項)、取消しをしたときは当該取消しに係る部分について返還を命じなければならない、としています(18条1項)。返還命令という処分があって、はじめて年10・95パーセントの加算金(19条1項)も、国税滞納処分の例による強制徴収(21条)も出てきます。
しかし、これとは別の場面があります。交付決定そのものに瑕疵があった、つまり、取消事由が後から生じたのではなく、交付した行為そのものが違法だったという場面です。このときの返還は、18条の返還命令の問題ではありません。交付決定が無効であるなら、受け取った側が受領した金銭は「法律上の原因なく」受けた利益になり、不当利得(民法703条、704条)の問題になります。小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)260頁も、瑕疵ある交付決定の取消しについて、取消しにより遡及的に交付決定が無効に確定することに伴い、相手方は不当利得返還義務(民法703条、704条)を負うこととなるものというべきであろう、とし、義務違反に対する取消しの場合と異なり、当然には利息に相当する加算金が付されることとはならない、としています。
本稿で取り上げる大阪地判平成11年3月19日(判タ1029号176頁)は、この場面を正面から扱った裁判例です。財産区が所有地を処分した代金のうち21億6020万円を、地方自治法232条の2所定の補助金として地元の協議会に一括交付した事案で、判決は、この交付を「『補助』に名を借りた違法な公金の支出」であり、違法は重大かつ明白であるから無効であるとしました。そして、受領した21億6020万円はその全額が不当利得に当たるとしています。
ところが、受け取った側に返還を命じた金額は、1000万円でした。判決は、受領者が交付行政庁側の指導に従って申請し、当然かつ適法に交付を受けられるものと考えていたことを認め、悪意の受益者に該当しないとして、返還義務の範囲を現存利益に限ったのです。他方で、そこからさらに一律1000万円ずつを受け取った26名については、受け取るべき正当な理由がなく、仮に正当な理由があると考えていたとしても重大な過失があるとして、全額の返還を命じました。
「交付が違法だった」ということと、「受け取った側が全額を返さなければならない」ということは、同じではありません。本稿では、どこまでが判決の言葉で、どこからが当職の整理なのかを分けながら、この分かれ目を見ていきます。なお、本件は住民訴訟(地方自治法242条の2)の中の判断ですが、手続の説明は必要な限度にとどめます。
1 「取消し」による返還と、「交付が違法」だった場合の返還は違う
(1)適正化法の返還は、取消し+返還命令で動く
まず、条文の形を確かめます。適正化法18条1項は、交付決定を取り消した場合において、当該取消しに係る部分に関しすでに補助金等が交付されているときは、期限を定めてその返還を命じなければならない、と定めています。そして加算金は、次のように、17条1項による処分に関して返還を命ぜられたときに限られています。
引用(補助金適正化法19条1項)「補助事業者等は、第十七条第一項の規定又はこれに準ずる他の法律の規定による処分に関し、補助金等の返還を命ぜられたときは、政令で定めるところにより、その命令に係る補助金等の受領の日から納付の日までの日数に応じ、当該補助金等の額(その一部を納付した場合におけるその後の期間については、既納額を控除した額)につき年十・九五パーセントの割合で計算した加算金を国に納付しなければならない。」
強制徴収も同じです。21条1項は「各省各庁の長が返還を命じた補助金等」について国税滞納処分の例による徴収ができるとしており、返還命令があることが前提になっています。取消しと返還命令の関係は補助金の交付決定の取消し・返還請求で、納付命令の性質は納付命令とは何かで扱っています。加算金の仕組みは加算金・延滞金についてにまとめています。
(2)交付そのものが違法だった場合は、不当利得の問題になる
これに対して、交付決定それ自体に瑕疵があった場合は、筋が変わります。瑕疵ある交付決定が職権で取り消され、あるいは無効と評価されれば、交付決定は遡って効力を持たないことになります。そうなると、受け取った金銭は法律上の原因を欠く利益となり、返還の根拠は不当利得になります。
引用(民法703条)「法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」
引用(民法704条前段)「悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。」
この違いは、返還額に直結します。 18条の返還命令であれば、返還すべき額は取消しに係る部分の交付済額そのものです。これに対して不当利得であれば、受益者が善意である限り、返還の範囲は「その利益の存する限度」にとどまります。悪意の受益者であれば利息が付きますが、善意であれば、19条1項の文言からも加算金は付きません。
本稿の裁判例は、この違いが現実にどれほどの差になるかを示しています。
2 事案――「補助」の名を借りた一括交付
(1)補助金の性格と交付の経緯
市の一区域に設けられた財産区が、所有する池の一部を市の都市計画公園事業用地として30億8600万円で売却しました。市では、財産区財産を売却して取得した金額の処理について、必要経費等を除いた金額の70パーセントを財産区関係町の公共的事業費及び水利権等補償費並びに基金に使用し、30パーセントを市の一般会計に繰り入れる、という取扱要綱等の定めがありました。
この要綱に沿って、地元で財産区協議会が結成され、協議会の会長が「地元公共事業費交付申請書」を提出し、財産区管理者(市長)が、地方自治法232条の2所定の補助金として、処分代金の70パーセントに当たる21億6020万円を一括して交付しました。
(2)判決が認定した問題点
判決が認定した事実のうち、違法の判断に直結したのは次の点です。
協議会の規程では、設置の目的は財産区財産の処分につき町民・農民の意思を代表し、財産管理・処分に関し財産区管理者の諮問に応じることのみとされており、処分代金の一部の交付を受けてこれを管理・処分することや、地元で公共事業を実施することは、設置目的に含まれていませんでした。
交付申請書に添付された公共事業計画書についても、記載された各事業は、事業主体とされた組合においても、申請書を作成・提出した協議会においても、交付申請時までにその具体的内容や費用額等が確定していませんでした。計画書の「事業名」欄にも「事業の内容」欄にも極めて概括的な項目だけしか記載されておらず、書面上も事業の具体的内容は明らかになっていませんでした。
それにもかかわらず、管理者の審査は、記載上の不備がないかどうか、記載された各項目がその記載面から公共性のあるものかどうかを検討したのみであり、協議会の設置目的及び権能、記載された事業の具体的内容、各事業に要する費用額の適否は一切考慮せず、協議会に説明を求めることもありませんでした。さらに、交付した後の処理については協議会に委ね、指導監督の意思を有しておらず、現実にどのように使用ないし分配されているかについて、検査・確認すら行っていませんでした。
3 交付が違法かつ無効とされた理由
(1)「補助」に名を借りた違法な公金の支出
判決は、これらの事情を並べたうえで、次のように述べました。
引用(大阪地判平成11年3月19日・理由三6)「これらの事情に加えて、前記公共事業計画書に記載された事業が現実に施行に移されていることを認めるに足りる証拠は存しないことをも併せ考えると、被告管理者の被告協議会に対する地元交付金の交付は、形式的に地方自治法二三二条の二所定の『補助』という体裁が採られてはいるものの、その実質においては、取扱要綱等の規定及び岸和田市における従来からの運用を根拠とする既定の方針に沿って、金員の具体的な使途等は一切問うことなく、予め決められているとおりに本件土地の処分代金の七○パーセント相当額を一括交付したにすぎないものというべきであり、現に被告管理者として同条所定の要件である公益上の必要性につき具体的に審査した事実も認められないのであるから、右交付は、同条所定の『補助』に名を借りた違法な公金の支出に当たるものといわざるを得ない」
地方自治法232条の2は「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。」と定めています。判決は、この「公益上必要」という要件について具体的に審査した事実が認められないことを、違法の中心に据えました。
(2)要綱に従ったことも、従来の運用も、適法にはしない
同じ段の括弧書きで、判決は次の点をはっきりさせています。取扱要綱等は条例等に根拠を置くものではなく、単に行政庁の内部における事務処理基準を定めたものにすぎないと解されるから、これらの規定に従ったからといって右交付が適法になるわけではない。従来から同様の運用がされてきたことも、違法性の存否の判断に影響を与えるものではない。――内部基準に従ったことと、法律上の要件を満たすこととは別だという整理です。この整理は、交付規程や公募要領に書かれていることに従ったかどうかという議論の構造と重なります。交付規程違反は補助条件違反に当たるのかもあわせてご覧ください。
また、判決は、財産区財産の処分代金であるからといって補助金の交付に関する法律上の要件を緩やかに解してよいとする理由は見出せない、として、原資の性格を理由に要件を緩める議論を退けています。
(3)無効まで進んだ理由
引用(大阪地判平成11年3月19日・理由三6)「そして、右公金の支出が『補助』に名を借りた法的根拠に基づかない支出であり、前記認定によれば、被告管理者としてもそのことは承知の上で支出を行ったと考えられることからすると、右違法は重大かつ明白であるといわざるを得ないから、本件における地元交付金の交付は無効な行為であると解するのが相当である。」
違法であることにとどまらず、無効であるとされた点が重要です。無効であれば、公定力を前提とした議論に立ち入ることなく、別の訴訟の中で法律上の原因がないことを前提とした判断ができます。言い換えれば、ここで無効と評価されたからこそ、次の不当利得の問題が出てきます。
4 では、受け取った側は返さなければならないのか
(1)まず、全額が不当利得に当たるとされた
引用(大阪地判平成11年3月19日・理由四1)「被告管理者の被告協議会に対する地元交付金の交付行為が違法、無効であることは前記三で説示したとおりであるから、被告協議会が受領した地元交付金二一億六○二○万円はその全額が不当利得に当たるものと解することができる。」
ここだけを読めば、「交付が違法なら全額が不当利得になる」という結論に見えます。受領者側が、管理者は要綱の規定に従って交付したにすぎず財産区が損失を被ったとはいえないと主張したのに対しても、判決はこれを採用していません。
(2)しかし、返還義務の範囲は現存利益にとどまった
続く段が、本稿の答えです。
引用(大阪地判平成11年3月19日・理由四2)「もっとも、前記三4認定の事実によれば、被告協議会としては、取扱要綱等の規定や岸和田市における従来の運用及び本件土地処分の際の被告管理者側の指導等から、当然かつ適法に地元交付金の交付を受けることができるものと考え、被告管理者の指導に従って『地元公共事業費交付申請書』を提出し、その結果地元交付金の交付を受けたものであるから、悪意の受益者に該当するとは認められないところ、……被告協議会が被告管理者に対して返還義務を負うべき現存利益としては、右留保分の合計二億一六○一万六四八○円の範囲にとどまるものというべきである」
※ 中略部分は、受領者が既に他に交付した金額の明細です。なお、手元の判決全文には「被告管理者に対して」とありますが、返還の相手方は財産区です(主文及び同判決理由四3)。
善意と評価された理由が、三つ並んでいます。内部基準たる取扱要綱等の規定があったこと、市における従来の運用があったこと、そして本件処分の際に交付行政庁側の指導があったことです。受領者は、その指導に従って申請書を提出し、交付を受けました。それならば、悪意の受益者には当たらない。――交付の違法の原因が行政の側の審査の欠落にあることと、受領者の善意とが、同じ事実関係から導かれています。
(3)「全額返せ」という主張は退けられた
住民の側は、不当利得返還請求の相手方が当該職員でない場合には、現に利益が存在していなくても全額の返還義務を負うと主張しました。判決はこれを採用していません。
引用(大阪地判平成11年3月19日・理由四2)「同項四号後段所定の財務会計上の行為又は怠る事実の相手方に対する請求権については、民法の規定に照らしてその存否を判断すべきものと解するのが相当であるから、原告らの右主張は採用することができない。」
住民訴訟という制度の中であっても、相手方に対する請求権の存否は民法に従って判断する。したがって、民法703条の「その利益の存する限度」という限定は、そのまま効く。これが判決の立場です。
(4)結果――21億6020万円のうち、1000万円
認容されたのは、受領者のもとに留保されていた事務局運営費1000万円の限度でした。留保分のうち残りは訴えの対象とされておらず、既に他に交付された分は現存利益がないとされたためです。
交付の全額が不当利得に当たるとされながら、受け取った側が返すよう命じられたのは、その一部でした。 「交付が違法だったのだから受け取った側は全額返せ」という論法が、当然には通らないことを示した事例として読むことができます。返還額の計算の考え方そのものは補助金の返還額はどう計算するのかにまとめています。
5 受け取った先がさらに配った場合――重大な過失があるとされた例
同じ判決の中で、まったく逆の評価を受けた当事者がいます。受領者から組合を経由して、水利権補償費の名目で一律1000万円ずつを受け取った26名です。
判決は、まず、交付された金銭の一部が組合を経たもののそのまま各人に渡ったものであるから、財産区の損失と各人の受益との間には直接の因果関係があるとしました。そのうえで、次のように述べています。
引用(大阪地判平成11年3月19日・理由五2)「名目が水利権補償費であるとはいうものの、その水利権補償の基準は不明であり、被告川崎ら二六名は、各人の耕作面積等、本件土地の処分によって永ノ池の水の利用に支障が出る度合のいかんにかかわらず、一律に一○○○万円の交付を受けたのであるから、水利権補償費というのは単に名目だけであって、被告川崎ら二六名が右各一○○○万円の交付を受けるべき正当な理由はなく……仮に被告川崎ら二六名において右交付を受けるべき正当な理由があると考えていたとしても、そのことについて重大な過失があるというべきであり……したがって、被告川贋ら二六名による受益は、加守財産区との関係で法律上の原因を欠き、不当利得となるというべきである。」
※ 引用末尾の「被告川贋」は、手元の判決全文の表記のままです。
同じ原資から出た金銭でありながら、評価が分かれました。分かれ目を整理すると、次のようになります。
一方は、内部基準と従来の運用があり、交付行政庁側の指導に従って申請し、受領した。他方は、名目はあるが算定の基準が不明で、各人の事情にかかわらず一律の金額を受け取り、その趣旨・理由を代表者自身が説明できなかった。――受け取るべき正当な理由を、受け取った側の事情として説明できるかどうかが、善意と重大な過失とを分けています。
6 この判決はどこまで使えるか――射程と限界
ここは、正直に書いておかなければならない部分です。
(1)適正化法の事件ではありません
本件の補助金は、地方自治法232条の2に基づく自治体の補助金です。適正化法の適用を受ける国の補助金(及び同法を準用する独立行政法人等の補助金)の事件ではありません。したがって、17条・18条の取消し・返還命令の仕組みや、そこで交付行政庁が返還を命ずべき義務を負うことについて、直接に判断したものではありません。使えるのは、交付が無効である場合の返還が不当利得の枠組みで処理されるという筋と、その枠組みの中で現存利益・悪意がどう当てはめられたか、という部分です。
本稿では、自治体補助金の交付決定の処分性には立ち入りません。
(2)住民訴訟の枠の中の判断です
民法の規定に照らして請求権の存否を判断するという説示は、地方自治法242条の2第1項4号後段の「相手方に対する請求」についてのものです。住民が、交付行政庁が返還請求権の行使を怠っていることを問題にする、という訴訟の形が前提になっています。
もっとも、その理由づけは、住民訴訟に固有のものではありません。交付が無効で法律上の原因を欠く以上、返還の根拠は不当利得であり、その存否と範囲は民法によって決まる。この筋は、交付行政庁が受領者に直接返還を求めてきた場面でも同じように立つものと、当職は考えております。
(3)「重大かつ明白」は例外です
本件で無効とされたのは、法的根拠に基づかない支出であって、交付行政庁もそのことを承知の上で支出を行ったと考えられる、という事実関係があったからです。瑕疵があれば当然に無効になるわけではありません。交付決定や取消処分に不服があるのであれば、原則として、審査請求や取消訴訟によって、期間内に争う必要があります。出訴期間の問題は出訴期間を過ぎてしまったらで扱っています。
(4)上訴審は確認できていません
本判決の上訴審の裁判は、当職の手元の資料では確認できていません。「上訴審未確認」として扱っていただく必要があります。
7 今の補助金で、交付の違法が問題になる場面
ここからは、前記の判決・文献を踏まえた当職の整理です。
(1)返還を求められている根拠が何かを確かめる
事業再構築補助金やものづくり補助金のように、適正化法が準用される補助金では、返還を求める文書は通常、交付決定の取消し(17条1項)と納付命令(18条1項)の形を取ります。しかし、まれに、交付そのものが誤りであったことを理由に返還を求めてくる場面があります。要件を欠く事業者に交付してしまった、計算を誤って過大に交付した、根拠となる制度の適用がなかった――こうした場面です。
このとき、求められている返還が、①17条1項の取消しによるものか、②15条の額の確定(減額確定)に伴う18条2項の返還命令によるものか、③交付決定の瑕疵を理由とする職権取消し・無効を前提とした不当利得の返還なのか、を区別する必要があります。③であれば、加算金は19条1項の文言から当然には付きませんし(小滝・前掲260頁)、返還の範囲は不当利得の一般原則によります。減額確定の場面については減額確定とは何か、自主的な返還を求められた場面については返還・残存簿価の返納を求められたらで扱っています。
(2)行政の審査の欠落を、事業者の負担に転嫁させない
本判決が違法の理由として挙げたのは、交付行政庁が、申請書の記載を形式的に審査したのみで、事業の具体的内容や費用額の適否を一切考慮せず、説明を求めることもしなかったという点でした。そして、まさに同じ事実関係から、受領者の善意が認められています。
今の補助金の運用でも、交付の段階では申請書類の形式が整っているかどうかが中心に見られ、事業計画の実質や経費の妥当性に立ち入った審査がされないまま交付決定に至ることがあります。そのうえで、数年後の事業化状況報告や実地検査の段階になって、はじめて実質に踏み込んだ指摘がされる。このような運用のもとで、交付の段階で求められた書式に従って申請し、事務局の指導どおりに手続を進めた事業者に対して、後になって「交付が誤りであったから全額を返せ」と求めるのは、筋が通らないと言わざるを得ません。本判決は、交付行政庁側の指導に従って申請し交付を受けたことを、受領者が悪意の受益者に当たらないと判断する理由として挙げています。事務局・中央会等の指導に従ったという経過は、記録に残しておく価値のある事実です。
(3)現存利益をどう考えるか
もっとも、設備投資型の補助金では、交付された補助金は設備という形で残っていることが多く、「利益が現存しない」という主張が通る場面は限られます。本判決で現存利益がないとされたのは、受領者が受け取った金銭をそのまま他に交付してしまっていたという事情があったからです。
それでも、次のような場面では主張の余地があります。補助事業の経費として既に支出してしまい、取得した資産も残っていない場合。交付された補助金を前提に価格設定や取引条件を決めており、交付がなければその支出をしなかった場合。制度の指示に従って費用を支出し、その支出が制度の目的のために費消された場合。いずれも、事実と資料の裏づけを必要とします。
(4)「正当な理由」を説明できるようにしておく
本判決で善意と重大な過失とを分けたのは、受け取るべき正当な理由の説明がつくかどうかでした。交付申請の時点で、どの公募要領のどの要件に基づき、どの経費について、いくらの交付を求めたのか。その根拠となる見積・契約・支払の資料が揃っているのか。事務局や支援機関との間で、どのような確認をしたのか。これらが残っていれば、「受け取るべき正当な理由があった」という主張の土台になります。
反対に、金額の算定根拠を説明できない受領は、重大な過失があると評価されかねません。これは、支援機関や販売事業者を経由して金銭が動く仕組みでは、特に意識しておくべき点です。
(5)記録に残しておくこと
交付申請書とその添付書類の控え、事務局・交付行政庁とのやり取り(照会・回答・面談の記録)、指導を受けた内容とその日付、交付決定通知書、経費の支出を裏づける資料、取得財産等管理台帳。本判決で受領者の善意が認定されたのは、交付行政庁側の指導の経緯が立証されたからです。同じことが、今の事案でも言えます。
8 まとめ
補助金の交付そのものが違法とされた場合、受け取った側が自動的に全額を返さなければならなくなるわけではありません。
大阪地判平成11年3月19日は、財産区の処分代金を地元に一括交付した行為について、地方自治法232条の2所定の公益上の必要性を具体的に審査した事実が認められないことを理由に、「同条所定の『補助』に名を借りた違法な公金の支出に当たるものといわざるを得ない」とし、その違法は重大かつ明白であるから交付は無効であるとしました。そのうえで、受領した21億6020万円はその全額が不当利得に当たるとしながら、受領者が内部基準・従来の運用・交付行政庁側の指導から当然かつ適法に交付を受けられるものと考えていたことを認め、悪意の受益者に該当しないとして、返還義務の範囲を現存利益にとどめました。住民の側の「現に利益が存在していなくても全額の返還義務を負う」という主張は、相手方に対する請求権の存否は民法の規定に照らして判断すべきであるとして、退けられています。
他方で、そこから一律の金額を受け取った26名については、算定の基準が不明で、受け取るべき正当な理由がなく、仮に正当な理由があると考えていたとしても重大な過失があるとして、全額の返還を命じています。分かれ目は、受け取るべき正当な理由を自らの事情として説明できるかどうかでした。
本件は自治体の補助金の事件であり、適正化法の取消し・返還命令の仕組みを直接に判断したものではありません。上訴審の裁判も確認できていません。それでも、①交付が無効である場合の返還は不当利得の枠組みで処理されること、②その範囲は民法703条の「その利益の存する限度」によること、③交付行政庁側の指導に従って申請し交付を受けたことが受益者の善意を支える事実として評価され得ること、この三つを裁判所の言葉で示した裁判例として読むことができます。取消事由が生じたことと取消権を行使し得ることが別であることについては、補助金の交付決定は、どのようなときに取り消すことができるのかもあわせてご覧ください。
ご相談をお考えの事業者の方へ
「交付が誤りだったから返してほしい」と言われた場合、返還を求める根拠が交付決定の取消しなのか、交付そのものの瑕疵なのかによって、争い方も、加算金が付くかどうかも変わります。交付決定通知書、交付申請書とその添付書類、交付規程・公募要領、届いている通知書類、事務局とのやり取りがあれば、具体的な検討ができます。処分の形で通知が届いている場合には不服申立ての期間がありますので、早い段階でご相談ください。
士業の先生方へ
顧問先から「交付の段階で事務局の指示どおりに出したのに、後から返還を求められている」というご相談を受けることがあろうかと存じます。返還を求める根拠の見極めと、交付の経緯の記録の整理が、最初の分かれ目になります。補助金適正化法の側からの検討が必要な場面では、その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方からのご相談も承っております。連携の形は士業の先生方へにまとめております。
※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第6節(2)後段及び第7節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。
※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。