執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
1 心配されていることを三つに分ける
補助金の返還を命じられ、その返還命令を争っている、あるいは納付の猶予・免除を求めている最中に、ほかの補助金がどうなるのかというご相談をいただくことがあります。心配されていることは、条文の上では三つに分かれます。
- 既に交付決定を受けている別の補助金について、支払が止められるのではないか(交付の一時停止)。
- これから受け取る別の補助金から、返還を命じられた額を差し引かれるのではないか(相殺)。
- 新しく別の補助金に申請しても、受け付けてもらえないのではないか(申請の要件)。
前の二つは、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」といいます。)20条の問題です。三つめは、20条の問題ではなく、申請しようとしている補助金の公募要領が定める申請の要件の問題です。根拠となる定めが違い、確かめる書類も違いますので、どれを言われているのかを先に分けることになります。
2 20条の交付停止――要件は二つです
条文は、交付の一時停止と相殺を、一つの条文の中に並べて置いています。
引用(補助金適正化法20条。見出しは「他の補助金等の一時停止等」)「各省各庁の長は、補助事業者等が補助金等の返還を命ぜられ、当該補助金等、加算金又は延滞金の全部又は一部を納付しない場合において、その者に対して、同種の事務又は事業について交付すべき補助金等があるときは、相当の限度においてその交付を一時停止し、又は当該補助金等と未納付額とを相殺することができる。」
交付停止の要件は、二つです。第一に、補助事業者等が補助金等の返還を命ぜられ、その補助金等、加算金又は延滞金の全部又は一部を納付していないこと、すなわち未納付額が存在することです。第二に、その者に対して、同種の事務又は事業について交付すべき補助金等があることです。文献も、この二つを要件として整理しています(小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』275頁(株式会社全国会計職員協会、2016))。
ここから、実務上、先に確かめていただくことが二つ出てきます。
一つは、返還の命令が既に出ているかどうかです。条文は「返還を命ぜられ」と書いています。取消しの予告を受けている段階、弁明の機会を与えられている段階、あるいは実地検査の指摘を受けて説明を求められている段階では、まだ返還命令が出ていませんので、20条の要件を満たさないと考えております。指摘を受けている最中にほかの補助金を止められるのではないかというご心配は、この点だけを見れば、条文の文言から離れていると考えております。取消しの前の段階でできることは、コラム「取消し前にすべきこと」で述べています。
もう一つは、止められるおそれのある補助金が、既に交付決定を受けたものかどうかです。文献は、ここを明確に区切っています。
引用(小滝・前掲276頁)「なお、同種の事務事業について「交付すべき補助金等」とは、交付決定により国の補助金等交付債務が発生しているものをいうことに注意すべきである。交付決定に至らないものは、国の交付債務が生じていない以上、交付の停止を論ずる余地はない。」
つまり、20条の交付停止は、既に交付決定が出ていて、国(又は中小機構)の側に支払の債務が生じているものを、返還納付が済むまでの間、一時的に止める措置です。採択の発表を待っている段階、交付申請を出した段階のものは、20条の交付停止の対象ではないと考えております。文献も、交付停止を「相手方が返還命令に係る補助金等、加算金又は延滞金の返還納付を完了しないまでの間の一時停止の措置」と位置づけています(小滝・前掲274頁)。
一時停止ですので、納付が済めば続きません。文献は、未納付額が納付された場合の扱いについて、次のように述べています。
引用(小滝・前掲276頁)「交付停止は、あくまで未納付補助事業者等の返還納付を促すために行う一時停止措置であるから、相手方が未納付金額を事後納付してきた場合には、補助金等が積極的行政目的を実現するための手段として交付されるものであることにかんがみ、すみやかに当該交付停止の解除をなすべきものと思われる。」
納付を済ませたのに停止が続いているという場合には、この整理を示して解除を求めることになると考えております。
3 「同種の事務又は事業」はどこまでか
第二の要件は、「同種の事務又は事業について交付すべき補助金等があるとき」です。条文は、ほかの補助金等一般ではなく、「同種」のものに限っています。文献は、この限定を、制度の目的から説明しています。
引用(小滝・前掲275頁)「本法は交付停止の範囲を同種の事務事業に限定したものと解され、したがって「同種」が不確定概念であることを理由として広く解釈することは相当ではないというべきである。」
そして、「同種」の内容については、取決めが置かれています。
引用(小滝・前掲275頁)「そこで解釈論の混乱を避けるため、補助金等適正化中央連絡協議会においては、次のような取決めを行っている。すなわち、本条の「同種の事務又は事業」とは、原則として各省の同一局が取り扱う補助金等の対象となる同一補助事業者等の行う事務又は事業とすること、ただし同一局が取り扱う補助金等であっても、その行政目的を全く異にする場合においてはこの限りではないこと、とされている。」
引用されている取決めは、補助金等適正化中央連絡協議会決定「補助金等適正化法の『軽微な変更』及び『同種』の基準」(昭和30年12月26日)の二です(小滝・前掲276頁注(1))。ここで基準とされているのは、各省の同一局が取り扱う補助金等であり、かつ同一の補助事業者等が行う事務又は事業であるという二つの要素です。別の省が所管する補助金、同じ省でも別の局が所管する補助金は、原則として「同種」に当たらないことになります。同一局が取り扱うものであっても、行政目的を全く異にする場合は除かれるとされています。
私見としては、交付停止を告げられたときは、まず、止めると言われている補助金と、返還を命じられた補助金とが、どの省のどの局の所管かを並べて確かめ、「同種」に当たるという説明を書面で求めるのがよいと考えております。「同種」は不確定概念ですが、だからこそ広く読んでよいことにはならない、というのが引用した文献の立場です。
4 「相当の限度において」という限界
二つの要件を満たす場合でも、条文は、停止できる範囲を「相当の限度において」に限っています。文献は、この限界について、次のように述べています。
引用(小滝・前掲276頁)「相当の限度というのも典型的な不確定概念であるが、少なくとも同額に限定する趣旨のものでないことは明らかである。未納付金額とおおむね同程度の金額であれば、多少未納付金額を上回ることがあっても停止しうるものと解して差し支えないであろう。」
未納付額と同額までしか止められないというわけではありませんが、おおむね同程度という歯止めは働くという整理です。私見としては、未納付額とかけ離れた額の交付が止められている場合には、未納付額を示したうえで、「相当の限度」を超えているのではないかという指摘をする余地があると考えております。
5 相殺は、交付停止とは別の仕組みです
20条は、交付の一時停止と並べて、相殺も定めています。返還を命じられた補助金等と、国の側が支払うべき別の補助金等とを、差し引きで消してしまう措置です。要件は交付停止と共通で、未納付額の存在と、同種の事務又は事業について交付すべき補助金等があることです(小滝・前掲277頁)。
もっとも、効果の面では、交付停止と違う点があります。文献は、「相当の限度において」という限界が相殺には働かないとしています。
引用(小滝・前掲278頁)「なお、相殺によって両債務は対当額において消滅する効果をもつから、前記の交付停止の限界とされた「相当の限度において」の要件は相殺措置については働かないものというべきである(本条が相殺の創設的規定であることをもって、相手方の補助金等返還債務金額を上回る国の補助金等交付債務を消滅させうるものと解することは、許されないものというべきである)。」
相殺は対当額で消える仕組みですので、そもそも「相当の限度」という調整が要らない、という理由です。同時に、返還債務の額を上回る交付債務まで消すことは許されないとされています。差し引かれた額が、返還を命じられた額(及び加算金・延滞金)を超えていないかは、通知を受けた段階で確かめることになると考えております。
弁済期についても、文献の整理があります。国の補助金等返還請求権が弁済期に達していれば、相殺される側の補助金等交付請求権が弁済期に達していなくとも、国が期限の利益を放棄することにより(民法136条)相殺することも可能になるとされています(小滝・前掲277〜278頁)。補助金等交付請求権は、事業完了により精算手続がなされなければ履行期に達しないとされていますので、実績報告・額の確定が済んでいない補助金であっても、相殺の対象になり得るという整理です。額の確定の手続そのものは、コラム「額の確定」で述べています。
なお、20条の措置は、返還金を取り立てるための措置のうち、穏当な側のものです。返還を命じた補助金等及びこれに係る加算金・延滞金については、国税滞納処分の例により徴収することができるとされています(補助金適正化法21条1項)。交付停止・相殺を告げられた段階は、まだ滞納処分に至る前の段階であるとみることができます。返還命令そのものを争うかどうかの判断は、この段階でしておくことになると考えております。取消しの当否について、義務違反があれば直ちに取消しができるわけではないとした裁判例は、コラム「取消権の行使は補助関係の全過程を通じて総合的に判定する」で紹介しています。
次のような場合は、ご回答になる前にご相談ください
- 返還を命じられた補助金とは別の補助金について、支払を一時停止すると告げられている
- 受け取るはずの補助金から返還金を差し引くと告げられている
- 返還の協議が済まないうちに、次の補助金の申請ができなくなると言われている
6 新しく申請できるかどうかは、20条の問題ではありません
ご相談で多くいただくのは、実は三つめの心配です。これから別の補助金に申請できるのか、という点です。これは20条の交付停止とは別の問題で、申請しようとしている補助金の公募要領が、どのような者を補助対象外としているかによって決まります。
例えば、中小企業新事業進出促進補助金の公募要領(第3回。1.1版、令和8年1月、独立行政法人中小企業基盤整備機構)は、補助対象外となる事業者を列挙し、その一九に、経済産業省又は中小機構から補助金交付等停止措置又は指名停止措置が講じられている事業者を挙げています(同要領10頁)。同じ列挙の二〇には、経済産業省又は中小機構が所管する補助金又は給付金等において不正を行った事業者が挙げられています(同頁)。
ここで注意していただきたいのは、公募要領が申請の要件として掲げているのは「補助金交付等停止措置」であって、補助金適正化法20条の交付の一時停止とは別の措置であるという点です。20条は、既に交付決定を受けている同種の補助金の支払を、返還納付が済むまで止める措置です。公募要領が掲げている措置は、申請の受付の可否にかかわる措置です。返還を命じられたこと、あるいはそれを争っていることが、そのまま公募要領の掲げる措置に当たるわけではありません。
停止措置が講じられている事業者は、ほかの場面でも扱いが変わります。中小企業等事業再構築促進補助金(新市場進出)交付規程(令和3年6月15日規程令3第13号。規程令7第5号による改正までのもの)13条4項は、補助事業者が、契約金額100万円未満のものを除く契約に当たり、経済産業省又は中小機構から補助金交付等停止措置又は指名停止措置が講じられている事業者を契約の相手方としてはならないとしています(同規程4頁。ただし、補助事業の運営上、当該事業者でなければ補助事業の遂行が困難又は不適当である場合は、中小機構の承認を受けて契約の相手方とすることができるとされています)。発注先が停止措置を受けているかどうかが、自社の補助事業の経費の扱いにかかわる場面です。
私見としては、新しい申請をお考えの場合は、次の順で確かめるのがよいと考えております。第一に、お手元の通知書が、取消し・返還命令にとどまるのか、停止措置を講じた旨の通知も含むのかを、文面で確かめること。第二に、申請しようとしている補助金の公募要領の「補助対象外となる事業者」の列挙を、号ごとに自社に当てはめること。第三に、当てはまらないと考えるのであれば、その理由を申請の段階で書面に残しておくことです。
争ったことを理由に、次の申請で不利に扱われるのか
不服を申し立てたこと、訴訟を提起したことそれ自体を理由として、次の申請の審査で不利に扱うことは許されないと考える余地があります。もっとも、この点を明文で定めた規定や、これを正面から述べた裁判例を当職として確認できておりませんので、申請をお考えの場面では、次のように備えておくのが実際的であると考えております。
- 前の補助金に関する手続と、新しい申請とを、書面の上で分けておくこと。新しい申請書に、前の件の経緯や主張を書き込まないことです。
- 公募要領の列挙に当たらないという理由を、こちらから先に示しておくこと。審査の側が事実関係を誤って把握する余地を減らすことになります。
- 不交付・不採択となった場合に、その理由の提示を求められるようにしておくこと。不交付の通知を受けたときの考え方は、Q&A「交付申請が不交付・差し戻しになったとき」で述べています。
7 動かれる前に確かめること、残しておくもの
交付停止や相殺を告げられたときに、そろえておいていただくものを挙げます。
- 返還を命じた通知書(取消通知書・返還命令書)。根拠として挙げられた条・号と、返還を命じられた額、加算金・延滞金の額が分かるものです。
- 停止・相殺を告げた書面。どの補助金の、いくらを、いつから止めるのか、いくらを差し引くのかが書かれているかを確かめてください。口頭で告げられただけの場合は、書面で明示を求めることになります。
- 止められた補助金の交付決定通知書。交付決定が出ているかどうかで、20条の対象になるかどうかが変わります(前記2)。
- 双方の補助金の所管(省・局・機構の担当部)が分かる資料。「同種」に当たるかどうかの検討の土台になります(前記3)。
- 未納付額の内訳。元本・加算金・延滞金を分けて計算したものです。停止額・相殺額が「相当の限度」にとどまっているかの検討に使います(前記4・5)。
- 申請を予定している補助金の公募要領の該当頁。版と公募回を控えておいてください(前記6)。
返還命令そのものを争うのであれば、期間の制約があります。取消訴訟の出訴期間と「正当な理由」の考え方は、Q&A「出訴期間を過ぎてしまったとき」で述べています。返還請求権の側の時効は、Q&A「補助金の返還請求に時効はあるのか」で述べています。交付停止・相殺の通知が来たということは、返還命令が既に出ているということですので、争うかどうかの判断を先延ばしにできる場面ではないと考えております。
返還を命じられた額の支払が資金繰りに直接響く場合の選択肢は、Q&A「廃業・破産すると補助金の返還はどうなるのか」と、返還・残存簿価の返納を求められたらのページで述べています。交付停止・相殺は、返還命令が出た後の取立ての一場面ですので、入口である取消し・返還命令の当否と併せて組み立てることになります。取消し・返還請求の全体像は、交付決定の取消し・返還請求のページにあります。
返還を命じられた補助金とは別の補助金について交付の一時停止・相殺を告げられている事業者の方、次の補助金に申請できるかどうかを確かめたい事業者の方、顧問先・支援先からこのご相談を受けている中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方は、ご回答をお出しになる前にご相談ください。返還を命じた通知書、停止・相殺を告げた書面、止められた補助金の交付決定通知書、未納付額の内訳があれば、具体的な検討ができます。
根拠(条文・公式資料・裁判例)
- 補助金適正化法20条(他の補助金等の一時停止等)。あわせて19条(加算金及び延滞金)、21条1項・2項(徴収。国税滞納処分の例による徴収、先取特権の順位)
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構法16条(同法15条1項6号等の規定により機構が交付する助成金について、補助金適正化法の規定を罰則を含めて準用する)
- 小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)274頁(交付停止は返還納付を完了しないまでの間の一時停止の措置であること、既に交付決定をした後の段階では国の補助金等交付債務が発生しているため本条が根拠規定として置かれたこと=一般の補助金等については確認的規定、義務的負担金及び既交付決定分の任意的補助金については創設的規定としての意義をもつ)
- 同275頁(交付停止の二つの要件=未納付金額の存在と同種の事務又は事業について交付すべき補助金等があること。「本法は交付停止の範囲を同種の事務事業に限定したものと解され、したがって「同種」が不確定概念であることを理由として広く解釈することは相当ではないというべきである。」。補助金等適正化中央連絡協議会の取決めの引用)
- 同276頁(「交付すべき補助金等」とは交付決定により国の補助金等交付債務が発生しているものをいい、交付決定に至らないものは交付の停止を論ずる余地はないこと。「相当の限度」は未納付金額とおおむね同程度の金額であれば多少上回ることがあっても停止しうると解して差し支えないこと。事後納付があればすみやかに交付停止の解除をなすべきこと。注(1)=補助金等適正化中央連絡協議会決定「補助金等適正化法の『軽微な変更』及び『同種』の基準」(昭和30年12月26日)の二、注(2)=行政目的の親近性の強いものから優先させるのが適当であろうとする協議会決定)
- 同277〜278頁(相殺の要件は交付停止と同様であること、国の補助金等返還請求権が弁済期に達していれば相殺される側の補助金等交付請求権が弁済期に達していなくとも国が期限の利益を放棄することにより(民法136条)相殺し得ること、補助金等交付請求権は事業完了により精算手続がなされなければ履行期に達しないこと、「相当の限度において」の要件は相殺措置については働かないこと、公法上の債権債務の相殺には法律上の根拠を要すると考えられ本条は創設的規定としての意義を有すること)
- 中小企業新事業進出促進補助金 公募要領(第3回。1.1版、令和8年1月、独立行政法人中小企業基盤整備機構)10頁(補助対象外となる事業者の列挙の19=経済産業省又は独立行政法人中小企業基盤整備機構から補助金交付等停止措置又は指名停止措置が講じられている事業者、同20=経済産業省又は中小機構が所管する補助金又は給付金等において不正を行った事業者)
- 中小企業等事業再構築促進補助金(新市場進出)交付規程(令和3年6月15日規程令3第13号。規程令7第5号による改正までのもの)13条4項(同規程4頁。契約金額100万円未満のものを除く契約について、補助金交付等停止措置又は指名停止措置が講じられている事業者を契約の相手方としてはならないこと、ただし中小機構の承認を受けた場合の例外)
※ 交付規程は補助金ごと・公募回ごとに版が異なります。条数と文言は、お手元の交付決定通知書に記載された交付規程でご確認ください。
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※ 本ページは一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。