執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
補助金や奨励金の申請書・実績報告書に事実と違うことを書いていた、ということが後から問題になる場面があります。数字を多めに書いた、まだ揃っていない書類を揃ったものとして出した、実際には行っていないことを行ったものとして報告した。こうした指摘を受けたとき、事業者の側で最初に起きるのは、「書き方が悪かっただけなのに、詐欺だと言われている」という受け止めです。
このとき動いているのは、三つの別の責任です。第一に、交付決定の取消しと返還命令という行政上の処分。第二に、刑事責任。第三に、支給した側からの民事上の請求(損害賠償・不当利得)です。三つは、要件も、金額の範囲も、手続も違います。ところが届く文書は、「不正受給である」という一語でこの三つをまとめて示唆してくることが多く、どれがどこまで及ぶのかが見えません。
本稿で取り上げる大阪高判令和6年3月28日(判タ1533号66頁)は、この三つのうち三番目――支給した側が、受け取った側に対して民事で請求した事案です。もっとも、ここで争われた「補助金」は、国や自治体の補助金ではありません。新聞発行本社が、取引先である新聞販売店に対して支給していた、民間の補助金・奨励金です。公刊物で確認できるかぎり、補助金・奨励金の不正受給を理由とする損害賠償について、現在もっとも新しい高等裁判所の判断です。
この判決が維持した原審の判断には、読者にとって重い一文があります。不正な申請をしていなかったとしても受給できたであろう金額の限度で保持を認めてしまえば、不正な申請の抑止は期待できない。だから、不正な申請をした者には当該申請に係る補助金自体を一切支給しないという対応を取ることが合理的である。――つまり、「水増しした分だけ返せばよい」ではなく、全額が損害とされました。
公的補助金では、この点が少し違います。補助金適正化法29条1項の補助金等不正受交付罪について、最二小決平成21年9月15日(刑集63巻7号783頁)は、同罪は不正の手段と因果関係のある受交付額について成立するとし、交付を受けた補助金全額について成立するものではないとしました。他方で、同じ事実を詐欺罪(刑法246条1項)で起訴した事案では、全額について詐欺罪の成立を認めた下級審判決もあります。本稿では、民間の奨励金と公的補助金で何が同じで何が違うのかを、判決の言葉と文献の頁で分けて示します。刑事責任の一般的な整理そのものは、補助金の不正受給で刑事責任を問われるのかで扱っています。
1 「事実と違うことを書いた」と言われたとき、何が問われているのか
(1)三つの責任が、別の要件で動きます
公的補助金について「不正受給」と指摘された場合、次の三つが別々に動きます。
一つ目は、交付決定の取消しと返還命令です。補助金適正化法17条1項により交付決定の全部又は一部が取り消され、18条1項により取消しに係る部分の返還が命じられます。さらに19条1項の加算金(年10・95パーセント)が加わり、21条により国税滞納処分の例による徴収ができます。この仕組みは、補助金の交付決定の取消し・返還請求と補助金の返還額はどう計算するのかにまとめています。加算金と延滞金そのものは、加算金・延滞金はどうなるのかで扱っています。
二つ目は、刑事責任です。補助金適正化法29条1項は、次のように定めています。
引用(補助金適正化法29条1項)「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け、又は間接補助金等の交付若しくは融通を受けた者は、五年以下の拘禁刑若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」
三つ目は、民事上の請求です。支給した側が、受け取った側に対し、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償や不当利得の返還を請求するものです。
(2)民間の奨励金には、一つ目が存在しません
ここが、本稿の軸になります。
民間の企業間取引で支給される補助金・奨励金――取引先からの販売奨励金、販売協力金、本部からの助成金など――には、交付決定の取消しという行政処分の仕組みがありません。だから、支給した側が回収しようとすれば、残るのは三つ目、つまり民事上の請求です。加算金はなく、遅延損害金は民法の法定利率によります。強制徴収もできませんから、支給した側は訴訟を起こさなければなりません。
反面、支給した側の請求は、行政処分という形を取らないかわりに、民法709条の要件だけで判断されます。取消事由が三つの類型に限られているとか、処分の理由を示さなければならないとか、出訴期間があるといった行政法上の枠組みは、ここでは働きません。行政処分であれば争える点が、民間の奨励金では争えないことがあります。
そのうえで、二つ目の刑事責任は、どちらでも問題になり得ます。公的補助金には適正化法29条1項があり、民間の奨励金にはそれがないため、刑法246条1項の詐欺罪が正面から問題になります。
本稿で扱う大阪高判令和6年3月28日は、民間の奨励金について、三つ目の民事上の請求が認められた事案です。
2 事案――新聞販売店が、取引先の本社から支給された補助金・奨励金
(1)本訴と反訴が組み合わされた事件です
事案の形は、次のとおりです。
新聞発行本社の発行する新聞の販売店を経営していた者(控訴人)が、本社(被控訴人)に対し、販売店の経営に真に必要な部数を超える注文を指示されて新聞を供給された(いわゆる押し紙行為)として、不要な仕入代金相当額の支払を求めました(本訴)。これに対して本社が、販売店の経営者が本社から支給される補助金等を詐取したとして、不法行為に基づく損害賠償を求めました(反訴)。
原審である大阪地判令和5年4月20日は、本訴請求をいずれも棄却し、反訴請求については、奨励金の不正受給に係る部分の全額(94万0230円)と、補助金の不正受給に係る部分のうち887万6350円を認容しました。販売店の経営者が控訴しましたが、控訴審は控訴を棄却しました。
(2)押し紙の主張は退けられました
本訴については、本社に平成11年公正取引委員会告示第9号(新聞業における特定の不公正な取引方法)3項に該当する行為があったとは認められないとされました。注文部数は本社の指示によるものではなく、販売店の経営者が自らの判断で決めていたと認定されています。
この部分は、独占禁止法と新聞特殊指定の解釈という、補助金とは別の筋の議論です。本稿では立ち入りません。
(3)反訴――支給された補助金・奨励金の申請の仕方
反訴で問題になったのは、二種類の支給金です。一つは、販売店に支給される補助金(本社の内部的な取扱いの詳細は、判決の公刊された全文では非公開処理されています)。もう一つは、販売店の従業員を対象とした販売奨励に係る奨励金です。
原審が認定したところによれば、販売店の経営者は、平成24年4月から平成30年6月までの間、補助金の受給を申請する際、実際とは違う形に装った申請を繰り返していました。奨励金についても、支給の前提となる事柄を行うつもりがないのに、これを行うものとして報告を繰り返していたとされています。
なお、判決の公刊された全文では、申請の具体的な方法、支給基準、部数などが「■■■」として非公開処理されています。以下の引用でも、その部分はそのまま「■■■」として示します。制度の内容が伏せられていても、裁判所がどの筋道で結論を出したかは読み取れます。
3 大阪高判令和6年3月28日が維持した判断――なぜ「全額」が損害になったのか
控訴審は、反訴についての原審の判断を、一部の表現を補正したうえで維持しました。したがって、以下に引く説示は、控訴審が是認した判断です。
(1)事実と違う申請を繰り返したことが、不法行為とされました
原審の判断の核心が、次の部分です。本稿でもっとも重要な説示です。
引用(大阪地判令和5年4月20日・第3の13(1)ア。大阪高判令和6年3月28日が維持)「不正な 補助金 の申請があった場合に、不正な 補助金 の申請をしていなかったのであれば受給できたであろう 補助金 額の限度で申請者にその保持を認めてしまうと、不正な 補助金 の申請の抑止は期待できないことからすれば、■■■ 補助金 の申請を行った者については当該申請に係る 補助金 自体を一切支給しないという対応を取ることは最も合理的といえるから、被告は、■■■と認識していれば、それ以降、原告に対して■■ 補助金 自体を支給しなかったと認められる。」
組み立てを分けて読みます。
第一に、問いの立て方です。裁判所は、「水増しした分はいくらか」を問いませんでした。問うたのは、「支給する側が事実を知っていたら、支給したか」です。
第二に、答えの導き方です。不正な申請をしていなければ受給できたであろう金額の限度で保持を認めてしまえば、不正な申請の抑止は期待できない。だから、不正な申請をした者には、その申請に係る補助金自体を一切支給しないという対応を取ることが合理的である。――抑止という観点から、支給側がそういう対応を取るであろうことを認定しています。
第三に、受け取る側の認識です。「このことは、既に述べた点に加え、■■■ことなどからすれば、原告において、少なくとも認識し得たというべきである」とされています。支給側が全額を支給しなかったであろうことを、受け取る側も認識し得た、という認定です。
そして結論です。
引用(大阪地判令和5年4月20日・第3の13(1)ア。大阪高判令和6年3月28日が維持)「そうすると、原告は、被告に対して■■■ 補助金 の申請をして受給することで、被告から■■ 補助金 を詐取したといえ、この原告の行為は不法行為に当たる。」
奨励金についても、同じ筋道です。
引用(大阪地判令和5年4月20日・第3の13(2)ア。大阪高判令和6年3月28日が維持)「そうすると、原告は、被告に対して■■■するつもりがないにもかかわらず、■■■ 補助金 を受給することで、被告から■■■ 補助金 を詐取したといえ、原告のこれらの行為はそれぞれ不法行為に当たる。」
(2)「不正がなければもらえたはずの分」は差し引かれませんでした
損害額の認定も、この筋道をそのまま貫いています。
原審は、支給された補助金合計907万6350円のうち、不正な申請に係るものではない20万円を除いた887万6350円を損害としました。奨励金については、支給を受けた合計99万0230円のうち、本社が損害として主張した94万0230円の限度で賠償責任を認めています。
つまり、差し引かれたのは「不正な申請に係るものではない部分」だけです。不正な申請に係る支給金については、適正に申請していれば受け取れたであろう金額を差し引くという処理はされていません。
控訴審は、この結論を次のように確認しました。
引用(大阪高判令和6年3月28日・第4)「以上によれば、本訴請求は理由がないからいずれも棄却すべきであり、反訴請求は981万6580円及び内金94万0230円(■■■ 補助金 の不正受給分)に対する最終受給月の翌月1日である平成30年1月1日から、内金887万6350円(■■ 補助金 の不正受給分)に対する最終受給月の翌月1日である同年7月1日から各支払済みまで改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命ずる限度で理由があるから一部認容し、その余の請求を棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当である。」
遅延損害金は、改正前民法の法定利率である年5パーセントです。公的補助金の加算金(年10・95パーセント)より低いものの、最終受給月の翌月1日から起算されていることに注意が必要です。不正受給が指摘された日からではなく、受給の直後からです。
(3)「支給する側が黙認していた」という主張
受け取った側は、支給側が申請を承諾していた、あるいは詐取を黙認していたと主張しました。控訴審は、これを次のように退けています。
引用(大阪高判令和6年3月28日・第3の1(19))「前記12(1)イのとおり、控訴人が■■ 補助金 を申請する際に、■■■を提出していなかったにもかかわらず、被控訴人がこれを特に問題視することなく、上記申請に基づいて控訴人に■■ 補助金 を支給していたことが認められる。しかしながら、被控訴人は、通常の業務の取扱いとして、控訴人から■■■して、上記 補助金 を支給することとしていたものと認められ、被控訴人と各販売店の契約関係に照らし、かかる処理をもって特に不合理ということはできないから」
読みどころは、裁判所が事実を認めたうえで評価を分けたところです。必要な書類が出ていないのに、支給側がこれを特に問題視せず支給していた――この事実自体は認められました。それでも、支給側の処理が通常の業務の取扱いとして不合理とはいえないから、承諾があったとは認められない、という結論です。
ここは、実務上とても効いてきます。「申請を出したら通ったのだから、問題はなかったはずだ」という言い方は、裁判所では通りにくい。審査する側が形式的な確認で済ませていたとしても、それが通常の業務の取扱いとして不合理でない限り、申請を承諾したことにはならない、という整理です。
控訴審は、当審における主張についても、「被控訴人は、控訴人が■■ 補助金 を詐取することを黙認していたし、■■■ 補助金 の詐取により被控訴人に損失は生じない」などの主張を、理由がないか判断を左右しないものとして退けています。
4 公的補助金なら、どこが違うのか
ここまでが民間の奨励金の話です。では、公的補助金ではどうなるのか。三つの点で違いがあります。
(1)29条1項は、欺罔と錯誤を要しません
まず、入口の条文が違います。
民間の奨励金で「詐取」が問題になるとき、民事では民法709条、刑事では刑法246条1項の詐欺罪が枠組みになります。詐欺罪は、欺罔行為があり、それによって相手方が錯誤に陥り、その錯誤に基づいて財物が交付されたという連鎖を要します。
公的補助金には、これに加えて補助金適正化法29条1項があります。そして、この条文の構造は詐欺罪と違います。小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)394頁は、この点を次のように注意しています。
引用(小滝・前掲394頁)「なお、不正の手段と補助金等の交付との間には、詐欺罪におけるごとく欺罔行為によって錯誤が生じ、その錯誤に基づいて補助金等が交付されたというような関係を要しないことに注意すべきである。」
公的補助金では、交付行政庁を欺いたかどうかにかかわらず、「偽りその他不正の手段」と交付との間に相当因果関係があれば、29条1項の罪は成立し得る。この点は、民間の奨励金について詐欺罪や民法709条で争う場合よりも、要件が広いということになります。
もっとも、小滝・前掲393頁は、同項の「不正の手段」が及ぶ範囲について歯止めも示しています。同頁は、同項が法令違反に至らない行為――単に補助金等交付要綱などの行政規則に反するだけの手続違反的なもの――についてまで罪責を問う趣旨ではないと解すべきであるとしています。交付規程に書かれていることに反したという指摘が、そのまま法令違反になるかどうかは別の問題です。この点は、交付規程違反は補助条件違反に当たるのかで扱っています。
(2)金額の範囲は、最高裁が因果関係で切っています
次が、本稿の対比のかなめです。
公的補助金の刑事責任について、最二小決平成21年9月15日(刑集63巻7号783頁、判タ1318号127頁)は、補助金等不正受交付罪の成立範囲を、次のように限定しました。対象外の牛肉や実在しない牛肉を上乗せして補助金の交付を受けた事案です。
引用(最二小決平成21年9月15日)「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律29条1項の文理及び趣旨に照らせば,補助金等不正受交付罪は,不正の手段と因果関係のある受交付額について成立するものと解するのを相当とする。 そして,因果関係については,不正の手段の態様,補助金交付の目的,条件,交付額の算定方法等を考慮して判断することが相当である。」
※ 引用は、手元の判決全文の表記(半角数字・全角読点)のままです。
そして当てはめです。
引用(最二小決平成21年9月15日)「そうすると,不正の手段と因果関係のある受交付額は,対象牛肉以外の又は実在しない牛肉に係る受交付額であり,補助金等不正受交付罪はその受交付額について成立するというべきであって,第1審判決及びこれを是認した原判決は,交付を受けた補助金全額について補助金等不正受交付罪の成立を認めた点において,法令の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。」
第一審と控訴審は、交付を受けた補助金全額について同罪が成立するとしていました。最高裁は、それを法令の解釈適用の誤りとしました。上乗せした分に対応する受交付額についてのみ成立する、というのが結論です。
小滝・前掲393頁も同じ立場です。同頁は、仮に不正の手段が講じられても、もともと補助金等の交付を受ける資格のある事業に対して正当な金額を受給した場合は同罪を構成しないと解すべきであるとし、正当に受給しうべき金額以上の過大交付を受けた場合には、当該超過部分についてのみ同罪が成立するものと解すべきであろうとしています。
したがって、公的補助金の刑事責任の金額の範囲と、本稿の民間の奨励金の民事上の損害額の範囲とは、逆の方向を向いています。刑事では、不正の手段と因果関係のある額に切られる。民間の奨励金の民事では、不正がなければもらえたはずの額を差し引かない。この違いが、同じ「不正受給」という言葉の中に同居しています。
(3)それでも、詐欺罪で起訴されれば全額になり得ます
もっとも、話はここで終わりません。
公的補助金の不正受給について、適正化法29条1項ではなく、刑法246条1項の詐欺罪で起訴される事案があります。文献上の整理では、同項は詐欺罪の特別規定であり、詐欺罪に優先して適用されるべきものと解するのが相当であるとされてきました(小滝・前掲397頁)。
ところが、福島地判令和元年5月10日は、この整理を採りませんでした。
引用(福島地判令和元年5月10日・争点に対する判断)「したがって,補助金等不正受交付罪が詐欺罪の特別規定であると解することは相当でなく,検察官において訴因を選択して,詐欺罪として起訴している以上,証拠上,詐欺罪の構成要件を満たすと認められるのであれば,詐欺罪の適用が妨げられるものではないというべきである。」
そして金額の範囲について、同判決は、全額について詐欺罪が成立するとしました。弁護人は、水増し請求部分に対応する部分に限られるべきであると主張しましたが、これを退けています。
引用(福島地判令和元年5月10日・争点に対する判断)「そうすると,本件では,交付を受けた本件補助金等の全額について,欺罔行為との因果関係が認められ,詐欺罪が成立するというべきであるから,弁護人の前記主張は失当である。」
導き方を見ていただきたいところです。同判決は、県や市の担当者が、事前に虚偽の内容を知っていたならば、申請手続を継続して適正な限度で補助金等を交付したとは認め難く、交付自体を拒絶したものと考えるのが合理的である、としました。――これは、本稿の大阪高判が維持した民事の判断と、同じ形の論証です。「知っていたら支給しなかった」から全額、という筋道です。
ここは、裁判所の間でも整理が分かれているところです。小滝・前掲396頁は、別の事案について、現実に所定の施設が建設され正当に補助金を受交付し得る部分が大半であったにもかかわらず補助金全額について補助金等不正受交付罪の成立を認定したことを、問題であると指摘せざるをえないとしています。難しい問題であり、本稿で結論を決めることはしません。
(4)行政の運用について
そのうえで、実務について一つ書いておきます。
最二小決平成21年9月15日は、公的補助金の刑事責任の範囲について、不正の手段と因果関係のある受交付額という限定を置きました。ところが、「不正受給」を理由として届く取消通知・返還命令の文書では、この限定がどう考慮されたのかが示されないまま、交付済みの全額と加算金の納付を求める形になっていることが少なくありません。刑事責任の範囲の限定が行政処分の範囲をそのまま決めるわけではないにしても、補助事業の実体がどこまで備わっていたのか、不正とされた部分がどの経費区分に対応するのか、全部取消しでなければならない理由は何か――これらが文書に書かれていないのであれば、受け取った側には、取消しの範囲が違反の程度に見合っているかを検討する材料が与えられていないと言わざるを得ません。適正化法17条1項が「全部又は一部を取り消すことができる」と定め、18条1項が返還命令の対象を「当該取消しに係る部分」に限っているのは、全部取消しだけが法の定める姿ではないからです。取消しの裁量という枠組みでの整理は、補助金の交付決定の取消しに裁量はあるのかで扱っています。
また、刑事責任の問題と取消しの問題は、別の仕組みです。「不正受給だから当然に全部取消しである」という一直線の論法は、条文の形に合っていません。処分の前に意見を述べる機会については、取消しの前に通知や弁明の機会はあるのかで扱っています。
5 この判決はどこまで使えるか――射程と限界
正直に書いておかなければならない部分です。
(1)民間の奨励金の事案です
大阪高判令和6年3月28日が判断したのは、民間企業間の取引における補助金・奨励金についての民法709条の適用です。補助金適正化法の事案ではありません。したがって、「この判決によれば公的補助金も全額が返還対象になる」という引き方はできません。
できるのは、次の二つです。一つは、民間の奨励金――取引先からの販売奨励金、本部からの助成金、支援機関からの協力金など――について不正受給を指摘された場合に、直接の裁判例として参照することです。もう一つは、公的補助金について「知っていたら支給しなかった」という形の論証が示されたときに、同じ形の論証が民事でも刑事でも用いられていることを踏まえて、その論証の前提事実を争うことです。
(2)論点の中心は押し紙でした
この事件の主たる争点は、本訴の押し紙行為の有無でした。補助金の詐取は反訴の争点であり、判決の分量としても限られています。公刊された全文では支給制度の内容が非公開処理されているため、どのような申請書に何を書いたことが「装った」とされたのかは、具体的には読み取れません。
したがって、本稿で紹介した説示は、金額の範囲についての判断の筋道として読むべきもので、どのような記載が不正な申請に当たるかの基準を示したものではありません。
(3)上告の有無
本判決について上告がされたかどうかは、手元の資料では確かめられていません。公刊物に上告審の裁判は見当たりません。同種の押し紙事案については、より新しい高等裁判所の判断(福岡高判令和7年7月3日・判タ1546号109頁)がありますが、こちらは販売店側の請求についての判断で、補助金・奨励金の不正受給を理由とする請求を扱ったものではありません。
福島地判令和元年5月10日についても、上訴審の裁判は確かめられていません。
6 では、何を問い、何を主張できるのか
ここからは、前記の判決・文献を踏まえた当職の整理です。
(1)「事実と違う」の中身を分けます
出発点は、何がどう事実と違うとされているのかを分けることです。
数字を多めに書いた(過大計上)のか。本来は対象外のものを対象として計上したのか。手続上の書類が揃っていなかったのか。報告の時点では事実だったが、その後に事情が変わったのか。計画していたが実現しなかったのか。――この区別は、金額の範囲に直結します。
最二小決平成21年9月15日の枠組みに乗せるなら、問いは「不正の手段と因果関係のある受交付額はいくらか」です。そして因果関係は、不正の手段の態様、補助金交付の目的、条件、交付額の算定方法等を考慮して判断されます。交付額が数量に比例して算定される補助金であれば、上乗せ分に対応する額を特定できます。逆に、交付額が数量に比例しない形で算定されている補助金では、この特定が難しくなります。公募要領と交付規程の算定方法をたどることが、作業の中心になります。
(2)「知っていたら支給しなかった」という論証を点検します
民事でも刑事でも、全額を根拠づける論証は、「支給する側が事実を知っていたら支給しなかった」という形を取ります。本稿の民間の奨励金の事案でも、福島地判令和元年5月10日でも、同じ形でした。
だとすれば、争う側が点検すべきことは、この前提です。
一つは、問題とされた記載が、支給の可否そのものを左右する事項だったのか、それとも金額の算定に関わる事項だったのかです。前者であれば全額という結論に傾き、後者であれば金額の範囲が問題になります。
二つは、支給する側が、その事項をどのように審査していたのかです。本稿の事案では、書類が出ていないのに支給側がこれを問題視しなかった事実が認定されたうえで、通常の業務の取扱いとして不合理ではないとされました。裏から読めば、支給側の処理が通常の業務の取扱いとして不合理であった場合には、別の評価の余地があるということになります。公的補助金では、交付決定の前に調査が行われ、実績報告の後に額の確定の手続が置かれています。その手続の中で何が確認され、何が確認されずに通されたのかは、記録に残っています。
三つは、「全部を支給しない」という対応が、その制度で実際に取られてきたのかです。本稿の事案で裁判所が合理的とした対応は、抑止という観点から導かれた仮定です。制度の側に、不正があった場合に当該部分のみを減額する仕組みが置かれているのであれば、同じ仮定が当てはまるとは限りません。
(3)金額と範囲を、別に争います
公的補助金では、金額について三つの層があります。
第一に、取消しの範囲です。17条1項は「全部又は一部」と定め、18条1項は返還命令の対象を「当該取消しに係る部分」に限っています。複数の設備・複数の経費区分からなる補助事業で、そのうちの一部についてのみ問題が指摘されているのであれば、全部取消しが当然ということにはなりません。
第二に、加算金です。19条1項の加算金は、受領の日から納付の日までの日数に応じて年10・95パーセントで計算されます。19条3項は、やむを得ない事情があると認めるときは全部又は一部を免除することができると定めています。
第三に、刑事責任の範囲です。最二小決平成21年9月15日の枠組みが働きます。
民間の奨励金では、争う層が一つ減ります。残るのは損害額であり、本稿の判決の判断を踏まえると、「不正がなければもらえたはずの額」という形の主張は通りにくい。そこで、不正な申請に係るものではない部分を切り出すこと――本稿の事案で20万円が差し引かれたのと同じ作業――が、現実的な主張になります。あわせて、遅延損害金の起算点(本稿の事案では各受給月の翌月1日)と、消滅時効(民法724条)も確認すべき点です。公的補助金の返還請求権の時効は、補助金の返還請求に時効はあるのかで扱っています。
(4)記録
以上の主張は、いずれも事実の裏づけを必要とします。
申請書と実績報告書の控え、算定の根拠となった資料、支給側とのやり取り(照会・回答・面談の記録)、審査の過程で求められた資料とその回答、支給の決定通知。本稿の事案では、販売店が自ら申告していた数値と、販売店が内部で作成していた集計表との食い違いが、認定の分かれ目になりました。内部の資料と、相手に出した資料との間に食い違いがあるのなら、その理由を説明できるようにしておく必要があります。説明がつかない食い違いは、不利に働きます。
納付命令が届いた段階の対応は、納付命令が届いたらにまとめています。取消通知が届く前に何をしておくべきかは、取消しの通知が届く前にしておくべきことにまとめています。
7 まとめ
補助金や奨励金の申請に事実と違うことを書いたら、詐欺になるのか。――答えは、どの責任を問われているかによって変わります。
民間の奨励金については、大阪高判令和6年3月28日(判タ1533号66頁)が維持した判断があります。不正な申請をしていなかったのであれば受給できたであろう金額の限度で保持を認めてしまうと、不正な申請の抑止は期待できない。だから、不正な申請をした者には当該申請に係る補助金自体を一切支給しないという対応を取ることが合理的である。この筋道で、支給された額のうち不正な申請に係るものではない部分だけを除いた全額が、不法行為による損害とされました。遅延損害金の起算点は、各受給月の翌月1日です。「申請が通ったのだから支給側も承諾していた」という主張は、支給側の処理が通常の業務の取扱いとして不合理でない限り、通りませんでした。
公的補助金では、補助金適正化法29条1項があります。同項は、詐欺罪のように欺罔行為と錯誤の連鎖を要しません(小滝・前掲394頁)。他方で、金額の範囲には限定が置かれています。最二小決平成21年9月15日は、補助金等不正受交付罪は不正の手段と因果関係のある受交付額について成立するとし、交付を受けた補助金全額について成立するものではないとしました。もっとも、同じ事実を詐欺罪で起訴した福島地判令和元年5月10日は、補助金等不正受交付罪を詐欺罪の特別規定と解することは相当でないとし、全額について詐欺罪の成立を認めています。裁判所の間でも整理が分かれているところです。
そして、公的補助金の取消しと返還は、刑事責任とは別の仕組みで動きます。適正化法17条1項は「全部又は一部を取り消すことができる」と定め、18条1項は返還命令の対象を「当該取消しに係る部分」に限っています。「不正受給だから当然に全部取消しである」という論法は、条文の形に合っていません。
問うべきことは、三つです。何がどう事実と違うとされているのか(支給の可否を左右する事項か、金額の算定に関わる事項か)。「知っていたら支給しなかった」という論証の前提は、この制度と、この審査の経過に当てはまるのか。そして、取消しの範囲・加算金・刑事責任の範囲は、それぞれ違反の程度に見合っているのか。
ご相談をお考えの事業者の方へ
「不正受給」という言葉が文書に現れた段階で、事実関係を認めるかどうかと、金額の範囲を争うかどうかは、別の判断です。事実関係に争いがないとしても、取消しの範囲、返還額、加算金、刑事責任の範囲には、それぞれ別の線が引かれています。交付決定通知書、交付規程・公募要領、申請書と実績報告書の控え、算定の根拠資料、届いている通知書類、交付行政庁や事務局とのやり取りがあれば、具体的な検討ができます。取消通知には不服申立ての期間がありますので、早い段階でご相談ください。民間の取引先から支給された奨励金・協力金について返還や損害賠償を求められた場合も、同じくご相談ください。出訴期間については出訴期間を過ぎてしまったらで扱っています。
士業の先生方へ
顧問先から「申請書の数字が実態と違っていたと指摘された」「実績報告書の書き方を問題にされている」というご相談を受けることがあろうかと存じます。申請の補正や説明で足りる場面と、取消しや刑事責任を見据えて組み立てる場面とでは、やるべきことが変わります。補助金適正化法の側からの検討が必要な場面では、その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方からのご相談も承っております。連携の形は士業の先生方へにまとめております。
※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第4節(4)及び第6節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。
※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。