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弁護士 岸上大起

金融機関や債権者は、補助金・助成金の入金を差し押さえられるのか――裁判例紹介:山口地下関支決平成24年1月10日

執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)

補助金や助成金が入る予定がある。つなぎ融資の返済期が近い。取引先への支払が滞っている。こうした場面で、「あの補助金が入るのだから、そこから回収できるはずだ」と考える方がいます。金融機関であれば、設備や船舶、建物に抵当権を取っているのだから、その設備の処分にともなって交付される助成金にも担保の効力が及ぶのではないか、と考えます。事業者の側も、「補助金が入ったら返します」という説明で融資を受けていることがあります。

本稿で取り上げる決定は、その考え方を正面から否定したものです。山口地下関支決平成24年1月10日(判タ1367号248頁)は、漁船に抵当権及び根抵当権を有する金融機関が、その漁船をスクラップ処分したことによって交付される不要漁船処理対策助成金の請求権に対し、物上代位権を行使して差押えを求めた事案です。裁判所は、申立てを却下しました。理由は二つです。助成金は政策的な目的に基づく奨励金の性質を有しており、船舶の価値に代替するものとはいえないこと。抵当権の設定当時、この助成金は想定されておらず、債権者がこれを担保として把握していたとはいえないこと。

ここから見えてくるのは、補助金・助成金の入金を押さえようとするときに越えなければならない関門が、一つではないということです。第一に、担保権の効力がその請求権に及ぶのか(物上代位の可否)。第二に、担保がないとして、一般の債権者として差し押さえられるのか(権利の性質上の差押禁止)。第三に、交付決定や額の確定がまだ出ていない段階でも差し押さえられるのか(将来債権の差押え)。この三つは、それぞれ別の問題です。

そして、その先にもう一つの問題があります。差し押さえられたとしても、現実に取れるかはまた別です。補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適正化法」といいます)20条は、交付行政庁が、返還命令に係る未納付額と他の同種の補助金等とを相殺できると定めています。同法21条は、返還命令に係る補助金等を国税滞納処分の例により徴収できるとし、その先取特権の順位は国税及び地方税に次ぐものとしています。補助金が入ってくる局面では担保の効力が及ばず、返還を命じられる局面では国が担保権者にも優先し得る。この非対称が、制度の中に組み込まれています。

本稿では、下関支部決定の判示を原文で示し、その手前にある「補助金の交付を受ける権利は差押えの対象になるのか」という古くからの問いを、大審院の三つの判例と民事執行の実務の整理から確かめます。そのうえで、事業者・金融機関・支援者がそれぞれ確かめておくべきことを整理します。なお、この決定は債権差押命令の申立てを却下した決定ですので、債権者は執行抗告をすることができますが(民事執行法145条6項)、抗告審の裁判は、手元の判例ライブラリにも公刊物にも見当たりませんでした。

1 「補助金が入るのだから回収できる」といえるか

(1)物上代位という仕組み

まず、担保権者が担保の目的物そのものではなく、それに代わる金銭を押さえる仕組みを確かめます。

引用(民法304条1項本文)

「先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することができる。」

この規定は、民法372条によって抵当権に準用されます。目的物が売られた、滅失した、損傷した――そのことによって債務者が受け取るべき金銭には、担保権の効力が及ぶ。これが物上代位です。目的物の価値が形を変えて金銭になったのだから、その金銭の上に担保権が残るという考え方です。

そこで、設備や船舶を補助金・助成金の制度に乗せて処分し、その処分を理由に交付金が出るという場面を考えてみます。目的物は消え、代わりに金銭が入ってくる。外形はよく似ています。だからこそ、担保権者はここに物上代位を考えます。

(2)しかし、「代わりに入ってくる金銭」であればよいわけではありません

条文が書いているのは、「目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷によって債務者が受けるべき金銭」です。目的物が無くなったのと同じ時期に入ってくる金銭であれば何でもよい、とは書かれていません。問われているのは、その金銭が目的物の価値の変形物といえるかどうかです。

補助金・助成金は、ここで性質が問題になります。補助金は、事業者が持っていた物の値段として支払われるものではありません。国や自治体が、政策の目的を実現するために、一定の行為をした者に対して交付するものです。価値の代替物ではなく、政策の対価に近い。――この違いが、下関支部決定の出発点になります。

(3)三つの関門を分けて考える

実務では、次の順で考えることになります。

一つ目は、担保権の効力がその請求権に及ぶか。これが物上代位の問題で、本稿の3で扱います。

二つ目は、担保がないとして、一般の債権者として差押えができるか。補助金の交付を受ける権利が、権利の性質上差押えのできない債権に当たらないかという問題です。4で扱います。

三つ目は、差押えができる性質の債権だとして、いつから差し押さえられるか。交付決定の前か後か、額の確定の前か後か。5で扱います。

この三つを混ぜて「補助金は差し押さえられるのか」と問うと、答えが出ません。順に分けて検討する必要があります。

2 事案――漁船の抵当権者が、減船の助成金を差し押さえようとした

(1)抵当権と根抵当権

昭和61年5月6日、漁船について、抵当権者を農林漁業金融公庫、債務者を債務者兼所有者とし、債権額を3億8000万円、利息を年6・2パーセント、損害金を年14・5パーセントとする抵当権の設定登記がされました。さらに平成3年5月23日、同じ船舶について、根抵当権者を農林漁業金融公庫、極度額を4億1000万円、被担保債権の範囲を証書貸付取引とする根抵当権の設定登記がされています。

平成20年10月1日、株式会社日本政策金融公庫法附則16条1項により、債権者が農林漁業金融公庫の一切の権利及び義務を承継しました(同条2項により国が承継する資産を除きます)。

(2)助成金の制度

平成21年4月1日、水産業体質強化総合対策事業の一環として、水産庁長官通知により、再編整備等推進支援事業の実施要領が定められました。同日、水産庁漁政部長通知により、その運用についても定められています。

この事業の目的は、我が国周辺水域及び国際漁場における資源状況が低迷していることに鑑み、資源水準に見合う漁業の体制を構築するための減船及び資源管理を図るための漁獲対象魚種又は漁業種類の転換を実施するに当たり、漁業経営等への影響を緩和し、資源の管理及び回復並びに漁業生産構造の再編整備の円滑な推進を図ることにあるとされていました。

仕組みは、国の補助金で基金を造成し、事業主体が事業実施機関に助成し、事業実施機関が事業資金を造成して、減船等対象漁船のスクラップ処分等を行った者に不要漁船処理対策助成金を交付するというものです。スクラップ処分等には、解体や焼却のほか、魚礁設置事業に使用するための沈船処分、そして被災漁業者等への漁船の譲渡が含まれていました。

ここで押さえておきたいのは、助成金の額の算定方法です。 決定が認定したところでは、スクラップ処分等を行う漁船については、総トン数の数値、漁船の種類による基準単価、船齢などを考慮して算定し、進水年月日が昭和49年7月1日以降で船齢25年以上の鋼船については、船齢にかかわらず同一の割合(0・18)を乗ずることにより算定するとされていました。そして、スクラップ処分等を被災漁業者等への漁船の譲渡の方法によって行う場合には、譲渡によって得た金額を控除して算定することとされていました。

つまり、譲渡代金は控除項目として別に立てられていた、ということです。この一点が、後の判断で決定的に働きます。

(3)国の制度でありながら、法律に根拠がない

なお、この助成金の制度は、法律でも政令でも省令でもなく、水産庁長官の通知による実施要領で組み立てられています。事業主体は公募要領により選定され、事業実施機関は事業計画を作成して水産庁長官の承認を受ける、という段取りです。

国の予算に基づく国の補助金を原資にしながら、権利義務の内容は通知で定まっている。この構造は、今の事業再構築補助金やものづくり補助金などでも大きく変わりません。公募要領と交付規程で中身が決まり、法律の側には適正化法という一般的な枠だけがある。後記4(3)で触れるとおり、この構造は、第三者の権利との関係を考えるときに無視できない意味を持ちます。

3 山口地下関支決平成24年1月10日――抵当権の効力は助成金の請求権に及ばない

(1)判示事項

まず、決定の判示事項として掲げられている一文です。

引用(山口地下関支決平成24年1月10日・判示事項)

「船舶に対する抵当権及び根抵当権の効力が再編整備等推進支援事業における不要漁船処理対策助成金に係る請求権に及ばないとして,物上代位権の行使が否定された事例」

参照条文として掲げられているのは、民法372条と民法304条です。前記1(1)で見た物上代位の規定です。

(2)助成金の性質――政策的な目的に基づく奨励金

判断の中心は、次の一段です。

引用(山口地下関支決平成24年1月10日・第2の2)

「前記1(3)のとおり,本件助成金は,我が国周辺水域及び国際漁場における資源状況が低迷していることに鑑み,資源水準に見合う漁業の体制を構築するための減船などを実施するに当たり,漁業経営等ヘの影響を緩和し,資源の管理及び回復並びに漁業生産構造の再編整備の円滑な推進を図るという政策的な目的に基づく奨励金の性質を有しており,その算定方法などに照らしても,船舶の価値に代替するものであるとはいうことができない。特に,漁船のスクラップ処分等を被災漁業者等への漁船の譲渡の方法によって行う場合にあっては,譲渡によって得た代金のほかに助成金が交付されることが予定されており,本件助成金が船舶の価値と性質を異にすることが顕著である。」

※ 「漁業経営等ヘの影響」の「ヘ」は、手元の判決全文の表記のままです。また、手元の全文は検索語に空白が入る形式のため、「助成金」前後の空白を詰めて引用しています。

組み立ては三段です。

第一に、助成金の目的です。資源の管理と回復、漁業生産構造の再編整備という政策目的のために、減船等への影響を緩和するものである。裁判所は、これを「政策的な目的に基づく奨励金の性質」と呼びました。

第二に、算定方法です。総トン数、船種による基準単価、船齢を考慮して算定し、一定の船齢以上の鋼船については船齢にかかわらず同一の割合を乗ずる。船舶の市場価値を評価する作業ではありません。裁判所は、「その算定方法などに照らしても,船舶の価値に代替するものであるとはいうことができない」としています。

第三に、譲渡代金との関係です。被災漁業者等への譲渡の方法でスクラップ処分等を行う場合には、譲渡代金を控除した上で助成金が算定される。つまり、譲渡代金という「船舶の価値の変形物」とは別に、助成金が上乗せされる仕組みになっている。裁判所は、ここを「船舶の価値と性質を異にすることが顕著である」と評しました。

この三段目の論じ方が、他の補助金にも応用できる形になっています。 その補助金が、処分される財産の価値を評価して算定されているのか。それとも、財産の処分代金とは別に、政策目的のために上乗せされているのか。後者であれば、担保権の効力は及びにくい。

(3)担保として把握していたか

続く一段は、別の角度からの理由づけです。

引用(山口地下関支決平成24年1月10日・第2の2)

「また,本件抵当権設定登記及び本件根抵当権設定登記がされた当時,本件助成金は想定されておらず,債権者の職員である債権者代理人丙川三郎も,債権者が,本件助成金のような助成金に係る請求権について,抵当権に基づく物上代位権の行使による差押えの申立てを行った事例はなく,基本的に減船助成金は減船を行う者に交付されるべきものである旨陳述するところであり,債権者が,本件助成金を担保として把握していたとはいうことができない。」

抵当権の設定は昭和61年、根抵当権の設定は平成3年。助成金の実施要領が定められたのは平成21年です。設定の時点で存在すらしていなかった助成金を、担保として把握していたとはいえない、という判断です。

そして、債権者側の職員(債権者代理人)が、同種の申立てを行った事例はなく、減船助成金は基本的に減船を行う者に交付されるべきものだと陳述していたことも、理由として挙げられています。当事者自身の説明が、結論を支える材料として使われているところです。

(4)結論

引用(山口地下関支決平成24年1月10日・第2の2)

「これらの事情からすれば,本件抵当権及び本件根抵当権の効力は,本件助成金に係る請求権に及ばず,債権者が,本件差押債権につき物上代位権を行使することはできないというべきである(大阪高等裁判所平成21年4月23日判決・金融法務事情1879号37頁参照)。」

申立ては、その余の点について判断するまでもなく理由がないとして却下されました(民事執行法20条、民事訴訟法61条)。

引用されている大阪高判平成21年4月23日(金法1879号37頁)は、手元のライブラリに全文が収録されておらず、当職は内容を確かめられていません。下関支部決定が「参照」として掲げているという事実にとどめておきます。

(5)この決定をどう読むか

決定は、地方裁判所支部の決定です。最高裁の判断ではありません。また、理由づけは、この助成金の目的と算定方法という個別の事情に相当程度依拠しています。「補助金の請求権には一切物上代位ができない」と一般化できる射程のものではありません。

それでも、使える形で残るものが二つあります。

一つは、判断の枠組みです。その交付金が「目的物の価値に代替するもの」なのか、それとは性質を異にする「政策的な目的に基づく奨励金」なのかを、交付の目的と算定方法から判定する。この枠組みは、設備処分を伴う他の補助金にもそのまま持ち込めます。

もう一つは、担保として把握していたかという視点です。担保権の設定時に制度が存在していたか、金融実務でそれを担保として扱ってきたか。これは、補助金の入金を担保に当て込む融資が組まれているときに、かならず問題になる点です。

4 そもそも、補助金・助成金を受ける権利は差押えの対象になるのか

物上代位ができないとしても、一般の債権者として差し押さえる道は別にあります。そこで次の問いに移ります。

(1)権利の性質上の差押禁止という類型

差押えが禁止される債権は、三つに分けて整理されています。民事執行法上差押えが禁止されている債権、特別法上差押えが禁止されている債権、そして権利の性質上差押えができない債権です。

このうち三番目について、民事執行の実務の整理は、補助金の交付請求権を名指しで挙げています。

引用(判タ1339号270頁)

「③に該当する債権としては,交互計算に組み入れられた債権,特定の事業等の遂行(既往への損失補償や報賞ではないことを要する。)の資金に充てられる国,公共団体等の補助金交付請求権,受任者の費用前払請求権等がある。」

ここで③とされているのは、「特定の債権者に弁済又はその間で決済することを要する債権」です。括弧の中に注意していただきたいところです。「既往への損失補償や報賞ではないことを要する」。つまり、過去の損失の埋め合わせや功労への報償として支払われるものは、ここに入らない。特定の事業を遂行するための資金に充てられるものであることが、差押禁止となるための条件として挙げられています。

これは、なぜ差押えが禁止されるのかという理由から出てくる話です。補助金が、これからやる事業の資金として交付されるものであるなら、債権者がそれを途中で取り上げてしまえば、事業は行われず、交付の目的は果たされません。一度は事業者の手元に渡らなければ意味がない。だから差し押さえられない、という筋です。

(2)大審院の三つの判例――「目的」だけでは決まらない

この問題は、戦前に大審院で何度も争われています。民事執行の実務の整理は、三つの判例を並べて、その読み方まで示しています。

引用(判タ1340号39頁注14)

「裁判例は,大審院のものであるが,大判昭10. 1. 14民集14巻1頁は,石油試掘奨励金交付規則による石油試掘奨励金交付請求権につき,行政上の公法関係から派生する私法上の財産権であるが,同規則には,商工大臣の認可のない試掘事業の譲渡を禁止し,奨励金をもって購入した機械の譲渡も禁止する等の規定があることから,同交付請求権が事業の経営と両者不可分の関係にあるとして,差押禁止債権であるとした。これは,具体的な譲渡禁止規定がある場合に差押禁止を認めたものである。これに対し,大判昭10. 5. 20民集14巻900頁,大判昭10. 9. 27民集14巻1655頁は,地方鉄道補助法による補助金の差押えを認めた。これは,いずれも法令に基づく行政処分により発生した請求権につき,処分目的だけから直ちに差押えの可否を導いたものではなく,処分の根拠法規が処分目的達成のためにいかなる定めを設けているかを具体的に検討して結論を導いたものである。」

※ 原文は半角数字です。

この注の最後の一文が、本章の結論です。 補助金の交付請求権が差し押さえられるかどうかは、「補助金には政策目的があるから差押えになじまない」という一般論では決まりません。根拠法規が、その目的を達成するためにどのような定めを置いているかを、具体的に見る。譲渡を禁じ、取得財産の譲渡も禁じ、請求権が事業の経営と不可分の関係にあるといえる定めが置かれているなら差押禁止になる。そうでなければ差押えは可能である。――そういう判定の仕方です。

地方鉄道補助法の補助金について、大審院は差押えを認めました。小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)92頁から93頁までによれば、この事件では、一審・二審が補助金交付請求権の私権性を否定して譲渡性も否定したところ、大審院が、「国家力該事業ヲ保護シ補助金ノ下付ヲ許可スルハ行政上ノ公法関係二属スルモノナレトモ右鉄道営業者力同法(地方鉄道補助法)施行規則二依り補助金ノ交付ヲ申請シ鉄道大臣力之ヲ許可シタルトキハ鉄道営業者二於テ之ヲ受領スヘキ権利ヲ発生スヘク此ノ権利ハ公法関係ヨリ流出派生シタル私法上ノ権利ナリト謂フヘシ」として原判決を破棄差戻ししたとされています(同書93頁。民集14巻900ページ)。

開墾助成法に基づく助成金についても、差押えが可能とされました。民事執行の実務の整理は、その理由を次のように見ています。

引用(判タ1339号271頁)

「また,特定の事業遂行資金としてではなく,単なる利益補給金として支給されているものとみられる旧開墾助成法に基づく助成金交付請求権についても,差押えは可能とされた(前掲大判昭和10年9月27日)。」

ここでも、前記(1)の切り分けが効いています。特定の事業を遂行するための資金なのか、単なる利益の補給なのか。前者であれば差押えになじまず、後者であれば差押えは可能である。

なお、これら三つの大審院判例について、当職は原典(民集)を確かめておりません。いずれも、前記の文献の紹介によります。

(3)公募要領や交付規程に「譲渡してはならない」と書かれていたら

実務で気になるのはここです。今の補助金では、交付規程や公募要領、実施要領の中に、権利の処分を制限する定めが置かれていることがあります。これが差押えを封じるのか。

民事執行の実務の整理は、はっきりと否定しています。

引用(判タ1340号39頁)

「仮に,要綱において定額給付金給付の目的や譲渡禁止の点が規定されているとしても(実際にも,このような要綱は見受けられた。),要綱が内部的規範にすぎず法規でないことからすれば,要綱における譲渡禁止の定め自体に権利の性質を左右する効力を認めることはできず,そこから直ちに差押禁止を導き出せるともいえない」

その注として、譲渡禁止特約のある債権も被差押適格及び被転付適格を持つとした最二小判昭和45年4月10日(民集24巻4号240頁、判タ248号115頁)が挙げられ、あわせて、中野貞一郎『民事執行法〔増補新訂6版〕』(青林書院、2010)654頁が、私人間の契約あるいは公私団体の内部規約で一般債権者のための責任を排除することを認めるわけにはいかないとしていることが引かれています(判タ1340号39頁注13)。

要綱や要領に「譲渡してはならない」と書いてあることと、その権利が法律上差押えのできない性質の権利であることとは、別の問題である。 これが、民事執行の実務の立っている位置です。

ここで、前記2(3)に戻ります。補助金・助成金の制度は、法律ではなく、通知による実施要領と公募要領で組み立てられています。下関支部決定の事案も、水産庁長官通知による実施要領が制度の根拠でした。そして、大審院の判例が差押えの可否を決めるときに見ていたのは、「処分の根拠法規」が目的達成のためにどのような定めを置いているか、でした。

通知や要綱で制度を作れば、第三者との関係で権利の性質を左右する定めは置けません。他方で、補助金が担保になるのか、差し押さえられるのか、譲渡できるのかは、つなぎ融資を受ける事業者にとっては資金計画の根幹です。制度を要綱で作る以上、その答えを法令の側に用意できないのは当然の帰結ですが、その帰結が事業者や金融機関に分かる形で示されているとは言い難く、制度を作る側の説明が足りていないと言わざるを得ません。

5 交付決定の前はどうか――将来債権としての差押え

差押えのできる性質の債権だとしても、いつから差し押さえられるのかという問題が残ります。

(1)判断の基準

民事執行の実務では、将来債権の差押えについて、債権の発生原因たる法律関係が確立していて債権の発生が確実であるといえるかどうかが基準とされています。この基準を、定額給付金について当てはめた整理が参考になります。

引用(判タ1340号39頁)

「定額給付金について,給付決定があった段階では現在債権として差押えができることは問題はない。将来債権の差押えについては,債権の発生原因たる法律関係が確立していて債権の発生が確実であるといえるかどうかが基準とされていることからすれば,例えば,給付申請があった段階で,将来債権として差押えが可能かが問題となる。この点については,大阪地裁(本庁)では,差押命令送達時において既に給付決定のあったもの(現在債権と考える。)についてのみ差押えを認め,いまだ給付決定のない将来債権としての差押えは認めない,という運用とした。」

決定が出ていれば現在債権として差し押さえられる。申請をしただけの段階では、差押えを認めない運用とされた――これが大阪地裁本庁の取扱いです。同じ記述は、差押命令送達時に既に申請があった分については将来債権として差押えが可能との考え方もあり得ることから、議論は分かれるであろうとも述べています(判タ1340号39頁)。

(2)補助金に当てはめるとどうなるか

以下は、当職の整理です。

補助金の手続は、公募、交付申請、交付決定、補助事業の実施、実績報告、額の確定、支払請求、支払という順で進みます。定額給付金よりも段階が多く、しかも支払われる金額が確定するのは、実績報告を受けた額の確定の段階です。

とすると、少なくとも次のことが言えます。公募に応じただけ、交付申請をしただけの段階では、「法律関係が確立していて債権の発生が確実である」とは、通常いえません。交付決定を受けた段階でも、交付決定は補助事業の実施を前提とするもので、金額は確定していません。事業を実施し、実績報告をし、額の確定を受けた段階になって、はじめて支払を求める権利の内容が定まります。額の確定の仕組みそのものは、補助金の返還額はどう計算するのかで、計算の側から触れています。

そうすると、補助金の入金を差し押さえようとする債権者にとって、現実に押さえられる期間はかなり短いことになります。額の確定から支払までの間です。そして、入金されてしまえば、それは普通の預金です。預金債権として差し押さえるしかありません。

事業者の側から見れば、ここは逆の意味を持ちます。 「補助金が入るのだから、そこから支払う」という説明で融資や支払の猶予を受けていると、額の確定から入金までのわずかな期間に差押えが集中し得るということです。資金繰りの設計として、その期間に何が起こるかを想定しておく必要があります。

6 差し押さえた後に残る問題――相殺・強制徴収・先取特権の順位

差押えができたとしても、取れるかはまた別です。適正化法には、国の側に二つの強い手段が置かれています。

(1)他の補助金等の交付停止と相殺(20条)

引用(補助金適正化法20条)

「各省各庁の長は、補助事業者等が補助金等の返還を命ぜられ、当該補助金等、加算金又は延滞金の全部又は一部を納付しない場合において、その者に対して、同種の事務又は事業について交付すべき補助金等があるときは、相当の限度においてその交付を一時停止し、又は当該補助金等と未納付額とを相殺することができる。」

ある補助金について取消し・返還命令を受け、納付していない事業者が、別の補助金の交付を受ける立場にある場合、国はその交付を一時停止し、あるいは未納付額と相殺することができます。小滝・前掲277頁は、この相殺について、国の補助金等返還請求権(自働債権)が弁済期に達していれば、相殺される側の補助金等交付請求権(受働債権)が弁済期に達していなくとも、国が期限の利益を放棄することにより(民法136条)相殺することも可能となるとしています。

また、同書278頁は、相殺については交付停止の限界とされた「相当の限度において」の要件は働かないとしつつ、本条が相殺の創設的規定であることをもって、相手方の返還債務金額を上回る国の交付債務を消滅させうるものと解することは許されないとしています。

差押えの側から見ると、これは厄介です。 補助金の支払請求権を差し押さえても、国の側に相殺の対抗手段がある。しかも、その相殺は、別の補助金の返還命令を理由とするものであって、差押債権者が事前に知る手がかりは乏しい。取消しと返還命令の仕組みそのものは、補助金の交付決定の取消し・返還請求と納付命令で扱っています。

(2)強制徴収と先取特権の順位(21条)

引用(補助金適正化法21条)

「各省各庁の長が返還を命じた補助金等又はこれに係る加算金若しくは延滞金は、国税滞納処分の例により、徴収することができる。 2 前項の補助金等又は加算金若しくは延滞金の先取特権の順位は、国税及び地方税に次ぐものとする。」

小滝・前掲279頁から280頁までは、この規定の趣旨を、補助金等返還請求権が公法上の返還命令という行為形式によって発生する公法上の金銭債権として構成された以上、その履行がない場合には最終的に債権者たる国において自らこれを執行しうることとしたものだと説明しています。

そして、この先取特権の順位が持つ意味を具体的に数え上げた判示があります。名古屋地判平成4年4月23日は、交付決定が取り消され返還命令が確定したときは、強制徴収ができ、競売や倒産手続においては補助事業者に対する一般債権者はもとより、担保権の設定時期如何によって担保権者に対しても優先することになる、と述べています(同判決・第三 3。この判決については補助金の交付決定は、どのようなときに取り消すことができるのかで詳しく扱っています)。

(3)入るときは担保にならず、出るときは国が優先する

ここまでを並べると、構造が見えます。

補助金が入ってくる局面では、その請求権に担保の効力は及びません(本稿3)。性質上の差押禁止に当たる場合もあり、当たらないとしても、現実に差し押さえられる期間は額の確定から入金までに限られます(本稿4・5)。他方、取消し・返還命令が出る局面では、国は相殺でき(20条)、国税滞納処分の例により徴収でき、国税及び地方税に次ぐ順位の先取特権を持ちます(21条)。

補助金に関わる債権者から見れば、入るときは当てにできず、出るときはもっとも後ろに回される。この非対称は、適正化法がそう作っているものです。補助金の入金を返済原資として織り込んだ融資や取引は、この非対称を前提に設計されていなければなりません。加算金・延滞金の負担については加算金・延滞金はかならず付くのか、返還請求の時効については補助金の返還請求に時効はあるのかで扱っています。

7 事業者・金融機関・支援者が確かめておくこと

以下は、当職の整理です。

(1)事業者が確かめること

第一に、「補助金が入ったら返す」という説明で資金を調達している場合、その入金がいつ、どれだけ確実に入るのかを、交付決定通知書と交付規程で確かめておくことです。交付決定があっても金額は確定していません。実績報告と額の確定を経なければ、支払を求める権利の内容は定まりません。

第二に、設備や不動産に担保を設定している場合、その設備を補助金・助成金の制度に乗せて処分するとき、処分代金と交付金のどちらが担保の対象になるのかを分けて考えることです。処分代金には担保権の効力が及びます。交付金については、本稿3の枠組みで判断されます。そして、担保に供されている財産を補助事業の取得財産として処分する場合には、適正化法22条の承認という別の問題が立ち上がります。 財産処分の手続は補助事業で取得した設備の処分と廃棄処分と残存簿価、処分制限の期間は処分制限期間は何年かで扱っています。

第三に、他の補助金について返還を命じられている、あるいは命じられそうだという事情があるなら、適正化法20条の相殺・交付停止の可能性を前提に資金計画を組むことです。これは、取消しを受けた補助金とは別の補助金の入金が止まる、という形で現れます。返還を求められた段階での対応は返還・残存簿価の返納を求められたらにまとめています。

(2)金融機関が確かめること

第一に、抵当権・根抵当権の物上代位で補助金・助成金の請求権に届くという前提は、置けません。下関支部決定の判断は、その交付金が「目的物の価値に代替するもの」といえるかを、交付の目的と算定方法から判定するものです。政策目的のための奨励金であり、処分代金とは別に上乗せされる建て付けであれば、効力は及びません。

第二に、担保権の設定時にその制度が存在していたか、という視点が入ります。下関支部決定は、設定当時に助成金が想定されていなかったことと、債権者側の職員自身が同種の申立てをしたことがないと陳述したことを、理由として挙げています。制度の新設後に設定された担保について同じ判断になるとは限りませんが、「担保として把握していたか」が問われる点は変わりません。

第三に、補助金の支払請求権について債権譲渡や譲渡担保を取る場合、交付規程・公募要領に権利の処分を制限する定めがないかを確かめ、あった場合には、その定めが何に基づくものかを確かめることです。前記4(3)のとおり、要綱レベルの定めが権利の性質を左右する効力を持つものではないとされていますが、交付行政庁との関係では、その定めに反したことが補助条件違反として取消事由に挙げられる可能性が別に残ります。交付規程に書かれていることが補助条件に当たるかという問題は、交付規程違反は補助条件違反に当たるのかで扱っています。

第四に、差押えのタイミングです。額の確定から入金までが現実的な窓です。それを過ぎれば預金債権の差押えになります。

(3)支援者が確かめること

認定支援機関・中小企業診断士・税理士の先生方が、補助金を織り込んだ資金計画を作る場面があります。そこで「補助金が入るから返済できる」という前提を置くとき、その入金が差押えや相殺にさらされ得ること、そして取消しがあれば国が担保権者にも優先し得ることを、計画の前提として押さえておく必要があります。

また、事業者が倒産手続に入った場合の扱いは、さらに別の論点になります。廃業・破産したら、補助金の返還はどうなるのかにまとめています。

8 まとめ

補助金・助成金の入金を差し押さえられるかという問いは、一つの問いではありません。少なくとも三つに分かれます。

第一に、担保権の効力が及ぶか。山口地下関支決平成24年1月10日は、漁船の抵当権者が不要漁船処理対策助成金の請求権に対して物上代位権を行使した事案で、申立てを却下しました。助成金は政策的な目的に基づく奨励金の性質を有し、その算定方法に照らしても船舶の価値に代替するものとはいえないこと、譲渡の方法による場合には譲渡代金のほかに助成金が交付されることが予定されており船舶の価値と性質を異にすることが顕著であること、抵当権の設定当時に助成金は想定されておらず債権者がこれを担保として把握していたとはいえないこと――この三つを理由としています。地方裁判所支部の決定であり、抗告審の裁判は手元の資料では確かめられませんでした。

第二に、一般の債権者として差し押さえられるか。民事執行の実務は、特定の事業等の遂行の資金に充てられる補助金交付請求権を、権利の性質上差押えができない債権の例として挙げています(判タ1339号270頁)。もっとも、大審院の三つの判例の読み方として示されているのは、処分の目的だけから直ちに差押えの可否を導くのではなく、処分の根拠法規が目的達成のためにどのような定めを設けているかを具体的に検討するという姿勢です(判タ1340号39頁注14)。そして、要綱における譲渡禁止の定め自体に権利の性質を左右する効力は認められません(同39頁)。

第三に、いつから差し押さえられるか。将来債権の差押えは、債権の発生原因たる法律関係が確立していて債権の発生が確実であるといえるかどうかで判断されます。補助金では、額の確定を経なければ支払を求める権利の内容は定まりません。

そして、その先に、適正化法20条の相殺・交付停止と、同法21条の強制徴収・国税及び地方税に次ぐ先取特権があります。補助金が入ってくる局面では担保にならず、返還を命じられる局面では国が優先する。この非対称が制度に組み込まれていることが、補助金を返済原資に織り込むことの難しさの根にあります。

ご相談をお考えの事業者の方へ

補助金の入金を前提に資金を調達している、補助事業で取得した設備に担保を設定している、あるいは設備を処分して補助金・助成金を受けようとしている――こうした場面では、担保・差押えの問題と、適正化法上の財産処分の承認の問題が同時に動きます。承認を受けずに担保を設定したことが後から取消事由として指摘される例もあります。交付決定通知書、交付規程・公募要領、取得財産等管理台帳、金融機関との契約書類があれば、具体的な検討ができます。取消しの通知が届く前にしておくべきことはこちらにまとめておりますので、あわせてご覧ください。早い段階でご相談ください。

士業の先生方へ

顧問先から「補助金の入金を担保に融資を受けたい」「補助金で買った設備に担保を付けたい」「補助金が入る前に差押えが来た」というご相談を受けることがあろうかと存じます。担保・執行の問題と、適正化法22条の承認や取消しの問題は、別の筋道で動きます。補助金適正化法の側からの検討が必要な場面では、その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。連携の形は士業の先生方へにまとめております。

※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第5節(2)、第6節(3)及び第7節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。

※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。

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