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弁護士 岸上大起

補助金で建てた工場・設備を譲渡したら、全額返さなければならないのか――裁判例紹介:金沢地判令和4年3月29日・名古屋高金沢支判令和5年3月22日

執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)

補助金や助成金の交付を受けて工場を建て、設備を入れた。その後、事業の見通しが変わり、工場ごと別の会社に譲った。工場はそのまま動いており、地元の雇用も続いている。――この場合に、受け取った補助金はどうなるのでしょうか。「使われ方は変わっていないのだから、返す必要はない」「少なくとも、残っている期間の分だけではないか」と考えるのは自然なことです。

本稿で取り上げる裁判例は、その考え方を正面から否定したものです。金沢地判令和4年3月29日(令和3年(ワ)第172号。判例秘書L07750538)は、市の工場立地助成金10億円の交付を受けた事業者が、操業開始から2年7か月ほどで工場の操業を停止し、約1年3か月後に工場の土地建物等を別の会社に譲渡した事案について、交付を受けた事業者自身が工場の運営から離れた以上、交付要綱にいう「休廃業」に当たるとしました。そして、助成金の返還は原則として全額であり、操業した期間に応じて按分することはできないとして、10億円全額の返還義務を認めています。

控訴審である名古屋高金沢支判令和5年3月22日(令和4年(ネ)第87号。判例秘書L07820181)も、控訴を棄却しました。控訴人は、工場は譲受人の下で操業を続けており、助成金の額をはるかに上回る経済効果が生じているから、一種の比例原則により返還は否定されるべきだと主張しました。控訴審は、比例原則の考え方が及ぶ余地を否定しないとしつつ、そこで対比すべきなのは「補助事業によりもたらされた経済効果と本件助成金の額」ではないと述べ、交付の時点で当事者双方が見込んでいた経済効果と、実際にもたらされた経済効果とを対比すべきであるとしました。そのうえで、実績は見込みをはるかに下回るから、全額の返還を求めることが比例原則に反するとはいえないとしています。上告受理の申立てがされましたが、最三小決令和6年4月3日(令和5年(受)第1321号。判例秘書L07910043)は、民訴法318条1項により受理すべきものとは認められないとして不受理の決定をし、これにより確定しました。

事業者にとって、厳しい裁判例です。本稿は、これを事業者に有利に読み替えることはいたしません。どこがどのように厳しいのかを判決の言葉で確かめ、そのうえで、国の補助金(補助金適正化法が適用される補助金)とこの事案の自治体助成金とでは仕組みがどこで分かれているのかを整理します。国の補助金には、承認を受けて財産を処分する道と、補助事業者の地位そのものを承継させる道とが用意されています。この事案の助成金には、そのどちらもありませんでした。

そして最後に、同じ結果を避けるために何をしておくべきかを述べます。結論を先に申し上げれば、処分や譲渡を実行する前の協議と承認、そして補助目的の達成を数字で残しておくこと――この二つです。

1 「工場は動き続けているのに、全額返還なのか」

(1)事業者の側の見方

補助金の目的は、地域に工場が立ち、雇用が生まれ、産業が振興することにあった。工場は現に建ち、現に動いている。譲渡によって運営主体は変わったが、建物も設備もそのまま使われている。だから、補助金の目的は損なわれていない。少なくとも、自分が操業していた期間に対応する分については、返す理由がない。――本件の原告も控訴人も、この筋で争い、第一審・控訴審のいずれも、これを採りませんでした。

(2)どこで分かれたのか

分かれ目は、補助金の目的を「地域に工場が動いている状態」と読むか、「交付を受けた事業者が、課された負担を負いながら事業を続けている状態」と読むか、という点にあります。第一審・控訴審は、後者を採りました。交付を受けた事業者は、審査を受け、交付条件を守り、報告をし、財産処分の制限を受けるという負担を負っています。譲受人はその負担を負いません。だから、譲受人の下で工場が動いていても、それは交付の目的を達したことにはならない――こういう組み立てです。

2 事案――新設から数年での譲渡と、10億円の返還命令

(1)経緯

原告は、中小型ディスプレイデバイス等の開発、製造等を目的とする株式会社です。生産能力の拡大を図るため、石川県白山市内に液晶パネルの製造工場(本件工場)を新設することとし、平成27年4月に工場用地を取得して、本件工場は平成28年6月1日に完成しました。平成28年11月11日に工場立地助成金の交付を申請し、市は同月15日に10億円の交付を決定しました。交付決定通知書には、交付対象事業の内容を交付申請書記載のとおりとすること、条例・同施行規則及び交付要綱の定めに従うことを条件とする趣旨の記載があり、不服申立手段の教示はありませんでした。助成金は同年12月5日に振り込まれ、原告は同月23日から、雇用した従業員約250名を配置して液晶パネルの製造を開始しました。

その後、液晶パネル市場の状況が変わりました。原告は、令和元年7月1日に本件工場の操業を停止し、令和2年8月28日に別の会社との間で資産譲渡契約を締結して、同年10月1日に本件工場の土地建物及び付帯設備等の固定資産を譲渡しました。この契約において、原告が本件工場で雇用した従業員を譲受人が承継する旨の合意はされていません。譲受人側の関連会社は、令和3年2月1日から本件工場で中小型液晶パネルの生産を開始しています。

市は、令和2年10月26日付け通知書で、本件譲渡が交付要綱9条3号の「その他の責めに帰すべき事由により休廃業したとき」に該当するとして助成金全額の返還を求め、原告がこれを拒否したことが交付条件違反に当たるとして、令和3年1月29日に交付決定の取消しを決定し、同日付けで全額の返還を命じました。原告は、返還債務が存在しないこと(予備的に、2億3551万9126円を超えて存在しないこと)の確認を求めて訴えを提起しました。

(2)訴訟の形――助成金交付は負担付贈与であり、取消決定に処分性はない

本件が取消訴訟ではなく債務不存在確認訴訟の形を取ったのは、助成金交付の法的性質に関わります。第一審は、処分性の判断枠組みを次のように述べました。

引用(金沢地判令和4年3月29日・第3の1(1)ア)

「地方公共団体が私人に対して助成金を交付する関係は,本来,資金の給付を求める私人の申込みに対する承諾という性質を有する非権力的給付行政に属するものである。」

第一審は、法令等が特に一定の者に助成金交付の申請権を付与し、交付手続を通じて行政庁に権利の存否を判断させることとした場合には処分性が認められるという枠組みを立てたうえで、当該条例が「予算の範囲内で助成金を交付することができる」と定めるにとどまり、申請権を付与する定めがないこと、不交付・取消し・返還命令に対する不服申立手段の定めがないことなどから、処分性を否定しました。市の側が処分性を主張し、事業者の側が処分性を否定したという、通常とは逆の構図です。

処分性が否定された結果、助成金の交付は私法上の贈与契約に基づくものと位置づけられました。控訴審は、原告が交付要綱に従う意思を表示して贈与の申込みをし、市がこれを承諾したことから、当事者双方が交付要綱の定めに従うとの負担付きで贈与契約が締結されたと認定し、交付要綱は当事者双方を拘束する規範性を持つとしています。処分の根拠としてではなく、契約の内容として当事者を拘束するという整理です。処分性の有無は個別の条例・規則の仕組みによって変わります。この論点は補助金の交付決定の取消しに処分性はあるのかと処分性をめぐる対談で扱っています。

なお、本稿の事案には補助金適正化法は適用されません。同法の対象は国が交付する補助金等であり、自治体が自己財源で交付する助成金はその対象外です。本稿で後に適正化法を持ち出すのは、国の補助金の仕組みと比べるためです。

3 「休廃業」――工場が動いていても、交付を受けた者が離れれば該当する

(1)第一審の判示

交付要綱9条3号の「休廃業」について、第一審は次のように述べました。

引用(金沢地判令和4年3月29日・第3の2(1)ア)

「本件交付要綱9条柱書及び3号によれば,「助成金の交付を受けた者」が「休廃業したとき」には助成金の返還義務が生じるところ,工場の新設に伴って本件助成金の交付を受けた事業者自身が再開時期の目途なく当該工場の操業を停止した場合や,工場の事業主体の変更があった場合には,本件助成金交付の趣旨・目的である白山市の「雇用の確保及び産業の振興」(本件条例1条)が損なわれるといえるから,「助成金の交付を受けた者」が「休廃業したとき」に該当すると解するのが相当である。」

(2)なぜ運営主体が交付を受けた者自身でなければならないのか

原告は、工場自体の運営が続いているかどうかを基準にすべきだと主張しました。第一審は、これを次の理由で排斥しています。

引用(金沢地判令和4年3月29日・第3の2(1)イ)

「しかるに,本件助成金の交付を受けた事業者とは別の事業者が工場を運営した場合,当該事業者は,市長による事業内容等の審査を経ず,上記各負担を負わないから,前記の本件助成金交付の趣旨・目的を十分に達成し得ないおそれがあることからすれば,本件工場の運営主体は,助成金の交付を受けた事業者自身であることが求められるというべきである。」

ここでいう「上記各負担」とは、交付条件の遵守、他用途への転用の禁止、事業遂行状況の報告、実績報告、一定の財産処分の制限です。これらの負担は交付を受けた事業者にしか及ばない。だから、譲受人の下で工場が動いていても、補助金の目的は十分に達成されない――そういう筋です。なお第一審は、本件では製造事業が譲渡されたわけではなく、固定資産としての土地建物等が譲渡されたに過ぎないことも併せ考慮しています。

(3)控訴審は「一律に」と言い切りました

引用(名古屋高金沢支判令和5年3月22日・第3の3(1)ア)

「本件助成金の交付を受けた事業者とは別の事業者が基準内工場を運営した場合、当該別の事業者は本件助成金に係る贈与契約の当事者ではないのであるから、被控訴人は、当該別の事業者が受交付者の包括承継人であるなどの特段の事情のない限り、本件助成金の交付に当たって受交付者に課した負担を当該別の事業者に課すことはできず、本件助成金交付の趣旨・目的を十分に達成し得ないおそれがあることからすれば、本件交付要綱9条3号は、本件助成金の交付を受けた事業者が基準内工場の運営に関与しなくなれば、その後の基準内工場の運営がどのようなものであろうと、一律に「休廃業」があったものとする趣旨のものと解するのが合理的である。」

「その後の基準内工場の運営がどのようなものであろうと、一律に」。 これが、この裁判例のいちばん重い部分です。控訴審は、これに続けて、仮に譲受人による操業が同様の機能を維持し、域内の雇用の確保や産業の振興につながっているとしても、結論を左右しないと述べています。

(4)財産処分の制限と「休廃業」は別の話である

控訴審は、交付規則19条1項が市長の承認を受けた譲渡を認めていることを根拠に「譲渡が許容されているのだから休廃業に当たらない」とする控訴人の主張も、排斥しました。

引用(名古屋高金沢支判令和5年3月22日・第3の3(1)イ(エ))

「そもそも、補助事業により取得した不動産及びその附帯設備の譲渡と、補助事業者の休廃業とは、必ずしも連動するものではない。」

財産処分のルールと返還事由のルールは、別の規定・別の趣旨である。だから、前者の承認があっても後者の返還事由は消えない。――この切り分けは、国の補助金でも同じように効きます。

4 「責めに帰すべき事由」――市場の読み違いも経営判断である

原告は、液晶パネルの価格競争の激化と技術革新による市場の縮小により、やむを得ず譲渡したのであって、「責めに帰すべき事由」はないと主張しました。第一審は、これも採りませんでした。

引用(金沢地判令和4年3月29日・第3の2(2)ア)

「以上からすると,本件交付要綱9条3号にいう「責めに帰すべき事由」には,工場の新設に先立つ需要,市場環境等に係る事業者の分析及び予測と,その後に実際に生じた状況とが乖離したことにより,事業者の経営状態が悪化し,又は事業・生産拠点の再編を要するなどして,事業者の経営判断の下,工場の運営開始から相応の期間が経過していないにもかかわらず,これを休廃業する場合も含まれると解すべきである。」

市場の見通しを誤ったこと自体が、事業者の分析及び予測と現実との乖離であり、そこから生じた撤退の判断は事業者の経営判断である。だから「責めに帰すべき事由」に当たる。――こういう当てはめです。この読み方によれば、「不可抗力だった」という主張はきわめて通りにくくなります。市場環境の変化は、工場を新設する時点で事業者が分析し予測すべき事項に含まれるからです。控訴審も、交付要綱9条3号に「その他の」という文言があることを捉えて不正受給に匹敵する悪質性を要するとした控訴人の主張を、「その他の」は不正受給や条件違反に起因して休廃業する例外的な事態について1号・2号で対処することを注意的に規定したものにすぎないとして、排斥しています。

もっとも、この判示は当該交付要綱の文言の解釈です。国の補助金では、補助金適正化法17条1項が取消事由を三つの類型に限っており、「責めに帰すべき事由による休廃業」という類型はありません。要綱に独自の返還事由が置かれている自治体助成金と、法律が取消事由を限定している国の補助金とでは、この点で出発点が違います。取消事由が三つに限られることは補助金の交付決定の取消し・返還請求で扱っています。

5 返還額は全額か――按分の主張が排斥された理由

(1)原告の按分主張

原告は、交付要綱9条柱書が返還を求め得る期間を「交付を受けた日から5年を経過する日までの間」としていることを手がかりに、この5年を分母として、実際に操業した期間に応じて返還額を按分すべきだと主張しました(返還義務は2億3551万9126円を超えない、という主張です)。

(2)第一審の枠組み――原則は全額、一部返還は例外

第一審は、交付要綱9条柱書の「全部又は一部」を次のように解しました。

引用(金沢地判令和4年3月29日・第3の3(1)イ)

「以上によれば,本件交付要綱9条3号の事由が認められる場合における同条柱書の「全部又は一部」の合理的な意思解釈としては,原則として,事業者は,交付された本件助成金の全部を返還すべきであり,例外的に,従前の事業の活動状況,休廃業後の工場の稼働状況や従業員の雇用継続状況等の諸事情に照らし,本件助成金の交付を受けた事業者が,全体的・実質的にみて,本件助成金交付の趣旨・目的とするところの白山市の雇用の確保及び産業の振興に相当程度貢献したと評価できる場合に限り,一部の返還に留めることを定めたものと解するのが相当である。」

全部が原則で、一部は例外。例外に入る基準は「相当程度貢献したと評価できる場合」です。第一審は、5年という期間の意味についても、助成金交付の目的が5年で達成されることを前提にした期間ではなく、事業者に無制限の返還義務を課すことが酷であることを考慮したものにすぎないとしました。5年を分母とする按分の前提自体が失われる、ということです。

(3)当てはめ――2年と191日では足りない

引用(金沢地判令和4年3月29日・第3の3(2)ア)

「以上の事情に照らすと,全体的・実質的にみて,前記の本件助成金交付の趣旨・目的が,原告によって相当程度に達成されたと評価することはできず,他にこのことを認めるに足りる証拠はない。」

第一審は、原告が実際に工場を操業した期間が2年と191日であること、この間に一時的・短期的な雇用の創出に貢献したことは否定できないとしつつ、操業期間が短く、雇用した従業員は譲渡後に市内で雇用されていないこと、原告は譲渡後は工場の操業に関与していないことを挙げ、従業員の雇用が長期的に継続し、新規雇用した従業員が市内に定住し、地域経済への波及効果をもたらしたという関係を認めることはできないとしました。結論として、10億円全額の返還義務が認められています。

ここで注意していただきたいのは、「相当程度に達成された」ことの立証責任が、事実上、事業者の側に置かれていることです。 判決は「他にこのことを認めるに足りる証拠はない」と書いています。一部返還にとどめるべき事情は、事業者が証拠で示さなければならない――そう読める書き方です。なお、市の側の、床面積に応じて返還額を定める趣旨であるという主張も排斥されています。返還額の計算の仕組みそのものは補助金の返還額はどう計算するのかにまとめています。

6 控訴審――比例原則で対比すべきは「見込んでいた経済効果」

(1)控訴人の比例原則の主張と、控訴審の答え

控訴審で、控訴人は、返還の範囲については一種の比例原則が適用されるべきであると主張しました。工場の建設・設備投資・生産による経済波及効果として生産誘発額で二千数百億円規模の試算を示し、助成金10億円をはるかに上回る経済効果が生じているから、返還は全て否定されるべきであるという主張です。

控訴審は、比例原則の考え方が適用される余地を正面から否定しませんでした。しかし、対比の対象を入れ替えました。

引用(名古屋高金沢支判令和5年3月22日・第3の3(3)ア)

「そうとすれば、仮に、控訴人が主張するとおり、本件助成金の返還が認められる範囲について一種の比例原則の考え方が適用されるべきであると解する余地があるとしても、そこで対比すべきなのは、補助事業によりもたらされた経済効果と本件助成金の額ではなく、本件助成金の交付に当たって見込まれていた経済効果と実際に補助事業の遂行によってもたらされた経済効果であるといわざるを得ない。」

対比するのは「経済効果と助成金の額」ではなく、「見込んでいた経済効果と実際の経済効果」である。――この入れ替えによって、控訴人の主張は成り立たなくなりました。控訴審は、事業計画書に記載された投資予定額が1864億3020万円に上ること、249名の被用者の労務費等の固定費を費やすに見合う収益を挙げるべき期間として10年、20年といった長期間が想定されていたことは容易に推認できると述べ、控訴人が現に工場を操業することによってもたらした経済効果は、交付及びその額が決定された際に当事者双方が見込んでいた経済効果をはるかに下回るから、全額の返還を求めることが比例原則に反するとはいえないと結んでいます。

この枠組みは、補助金一般に及び得るものです。比例原則を持ち出すのであれば、地域全体への波及効果を積み上げて助成金の額と比べるのではなく、交付の時点で見込まれていた水準を基準に、実績がそこにどれだけ届いたかを示すことになります。裏から読めば、申請時の事業計画に書いた数字が、後に自分を縛るということです。

(2)5年の意味について、控訴審が付け加えたこと

控訴審は、交付要綱が5年経過後の休廃業について返還を求めないものとした趣旨を、次のように述べています。

引用(名古屋高金沢支判令和5年3月22日・第3の3(3)ア)

「その趣旨は、上記雇用の確保及び産業の振興自体は被控訴人のいわば永遠の政策課題であるけれども、受交付者が、助成金の返還義務を課されることを恐れて、合理性のなくなった補助事業を永続させることが酷であり、かえって被控訴人の域内における健全な産業の振興にもつながらないこととなり得ることを考慮して、受交付者を所定の年限をもって助成金の返還義務から解放することにあると解すべきである。」

返還義務を恐れて合理性を失った事業を続けることは、事業者にとって酷であり、地域の産業振興にもつながらない。――この一文は、処分制限期間や事業計画期間の意味を考えるうえで、事業者の側が使える言葉です。期間の経過が何を意味するかは処分制限期間は何年かで扱っています。

(3)交付要綱が公表されていなかったこと

最後に、本稿としてどうしても指摘しておきたい事実があります。控訴審は、権利濫用の主張を検討する中で、次の事実を認定しました。

引用(名古屋高金沢支判令和5年3月22日・第3の2(1)補正後のア なお書き)

「なお、証拠(甲98、99、101)によれば、被控訴人は本件交付要綱を「告示」として制定しておきながら、自ら開設するウェブサイトに掲載せず、担当職員の中にはこれを非公開のものと認識している者もいることがうかがわれるが、被控訴人が控訴人に対して殊更に本件交付要綱の存在及び内容を秘匿する方針を採っていたとまで認めるに足りる証拠はないのであるから、控訴人がその内容を知らないまま本件助成金の交付を受けたのは、単に控訴人がその内容を被控訴人に問い合わせなかったからにすぎないということもできる。」

結論として、控訴審は、交付要綱の内容を示されなかったことは拘束力を免れる理由にならないとしました。判決の結論としては、そのとおりでしょう。交付申請書に「交付要綱の規定により申請する」と書いて提出したのであれば、内容を確かめなかったことの不利益は申請者が負うことになります。

しかし、運用としては別です。告示として制定した規範をウェブサイトに掲載せず、担当職員の一部がこれを非公開のものと認識していたという状態は、10億円の返還の根拠となる規範の扱いとして不適切であったと言わざるを得ません。 交付要綱は、交付決定通知書で「従うこと」を条件とされた規範です。その内容が、交付の段階で事業者の手元にないまま交付が実行され、返還請求の段階で初めて示されるという順序は、制度の設計として逆です。

この点は、自治体の補助金に限りません。国の補助金でも、交付規程・公募要領・手引き・事務局の運用資料のどこに何が書かれているかが分かりにくく、改訂のたびに内容が変わります。交付決定の時点で、交付の条件となる文書を全て取り寄せ、版と日付を記録して保管しておくことが自衛の第一歩になります。交付規程に書かれていることが補助条件違反に当たるかという論点は交付規程違反は補助条件違反に当たるのかで扱っています。

7 国の補助金ならどうなるのか――承認・承継・残存簿価

ここからは、国の補助金(補助金適正化法が適用される補助金)と比べます。本稿の事案は自治体の助成金ですので、以下は制度の比較であり、本件の判示ではありません。

(1)適正化法22条――「交付の目的に反して」が要件である

国の補助金では、取得財産の処分は次の条文で制限されます。

引用(補助金適正化法22条)

「補助事業者等は、補助事業等により取得し、又は効用の増加した政令で定める財産を、各省各庁の長の承認を受けないで、補助金等の交付の目的に反して使用し、譲渡し、交換し、貸し付け、又は担保に供してはならない。ただし、政令で定める場合は、この限りでない。」

「交付の目的に反して」という要件が置かれていることが重要です。最三小判令和3年3月2日に関する調査官解説は、承認の対象について次のように述べています。

引用(最判解民事篇令和3年度86頁)

「このような法22条における各省各庁の長の承認の効果からすると,その対象は,補助事業等により取得した財産を補助事業者等において補助目的に沿って管理しなくなることであると解され,『補助金等の交付の目的に反して使用し,譲渡し,交換し,貸し付け,又は担保に供し』とは,補助事業者等において補助目的に沿って管理しなくなる具体例として挙げられているもののように思われる。」

本稿の事案の交付要綱9条3号は、これとは構造が違います。「休廃業」という事実に着目し、「その後の基準内工場の運営がどのようなものであろうと、一律に」該当するとされました。目的に反するかどうかを問う余地がないのです。自治体の要綱型の返還事由と、法律が「交付の目的に反して」を要件とする国の補助金とでは、争い方が変わります。

(2)国の補助金には「承認を受けて処分する道」がある

国の補助金では、処分制限期間内の財産処分について、承認を受けて行う手続が整備されています。事業再構築補助金の事務局の公式ページ(財産処分|事業化状況報告|事業再構築補助金)は、次のように案内しています。

引用(事業再構築補助金事務局「財産処分」https://jigyou-saikouchiku.go.jp/jigyouka/zaisanshobun.html )

「本補助金により取得した財産を処分制限期間内(※)に処分する場合は事前に事務局の承認を得る必要があります。事前の承認を得ずに財産を処分してしまった場合は交付決定を取り消される場合があります。 なお、財産処分を行った場合、該当処分財産の残存簿価相当額又は時価(譲渡額)を基に算出した補助金の全部または一部に相当する金額を納付する必要があります。」

承認を受けて処分した場合の負担は、「残存簿価相当額又は時価(譲渡額)を基に算出した補助金の全部または一部に相当する金額」の納付です。処分制限期間のうち残っている期間に対応する部分を納付するという考え方で、経過期間は考慮されます。本稿の事案で原告が主張した按分の考え方が、国の補助金では承認手続の中に組み込まれているわけです。

この差は決定的です。 承認を受けずに処分すれば、取消しと全額返還、さらに加算金という筋に乗ります。承認を受けて処分すれば、残存簿価相当額等の納付で足ります。負担の大きさがまったく違います。廃棄・処分と残存簿価の関係は設備の廃棄処分と残存簿価にまとめています。

(3)国の補助金には「地位を承継させる道」もある

さらに、国の補助金には、事業者の地位そのものを承継させる手続があります。同じ事務局のページ(事業化状況報告|事業再構築補助金)には、「補助事業完了後の事業計画の承継」として、様式第14-2(補助事業完了後の事業計画の承継届出書)と誓約書の様式が掲げられ、事業化状況報告システムから届出を行うこととされています。

本稿の事案では、第一審が、交付を受けた事業者とは別の事業者が工場を運営すると「上記各負担を負わない」ことを「休廃業」に当たる根拠に挙げ、控訴審も、譲受人が「受交付者の包括承継人であるなどの特段の事情のない限り」負担を課すことはできないと述べ、譲受人が負担を承継したことを認めるには足りないと認定しました。つまり、裁判所が重く見たのは「負担を負う者が入れ替わってしまったこと」です。 そして、国の補助金には、まさにその入れ替えを制度として処理する承継の届出があります。本稿の事案の交付要綱には、それがありませんでした。事業譲渡に伴って補助事業者の地位を承継させられるかどうかが、結論を分け得る分岐点である――ここから、そう見えてきます。

(4)公式の案内は、どこまで説明しているか

もっとも、国の補助金の公式の案内にも、申し上げておきたいことが二つあります。

第一に、無承認処分の帰結の説明が足りません。前掲の公式ページは、「事前の承認を得ずに財産を処分してしまった場合は交付決定を取り消される場合があります」としか書いていません。そして、よくあるご質問の形で、次の問答が掲げられています。

引用(同ページ「よくあるご質問」Q7)

「Q7 事前に事務局の承認を得ずに財産を処分してしまったが、どのように手続きすればよいか。 A 事前の承認を得ずに財産を処分してしまった場合は交付決定が取り消される場合があります。承認前に処分された場合はこちらからお問い合わせをお願いします。」

事業者にとっていちばん重い分岐点――承認を得ずに処分してしまった後に、事後の承認を受けて残存簿価相当額等の納付で収めることができるのか、それとも取消しと全額返還に進むのか――について、基準が何も示されていないのは不十分であると言わざるを得ません。 示されているのは「お問い合わせをお願いします」という案内だけです。しかも、補助金適正化法17条1項は交付決定の「全部又は一部」を「取り消すことができる」と定めているのであって、取消しが義務づけられているわけでもなく、全部取消しが当然でもありません。公式の案内が「取り消される場合があります」とだけ述べ、取消しの範囲や事後承認の余地に触れないことによって、事業者は、実際には争える場面でも争わないまま全額の返還に応じてしまいます。取消しの裁量については補助金の交付決定の取消しに裁量はあるのかで扱っています。

第二に、目的外使用の説明が、条文より広く読めます。同じページは、取得財産を既存事業に使う場合について次のように案内しています。

引用(同ページ「よくあるご質問」Q24)

「補助事業により取得した資産は、原則として専ら補助事業に使用される必要があります。既存事業等、補助事業以外で用いた場合、目的外使用と判断し、残存簿価相当額等を国庫に納付いただく必要がございますのでご注意ください。」

「補助事業以外で用いた場合、目的外使用と判断し」と言い切る書き方は、適正化法22条が「補助金等の交付の目的に反して」を要件としていることと、前掲の調査官解説が承認の対象を「補助目的に沿って管理しなくなること」と読んでいることに照らすと、条文より広いと言わざるを得ません。 補助事業以外に使ったかどうかと、補助目的に沿って管理しなくなったかどうかとは、同じではありません。もちろん、事務局としては紛れのない運用の基準を示す必要があるのでしょう。しかし、それは運用の基準であって、法が定めた要件そのものではありません。この区別が示されないまま「判断し」と書かれていることで、事業者は、法律上は争える余地のある場面でも、はじめから納付を前提に考えることになります。目的外使用の判断枠組みは補助金の目的外使用とは何かで扱っています。

8 同じ結果を避けるために

以上を踏まえ、この裁判例と同じ結果を避けるために何をしておくべきかを、当職の整理として述べます。

(1)処分・譲渡の前に、承認と協議を済ませる

いちばん大きいのは、ここです。国の補助金であれば、財産処分の承認を受けてから処分する。事業譲渡の形で事業を引き継ぐのであれば、承継の届出を併せて検討する。自治体の助成金であれば、交付要綱・交付規則・条例を取り寄せ、返還事由の規定と、承継の仕組みがあるかどうかを確かめ、担当課と協議した内容を書面(メールで足ります)に残す。

本稿の事案では、控訴人は譲渡に際して事前に市に報告しており、市も譲受人の下での高稼働が期待できることを歓迎していたと主張しました。控訴審は、「被控訴人が本件譲渡を歓迎していたことの意味合いについて検討するまでもなく」として、この主張を判断の対象にしませんでした。歓迎されたことや、口頭で了解を得たことは、承認の代わりにはなりません。 必要なのは、どの規定に基づく手続として、誰が、いつ、何を承認したのかが特定できる記録です。

(2)譲渡の形を選ぶ

本稿の事案では、資産譲渡の形が取られ、従業員は引き継がれませんでした。控訴審は、これを事業譲渡と同視することは困難であるとしています。事業の引継ぎとして実質を備えるのであれば、従業員の雇用の引継ぎ、取引関係の承継、そして補助事業者としての義務の承継を、契約書と届出の両面で形にしておくことが効きます。廃業と事業譲渡の分かれ目は補助事業を途中でやめる――廃業か、事業譲渡かで扱っています。

(3)補助目的の達成を、数字で残す

一部返還にとどめるべき事情は、事業者が証拠で示すことになります。第一審が挙げた考慮要素は、従前の事業の活動状況、休廃業後の工場の稼働状況、従業員の雇用継続状況です。残しておくべきものは具体的です。操業期間と稼働実績、雇用した人数と在職期間、地元での採用と定住の状況、地元事業者との取引実績、納税額、設備の稼働記録、事業化状況報告の控え。控訴審の枠組みに乗せるのであれば、さらに、申請時の事業計画の数字と実際の実績とを並べた資料、そして実績が計画を下回った原因を説明できる資料が必要になります。

(4)通知が届いたら、期間を確かめる

本稿の事案は、助成金交付に処分性がないという前提で債務不存在確認訴訟の形を取りました。しかし、処分性があるとされる補助金・助成金では、不服申立てや取消訴訟の期間があります。「どちらの手続で争うべきか」の判断を誤ると、期間の経過で争えなくなります。 出訴期間の問題は取消訴訟の出訴期間で、通知が届く前にしておくべきことは取消しの通知が届く前にしておくべきことで扱っています。

9 まとめ

金沢地判令和4年3月29日は、市の工場立地助成金の交付を負担付贈与と位置づけ、取消決定等に処分性を認めませんでした。そして、交付を受けた事業者自身が工場の運営から離れた以上、交付要綱にいう「休廃業」に当たるとし、市場環境の読み違いから生じた撤退の判断も「責めに帰すべき事由」に含まれるとして、助成金10億円全額の返還義務を認めました。「全部又は一部」については、全部返還が原則であり、交付の趣旨・目的を「相当程度」達成したと評価できる場合に限って一部にとどまるとし、操業期間2年と191日ではこれを認めていません。

名古屋高金沢支判令和5年3月22日は、譲受人の下での工場の運営がどのようなものであろうと「一律に」休廃業があったものとする趣旨であるとし、比例原則の主張についても、対比すべきは補助事業がもたらした経済効果と助成金の額ではなく、交付の時点で見込まれていた経済効果と実際の経済効果であるとして、全額返還を是認しました。上告受理の申立ては、最三小決令和6年4月3日により不受理とされ、確定しています。

事業者にとって厳しい裁判例です。ここから引き出せる教訓は、はっきりしています。譲渡や処分を実行した後に「結果として地域に貢献している」と主張しても通りにくい、ということです。効くのは、実行する前の承認と協議、そして補助目的の達成を示す記録です。

国の補助金には、承認を受けて処分する道と、補助事業者の地位を承継させる道とが用意されています。前者であれば、負担は残存簿価相当額等の納付にとどまります。本稿の事案の助成金には、そのどちらもありませんでした。もっとも、国の補助金の公式の案内も、無承認で処分してしまった後の事後承認の可否について基準を示しておらず、目的外使用については条文より広い言い方をしています。公式の案内に書かれていることが法律上の結論と同じであるとは限らない、ということは、申し上げておきたいところです。

ご相談をお考えの事業者の方へ

補助金や助成金を受けて取得した工場・設備について、譲渡・売却・貸付け・担保提供・廃棄をお考えの場合、実行の前であれば、取れる手はいくつもあります。承認申請で足りる場面か、承継の手続を併せて行うべき場面か、そもそも交付要綱に返還事由としてどう書かれているか。本稿の裁判例が示したのは、実行してからでは組み立てが限られるということです。すでに処分してしまった場合や、返還を求める通知が届いた場合も、取消しの根拠、取消しの範囲、返還額の算定にはそれぞれ検討の余地があります。交付決定通知書、交付規程・交付要綱・公募要領、取得財産等管理台帳、届いている通知書類があれば、具体的な検討ができます。不服申立てや訴訟には期間がありますので、早い段階でご相談ください。

士業の先生方へ

顧問先の事業再編・拠点統合・M&Aの検討の中で、補助金で取得した資産が対象に入ってくることがあろうかと存じます。本稿の裁判例は、譲渡の形の選び方(資産譲渡か事業譲渡か)、承継の届出の有無、事前の承認の有無が、10億円の返還の有無を分け得ることを示しています。スキームを固める前の段階でご相談いただければ、補助金側の制約を織り込んだ検討ができます。連携の形は士業の先生方へにまとめております。

※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第6節(3)、第7節(4)及び第8節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。

※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。

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