執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
1 まず、言われていることを二つに分ける
補助金の返還を求められる場面では、補助金はすでに設備の購入や工事代金、外注費などに充てており、現金としては手元に残っていないことがほとんどです。そうなりますと、使ってしまったのだから返せるのは残っている分だけではないか、というお考えが浮かびます。
結論から申しますと、その考え方が意味を持つかどうかは、請求がどちらの形で来ているのかによって変わります。一つは、交付決定の取消しに続く返還命令という処分に基づく返還です。もう一つは、法律上の原因なく受けた利益の返還、すなわち不当利得としての返還です。前者であれば、受け取った補助金を何に使ったかは、返還義務の有無を左右しません。後者であれば、返す範囲は「利益の存する限度」になりますので、何にどう使ったのかが正面から問題になります。
ですから、金額の交渉や分割のご相談より前に、受け取った書面がどちらの根拠で何を求めているのかを確かめることが先になります。ここを取り違えたまま「もう使ってしまいました」という説明だけをお出しになると、答えになっていない回答として扱われることになります。
2 返還命令に基づく返還なら、使ってしまったかどうかは返還義務の有無を左右しない
国が交付する補助金(補助金適正化法2条1項。1号が「補助金」です)と、中小企業基盤整備機構が交付する助成金(中小機構法16条による補助金適正化法の準用)については、交付決定の取消し(同法17条1項)に続いて、返還命令が出されます。その条文は、次のとおりです。
引用(補助金適正化法18条1項)「各省各庁の長は、補助金等の交付の決定を取り消した場合において、補助事業等の当該取消に係る部分に関し、すでに補助金等が交付されているときは、期限を定めて、その返還を命じなければならない。」
返還の範囲として書かれているのは、「補助事業等の当該取消に係る部分に関し、すでに補助金等が交付されているとき」の「その」返還です。すなわち、交付された額です。交付を受けた金銭がその後も手元に残っているか、何に充てられたかは、条文の要件に入っておりません。しかも、「命じなければならない」とされており、交付決定を取り消した以上、返還を命ずること自体について裁量は与えられていません。
そうしますと、返還命令として来ているものに対して、補助金はすでに設備に充ててしまったので残っている分だけを返す、という答え方は通らないと考えております。この場合に争う対象は、返還の額ではなく、その前提にある交付決定の取消しです。取消しの要件は交付決定の取消し・返還請求のページで、取消しをするかどうかの判断の幅はQ&A「補助金の取消しに裁量はあるのか」で扱っています。
補助金を使い切ったうえで精算まで終わっているのだから、もう取消しの対象ではないはずだ、というお考えもあります。しかし、同法17条3項は、「前二項の規定は、補助事業等について交付すべき補助金等の額の確定があつた後においても適用があるものとする。」と定めています。額の確定が済み、入金も終わり、その金銭が事業に使われた後であっても、取消しと返還命令の対象から外れるわけではありません。
さらに、返還命令が出ますと、受領の日から納付の日までの日数に応じた年10・95パーセントの加算金が加わる場合があり(同法19条1項)、返還を命じた補助金等及び加算金・延滞金は国税滞納処分の例により徴収することができるとされています(同法21条1項)。加算金が付く場合と付かない場合の区別はQ&A「加算金・延滞金」、滞納処分の段階についてはQ&A「補助金の返還に応じないと財産を差し押さえられるのか」で述べています。手元に現金がないという事情は、この段階では返還義務の有無の問題ではなく、納付の時期と方法の問題として扱われることになります。
3 不当利得としての返還なら、返す範囲は「利益の存する限度」になる
これに対し、不当利得の返還請求として来ている場合は、組立てが変わります。根拠となる条文は次のとおりです。
引用(民法703条・704条)「(不当利得の返還義務)第七百三条 法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。」
「(悪意の受益者の返還義務等)第七百四条 悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う。」
703条が定めているのは、「その利益の存する限度において」返還する義務です。受け取った額がそのまま返還の範囲になるのではなく、受益者のもとに利益として存している範囲が返還の範囲になります。これが、いわゆる現存利益です。もっとも、受益者が悪意であるときは704条が適用され、受けた利益に利息を付して返還することになりますので、現存利益の議論は善意の受益者についてのものです。
どちらの形で来ているのかは、受け取った書面から読み分けることになります。手がかりになるのは、根拠として挙げられている条項(交付決定の取消しと返還命令の条項か、民法703条・704条か)、書面の表題と本文の言葉(「返還を命ずる」「納付せよ」か、「不当利得」「法律上の原因なく」か)、不服申立てや取消訴訟についての教示が付いているかどうかです。訴訟の形で来ている場合は、訴状の請求の原因に何が書かれているかで分かります。なお、交付決定に初めから瑕疵があったことを理由とする取消しについては、返還義務の性質を不当利得返還義務と捉える見方があり、加算金の有無に差が出ます。この点は、コラム「『交付の要件を満たしていなかった』と後から言われたら、補助金の交付決定はいつでも取り消せるのか――裁判例紹介:最二小判令和3年6月4日」で述べています。
4 設備や経費に充てた分は、原則として「現存する」とされてきた
ここで注意が要るのは、「もう使ってしまった」という言い方が、そのまま現存利益がないという結論に結びつくわけではないということです。
金銭を受け取り、それを本来自分が支出すべきものに充てた場合には、その支出を免れた分だけ財産が残っているとみることができます。これを有用の資に充てた場合といい、原則として現存利益があるとする理解が一般的なものとされてきました。最高裁判所判例解説民事篇(令和3年度)は、この点を次のように整理しています。
引用(最高裁判所判例解説民事篇令和3年度500頁注23)「昭和8年大判の上記判示は、生活費等の有用の資に充てられた場合には原則として現存利益があるとする一般的な理解(大審院大正5年6月10日判決・民録22輯1149頁、大審院昭和7年10月26日判決・民集11巻19号1920頁等)との整合性に疑問がないではなく、学説においても、昭和8年大判の事案は、本来は権利の濫用又は信義則違反の問題として処理されるべきであったとの見解が複数示されている」
この理解を補助金の場面に当てはめますと、次のようになります。補助金を設備の購入に充てたのであれば、取得した設備という形で財産が残っています。工事代金や外注費に充てたのであれば、本来は自社の資金で支払うべきものを補助金で支払ったことになり、その分の支出を免れています。人件費や広告費のように形のあるものが残らない費目であっても、支出を免れたという意味では同じです。私見としては、補助事業の経費に充てたという説明は、現存利益がないことの説明にはならず、むしろ有用の資に充てたことの説明になってしまう場面が多いと考えております。
補助金は、使うことを前提に交付されるものです。使ったことが返還の範囲を狭める事情になるのであれば、交付の目的どおりに使った事業者ほど返す額が小さくなることになります。現存利益の議論に望みをかけて交渉に入ることは、見通しとしてはおすすめできないと考えております。
5 「全部費消して資産も残っていない」という主張が通った例と、その射程
もっとも、現存利益がないとされた例がないわけではありません。恩給法所定の扶助料の過払金について、受領した分を全て生活費として費消し、目ぼしい資産も有しない受給者には現存利益がないと判示した大審院の判決があり、これを踏まえて、支給裁定の職権取消しは適法としながら、返還請求を棄却した高等裁判所の判決があります。前記の判例解説は、後者について次のように紹介しています。
引用(最高裁判所判例解説民事篇令和3年度485頁)「高松高裁は、要旨次のとおり判断し、上記の職権取消しは適法であるとしたが、現存利益がないとして請求を棄却した。」
ただし、同じ判例解説は、この結論の射程について、続けて次のように述べています。
引用(最高裁判所判例解説民事篇令和3年度500頁注23)「そうすると、昭和8年大判は、飽くまでも当該事案の具体的な事実関係を前提とした事例判断にとどまると理解すべきであって、安易に一般化することはできないであろう。」
ここに挙げた裁判例は、いずれも最高裁判所判例解説民事篇(令和3年度)の引用により知ったものであり、判決の原本は確認しておりません(大審院大正5年6月10日判決・民録22輯1149頁、大審院昭和7年10月26日判決・民集11巻19号1920頁、大審院昭和8年2月23日判決・法律新聞3531号8頁、高松高判昭和45年4月24日判例タイムズ248号147頁。高松高裁の判決については、上訴審の帰趨も確認しておりません)。
そのうえで申しますと、現存利益がないとされた事案は、個人が受給した金銭を生活費として費消し、目ぼしい資産も残っていない、という事実関係の下でのものです。事業者が補助金を補助事業の設備・経費に充てた場面は、これとは事実関係が違います。私見としては、補助金の返還の場面で現存利益がないという主張が立つ余地があるのは、取得した財産がもはや残っておらず、かつ補助金の投入によって免れた支出も見当たらない、というところまで示せる場合に限られると考えております。
次のような場合は、ご回答やお支払の約束をされる前にご相談ください
- 補助金はすべて設備や経費に充てており、返還を求められている額の現金がない
- 受け取った書面が返還命令なのか不当利得の返還請求なのか、読んでも分からない
- 「残っている分だけ返します」と伝えてよいか迷っている
関連ページ: 返還・残存簿価の返納を求められたら(対応ページ)/補助事業を続けられないとき――手続の順番、返還額の計算、返還が生じない選択肢(コラム)
6 では、「もう使ってしまった」ことはどこに効くのか
返還義務の有無そのものには効きませんが、別のところに効きます。事情として述べるのであれば、次の場面に向けて組み立てることになると考えております。
- 取消しの範囲です。補助金適正化法17条1項は、交付決定の「全部又は一部を取り消すことができる」と定めています。補助事業のうち現に目的に沿って運用されている部分があるのであれば、取消しの範囲について述べる余地があります。減額での確定についてはQ&A「補助金の減額」で扱っています。
- 加算金・延滞金の免除です。同法19条3項は、やむを得ない事情があると認めるときは、政令で定めるところにより、加算金又は延滞金の全部又は一部を免除することができると定めています。返還の元本と加算金は別の問題ですので、分けて述べることになります。
- 納付の時期と方法です。資金の状況は、返還義務の有無ではなく、いつどのように納付するかの問題として扱われます。徴収の段階に進む前に、資料を付けて早めに申し出ておく方がよいと考えております。
- 不当利得の返還請求として来ている場合の利息です。民法704条の利息が付くのは悪意の受益者ですので、善意であることを示せるかどうかで、付加される額が変わります。
- 請求が時機を失していないかという点です。返還請求の時効・期間制限は、Q&A「補助金の返還請求に時効はあるのか」とQ&A「取消権に期間の制限はあるのか」で述べています。
7 どう動くか
お手元の書面を前に、次の順でお進めになるのがよいと考えております。
- 受け取った書面に書かれている根拠の条項を、そのまま書き写してください。条項が書かれていないときは、どの定めに基づくものかを書面で尋ねてください。口頭のやり取りでは、後から確かめることができません。
- 返還命令として来ているのか、不当利得の返還請求として来ているのかを分けてください(前記3)。返還命令であれば、争う対象は取消しであり、不服申立てと取消訴訟の期間が走ります。宛先と期間はQ&A「取消しの通知に不服があるとき、どこに言えばよいのか」、出訴期間はQ&A「出訴期間」で述べています。
- 補助金の入金から支出までの流れを、入出金の明細と帳簿、契約書、請求書、領収書で一本につないでおいてください。どの費目に、いつ、いくら充てたのかが示せる形にしておくと、取消しの範囲についても、納付の方法についても、そのまま資料として使えます。
- 取得した財産が現に残っているかどうかを確かめてください。取得財産等管理台帳と現物の所在が合っているかを見ておくと、後の手続が早くなります。
- 残っている分だけ返す、という内容の回答や合意書をお出しになる前に、根拠の読み分けを済ませてください。返還命令の場面でこの回答をお出しになりますと、求められた額を争わない姿勢だけが記録に残ることになりかねません。
補助金をすでに使ってしまったという事情は、決して無意味なものではありません。ただし、それが効くのは返還義務の有無ではなく、取消しの範囲、加算金の免除、納付の方法といった別の場面です。どこに向けて述べるべき事情なのかを見定めてから、書面をお作りになるのがよいと考えております。
補助金をすでに設備や経費に充てており、返還を求められている額の現金がないという事業者の方、顧問先・支援先からこのようなご相談を受けている中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方は、ご回答やお支払の約束をされる前にご相談ください。交付主体から受け取った書面、交付決定通知書、補助金の入金から支出までの入出金の明細と帳簿があれば、具体的な検討ができます。
根拠(条文・公式資料・裁判例)
- 補助金適正化法18条1項(各省各庁の長は、補助金等の交付の決定を取り消した場合において、補助事業等の当該取消に係る部分に関し、すでに補助金等が交付されているときは、期限を定めて、その返還を命じなければならない)
- 補助金適正化法17条1項(補助金等の交付の決定の全部又は一部を取り消すことができる)、同条3項(前二項の規定は、補助事業等について交付すべき補助金等の額の確定があつた後においても適用があるものとする)
- 補助金適正化法19条1項(17条1項の規定又はこれに準ずる他の法律の規定による処分に関し補助金等の返還を命ぜられたときの年10・95パーセントの加算金)、同条3項(やむを得ない事情があると認めるときは、政令で定めるところにより、加算金又は延滞金の全部又は一部を免除することができる)
- 補助金適正化法21条1項(各省各庁の長が返還を命じた補助金等又はこれに係る加算金若しくは延滞金は、国税滞納処分の例により、徴収することができる)
- 補助金適正化法2条1項(「補助金等」とは、国が国以外の者に対して交付する次に掲げるものをいう。1号=補助金)
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構法16条(補助金適正化法の準用)
- 民法703条(法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う)、同704条(悪意の受益者は、その受けた利益に利息を付して返還しなければならない。この場合において、なお損害があるときは、その賠償の責任を負う)
- 最高裁判所判例解説民事篇令和3年度500頁注23(生活費等の有用の資に充てられた場合には原則として現存利益があるとする一般的な理解との整合性に疑問がないではなく、学説においても本来は権利の濫用又は信義則違反の問題として処理されるべきであったとの見解が複数示されているとし、「飽くまでも当該事案の具体的な事実関係を前提とした事例判断にとどまると理解すべきであって、安易に一般化することはできないであろう」とするもの)
- 最高裁判所判例解説民事篇令和3年度485頁(支給裁定の職権取消しを適法としながら現存利益がないとして請求を棄却した高松高裁の判断の紹介)、同483〜486頁(支給決定の職権取消しに関する最高裁判例と下級審裁判例の整理)
- 大審院大正5年6月10日判決・民録22輯1149頁、大審院昭和7年10月26日判決・民集11巻19号1920頁、大審院昭和8年2月23日判決・法律新聞3531号8頁、高松高判昭和45年4月24日判例タイムズ248号147頁(いずれも最高裁判所判例解説民事篇令和3年度500頁注23・485頁の引用により知ったもので、判決の原本は確認しておりません。高松高裁の判決については上訴審の帰趨も確認しておりません)
※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。
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※ 本ページは一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。