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弁護士 岸上大起

期限・年度・書類の違反があれば、補助金は返還しなければならないのか――裁判例紹介:名古屋地半田支判平成28年12月12日

執筆 補助金に関する紛争・法律問題を主に取り扱う弁護士 岸上 大起(埼玉弁護士会・登録番号63780)

補助金の返還を求める文書は、たいてい「違反があった」という事実から始まります。完了期限までに事業が終わらなかった。実績報告が期限に間に合わなかった。納品の年度が書類と合っていなかった。そうした事実を指摘し、だから取消しである、だから全額を返還せよ、という形です。指摘された事実そのものに争う余地がないことが多いため、事業者の側はここで言葉を失います。

しかし、「違反があった」ことと、「返還しなければならない」ことは、同じではありません。間に、どのくらいの違反であれば返還まで行くのか、という判断が挟まっています。本稿で取り上げる判決は、その中間の判断を正面から扱ったものです。

名古屋地裁半田支部平成28年12月12日判決(平成26年(ワ)第244号。判例秘書L07151040)は、国が研究者に対して研究委託費の返還を求めた事案について、返還義務が存在しないことの確認請求を認容しました。返還請求権の根拠は委託契約の条項で、「契約金の経理上重大な不正が認められた場合」に返還を求めることができる、というものでした。研究者らは、契約年度以外の年度に納品された物品の代金を当該年度の委託費から支払っており、会計年度独立の原則に違反していました。会計検査院からも指摘を受けていました。金額は一方について700万円を超え、件数は16件に達しており、もう一方は実際の納品日とは異なる納品日が記載された納品書を提出していました。

それでも裁判所は、「不正であることは認められるものの、重大性の要件を充足しているとは認められない」として、返還請求権の発生を否定しました。理由は三つです。「重大な不正」という文言は限定的に解すべきである。会計年度独立の原則の違反は、それだけでは「重大な不正」に当たらず、目的外使用や違法な蓄財と同程度の悪質性が必要である。そして、予算措置がされていなかった事情、研究者の間でこの原則が重要なものとして受け止められていたか疑問であるという事情、私利を図る目的がないという事情を考慮すると、重大性は認められない。

本稿では、この判決の判示を原文で確かめたうえで、今の事業再構築補助金などで「完了期限までに実績報告をしなかったのだから全部取消しである」と言われたときに、何を問えるのかを整理します。あわせて、事務局が公表している手引きの書き方が条文の形に合っているのかどうかを、原文を引いて検討します。結論を先に申し上げると、合っていないと言わざるを得ません。

1 「違反があった」と言われたときに、間に挟まっているもの

(1)条文は「取り消すことができる」と書いてある

はじめに、補助金適正化法の条文を確かめます。

引用(補助金適正化法17条1項)

「各省各庁の長は、補助事業者等が、補助金等の他の用途への使用をし、その他補助事業等に関して補助金等の交付の決定の内容又はこれに附した条件その他法令又はこれに基く各省各庁の長の処分に違反したときは、補助金等の交付の決定の全部又は一部を取り消すことができる。」

違反があったときに、「取り消すことができる」と書かれています。「取り消さなければならない」ではありません。小滝敏之『補助金適正化法解説〔全訂新版(増補第2版)〕-補助金行政の法理と実務-』(株式会社全国会計職員協会、2016)245頁も、「取消権の行使は交付行政庁の裁量事項に属するものというべきである」としています。取消しの範囲も「全部又は一部」です。

したがって、違反の事実から返還の結論までの間には、少なくとも二つの判断が挟まっています。その違反は取消しに値するのか。取消しの範囲は全部でよいのか。この構造は、補助金の交付決定の取消し・返還請求と補助金の交付決定の取消しに裁量はあるのかで扱っています。

(2)契約や規約に基づく返還請求でも同じ構造がある

もっとも、補助金の返還を求められる場面は、適正化法17条1項に基づく取消しだけではありません。補助金の名で呼ばれていても、法令上の補助金等ではなく、契約や規約に基づいて交付されるものがあります。この場合、返還請求の根拠は契約条項や規約の規定になります。IT導入補助金のように、事務局と事業者との間の規約に基づいて返還を求められる類型は、IT導入補助金の返還請求で扱っています。

本稿の判決は、この契約型の事案です。そして、契約型であっても、「違反があった」ことと「返還しなければならない」こととの間に判断が挟まっていることを、裁判所がはっきり述べています。むしろ契約型のほうが、条項の文言そのものが限定を含んでいる場合には、限定が効きやすいところがあります。

2 事案――年度をまたいだ納品と、国からの返還請求

(1)当事者と契約の形

原告は、国立の医療研究機関に勤務する二名の研究者です。一方は研究資源有効利用室の室長、もう一方は再生再建医学研究部の部長で、この機関は当時は国の一機関でした。研究者らは、平成18年度から平成20年度まで、それぞれの研究課題を委託事業課題とする委託契約を機関と締結しており、契約金として、一方は平成19年度に1105万円、平成20年度に1100万円を、もう一方は平成19年度に900万円、平成20年度に880万円を受けています。

契約の形は研究者個人への業務委託ですが、判決は、その中身について「研究者個人の研究ではなく、飽くまで被告の公務(業務)の一環」であったと前提事実に挙げています。研究委託費の経理及び管理は所属機関に委任され、実際には機関の会計課が通帳を管理し、業者への支払も会計課が行っていました。この点は、後記5(3)に効いてきます。

(2)返還請求の根拠となった条項

委託契約書には、次の条項がありました。本稿の中心になる条項です。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第2の2(2)ウ(ウ))

「(ウ) 6条(立入調査及び契約金の返還) (中略) 2項 甲は、契約金の経理上重大な不正が認められた場合は、契約を解除又は変更し、乙に対して契約金の一部又は全部の返還を求めることができるものとする。」

※ 甲は委託者、乙は受託者をいいます(判決の注記による)。

同条1項は立入調査の規定、同4項は、返還の場合に契約締結日から年10.95パーセントの加算金を支払うという規定です。適正化法19条1項の加算金と同じ率です。加算金の仕組みは加算金・延滞金はどうなるのかで扱っています。

なお、委託契約書には、これとは別に18条(契約の解除又は変更)があり、「この契約に違反したとき」(1項1号)を含む解除事由が定められていました。一般的な債務不履行解除の規定です。この二本立ての構造が、後の解釈に効いてきます。

(3)何が「違反」とされたのか

指摘された事実は、年度のずれです。一方の研究者は、前年度・前々年度に購入した物品の代金を、当該年度の委託費で支払っていました(前年度納品・前々年度納品)。もう一方の研究者は、まだ納品されていない物品を納品されたものとして当該年度の委託費で支払い、また前年度に購入した物品の代金を翌年度の委託費で支払っていました(翌年度納品・前年度納品)。

これが、会計年度独立の原則(財政法42条本文)に反するというのが、国の主張でした。委託費は繰越明許費であり、繰越手続を行えば翌年度に使用できる仕組みになっていましたが、研究者らは繰越手続を経ていませんでした。

(4)返還請求までの経過

会計検査院から調査の依頼があり、機関が調査を行って不適切な支出を把握しました。機関の総長は平成26年1月29日に厚生労働大臣へ報告書を送付し、同年3月27日付けで研究者ら宛ての納入告知書が発行されました。研究者らは説明を求め、内容証明郵便で撤回を求めましたが、督促状が送付されました。

国の回答文書では、平成20年度分については委託契約書6条2項に基づく返還措置、平成19年度分については「『契約金の経理上重大な不正』に該当するものであり、自主返納という形でお願いしている」とされていました。同じ事実を根拠に、一方は契約条項に基づく請求、他方は自主返納の要請という形で並べていたことになります。自主返納を求められる場面の考え方は、返還・残存簿価の返納を求められたらにまとめています。

研究者らは、返還債務が存在しないことの確認を求めて訴えを提起しました。なお、同じ事実関係について、研究者らは所属機関から懲戒処分(停職一か月及び戒告)を受けており、その無効確認を求める別の訴訟も係属していました。こちらは後記6(2)で触れます。

3 判示1――返還請求権は「経理上重大な不正」があるときに発生する

(1)債務不履行の損害賠償とは別の権利である

国は、返還請求権は委託契約書6条2項に基づく私法上の債権であり、損害の発生は要件ではないと主張しました。研究者らは、契約期間が満了している以上、債務不履行に基づく損害賠償請求を定めたものと解すべきであり、そうであれば違反の時点で発生して時効が進行しているはずだと主張しました。

裁判所は、国の主張に沿って、次のように判断しました。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の1(1))

「被告が主張する返還請求権は、本件各委託契約6条2項に基づく権利であるところ、本件各委託契約書における同条の表題が「立入調査及び契約金の返還」とされており、同条1項での調査等を踏まえて契約金の経理上重大な不正が認められることが権利の発生の要件とされているのに対し、同条とは別個に18条において「契約の解除又は変更」との表題の定めがあり(中略)本件各委託契約6条2項の返還請求権は、債務不履行に基づく損害賠償責任としての損害賠償請求権とは別異の権利であって、本件各委託契約に基づき契約金の経理上重大な不正が認められた場合に発生する権利であると解される。」

そして、結論部分です。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の1(1)末尾)

「以上によれば、本件各委託契約6条2項に基づく返還請求権は、契約金の経理上重大な不正が認められた場合に発生するというべきである。」

(2)この整理が意味すること

ここは、一見すると国の主張が通った部分です。返還請求権は債務不履行の損害賠償とは別の権利であり、損害の発生を要件としない。消滅時効の起算点も違反の時点ではなくなります。

しかし、同じ整理から、要件の側も確定します。この権利は「契約金の経理上重大な不正が認められた場合に発生する」。したがって、「重大な不正」がなければ、権利はそもそも発生しません。違反があったかどうかではなく、重大な不正があったかどうかが、請求の成否を決める。裁判所は、国の主張した法的性質を受け入れたうえで、その法的性質から導かれる要件を正面から審理したことになります。要件を確定させないまま事実の有無だけを争うと、せっかくの限定を使わないまま終わります。

4 判示2――「重大な不正」は限定して解すべきである

(1)四つの理由

本稿でもっとも使い道のある部分です。裁判所は、「重大な不正」の対象を限定的に解すべき理由を、四つ並べました。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の2(1))

「本件各委託契約6条2項は、「契約金の経理上重大な不正が認められた場合」において、「契約金の一部又は全部の返還」を求めることができる旨を定めるところ、文言上、「重大な不正」として重大性の要件を加えて不正の対象を限定していることに加え、不正の対象が何ら本件各委託契約書において定められていないこと、一般的に本件各委託契約の対象となる研究費が研究者の給与や報酬との対比で高額なものと考えられ、加算金についても10.95%と民法所定の利率や商事法定利率を大幅に上回るものであることに照らすと、広範にその対象を肯定する場合には研究者に対する萎縮的な効果を生じさせかねないこと、「契約金の一部又は全部の返還」についても、当事者の協議によることが前提となっておらず、被告において一方的に決定することが可能とされていることに照らすと、その対象については、限定的に解されるべきである。」

四つを分けて読みます。第一に、文言そのものが「重大な」という限定を置いている。第二に、何が「不正」に当たるのかが契約書に定められていない。第三に、対象となる金額が大きく、加算金の率が年10.95パーセントと法定利率を大幅に上回るから、広く認めると「萎縮的な効果を生じさせかねない」。第四に、返還の範囲が相手方の一方的な決定に委ねられ、協議を前提としていない。

この四つは、今の補助金にもそのまま当てはまります。補助金額は事業者の規模に比して大きく、加算金は年10.95パーセントで、取消しの範囲は交付行政庁または事務局が一方的に決め、交付規程や公募要領には「不適切」「不適正」といった評価語が置かれているだけで、何が違反に当たるのかが書かれていないことがあります。返還額の計算の仕組みは補助金の返還額はどう計算するのか、納付命令の仕組みは納付命令が届いたらにまとめています。

(2)「不正」と「不適切」を区別していないことは理由にならない

国は、所属機関の規程において「不正」と「不適切」が区別されていないことを援用していました。裁判所はこれを退けます。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の2(1))

「……例示の内容が犯罪をも構成しかねない悪質なものであることに照らすと、本件各委託契約において「不正」と「不適切」又は「不適正」の区別がされていないとしても、上記の解釈を左右するものとはいえない。」

規程が挙げる「不正」の例が、目的外使用や違法な蓄財といった、犯罪をも構成しかねないものであった。だから、用語の使い分けが曖昧であることを根拠に、軽い違反まで「不正」に取り込むことはできない。規程の文言が曖昧であることは、広く解釈する理由ではなく、限定して解釈する理由になる、ということです。

(3)会計年度独立の原則の違反に求められる悪質性の程度

そして、基準が示されます。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の2(1))

「そうすると、会計年度独立の原則に違反する場合には、その全てが「重大な不正」から排除されるものでないとしても、その動機や態様、金額等に照らして目的外使用や違法な蓄財等と同等程度の悪質性を要求されるものと解すべきである。」

会計年度独立の原則の違反は、それ自体としては「不正」です。しかし「重大な不正」に当たるには、目的外使用や違法な蓄財と同程度の悪質性が要求される。目的外使用の判断の枠組みそのものは、補助金の目的外使用とは何かで扱っています。

(4)「指摘を受けたこと」は重大性の理由にならない

国は、会計検査院から指摘を受けたことを、重大性を裏づける事情として主張していました。裁判所の応答は、きわめて簡潔です。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の2(2)イ)

「上記アのとおり、本件各支出行為が会計年度独立の原則に違反するものである以上、会計検査院による決算検査報告の結果、指摘事項において指摘されるものであることは当然であり、会計検査院による指摘を受けたことをもって直ちに「重大な不正」に該当するものとはいえない。」

違反があるのだから指摘されるのは当然である。指摘されたことは、違反があったことの言い換えにすぎず、重大性を基礎づけるものではない。――検査や監査で指摘されたという事実を、そのまま処分の重さの理由として示されることは、実務でもよくあります。この判示は、その論法の循環を一文で切っています。実地検査への対応は立入検査にどう対応するかで扱っています。

5 判示3――当てはめ。何が重大性を否定したのか

(1)悪質性を肯定する事情は認定されている

誤解のないように申し上げますが、裁判所は事実を軽く見たわけではありません。悪質性を肯定する事情は、はっきり認定されています。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の2(2)ウ(イ)a(a))

「加えて、原告X1が別紙支出目録1記載(1)及び(2)のとおりに合計金額で700万円を超える前年度納品及び前々年度納品に及んでおり、その金額が大きい上、件数も合計16件に達しており、悪質性を肯定すべき事情が認められる。」

同じ箇所では、請求書を50万円未満に分割するよう業者に依頼した事実も認定され、その動機が「個々の納品書を提出した場合には、前年度納品が判明してしまうことにあったと考えられる」として、「その動機としても問題があったといわざるを得ない」とされています。

もう一方の研究者については、「虚偽の内容が記載された納品書を提出したと認められる」とされ、翌年度納品等が合計4件、金額も「少ないものとはいえない」と認定されています(第5の2(2)ウ(イ)b(a))。

金額が大きく、件数も多く、発覚を避ける動機があり、虚偽の記載がある書類が提出されている。それでも重大性は否定されました。何が効いたのかを見ます。

(2)予算措置がされていなかったこと

第一の事情は、組織の側の手当ての欠落です。裁判所は、新設の研究室の室長として着任した経緯、組織バンク構想の具体化を指示されていた経緯、病理科医師としての併任辞令、予算措置を申し入れていた経緯を認定したうえで、次のように述べています。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の2(2)ウ(イ)a(b))

「……センター病院による予算措置の手当がされなかったことに照らすと、原告X1において、前年度納品及び前々年度納品の金額が高額なものになったとしても、そのような事態に至ったことについて酌むべき事情があったといえる。」

やるべき業務を担わせながら、その費用の裏づけを用意していなかった。その状態で生じた年度のずれについて、違反した側の責任だけを問うことはできない、という評価です。

(3)ルールが重要なものとして受け止められていたか疑問であること

第二の事情は、本稿でもっとも応用の幅が広いところです。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の2(2)ウ(イ)a(c))

「……医療センターにおいて研究者らに対してある程度の説明をしていたことがうかがわれるものの(認定事実m及びt)、研究者らにおいて年度独立の原則が重要なものとして受け入れられていたか否かについては疑問である。原告X1による悪質性の程度を検討するに当たっても、上記の事情は考慮されるべきである。」

説明はされていた。それでも、重要なものとして受け止められていたかは疑問である。裁判所がそう言える材料は、組織の側の運用に残っていました。判決の認定によれば、委託費の様式集における納品書には品目ごとの納品日の記載欄がなく、複数の品目をまとめた納品書を前提とする作りになっていました。50万円未満の物品については研究者自身が検収を行う仕組みでした。会計課は、年度末に執行が集中すると事務処理に時間を要するとして、物品費の提出期限を二月末日に設定し、「速やかに執行して頂き」と依頼する文書を発出していました。年度内に執行せよという圧力と、年度のずれを見つけられない様式・検収の仕組みが、同時に存在していたことになります。

ルールを守らせる側が、そのルールを運用の中で曖昧にしていた。その状態で生じた形式違反について、違反した側の悪質性だけを語ることはできない。――これは、今の補助金の運用にもそのまま向けられる見方です。

(4)私利を図る目的を欠いていたこと

第三の事情は、目的です。裁判所は、両者について同じ構造で結論を述べています。

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の2(2)ウ(イ)a(d))

「上記(b)及び(c)の事情のほか、原告X1において私利を図る目的を欠いていたことも併せ考慮すると、本件各支出行為1については、不正であることは認められるものの、重大性の要件を充足しているとは認められない。」

もう一方についても、翌年度納品について支払日から実際の納品日までの期間が短く、信用リスクの観点から大きなものとはいい難いとしたうえで、「原告X2において私利を図る目的を欠いていたことも併せ考慮すると、本件各支出行為2については、不正であることは認められるものの、重大性の要件を充足しているとは認められない」と、同じ言い方で締めています(第5の2(2)ウ(イ)b(c))。

「不正であることは認められるものの、重大性の要件を充足しているとは認められない」。この一文が、本稿の中心です。違反はあった。しかし返還までは行かない。その間に判断が挟まっていることを、裁判所の言葉で示しています。

(5)結論

引用(名古屋地半田支判平成28年12月12日・第5の2(3))

「上記(2)において判示したところを踏まえると、原告らによる本件各支出行為については、いずれも本件各委託契約6条2項にいう「契約金の経理上重大な不正」が認められないから、本件各返還請求権は、その発生のための要件を欠くものと認められる。」

請求権は、その発生のための要件を欠く。消滅時効や信義則といった残りの争点は、判断されていません(第6)。

6 この判決はどこまで使えるか――射程と限界

ここは、正直に書いておかなければならない部分です。

(1)契約条項の解釈であること

この判決は、委託契約書6条2項という具体的な条項の解釈です。「重大な」という限定が条項の文言に書かれていたからこそ、限定的な解釈が導かれました。交付規程や公募要領に「重大な」という限定が置かれていない場合に、この判示をそのまま持ち込むことはできません。

もっとも、限定の理由として挙げられた四つのうち、金額の大きさ、加算金の率の高さ、対象の不明確さ、範囲の一方的決定という三つは、文言の限定とは別に働く理由です。そして適正化法17条1項には、「取り消すことができる」という裁量の留保があります。前掲の小滝244頁は、交付決定の内容違反を理由とする取消しについて、「取消権の行使にあたっては、交付決定の内容違反が極めて広範な取消事由であるだけに、補助目的達成の可否について形式的、一時的にではなく、補助関係の全過程を通じて総合的に判定のうえ行うこととすべきであろう」とし、「これらの命令処分をまっては所期の目的が達成されえないような、相手方の重大な義務違反を責めるに足る主観的事情があると認められる場合に、取消権を発動することが相当であると解される」としています。この枠組みについては、補助金の交付決定は、どのようなときに取り消すことができるのかに別稿を置いています。

(2)上訴審と、同じ事実関係についての控訴審判決

当職が確かめた限り、この判決の上訴審の裁判は公刊物に見当たりません。判例秘書の審級情報からも控訴審の収録を確認できませんでした。控訴されたかどうかも分かりません。本稿は上訴審未確認の地裁判決を扱うものです。

ただし、同じ事実関係については、もう一本の判決があります。研究者らが受けた懲戒処分の無効確認を求めた訴訟です。名古屋高判平成29年6月15日(平成29年(ネ)第87号、平成29年(ネ)第152号。判例秘書L07220611)は、懲戒処分を不相当とした第一審の判断を維持し、所属機関の控訴を棄却しました。控訴審で機関の側は、会計年度独立の原則は研究者が熟知しているはずの基本的なルールであり、再三にわたって説明を行ってきたと主張しましたが、これは退けられています。

引用(名古屋高判平成29年6月15日・第3の2(2))

「そうすると、科研費、厚労科研費や委託費の趣旨に鑑みれば、「合算した納品書」については、同納品書に記載された品目の納品日が同一の年度に属するものであることを当然の前提としており、会計年度独立の原則を無視することまで許容しているとは認められないが(原判決第5の3(1)エ)、他方で、会計課における上記取扱いに照らせば、そのような認識が研究者の間で重要なものとして十分に共有されていたとまでは認めるに足りないというべきである」

別事件であり、審判対象も懲戒処分の効力です。本稿で扱う返還請求権の成否についての判断ではありません。それでも、前記5(3)の事実評価――ルールが重要なものとして共有されていたとはいえない――が、高等裁判所の段階でも維持されたことは、押さえておく価値があります。同判決は、予算措置を受けられなかったことは研究者にとって「予想外であったと解される」として、これを考慮することが相当であるとしています。

(3)形式違反が「不正」であること自体は否定されていない

本判決は、会計年度独立の原則の違反が「不正」であること自体は、はっきり認めています。重大性の要件を欠くという結論は、組織の側の予算措置の欠落、運用の曖昧さ、私利を図る目的の不存在という具体的な事情に支えられています。これらの事情を欠く事案に、結論だけを持ち込むことはできません。

書面で使うのであれば、この判決は「形式違反では返還されない」という命題の典拠ではなく、「違反の事実と返還の結論との間に重大性の判断が挟まっており、その判断では組織の側の事情も考慮される」という構造の典拠として引くことになります。

7 手引きの「すべて交付決定取消となります」は、条文の形に合っているのか

ここからは、今の補助金の運用についての当職の見解です。

(1)事務局の手引きの書き方

事業再構築補助金の事務局が公表している【補助事業の手引き】には、次の記載があります。

引用(中小企業等事業再構築促進補助金【補助事業の手引き】2.0版・第6回~第9回補助金交付候補者・補助事業者向け・令和8年3月・事業再構築補助金事務局・13頁)

「交付決定されても、補助事業完了期限日(事業計画期間終了)までに補助事業を完了しない場合は、交付決定取消となります。 期限内に補助事業が完了したとしても、補助事業完了期限日(事業計画期間終了)までに実績報告をしない場合は、すべて交付決定取消となります。」

出典は次のとおりです。<https://jigyou-saikouchiku.go.jp/pdf/documents/hojyo_tebiki06.pdf>

同じ事務局の【実績報告書等作成マニュアル】(令和7年12月・第10版)1頁にも、「※提出期限内に提出されない場合は、交付決定取消となります。」との記載があります。事業化状況報告についても、同書30頁に「提出されない場合は、交付規程第22条に基づき、交付決定の取消し、補助金の返還を命じます。」とあります。出典は次のとおりです。<https://jigyou-saikouchiku.go.jp/pdf/documents/jissekihokoku_manual.pdf> 事業化状況報告の場面は事業化状況報告を出していなかったらで扱っています。

(2)「取り消すことができる」との距離

適正化法17条1項は「取り消すことができる」と定めています。前掲の小滝245頁も、取消権の行使は交付行政庁の裁量事項に属するとしています。それにもかかわらず、手引きは「交付決定取消となります」「すべて交付決定取消となります」と書いています。期限に遅れれば当然に全部取消しになる、と読める書き方です。

事務の案内文書であって処分ではありませんから、これが直ちに違法だというものではありません。しかし、期限に遅れた事業者は、この一文を読んだ段階で争う余地がないと受け止めます。実際には取消しをするかどうかに判断の幅があり、その範囲も全部か一部かの選択があるのに、その幅が最初から存在しないかのように案内されている。これは、裁量の留保を置いた条文の形に合っていないと言わざるを得ません。

(3)「抜粋」から落ちている文言

さらに申し上げなければならないことがあります。同じ手引きの35頁には、適正化法17条の「抜粋」が掲げられています。

引用(中小企業等事業再構築促進補助金【補助事業の手引き】2.0版・35頁)

「(参考) 【適正化法第17条(抜粋)】 ・ 補助金の他の用途への流用 ・ 補助金交付決定の内容又は補助金交付条件に対する違反 ・ 法令又は事務局の処分に対する違反 ・ 定められた必要な事項の報告をせず又は虚偽の報告をしたもの」

挙げられているのは、取消事由の列挙だけです。条文の結びにある「取消すことができる」という文言は、この「抜粋」には含まれていません。17条1項の要点は、取消事由を列挙したことと、その効果を裁量に委ねたことの両方にあります。後者を落とした「抜粋」は、条文の形を正しく伝えるものとはいえません。事務局が自ら「参考」として条文を掲げるのであれば、裁量の留保を含めて掲げるべきであると考えております。

(4)事故等報告の構造

もう一点、期限との関係で指摘しておきたい記載があります。

引用(中小企業等事業再構築促進補助金【補助事業の手引き】2.0版・24頁)

「※ 補助事業者の責任によらない事由とお認めできない場合には事故等報告は不承認となります。 その場合、補助事業完了期限までに実績報告をしていただく必要があります。」

事故等報告は、補助事業者の責任によらない事由で期限内に完了できないと見込まれる場合に提出し、指示を受ける仕組みです(交付規程15条)。手引きは、承認を補助事業完了期限までに受ける必要があるとしています。そのうえで、不承認の場合には、同じ期限までに実績報告をする必要があるとされています。

この組み立てでは、事業者が期限前に事情を申し出て判断を仰いだとしても、不承認とされた時点で期限が迫っていれば、実績報告は間に合いません。そして、間に合わなければ前記(1)の「すべて交付決定取消となります」が働くことになります。期限に遅れた責任を事業者の側だけに帰する構造になっていないか、確かめる必要があります。審査や判断の遅延そのものについては、支払期限・交付遅延で扱っています。

8 では、期限・年度・書類の違反を理由に返還を求められたら

以下は、前記の判決・文献を踏まえた当職の整理です。本判決は契約型の事案であり、交付規程型の補助金の取消しを直接扱ったものではありません。それでも、次の四つは、形式違反を理由に返還を求められた場面で、そのまま問いの形になります。

(1)返還請求の根拠を特定し、要件を読む

最初に確かめるのは、根拠です。適正化法17条1項に基づく取消しなのか。交付規程の条項に基づくものなのか。規約や契約の条項に基づくものなのか。根拠が違えば、要件も、争い方も、争う場所も変わります。交付規程に書かれていることに反したという指摘が、そのまま補助条件違反に当たるかは別の問題で、この点は交付規程違反は補助条件違反に当たるのかで扱っています。

契約型・規約型であれば、条項の文言が限定を含んでいないかを読みます。「重大な」「悪質な」「故意又は重大な過失により」といった限定があれば、本判決の四つの理由がそのまま使えます。限定がなければ、適正化法17条1項の裁量の枠組みで同じ事情を主張します。

(2)違反の性質を分ける

次に、指摘された違反が、補助金の使い方そのものに関わるのか、手続の形式に関わるのかを分けます。補助金を補助事業以外に使った、架空の取引で受け取った、という場合と、期限に遅れた、年度の区分を誤った、書類の記載が実際と合っていなかった、という場合とでは、重さが違います。本判決の基準に引き直せば、目的外使用や違法な蓄財と同程度の悪質性があるのか、という問いになります。あわせて、補助金を自分のものにする目的があったのかどうかも示します。本判決は、両者について私利を図る目的の不存在を明示的に挙げています。

(3)求める側の運用を記録から拾う

本判決と前掲の控訴審判決が重視したのは、求める側の運用でした。様式に必要な記載欄がなかったこと。年度内の執行を促す文書が発出されていたこと。検収の仕組みが形式違反を把握できないものであったこと。

今の補助金でも、同じ検討ができます。公募要領と交付規程と手引きの記載が食い違っていないか。事務局への照会に対する回答が、後から言われていることと違っていないか。期限の延長や事故等報告について相談した経緯が残っているか。システムの入力項目が実態を書けない作りになっていないか。メール、Jグランツの画面、照会と回答の記録から拾えます。

あわせて、補助事業の目的がどこまで達成されているかも示します。設備が稼働し、計画した製品やサービスが提供されているなど、形式の違反が補助金の効果を失わせていないのであれば、そのことを示す資料を揃えることになります。

(4)範囲と期間に注意する

適正化法17条1項は「全部又は一部」と定めています。返還命令の対象は当該取消しに係る部分に限られます(同法18条1項)。本判決の条項も「契約金の一部又は全部の返還」でした。一部の経費区分、一部の設備についてのみ形式違反が指摘されているのであれば、全部取消しが当然ということにはなりません。処分制限期間との関係は処分制限期間は何年かで扱っています。

そして、時間の問題です。取消しや納付命令が処分として行われている場合には、不服申立てや取消訴訟の期間があります。出訴期間が過ぎてしまったら、取消しの通知が届く前にしておくべきこと、事前の通知・弁明の機会、返還請求に時効はあるのかをあわせてご覧ください。

9 まとめ

名古屋地半田支判平成28年12月12日は、委託契約の条項に基づく研究委託費の返還請求について、返還義務が存在しないことの確認を認容しました。

判決の組み立ては三段です。第一に、この返還請求権は債務不履行の損害賠償とは別の権利であり、「契約金の経理上重大な不正が認められた場合に発生する」。第二に、「重大な不正」の対象は限定的に解すべきであり、会計年度独立の原則の違反についても「目的外使用や違法な蓄財等と同等程度の悪質性を要求される」。第三に、予算措置の手当てがされていなかったこと、研究者らにおいてこの原則が重要なものとして受け入れられていたか疑問であること、私利を図る目的を欠いていたことを考慮すると、「不正であることは認められるものの、重大性の要件を充足しているとは認められない」。

金額は700万円を超え、件数は16件に達し、発覚を避ける動機が認定され、虚偽の記載がある納品書の提出も認定されていました。それでも結論は返還義務の不存在でした。会計検査院の指摘を受けたことについても、違反があるのだから指摘されるのは当然であって、それだけで重大性は基礎づけられないとされています。

契約条項の解釈であり、上訴審の収録も確認できていません。結論をそのまま持ち込むことはできません。それでも、違反の事実と返還の結論との間に判断が挟まっていること、その判断では求める側の運用も考慮されることを、裁判所の言葉で示した裁判例として読むことができます。同じ事実関係についての懲戒処分の事件では、名古屋高判平成29年6月15日が、ルールが重要なものとして十分に共有されていたとは認めるに足りないという評価を維持しています。

そのうえで、事業再構築補助金の手引きが「すべて交付決定取消となります」と書き、適正化法17条の「抜粋」から「取消すことができる」という文言を落としていることは、条文の形に合っていないと言わざるを得ません。期限に遅れたことを指摘されたとしても、そこで争いが終わるわけではありません。

ご相談をお考えの事業者の方へ

完了期限に間に合わなかった、実績報告が遅れた、書類の記載が実際と合っていなかった――そうした指摘を受けて、「仕方がない」と判断してしまう前に、確かめていただきたいことがあります。返還請求の根拠がどの規定なのか、その規定がどのような要件を置いているのか、違反が生じた経緯に事務局や交付行政庁の運用が関わっていないか、取消しの範囲が違反の程度に見合っているのか。交付決定通知書、交付規程・公募要領・手引き、届いている通知書類、事務局とのやり取りの記録があれば、具体的な検討ができます。処分として行われている場合には不服申立ての期間がありますので、早い段階でご相談ください。

士業の先生方へ

顧問先から「完了期限に間に合いそうにない」「実績報告が遅れた」「納品の年度がずれていると指摘された」というご相談を受けることがあろうかと存じます。期限内に打てる手がある段階と、返還を求められてから争う段階とでは、やるべきことが変わります。補助金適正化法や交付規程の側からの検討が必要な場面では、その部分だけを分担してお引き受けすることもできます。連携の形は士業の先生方へにまとめております。

※ 本稿は一般的な法的整理を示すものであり、個別の事案についての結論を保証するものではありません。本稿の第7節及び第8節は、当職の見解を含みます。具体的な対応は、交付決定通知書等の資料に基づく個別の検討が必要です。

※ 本稿は、執筆時点の法令・公表資料に基づく一般的な整理であり、当職の私見を含みます。個別の事案についての結論を保証するものではありません。

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