執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
補助金の交付決定を取り消され、返還命令や返還請求を受けたとき、多くの事業者の方が最初に確かめたいと考えるのは、「請求されるのは会社だけなのか、それとも自分個人にも来るのか」という点です。補助金適正化法が返還を求める相手は「補助事業者等」であって、その役員個人ではありません。会社に対する返還請求であれば、会社の財産の限りで責任を負うのが原則です。
もっとも、それで終わるとは限りません。交付した側は、会社に対する返還請求とは別に、その会社の代表者や実質的な経営者に対して、会社法429条1項(役員等の第三者に対する損害賠償責任)に基づいて、補助金と同額の支払を求めることができます。そして、この請求が実際に認められた裁判例があります。
本稿で取り上げる東京地判令和2年3月13日(平成30年(ワ)第39623号、判例秘書L07530560)は、国の補助金で基金を造成した基金設置法人が、交付決定を取り消した会社に対して補助金5億円と加算金・延滞金の支払を求めるとともに、当時その会社の実質的な経営者であった人物に対し、会社法429条1項に基づいて同額5億円の支払を求めた事件です。裁判所は、この個人に対する請求を認容しました。注目すべきなのは、認容の理由が「補助金を騙し取ったこと」ではないという点です。詐欺の不法行為を理由とする請求(主位的請求)は、消滅時効によって棄却されています。認められたのは、取締役として報告義務を果たし、取消理由を解消して補助事業を完了に導く努力をすべき職務上の義務を怠った、という理由でした。
あわせて、同じ構図を法人の理事について扱った東京地判令和元年10月30日(平成29年(ワ)第22823号、判例秘書L07430535)を紹介します。こちらは、助成金の交付決定を取り消された一般社団法人の代表理事と理事に、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般社団法人法」といいます。)117条・118条に基づく賠償責任を認めた一方で、理事とされていた三名については、理事に就任することを承諾したと認められないとして、責任を否定しました。「名前を貸しただけ」という主張が通った場面と、通らなかった場面とが、一つの判決の中に並んでいます。
以下では、どこまでが判決の言葉で、どこからが当職の整理なのかを分けて示します。事案の細部よりも、「会社だけでなく個人にも請求が来るのはどのような場合か」「そのとき何を問うことができるのか」という問いに答える部分を中心にします。なお、役員個人の責任という論点の全体像は補助金の返還を社長個人に請求されることはあるのかで扱っておりますので、本稿は判決の事案と判示に絞ります。
1 「請求されるのは会社だけ」とは限りません
(1)適正化法が返還を求める相手
はじめに、条文の構造を確かめます。補助金適正化法18条1項は、交付決定を取り消した場合に、当該取消しに係る部分に関して既に補助金等が交付されているときは、期限を定めてその返還を命ずるものと定めています。返還を命じられる相手は「補助事業者等」です。19条1項の加算金も、同じく補助事業者等が納付すべきものとされています。
つまり、適正化法の仕組みの中では、返還義務を負うのは補助事業者である会社であって、その代表取締役や株主ではありません。役員個人に返還義務を負わせる規定は、適正化法には置かれていません。この点は、返還額の計算の仕組みと併せて補助金の返還額はどう計算するのかにまとめています。
適正化法が個人に向けて用意しているのは、刑罰の規定です。偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受けた者は、同法29条1項により処罰されます(小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)287頁以下)。しかし、これは刑事の話であって、返還金という民事の債務を個人に負わせるものではありません。
(2)それでも個人に請求が来る経路
では、なぜ社長個人に請求が来るのか。経路は適正化法の外にあります。
一つは、民法の不法行為です。虚偽の書類を提出して補助金を交付させたのであれば、交付した側は、その行為をした個人に対し、不法行為による損害賠償を請求することができます。複数人が関与していれば共同不法行為(民法719条)となります。広島地判令和元年7月12日(平成28年(ワ)第566号、判例秘書L07450755)は、補助対象経費額を水増しした虚偽の実績報告書を提出させた会社の代表取締役ほかに対し、民法719条1項前段に基づく損害賠償責任を認めています。
もう一つが、会社法429条1項です。
引用(会社法429条1項)「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」
この条文は、取締役が会社に対して負う義務に違反したことによって第三者に損害が生じた場合に、その第三者が取締役個人に直接賠償を請求できるとするものです。補助金を交付した側は、会社との関係では契約や交付規程の相手方ですが、取締役との関係では「第三者」に当たります。
本稿で取り上げる東京地判令和2年3月13日は、この経路によって、補助金相当額が取締役個人に課された事件です。
2 事案――5億円の補助金と、取締役就任前の虚偽報告
(1)補助金の仕組み
国(経済産業省)による分散型電源導入促進事業について、原告は、平成25年5月、この事業に係る基金設置法人の一般公募に採択され、交付要綱及び実施要領に従い、国の補助金で造成する基金設置法人として、補助金の交付等を行う事業に従事していました。
この事業のうち自家発設備導入促進事業(判決の表記では「本件促進事業」)の事務局業務は、経済産業省が選定したA株式会社に委託されており、Aが交付規程と公募要領を定めて公募を受け付けていました。交付決定を通知したのも、確定通知書を出したのも、Aです。
つまり、交付決定・確定・取消しの事務は委託先の事務局が行い、資金を支払うのは基金設置法人である原告である、という構造です。今の補助金でも、事務局が公募から検査までを担う仕組みは広く用いられています。
(2)交付から取消しまで
被告会社は、新風力発電の開発設計、製造、販売などを目的とする株式会社です。被告Y1は、平成27年2月12日に代表取締役に就任する前である平成25年5月末ころから、被告会社の実質的な経営者として、同社の業務全般を統括していました。
被告会社は、平成26年5月21日に補助事業実績報告書を提出し、同月26日付けの補助金精算払請求書を提出して交付請求を行い、Aは同日付けの確定通知書により補助金額を5億円と確定しました。原告は、同年6月23日、被告会社に対して5億円を支払いました。
その後、原告は交付決定を取り消し、平成27年5月18日付けの通知書により納期日を同年6月1日とすることを通知しました。通知された取消理由は、①被告会社は平成26年度以降、電気事業者への電力の供給が一切できておらず、本件事業の目的である電力需給の改善に寄与していない、②補助金で取得したとされる発電設備について、電気事業者への電力の供給ができる状態になっていない、③①及び②の経緯を踏まえ、改めて平成27年4月30日付けで、Aが被告会社に対し変更計画書の修正及び変更計画関連資料提出の指示を行ったが、期日までに一部の資料しか提出されなかった、というものでした。
取得した設備が動いていない、電力の供給ができる状態になっていない、資料提出の指示に応じていない――取消理由の立て方そのものは、今の補助金で届く取消通知と変わりません。設備の稼働と報告が問われています。
(3)運転日報の虚偽
判決が認定した事実関係のうち、個人責任の判断に直結する部分は次のものです。
補助金交付の可否を検討していたAの担当者は、平成26年3月ころ、発電機を作動させた状況での発電容量に関する資料の提出を求めました。被告Y1は、同年3月10日、従業員に指示して、同年2月14日付けの運転日報を提出させました。この運転日報には、平成26年2月14日の午前9時から午後5時までの間、発電機を作動させた結果、1時間当たりの発電量が1万2153キロワットであったことなどが記載されていました。
担当者は、運転日報では不十分であるとして、計器盤のメーター等により全体の出力が確認できる資料の提出を求めましたが、被告Y1はコストがかかると説明して難色を示しました。やり取りを経て、担当者は、報告日に発電機25台の全てが稼働したことが間違いない旨の念書の提出を求め、被告会社は運転稼働確認念書を差し入れました。
しかし、判決は、運転日報が提出された平成26年3月10日の時点では発電機25台を稼働させた実績はなく、被告Y1は運転日報の記載が真実と異なることを認識しながらこれを提出していたものと認められる、としています。
この時点で、被告Y1は被告会社の代表取締役ではありませんでした。代表取締役に就任したのは、その約1年後の平成27年2月12日です。この時間のずれが、判決の組立てで意味を持ちます。
(4)訴訟の形
原告は、平成30年12月25日に訴えを提起しました。請求の立て方は次のとおりです。被告会社に対しては、交付規程に基づく5億円の返還と、年10.95パーセントの加算金・延滞金。被告Y1に対しては、主位的に詐欺の不法行為による損害賠償として5億円、予備的に会社法429条1項又はその類推適用により同額5億円。そして、被告Y1に対する請求の限度で、被告らによる連帯支払を求める、というものです。
なお、被告Y1は、補助金の詐取に係る詐欺行為などの公訴事実により起訴され、懲役8年及び罰金300万円に処する旨の第一審判決を受け、控訴・上告を経てこれが確定していました。民事の判決は、この刑事の結論とは別に、民事上の責任原因を検討しています。
3 会社の返還義務――取消しを「承諾」したこと
会社に対する請求について、判決の説示は短いものです。
引用(東京地判令和2年3月13日・第3の3)「前記第2の1(9)及び(10)のとおり,原告は,交付規程に基づいて本件交付決定取消を行い,その旨を被告会社に通知しており,被告会社は本件交付決定取消について承諾し,交付規程に基づいて,本件補助金として交付された5億円及び交付規程が定める加算金の支払について同意している。」
被告会社は、通知書を受領した後、平成27年5月26日、原告に対して取消しについて承諾し、補助金を返還する旨を通知していました(もっとも、一切の支払はしていません)。判決は、この承諾と同意を根拠として、返還金・加算金・延滞金の支払義務を認めています。
ここは、実務上のひとつの分かれ目です。取消しを受けた側が「承諾します」「返還します」と書面で回答してしまえば、後の訴訟で取消しの要件を争う余地は実際上なくなります。本件でも、裁判所は取消理由の当否そのものを独立に審理していません。取消通知が届いた段階で何を確かめ、何を書くべきかは、取消しの通知が届く前にしておくべきことにまとめています。
そして、この「承諾」は、後に見る個人責任の判断にも効いてきます。 会社の返還義務が固まったことが、個人の側で争える範囲を狭めることになるからです。
4 取締役個人の責任――会社法429条1項が認められた理由
(1)出発点――補助金の交付を受けた者が負う報告義務
判決は、個人責任の検討に入る前に、補助金の交付を受けた者が負う義務を一般的な形で定めています。この部分が、以下の当てはめの土台になります。
引用(東京地判令和2年3月13日・第3の2)「前記1のような交付要綱及び交付規程の定めによると,本件事業に係る補助金の交付を受けようとし,又は,実際に交付を受けた者は,事務局業務を委託された者に対し,必要に応じて補助事業の内容・目的や事業計画を提出し,その変更があるときは速やかに報告の上で承認を受け,必要に応じて資料を提出しながら,補助事業の進捗や完了についても求められた報告を逐次行うことを通じて,補助金の交付が認められるべきかどうかのみならず,交付が認められた後に交付要件を欠くに至っていないかどうかについても,速やかに報告すべき義務を負うということができる。」
交付要綱・交付規程に定められた個々の報告義務から、「交付が認められた後に交付要件を欠くに至っていないかどうかについても、速やかに報告すべき義務」という包括的な義務を導いています。交付決定後も、要件を欠くに至ったのであればそれを自ら報告しなければならない、という読み方です。
そして、判決は、この義務を取締役の義務に接続します。
引用(東京地判令和2年3月13日・第3の2)「これを本件についてみると,被告会社は,Aに対して上記のような逐次の報告義務を負うものであり,被告会社の代表取締役である被告Y1は,被告会社のこのような義務を確保するべくその任務を果たすべき義務を負うというべきである。」
会社が負う報告義務を「確保するべくその任務を果たすべき義務」が、代表取締役の側にある。これが、会社法429条1項の「職務」の内容として据えられています。
(2)取締役就任前の虚偽報告の位置づけ
次に、運転日報の提出の評価です。
引用(東京地判令和2年3月13日・第3の5(2))「上記(1)のとおり,被告Y1は,被告会社の代表取締役に就任する前の時点において,内容虚偽の書類をそれと認識して提出していたことが認められるところ,このような内容虚偽の書類を提出することは,その一事をもって,Aの書類提出の指示に違反した場合(交付規程17条1項(1))に該当することが明らかである。」
ここで述べられているのは、取締役就任前の行為が、交付規程上の取消事由に当たるということです。取締役としての責任そのものではありません。
(3)就任後の義務――調査し、報告し、取消理由を解消する
判決の中心は、次の段です。
引用(東京地判令和2年3月13日・第3の5(2))「そして,その後,第2の1(8)のとおり,平成27年2月12日に被告会社の代表取締役に就任した被告Y1は,被告会社の取締役として,前記2のとおり,Aに対して逐次の報告義務を負っていたのであるから,取締役就任前に自ら行った虚偽報告の事実を含め,他の補助事業の状況を速やかに調査してAに報告した上,その指示に従って事態の収拾に努め,本件補助金が交付されたことを踏まえて,本件交付決定取消理由を解消し,本件促進事業を完了に導くべく努力すべき職務上の義務を負っていたというべきである。」
取締役に就任した以上、①就任前に自ら行った虚偽報告の事実を含め、補助事業の状況を速やかに調査して事務局に報告し、②その指示に従って事態の収拾に努め、③取消理由を解消し、④補助事業を完了に導くべく努力する――これらが「職務上の義務」であるとされました。
自ら行った虚偽報告を、取締役になった後は自ら報告しなければならない、という組立てになっていることに注意していただきたいところです。
(4)重大な過失――虚偽の故意を要しないとされたこと
そして当てはめです。この判決でもっとも押さえておくべき一文が、引用の末尾にあります。
引用(東京地判令和2年3月13日・第3の5(2))「しかしながら,被告Y1は,これらの義務を怠り,漫然と本件交付決定取消を受けたことにより,本件補助金の交付対象となった本件促進事業を完了させることができなかったのであり,また,上記のとおり,被告会社がAに対して逐次の報告義務を負っていたことに照らすと,被告Y1には上記職務上の義務の懈怠について重大な過失があったということができる。このことは,仮に被告Y1があえて虚偽の申請及び報告等を行ったものでなかったとしても,影響を受けない。」
「漫然と本件交付決定取消を受けた」ことが、義務の懈怠と評価されています。そして、仮にあえて虚偽の申請及び報告等を行ったものでなかったとしても、この判断は影響を受けないとされました。
つまり、この判決の論理では、会社法429条1項の責任を基礎づけるために、不正を働いたことの証明は必要とされていません。取消しを受ける状況が生じているのに、調査・報告・是正・完了に向けた努力を怠ったこと、それ自体が重大な過失とされています。
(5)結論と「類推適用」の不要
引用(東京地判令和2年3月13日・第3の5(3))「以上によると,被告Y1は,本件補助金の交付対象となった本件促進事業を完了させるべき被告会社の取締役として,重大な過失により職務上の義務を怠ったことにより,本件交付決定取消に至り,本件補助金を原告に返還することができない事態を招来したというべきであるから,会社法429条1項に基づき,原告に対し,本件補助金相当額の支払義務を負う。」
なお、原告は、被告Y1が実質的な経営者であったことを根拠に、取締役就任前の行為についても会社法429条1項の類推適用による責任があると主張していましたが、判決はこれを採りませんでした。
引用(東京地判令和2年3月13日・第3の5(2)なお書き)「なお,原告は,被告Y1が被告会社の実質的な経営者であることを根拠として(このこと自体は被告Y1も否定はしていない。),被告Y1が被告会社の取締役に就任する前の行為についても,会社法429条1項の類推適用により,同条同項と同様の責任が認められると主張するが,上記に説示したところに照らして,そもそも同条同項を類推して解釈する必要は認められない。」
事実上の取締役に対する類推適用という論点に踏み込まずに、就任後の義務懈怠だけで結論を出した、という形です。結論が同じであるため、いわゆる事実上の取締役の責任についての判断は示されていません。
(6)連帯の範囲――加算金・延滞金は会社だけ
見落とされやすい点ですが、金額の内訳には差が付いています。
引用(東京地判令和2年3月13日・第3の6)「そして,これらの請求はいずれも本件促進事業に係る本件補助金の交付に関わるものであり,交付規程に基づく特別の請求である延滞金と加算金の請求を除くと,実質的に同一の経済的利益に関わるものであるから,これらの請求に対応する義務は,被告Y1に対する請求の限度で連帯して果たされるべきものと解する。」
主文を見ると、被告会社は5億円に加えて年10.95パーセントの加算金と年21.9パーセントの延滞金(交付規程の加算金と延滞金が重なる期間の割合)を負い、被告Y1は5億円とこれに対する訴状送達日の翌日からの年5パーセントの遅延損害金を負う、という形になっています。加算金・延滞金は交付規程に基づく「特別の請求」であって、取締役個人の損害賠償責任の内容には含まれない、という整理です。
加算金・延滞金の仕組みそのものは加算金・延滞金とは何かで扱っています。個人に対する請求の場面では、請求額のうちどこまでが連帯の対象なのかを確かめることに実益があります。
5 詐欺による請求は時効で棄却された――請求の立て方で結論が変わる
この事件で、もう一つ押さえておく価値があるのは、主位的請求が棄却されたことです。
原告は、被告Y1に対する主位的請求として、詐欺の不法行為による損害賠償を求めていました。判決は、争点の順序を入れ替え、詐欺の成否を判断する前に消滅時効を検討しています。
引用(東京地判令和2年3月13日・第3の4)「そうすると,原告は,遅くとも原告自身が上記告訴をした平成27年6月17日の時点において,被告Y1による本件補助金の交付に係る詐欺の不法行為について,その損害及び加害者を知るに至っていたものというほかない。」
「したがって,原告が本件訴えを提起した時点において,上記の時点から既に3年6か月以上が経過していたと認められる本件においては,被告Y1が援用する消滅時効の抗弁主張は理由がある。」
原告は、刑事の第一審で有罪判決が出るまで不法行為が成立するかどうか分からなかった、と主張していました。被告Y1が刑事手続で公訴事実を全面的に争っていたことも挙げています。しかし判決は、告訴の時点で、行為の主体・不法行為の内容・損害の概要を認識していたと認められる以上、その時点で「損害及び加害者を知った」といえる、としました。刑事判決の確定を待つ必要はない、ということです。
同じ事実から、不法行為による請求は時効で消え、会社法429条1項による請求は認められました。 当時の民法では、不法行為の損害賠償請求権は損害及び加害者を知った時から三年で時効消滅するのに対し、会社法429条1項の責任は一般の債権として扱われ、時効期間が異なります。どちらの請求として立てるかによって、結論が反対になり得る――この事件は、その実例です。返還請求権の時効の考え方は補助金の返還請求に時効はあるのかで扱っています。
なお、先に触れた広島地判令和元年7月12日では、民法719条による請求について被告らの消滅時効の主張が採用されていません。起算点の認定は事案によって分かれますので、「三年を過ぎているから安心」と考えるべきものではありません。
6 東京地判令和元年10月30日――法人の理事の責任と「名前を貸した」理事
株式会社ではなく一般社団法人が助成金を受けていた場合はどうか。東京地判令和元年10月30日(平成29年(ワ)第22823号、判例秘書L07430535)が、この構図を扱っています。
(1)事案
日本と中国の二国間の国際機関の日本における事務局である原告が、中国での植林緑化事業を行う一般社団法人に助成金を交付したところ、現地で植林を実施した中国の法人へ送金されるべき金額のうち538万3634円が未送金となっていました。また、偽造された請求書・領収書による実績報告がされ、合計37万5200円が不正に請求されていました。
原告は、助成要綱16条(決定の取消)に基づき交付決定の一部を取り消し、同17条(返還)・18条(加算金)に基づき返還金と加算金の納付を求めるとともに、代表理事・理事らに対し、一般社団法人法117条・118条に基づく損害賠償を求めました。
この助成要綱の条文は、適正化法17条・18条・19条をほぼそのまま写した形になっています。別紙に掲げられた16条は、「助成事業者が助成金の他の用途への使用をし、その他助成事業に関して助成金交付の決定の内容又はこれに付した条件に違反したときは、助成金交付の決定の全部又は一部を取り消すことができる。」というものです。国の補助金ではない助成金であっても、交付要綱・交付規程が適正化法の構造を借りている例は多くあります。
判決は、助成要綱や募集要領の規定、助成金交付の手続等に照らし、交付される助成金は助成金確定通知書に記載された項目及び区分に沿った用途に使用されていなければならないものであって、これ以外の費用に充てることは「助成金の他の用途への使用」に該当するというべきである、としました。被告法人の側は、未精算の経費があるから他の用途への使用はない、事業を正常化させるために内部留保しているにすぎない、と主張しましたが、いずれも採用されていません。目的外使用の判断の枠組みそのものは補助金の目的外使用とは何かで扱っています。
(2)代表理事と、業務に携わっていた理事の責任
引用(一般社団法人法117条1項)「理事、監事又は会計監査人(以下この款において「役員等」という。)がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」
文言は会社法429条1項と同じ形です。そして118条が、他の役員等も責任を負うときは連帯債務者とすることを定めています。
代表理事については、助成金を送金しなかったこと、請求書及び領収書を偽造してこれを提出するなどして実績報告をしたことが認定され、理事としての職務を行うにつき故意又は重大な過失があったとされました。
注目すべきなのは、もう一人の理事についての説示です。
引用(東京地判令和元年10月30日・第3の2)「また,被告Y3は,被告法人の理事であるから(前提事実(1)エ),代表理事である被告Y2による業務執行の全般についてこれを監視し,必要があれば代表理事に対し理事会を招集することを求め,又は自らそれを招集し,理事会を通じて業務の執行が適正に行われるようにするべき職責を有する。しかしながら,証拠(被告Y2本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告法人においては,長期にわたり被告法人の理事会が開催されなかったことが認められるから,被告Y3は,被告Y2の業務執行が適正に行われるように監視等すべき職責を果たさなかったというべきであり,被告法人の理事としての職務を行うにつき,少なくともは重大な過失があったと認められる。」
※ 「少なくともは重大な過失」は、手元の判決全文の表記のままです。
ここで責任の根拠とされたのは、不正に加担したことではありません。理事会が長期にわたり開催されなかったことです。監視の職責を果たさなかったという理由で、助成金の返還金・加算金・延滞金と同額の賠償責任が認められています。
(3)就任を承諾していない者は理事ではない
他方、理事とされていた三名に対する請求は棄却されました。
引用(東京地判令和元年10月30日・第3の3柱書)「被告Y4,被告Y5及び被告Y6は,いずれも被告法人の理事に就任することを承諾したと認められないから,本件総会及び本件選任決議の存在について検討するまでもなく,被告法人の理事であるとは認められず,したがって,一般社団法人法117条に基づく賠償責任を負わない。」
原告は、総会の選任決議があったこと、法人のホームページに理事として長期にわたり掲載されていたこと、理事として中国企業を訪問したこと、議案に「事務局長」の肩書が付されていたことなどを間接事実として挙げ、仮に業務執行に全く関与していない名目的理事であっても責任は免れないと主張していました。判決は、選任決議の存否を検討するまでもなく、就任承諾がないという一点で請求を退けています。
「名前を貸してほしい」と言われたという経緯についての説示は、次のとおりです。
引用(東京地判令和元年10月30日・第3の3(1))「被告Y2と被告Y4との間でそうしたやり取りがあったとしても,その時期や経緯等の詳細は不明である上,具体性に欠けるため,意向の打診及びその回答といった意味合いを超えて,本件選任決議に基づく就任要請とそれに対する正式な就任承諾があったものと認めることはできない。」
ホームページへの掲載についても、作成経緯や作成者が不明であること、代表理事ですら記載内容を十分に把握していないこと、本人が掲載を認識・認容していたと認めるに足りる証拠がないことを理由に、推認力が否定されています。訪問先企業のウェブサイトに「理事」と記載されていたことについても、記載の根拠や正確性が不明であるとされました。
(4)二つの判決を並べて見えること
この二つの判決を並べると、個人の責任が認められた場合と認められなかった場合の分かれ目が見えてきます。
責任が認められたのは、代表取締役・代表理事として業務を執行していた者と、理事として在任しながら監視の職責を果たさなかった者です。責任が否定されたのは、そもそも就任を承諾していなかった者です。在任していれば、不正に加担していなくても責任を負い得る。在任していなければ、名前が出ていても負わない。――おおよそ、こういう線になっています。
この線の引き方は、交付する側に強い誘因を与えるものです。 東京地判令和2年3月13日の論理によれば、交付決定を取り消された会社の代表者は、取消理由を解消できなかったという事実そのものから、報告義務の確保という職務を怠ったと評価され得ることになります。不正の故意の立証が不要とされているのですから、交付した側は、会社に資力がないと見れば、代表者個人に同額を請求してみる価値があると判断するでしょう。交付行政庁や事務局が、取消しの通知と並行して代表者個人の責任に言及してくることがあるのは、こうした裁判例の存在を踏まえた運用と見るのが自然です。会社の資力がないことを理由に代表者個人へ請求の宛先を広げる運用が重なれば、取消しの当否そのものを争う気力を削ぐ効果を持つことになり、制度の趣旨から離れた圧力として働いていると言わざるを得ません。
7 社長個人に請求されたときに何を問うか
ここからは、前記の判決を踏まえた当職の整理です。
(1)その請求の法的性質を見分ける
まず、届いた書面がどの請求なのかを分けます。①交付決定の取消しに伴う返還命令・返還請求(相手は会社)、②民法の不法行為による損害賠償(相手は行為をした個人)、③会社法429条1項又は一般社団法人法117条による責任(相手は役員)。この三つは、要件も時効も、金額の内訳も異なります。
東京地判令和2年3月1三日が示したとおり、②と③は同じ事実から立てられても結論が反対になり得ます。「補助金の返還を請求します」という一文の中に、どの請求が含まれているのかを確かめることが出発点です。
(2)「悪意又は重大な過失」の対象を見る
次に、相手方が何を義務違反として主張しているのかを特定します。虚偽報告そのものを捉えているのか、それとも報告・是正・完了に向けた努力を怠ったことを捉えているのか。
東京地判令和2年3月13日は後者で責任を認めました。したがって、この類型の請求を受けたときに意味を持つのは、「不正はしていない」という反論よりも、取消しに至る過程で何を報告し、何を是正しようとしたかの具体的な記録です。
(3)報告と是正の記録
具体的には、次のようなものが問題になります。遅延等報告書・実施状況報告書・計画変更の申請を出したか。事務局からの資料提出の指示に対して、どこまで提出し、提出できなかったものについて理由を説明したか。設備が稼働しない原因について調査し、報告したか。計画の変更や縮小の相談をしたか。
東京地判令和2年3月13日で責任が認められた理由のひとつは、平成27年4月30日付けの指示に対して期日までに一部の資料しか提出されなかったことでした。資料提出の指示に対する対応の記録は、会社の側の取消しを争う材料でもあり、役員個人の側の反論の材料でもあります。求められた資料の範囲については求められた資料はどこまで出さなければならないのか、遂行状況の示し方については補助事業の遂行状況はどう示すのかで扱っています。
(4)役員に名前を置いているだけの方
東京地判令和元年10月30日が否定したのは、就任を承諾していない者の責任です。逆にいえば、就任を承諾して在任している以上、業務に関与していないことは抗弁になりません。同判決は、理事会が開かれていなかったことを理由に、監視の職責を果たさなかったと評価しました。
親族や知人に頼まれて役員の登記に名前を入れている、理事に名を連ねているが会議には出ていない――こうした状態は、補助金の返還が問題になった局面で、同額の賠償請求を受け得る立場に置かれていることを意味します。補助金を受給している法人の役員に名前を置いている方は、在任しているのかどうか、就任を承諾した事実があるのかどうかを、まず確かめておく必要があります。
(5)時効と起算点
不法行為による請求であれば、相手方がいつ損害及び加害者を知ったのかが争点になります。東京地判令和2年3月13日は、告訴の時点を起算点としました。刑事事件の経過、交付行政庁や事務局の内部での把握の時期、立入検査の実施時期などが、起算点の認定に関わります。立入検査については立入検査を受けたらどうなるのかで扱っています。
(6)請求額の内訳
最後に、金額です。東京地判令和2年3月13日では、加算金・延滞金は交付規程に基づく特別の請求であるとして、個人に対する連帯の範囲から外されました。年10.95パーセントの加算金と年10.95パーセントの延滞金が重なれば、元本と同額に達するまでの期間は長くありません。個人に対する請求書の金額に、加算金・延滞金が含まれていないかを確かめることには、実際の意味があります。
(7)会社としての対応と、個人としての対応は分ける
会社が取消しを承諾してしまえば、返還義務はそこで固まります。そして、取消しを受けたという結果は、役員個人の責任の判断の前提にもなります。東京地判令和2年3月13日は、「漫然と本件交付決定取消を受けた」ことを義務懈怠と評価しました。
会社として取消しを争うのか、争わずに返還の方法を協議するのか。この判断は、役員個人の立場にも影響します。両者の利害が一致しない場面もありますので、会社の対応を決める前に、個人への請求があり得ることを前提に検討しておくことをおすすめします。
8 まとめ
補助金適正化法が返還を命じる相手は補助事業者等であり、その役員個人ではありません。しかし、交付した側は、会社に対する返還請求とは別に、会社法429条1項(法人の場合は一般社団法人法117条)に基づいて、役員個人に補助金と同額の支払を求めることができます。
東京地判令和2年3月13日は、この請求を認めました。交付要綱・交付規程の定めから、補助金の交付を受けた者は交付が認められた後に交付要件を欠くに至っていないかどうかについても速やかに報告すべき義務を負うとし、代表取締役はこの義務を確保するべく任務を果たすべき義務を負うとしたうえで、取締役就任前に自ら行った虚偽報告の事実を含め、補助事業の状況を速やかに調査して報告し、指示に従って事態の収拾に努め、取消理由を解消し、補助事業を完了に導くべく努力すべき職務上の義務があったとしました。そして、これらを怠って「漫然と本件交付決定取消を受けた」ことについて重大な過失があるとし、仮にあえて虚偽の申請及び報告等を行ったものでなかったとしても、この判断は影響を受けないと述べています。
他方、同じ事実を捉えた詐欺の不法行為による請求は、告訴の時点で損害及び加害者を知ったと認められるとして、消滅時効により棄却されました。同じ事実から、請求の立て方によって結論が反対になった事例です。
東京地判令和元年10月30日は、助成金の交付決定を取り消された一般社団法人の代表理事と、理事会が長期にわたり開催されなかった理事に、一般社団法人法117条・118条に基づく連帯責任を認めました。一方、理事とされていた三名については、就任を承諾したと認められないとして、選任決議の存否を検討するまでもなく責任を否定しています。ホームページに理事として掲載されていたことや、訪問先企業のウェブサイトに理事と記載されていたことは、推認力が乏しいとされました。
いずれも地方裁判所の判決であり、上級審の判断が公刊物に見当たらない裁判例です。それでも、会社に対する返還請求と役員個人に対する責任追及とが並んで立てられる構図、そして役員個人の責任が「不正をしたこと」ではなく「報告と是正を怠ったこと」で基礎づけられ得ることを、裁判所の言葉で示した例として読むことができます。
補助金の取消しを示唆された段階で確かめておくべきことは、会社の責任の範囲だけではありません。誰が、どの請求によって、いくらを求められ得るのか。そして、それに対して示すことのできる報告と是正の記録が、どこに残っているのか。この二つです。
ご相談をお考えの事業者の方へ
交付決定の取消しや返還の請求を受けた際、「会社に資力がないので代表者個人に請求する」という趣旨の連絡を受けることがあります。その請求が返還命令なのか損害賠償請求なのか、根拠が会社法429条1項なのか不法行為なのか、請求額に加算金・延滞金が含まれているのか――これらは、書面の文面から読み分けることができます。交付決定通知書、交付規程・公募要領、届いている通知書類、事務局とのやり取りの記録(指示・提出物・メール)があれば、具体的な検討ができます。会社としての対応を決める前の段階で、ご相談ください。
士業の先生方へ
顧問先の補助金が取消しの対象になったとき、会社の返還義務の検討と、代表者個人の責任の検討とは、立場が分かれる場面があります。また、顧問先の法人の役員に名前を置いている方が、ご自身の立場を確かめたいという場面もあろうかと存じます。補助金適正化法と会社法の双方にまたがる部分だけを分担してお引き受けすることもできます。中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方からのご相談も承っております。連携の形は士業の先生方へにまとめております。
※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第6節(4)末尾及び第7節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。
※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。