執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)
確定検査が終わり、「補助金確定通知書」が届き、指定口座に補助金が入金された。多くの事業者の方が、ここで補助金の手続は終わったと受け取られます。事務局の公式ページの書き方も、そう読めるようになっています。事業再構築補助金の「精算払請求」のページは、「精算払の請求は、補助事業の確定検査を受け、かつ、補助金額の確定後でなければ行うことができません。」とし、続けて「請求書類に不備が無いことが確認できた場合は、8営業日程度で補助事業者名義の指定口座へ補助金を振り込む予定です。」と書いています(https://jigyou-saikouchiku.go.jp/seisan/ 。引用は原文の表記のままです)。確定検査が最後の関門であり、それを通れば入金されて終わる、という読み方を誘う書き方です。
しかし、条文はそうなっていません。補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適正化法」といいます)17条3項は、交付決定の取消しについて、「前二項の規定は、補助事業等について交付すべき補助金等の額の確定があつた後においても適用があるものとする。」と定めています。額の確定は、交付決定の取消しを妨げないことが、法律に明記されているのです。
さらに、本稿で取り上げる大津地判平成9年12月8日(平成4年(行ウ)第6号、判タ981号73頁、判例秘書L05250612)は、そこから一歩進んだ判断をしています。すなわち、適正化法に明文の規定がないにもかかわらず、交付行政庁が「額の確定」そのものを取り消し、改めて低い額で「再確定」をし、その差額の返還を命じたという事案で、裁判所は、この確定の取消しと再確定を適法としました。額の確定は、交付決定の取消しを経なくても、それ自体を覆されることがある、という判断です。
この事件には、もう一つ、実務で意味の大きい判断が含まれています。補助金の交付申請の際、官側の職員から「この収入額では希望する補助率は出ない。収入総額を下げた方が良いのではないか」という趣旨の助言を受け、それに従って実際より約1億円低い収入額を記載した申請をしていた、という事実関係です。裁判所は、その助言があったこと自体は認定しました。それでもなお、事業者の側に「法を曲げてまで保護すべき利益は認められず」と述べ、信義則違反の主張を退けています。官側が虚偽の申請を促すような言動をしていたとしても、それを理由に返還を免れることはできないとした点で、判タ981号73頁の匿名コメントも、この種の事案について先例的価値があるものとしています。
本稿では、まず「確定」とは法律上何をする手続なのかを条文で確かめ、次にこの判決がどこまで何を述べたのかを原文で示し、最後に、では「確定」によって何が確定し、何が確定しないのかを整理します。あわせて、確定検査と入金までは詳しく説明しながら、その後に残る法律上の経路をどこにも書いていない公式の説明の在り方について、当職の考えを申し上げます。なお、この判決の控訴審の裁判は、当職が調べた範囲では公刊物に見当たりません。
1 「確定」とは何をする手続なのか
(1)条文を確かめる
はじめに、額の確定の根拠条文です。
引用(補助金適正化法15条)「各省各庁の長は、補助事業等の完了又は廃止に係る補助事業等の成果の報告を受けた場合においては、報告書等の書類の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、その報告に係る補助事業等の成果が補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件に適合するものであるかどうかを調査し、適合すると認めたときは、交付すべき補助金等の額を確定し、当該補助事業者等に通知しなければならない。」
実績報告を受けて、成果が交付決定の内容と条件に適合するかを調査し、適合すると認めたときに、交付すべき額を確定して通知する。これが15条の手続です。実務でいう「確定検査」は、この条文の「報告書等の書類の審査及び必要に応じて行う現地調査等」に当たる部分です。
小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)226頁は、この条を「補助金等の交付手続のうち最終段階の手続たる精算手続について規定したもの」とし、「精算(額の確定)により、当初国が交付決定により負担した補助金等交付債務が最終的に確定し、当該補助金等交付債務は履行期に達することとなる」と説明しています。額の確定の仕組みそのものは、補助金の額の確定とは何かにまとめています。
(2)確定は「確認」だけの手続ではない
ここで押さえておきたいのは、確定が単に「交付決定のとおりでした」と確認するだけの手続ではない、という点です。本件判決は、確定の性質を次のように述べています。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 三(二))「このように、確定とは、単なる確認行為のほかに、交付決定により相手方の取得した補助金等交付請求権の内容を変更する処分という性格を有するものである。」
実績が交付決定の内容と一致すれば、額は交付決定額と同じであることを確認すれば足ります。一致しなければ、減額して確定することも、増額して確定することもできる。だから確定は、事業者が交付決定によって得た補助金等交付請求権の内容を変更する処分でもある――こういう整理です。減額確定の実務は、補助金の返還額はどう計算するのかでも触れています。
(3)そして条文は、確定後の取消しを正面から認めている
引用(補助金適正化法17条3項)「前二項の規定は、補助事業等について交付すべき補助金等の額の確定があつた後においても適用があるものとする。」
17条1項・2項は、義務違反を理由とする交付決定の取消しの規定です。その3項が、額の確定の後でも1項・2項の適用があると明記しています。小滝・前掲249頁から250頁までは、この項を、形式上は取消権行使の時期の定めでありながら、実質的には取消しの遡及効を定めたものと解さなければ意味がないとしています。額の確定により補助関係が消滅した後に取り消しても、その効果が補助関係の存続していた時点にさかのぼらなければ、返還を求める意味がないからです。
そして返還命令は、取消しの場合(18条1項)と、確定に伴う場合(同条2項)の二本立てになっています。
引用(補助金適正化法18条2項)「各省各庁の長は、補助事業者等に交付すべき補助金等の額を確定した場合において、すでにその額をこえる補助金等が交付されているときは、期限を定めて、その返還を命じなければならない。」
本件で用いられたのは、この18条2項です。交付決定の取消しを経ずに、確定の段階で返還が命じられる経路が、条文上用意されているということです。
2 事案――額の確定の後に、確定自体を取り消された事件
(1)当事者と補助金
原告は、多数の国宝重要文化財等を保有する宗教法人です。文化財保護法35条1項に基づき、国宝重要文化財等保存整備事業費補助金の交付を受けていました。交付決定をしたのは文化庁長官、額の確定をしたのは滋賀県教育委員会です。この補助金に関する事務のうち、交付決定の通知、額の確定及び通知、返還命令等は、文化庁長官から都道府県教育委員会に委任されていました。
この補助金の補助率は、所有者の財政状況に応じて決められる仕組みでした。そのため、交付申請書には、申請の日の属する会計年度の前年度以前3年間分の収支及び財産の状況を明らかにした書類を添付することとされていました(文化財補助金交付規則2条3項4号)。つまり、申請書に書いた収入額が、そのまま補助率に跳ね返る構造です。
(2)会計検査院の実地検査から返還命令まで
平成3年3月及び4月、会計検査院の実地検査が行われました。その過程で、交付申請書に添付された収支計算書と、寺に備え付けられた実際の決算書類との間で、収入金額に1億円以上の食い違いがあることが判明します。実際には年間約2億5000万円から約2億7000万円の収入があったのに、申請書添付書類には約7000万円から約8000万円の収入しかなかったと記載されていた、というものです。
原告は、平成3年4月26日に会計検査院に正規の決算書類を提示し、同年6月5日には滋賀県教育委員会を経由して文化庁長官に対し、その写しを提出しました。
そして平成4年8月21日、滋賀県教育委員会は、原告に対し、①補助金の額の確定を取り消し、②実際の決算書類に基づいて算定基準上の加算率を用いて計算し直した額で再確定をし、③超過交付額1043万1000円を同年9月10日までに返還するよう命じました(適正化法18条2項)。対象は、昭和63年度・平成元年度・平成2年度の各補助金です。
ここで注目していただきたいのは、時間の経過です。 昭和63年度分の補助金について、額の確定を取り消されたのは平成4年8月です。確定し、入金も済み、数年が経過した後に、確定そのものを覆されています。
(3)訴訟の形
原告は、まず返還命令の取消しを求める訴えを提起し(平成4年11月19日)、後に、確定の取消し・再確定の取消しを求める訴えを追加しました(平成6年6月2日)。被告側は、追加された訴えは出訴期間を徒過していると主張しましたが、裁判所は、当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視すべき特段の事情があるとして、適法と認めています。出訴期間そのものの考え方は補助金の処分を争える期間はいつまでかに譲り、本稿では立ち入りません。
なお、文化庁長官に対する訴えは、権限の委任を受けた滋賀県教育委員会が処分をしたものであるから文化庁長官には被告適格がないとして、却下されています。委任のある補助金では、誰を相手に争うのかを間違えると門前払いになる、という実務上の注意点です。不服申立ての宛先については不服申立ては誰に、いつまでにするのかでも触れています。
3 明文の規定がなくても「確定」を取り消せるのか
(1)争点の立て方
原告の主張は、筋の通ったものでした。15条の「確定」は、国が最終的に交付すべき補助金の額に変更を加えるべきか否かを確定する清算手続行為である。それを「取り消す」ということ自体が、確定という概念と矛盾する。しかも、確定の取消し・再確定という手続には、適正化法上、明文の根拠がない。そもそも授益的行政処分の取消し・撤回には明文上の根拠が必要である――。
これに対し、裁判所は次のように問題を設定しました。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 二1)「適正化法上には、確定の取消について何ら明文の規定がない。そこで、明文の規定なくして行政庁が本件確定のような授益的行政処分を取り消すことができるかどうかが問題となる。」
(2)判示――比較考量と「公共の福祉の要請に照らし著しく不当」
答えが、次の一段です。本判決のいちばん大切な部分です。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 二1)「この点については、当該行政処分が、異議の決定、訴願の裁決等のように、一定の争訟手続に従い、当事者を手続に関与せしめて、紛争の終局的解決を図る手続であって、行政庁が、取り消し得ない拘束を受けるものでない限り、処分をした行政庁その他正当な権限を有する行政庁において、自らその違法又は不当を認めて処分の取消によって生ずる不利益と、取消をしないことによってかかる処分に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量し、しかも当該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められる限度において、これを取り消すことができると解するのが相当である(最高裁昭和三一年三月二日判決・民集一〇巻三号一四七頁、同昭和四三年一一月七日判決・民集二二巻一二号二四二一頁、同昭和六三年六月一七日判決・判例時報一二八九号三九頁参照)。」
組み立てを分けて読みます。
第一に、原則として、明文の規定がなくても、処分庁は自ら違法又は不当を認めて処分を取り消すことができる。ただし、争訟手続を経てなされた裁断行為のように、行政庁が取り消し得ない拘束を受ける処分は除かれます。
第二に、取消しが許されるのは「限度において」です。取消しによって生ずる不利益と、取消しをせずに効果を維持することの不利益とを比較考量する。
第三に、それだけでは足りません。当該処分を放置することが「公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められる」ことが要件です。
つまり、明文の規定のない取消しは、無条件に許されるものではありません。 「著しく不当」という水準が要求されています。ここは、取消しを受けた側が反論の足場にできるところです。
そして裁判所は、確定がこの一般論の対象になることを認めます。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 二1)「そして、確定が、右のような、行政庁を拘束する効力を有しないのは明らかであるから、確定の取消も右のような一定の要件の下に可能であり、確定が取り消された場合においては、新たに確定(再確定)をなしうるものと解するのが相当である。」
確定は、争訟手続を経た裁断行為ではないから、不可変更力を持たない。だから取り消せるし、取り消した後に改めて確定できる。――この論法です。小滝・前掲235頁は、この判示を引いて「妥当といえよう」としています。また同書236頁は、碓井光明『公的資金助成法精義』(信山社、2007)210頁の指摘を引いています。すなわち、減額交付決定の性質をもつ確定処分が認められるのであるから、確定後においても、17条3項の趣旨に従い、同じく減額確定の性質をもつ再確定を行うことが許される、確定により相手方に一定の信頼を与えていることは疑いないが、確定は特別に慎重な手続を踏んでなされる不可変更力を生ずるような行政処分であるようにも思われない、という指摘です。
(3)適法性の判断枠組み
裁判所は、可否(できるか)と適否(この事案で適法か)を分けて検討しています。適否の枠組みは次のとおりです。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 三(一))「本件のように行政庁が明文に規定のない「確定の取消」「再確定」を行いうるためには、右二で述べたとおり、単に行政上の必要性があるというだけでは足りず、取消の結果、相手方が被る不利益を上回る公益上の必要があることを要する。そして、この公益に適合するかどうかについては、当該行政処分の性質・内容、取消の必要性の程度、相手方の被る不利益の程度等を総合的に考慮して判断するのが妥当である。」
「単に行政上の必要性があるというだけでは足りず」という一文は、覚えておく値打ちがあります。行政側が「適正化法の目的に反する状態だから是正する必要がある」と言うだけでは足りない、ということです。
(4)当てはめ――なぜこの事案では適法とされたのか
では、本件ではなぜ要件を満たしたのか。取消しの必要性については、次のように述べています。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 三(三))「本件においてはその程度も収入金額について一億円以上の食い違いがある結果、補助率を歪め、一〇四三万円以上も過大に交付されたことになるというもので、現に予算執行の適正を害しているのみならず、その結果も看過できない著しいものである。したがって、公益を図る必要性は極めて高いといわざるを得ない。」
一方、事業者が被る不利益については、次のとおりです。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 三(四))「原告は、実際の収入金額で申請すれば期待している補助金額を得られないため、あえて収入金額を圧縮して申請したことが認められる。したがって、このような原告から、過大に交付された補助金を取得させないため、確定を取り消しても何ら原告に対し不測の損害を与えたということはできない。」
ここが、本判決の射程を測る鍵です。 適法とされた決め手は、①食い違いの程度が著しく(収入で1億円以上、補助金で1043万円以上)、②事業者が「あえて」収入を圧縮して申請したという、申請の段階での意図的な虚偽があったことです。裁判所は、事業者に「不測の損害」がないと言える事案として扱っています。
逆に言えば、①食い違いが補助率に与える影響が小さい場合、②事業者に虚偽の意図がなく、計算方法や経費区分の理解の違いにすぎない場合、③確定から長期間が経過し、事業者がその額を前提に設備投資や資金計画を組んでいた場合には、比較考量の結果は変わり得ます。「確定の取消しは許される」という一般論だけを示して返還を求める文書に対しては、この事案と自分の事案との違いを具体的に示して反論する余地があります。
4 「交付決定の取消し」によるべきではないのか
(1)原告の主張
原告は、もう一つの筋も立てていました。申請段階の瑕疵(いわゆる不正受給)を問題にするのであれば、適正化法17条1項に基づいて交付決定の取消しをすべきであり、その要件を満たさないのであれば交付決定はそのまま維持されるべきである。確定とは、実績報告書と調査に基づいて事業が交付決定の内容どおり行われたかを確認する手続であって、そもそも申請手続の瑕疵を追及する手続ではない――という主張です。
この主張には理由があります。確定は、実績報告を前提とする手続であって、交付申請書の再審査を予定した手続ではないからです。裁判所も、その点は正面から認めています。
(2)判示――それでも確定手続で対処できる
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 二(三))「また、適正化法の目的の一つには、不正な申請の防止にあるから、全ての補助金等交付手続は右目的に即して解釈されるべきものである。そして、前述したように、確定とは交付手続の最終段階における手続であり、確定により交付すべき額が最終的に定められることからすれば、確定手続においても、不正な申請であることが発覚した場合にはそれに対処する方法が認められるべきであり、交付決定の取消が認められているという理由だけから、その他の方法については同法が全面的に禁止していると解するのは不合理というべきである。」
適正化法1条が「補助金等の交付の不正な申請及び補助金等の不正な使用の防止」を目的に掲げていることから、確定手続もその目的に即して解釈されるべきである。交付決定の取消しという手段があるからといって、他の手段がすべて禁じられていると読むのは不合理である。――こういう論法です。
(3)ただし、確定手続には限界が引かれている
ここが見落とされやすい部分です。 裁判所は、確定手続でできることに明確な限界を引いています。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 二(三))「もっとも、確定は、交付決定の存在を前提にしており、また、実績報告書に基づいて客観的に行なわれることを予定しているため、交付決定権者の裁量権を侵害するような確定を為し得ないことはもちろん、確定手続で右裁量権を行使することも許されない。」
そして、本件の再確定がこの限界を超えなかった理由を、次のように説明します。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 二(三))「しかしながら、不正な申請が発覚した場合において、不正がなかった場合を仮定して、算定基準における補助金の加算率を利用して、補助率や補助額を確定(既に確定している場合には、確定取消、再確定)を行うことは、交付決定権者の補助を行うという判断を前提にしている点で交付決定権者の裁量権を侵害するものとはいえず、また、算定基準における補助金の加算率を利用する点において、何らかの裁量権を行使したとは解されない。」
整理すると、こうなります。確定手続でできるのは、既に定まっている算定基準・加算率を、正しい事実に当てはめて計算し直すことです。「補助するかどうか」という交付決定権者の判断そのものに踏み込むことはできません。
この限界は、反論の材料になります。 確定の段階で、交付決定のときには示されていなかった新しい評価や新しい基準を持ち出して額を下げてきた場合、それは「算定基準における加算率の利用」を超えて、交付決定権者の裁量権の行使に当たるのではないか、という問いが立ちます。交付規程や公募要領に書かれていることが、そのまま補助条件や算定基準として扱えるかは別の問題です。この点は交付規程違反は補助条件違反に当たるのかで扱っています。
なお、本件では、確定の取消しと再確定が交付決定権者である文化庁長官の指導により行われていたことから、裁判所は「どのような解釈をとろうとも、少なくとも交付決定権者の決定権限を侵害したもので取り消されるべき違法とまでは評価できない」とも述べています。委任を受けた機関が独自に判断したのではなく、交付決定権者の意向を受けていた、という事実関係が効いています。
(4)手続についての判断
原告は、算定基準の明示を欠くこと、聴聞・弁明の手続を経ていないことも違法事由として主張しました。裁判所はいずれも退けています。算定基準の明示については「これの明示を要求する法規はない」とし、聴聞・弁明については「行政処分の取消を行う場合において、かならずそのような手続を必要とするとは解されず、本件においても、特にその手続が必要であるとは認められない」としました。
もっとも、本件は平成4年の処分で、行政手続法の施行前です。そして補助金の交付に関する処分については、適正化法24条の2により、行政手続法第2章及び第3章の規定は適用されません。この点を踏まえると、手続面を争う足場は限られます。取消しの通知が届く前にしておくべきことで述べているとおり、意見を述べる機会は、法律上の手続としてではなく、事実上のやり取りの中で自分から作りにいく必要があります。
5 官側の助言に従ったのに取り消されるのか――信義則
(1)原告の主張と、認定された事実
原告は、収入総額を圧縮して申請したのは官側の指導によるものであって、自ら指導しておきながらそれを理由に返還命令をすることは信義則・禁反言の法理に反する、と主張しました。
裁判所は、証人尋問の結果を踏まえ、助言の存在そのものは認定しています。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 四1(五))「以上の各供述及びそれに沿う前記関係各証拠によれば、本件補助金交付申請にあたり、原告が、決算書の概要を県に提出したところ、被告滋賀県教育委員会の技術職員であった〔氏名略〕から、右添付書類の金額では原告の希望する補助金は出ないと言われ、決算書の概要の収入総額を七、八千万円に下げた方が良いのではないかとの趣旨の助言を受けた事実が認められる。 しかしながら、その内容はあくまで助言に止まり、指導と評価しうる程積極的なものであったとは認められない。」
そのうえで、この職員が県教育委員会の技術職員にすぎないことから、文化庁長官や文化庁職員によるものとも、県教育委員会を代表してなされたものとも認められないとしています。
(2)判示――「法を曲げてまで保護すべき利益は認められず」
結論は、次のとおりです。
引用(大津地判平成9年12月8日・第七 四3(二))「このような事情に照らせば、前記1、2に認定判断し事実を十分考慮しても、原告には法を曲げてまで保護すべき利益は認められず、信義則上、本件各行政処分が許されないと解することはできないというべきである(なお、右結論は、右原告側の事情に照らせば、仮に、被告滋賀県教育委員会の技術職員との間に、総収入額を低く抑えるように助言する慣行が認められていたとしても変わらないというべきである。)。」
※ 「認定判断し事実」は、手元の判決全文の表記のままです。
括弧書きが重要です。 「総収入額を低く抑えるように助言する慣行が認められていたとしても変わらない」。つまり、官側にそうした取扱いが常態として存在していたとしても、結論は同じである、としています。
この結論を支えたのは、裁判所が認定した次の事実です。第一に、助言に従って虚偽の記載をしたのは、補助金(率)を希望どおりに獲得するためであったこと。第二に、県職員に対してすら正規の帳簿を見せておらず、被告らに対し終始見せていなかったこと。第三に、助言を受ける以前に提出していた決算書の概要の収入総額も、正規の総収入額よりはるかに低かったこと。これらから、裁判所は、原告は助言の有無にかかわらず当初から総収入額を不当に低く抑えて多額の補助金を獲得しようとしていたものであり、それが本来許されないことも当初から十分に認識していたと認定しました。
(3)この部分をどう使うか
実務では、「事務局の担当者がこう言ったから」「中央会の窓口でこう指導されたから」という説明を、よく伺います。この判決は、その説明がどこまで効くのかについて、二つのことを示しています。
一つは、官側の言動が認定されても、それだけでは足りないということです。本件では、助言の事実は認定されたうえで、なお信義則の主張が退けられています。判タ981号73頁の匿名コメントも、この点を含めて、この種の事案について先例的価値があるものとしています。
もう一つは、裏から読めば、何が足りなかったのかが分かるということです。本件で決め手になったのは、①事業者自身が、それが許されないことを認識していたと認定されたこと、②官側にも正規の資料を見せていなかったこと、③助言の前から過少な記載をしていたことです。逆に、事業者が正確な資料をすべて提出したうえで、その処理の仕方について書面で明確な回答を受け、それに従ったという事案であれば、比較考量の天秤は同じにはなりません。
だからこそ、やり取りは記録に残しておく必要があります。 口頭での助言は、本件のように「あくまで助言に止まり、指導と評価しうる程積極的なものであったとは認められない」と評価されかねません。照会は書面かメールで行い、回答も書面で受ける。資料は出し惜しみをしない。この二つは、後から振り返ったときに決定的な差になります。
6 では「確定」によって何が確定するのか
ここからは、以上の判決と文献を踏まえた当職の整理です。
(1)確定が確定させるもの
額の確定によって確定するのは、国が交付すべき補助金等の金額です。これにより補助金等交付債務が最終的に確定し、履行期に達します(小滝・前掲226頁)。入金を請求できるようになるのは、この効果によるものです。
それ以上のものは、確定していません。 確定は、「もう取り消されない」という地位を事業者に与えるものではありません。確定が不可変更力を生じないことは、本判決が述べ、小滝・前掲235頁から236頁までもこれを支持しています。
(2)確定後に残る三つの経路
額の確定と入金が済んだ後も、法律上、少なくとも次の三つの経路が残ります。
第一に、17条3項に基づく交付決定の取消しです。 義務違反があれば、額の確定の後でも交付決定を取り消すことができ、その効果は遡及します。小滝・前掲252頁は、この典型例を、交付行政庁が虚偽の完了実績報告書に基づいて誤った判断を下し、確定すべからざるものを確定してしまったようなケースと説明しています。そして、同頁は、「したがって、このような場合、交付行政庁において確定のミスがあった事実は否定しえないものと思われる。会計検査院においてしばしば指摘される事例もこのような場合であることに、十分留意すべきである」とも述べています。確定後に取消しが出てくる場面の多くは、交付行政庁の側の確定時の判断の誤りが同時に存在する場面だ、ということです。この視点は、交付行政庁が一方的に事業者の責任だけを問うてくる文書に対して、相当の重みを持ちます。
第二に、本判決が認めた「確定の取消し+再確定」です。 交付決定の取消しを経ずに、確定の段階で額を引き直し、18条2項で超過分の返還を命じる経路です。交付決定の取消しに伴う返還(18条1項)と違って加算金(19条1項)が当然に付くわけではない点で、事業者にとってかならずしも不利益の大きい経路とは限りません。加算金・延滞金の仕組みは加算金・延滞金はどのような場合に生じるのかで扱っています。
第三に、処分制限財産についての22条違反を理由とする取消しです。 小滝・前掲252頁は、額の確定後に取消権を行使する事態として、補助関係の終結により補助事業者等が取得した処分制限財産を承認なく処分したような場合を挙げています。処分制限期間の考え方は処分制限期間は何年かに、設備の廃棄や廃業の場面は廃業・設備の廃棄と返還義務にまとめています。
(3)取消しには限界がある
もっとも、以上の経路に限界がないわけではありません。
第一に、本判決の枠組みそれ自体が限界です。明文の規定のない取消しは、比較考量のうえ、放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められる限度でしか許されません。「単に行政上の必要性があるというだけでは足りず」と、判決は明言しています。
第二に、期間の問題です。小滝・前掲253頁は、交付決定の取消権について、消滅時効や除斥期間の規定が置かれていないことを指摘したうえで、「交付決定の取消権を時間的に無制限に行使しうるものと解することは適当ではなく、少なくとも長期にわたってこれを行使しないときは権利の喪失を来し、もはやこれを行使しえなくなるものと解すべきである」とし、その理由を「額の確定により補助関係が終結し、安定した事実状態が相当期間継続した後に、交付行政庁において一方的にこれを覆すことは、著しく法律生活の安定を阻害することとなるからである」としています。取消権の期間制限については補助金の取消権に期間の制限はあるのかに、返還請求権の時効については補助金の返還請求に時効はあるのかにまとめています。
第三に、義務違反を理由とする交付決定の取消しそのものの限界です。名古屋高判平成5年2月23日は、取消権の行使は義務違反があるというだけで直ちに行い得るものではなく、補助目的達成の可否を補助関係の全過程を通じて総合的に判定し、当初の目的を達成することが困難となった時点において初めて行使すべきであるとしました。この点は交付決定はどのようなときに取り消すことができるのかで詳しく扱っています。取消しの裁量という枠組みでの整理は補助金の交付決定の取消しに裁量はあるのかに、取消しと返還請求の全体像は補助金の交付決定の取消し・返還請求にまとめています。
(4)公式の説明について――当職の考え
以上を踏まえて、冒頭に戻ります。
事業再構築補助金の「精算払請求」のページは、「精算払の請求は、補助事業の確定検査を受け、かつ、補助金額の確定後でなければ行うことができません。」とし、「請求書類に不備が無いことが確認できた場合は、8営業日程度で補助事業者名義の指定口座へ補助金を振り込む予定です。」と説明しています(https://jigyou-saikouchiku.go.jp/seisan/ )。「事業化状況報告」のページは、「全ての補助事業者は、補助事業の成果を事業化状況報告として報告する義務があります。」「報告期間は、補助事業の完了の日の属する年度の終了後を初回として、以降5年間です。」としています(https://jigyou-saikouchiku.go.jp/jigyouka/ 。いずれも引用は原文の表記のままです)。
確定検査から入金までの手順、報告の義務と期間は、このように具体的に書かれています。それ自体は結構なことです。
しかし、そのどちらのページにも、額の確定の後でも交付決定を取り消すことができること(適正化法17条3項)、そして額の確定そのものが明文の規定なく取り消され得ること(本判決)は、一言も書かれていません。 「補助金額の確定後」でなければ請求できないという説明だけを読めば、確定は事業者の側に安定した地位を与える手続だと受け取るのが自然です。実際には、確定は交付行政庁が最後に審査・判断をする機会であって、事業者に「もう覆らない」という地位を与えるものではない。この落差を、公式の説明は埋めていません。
17条3項は、昭和30年の立法当初から置かれている条文です。隠されているわけではなく、読めば分かります。しかし、事業者に向けて書かれた公式の説明が、確定と入金の手順だけを丁寧に案内し、その後に残る取消しの経路には触れないという書き方を続けていることは、制度の重要な一面を伝えないままにしているものと言わざるを得ません。確定検査で指摘を受けて経費を落とされたうえ、数年後に同じ資料をもとに確定自体を覆される、という順序が制度上あり得るのであれば、それは最初に書かれているべきことです。
当職としては、額の確定の通知に際して、交付決定の取消しが額の確定後にもあり得ること(17条3項)、処分制限期間中の財産処分には承認が必要であること(22条)、事業化状況報告の未提出が取消事由となり得ることを、根拠条文とともに書面で明示する運用に改めるべきであると考えております。手引きの奥深くにではなく、確定通知書と精算払請求の案内に書くべきことです。
(5)事業者の側で今できること
制度がこうなっている以上、事業者の側で備えておけることを挙げます。
第一に、確定検査で提出した資料と、事務局とのやり取りを、そのまま保管しておくことです。後に確定を覆されたとき、何を出し、何を見てもらい、何と言われたのかが、比較考量の材料になります。本件で原告が不利になった事情の一つは、正規の資料を終始見せていなかったことでした。
第二に、照会は書面で行い、回答も書面で受けることです。本件では、口頭の助言が「指導と評価しうる程積極的なものであったとは認められない」とされました。
第三に、申請書に書いた数字の根拠を、申請の時点で揃えておくことです。本件で問題になったのは、実績ではなく、申請書添付書類の収入額でした。確定検査が終わっても、申請時の数字の正しさを問われる可能性は残ります。
第四に、確定の取消しや返還を告げられたときに、「確定したのだから覆らない」という主張だけで止まらないことです。その主張は、本判決が正面から退けています。争うのであれば、①取消しによって自分が被る不利益の具体的な内容(その額を前提に組んだ資金計画、設備投資、人員採用)、②食い違いが補助率・補助額に与える影響の程度、③自分の側に意図的な虚偽がなかったこと、④確定からの期間の長さ、⑤確定の段階で交付行政庁が確認できたはずの事実、を具体的に示していくことになります。
7 まとめ
補助金の額が確定し、入金も済んだ後でも、交付決定を取り消されることはあります。適正化法17条3項が「補助金等の額の確定があつた後においても適用があるものとする」と明記しているからです。
さらに大津地判平成9年12月8日は、適正化法に明文の規定がないにもかかわらず、額の確定そのものを取り消し、再確定をすることも許されるとしました。確定は争訟手続を経た裁断行為ではなく、行政庁を拘束する効力を有しないから、というのが理由です。そして、確定とは「単なる確認行為のほかに、交付決定により相手方の取得した補助金等交付請求権の内容を変更する処分という性格を有するもの」であるとしています。
もっとも、同判決は、取消しが無条件に許されるとは述べていません。明文の規定のない取消しは、取消しによって生ずる不利益と効果を維持することの不利益とを比較考量し、「当該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められる限度において」許される。「単に行政上の必要性があるというだけでは足りず、取消の結果、相手方が被る不利益を上回る公益上の必要があることを要する」。この事案で要件が満たされたのは、収入で1億円以上という食い違いの大きさと、事業者が「あえて」収入を圧縮して申請したという事実があったからです。
官側の助言があった点については、助言の存在は認定されながらも、事業者には「法を曲げてまで保護すべき利益は認められず」とされ、そうした助言の慣行があったとしても結論は変わらないとされました。窓口での説明を頼りにすることの危うさを、正面から示した判断です。
そのうえで、「確定」によって確定するのは、国が交付すべき金額と、その債務の履行期です。それ以上のもの――もう覆らないという地位――は、確定していません。公式の説明がそこを書いていないことは、当職としては是正されるべき点であると考えております。確定検査を無事に通過し、入金を受けた後も、交付決定通知書、交付規程、取得財産等管理台帳、事業化状況報告の控え、事務局とのやり取りは、処分制限期間が終わるまで保管しておいていただきたいところです。
ご相談をお考えの事業者の方へ
「確定も入金も終わっているのに、今になって返還を求められた」「確定を取り消すという通知が届いた」「確定検査のときに出した資料をもとに、別の指摘を受けている」。こうした段階でのご相談を承っております。確定の取消しであるのか、交付決定の取消しであるのか、根拠が18条1項なのか2項なのかによって、争い方も、加算金の有無も変わります。確定までの経緯と、確定から現在までに経過した期間が、比較考量の材料になります。通知書には不服申立ての期間がありますので、早い段階でご相談ください。資料は、交付決定通知書、交付規程・公募要領、実績報告書と添付資料、確定通知書、届いている通知書類、事務局とのやり取りがあれば、具体的な検討ができます。
士業の先生方へ
顧問先から「確定検査が終わったので、この件はもう終わりですね」とご質問を受けることがあろうかと存じます。17条3項があるため、終わりではありません。確定後に残る法律上の経路と、処分制限期間中に承認が必要となる行為を押さえておくだけで、顧問先に伝えられることが変わります。確定の取消しや返還命令が出てしまった場面では、補助金適正化法の側からの検討が必要になります。その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。中小企業診断士・行政書士・税理士の先生方からのご相談も承っております。連携の形は士業の先生方へにまとめております。
※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第6節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。
※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。